第2話リタ:聖女としての日々

 ——◆◇◆◇——


 ——もう、夢を見ない。


 前回見た夢の場面からおよそ二年が経過した今日。十五歳となった私は《闇祓い》としてさまざまな任務にあたり、それなりに結果を出してきた。

 そのことを功績として認められ、私は今日、聖女の名を賜ることとなった。


「それでは聖女候補リタ。そなたには本日より聖女の称号を与える。今後は一層の努力を持って人類の光とならんことを」


 大聖堂にて司教様からのお言葉と共に、祝福がかけられる。

 祝福の光が私を照らし、その時を境にスッと頭が冴えたような、目が覚めたような……一言で言えば、世界が違って見えた。まるで、それまでの『私』とは別人に生まれ変わったみたいに。


 きっと、これが聖女となった証なんだろう。

 リコはどうなんだろう? 私の双子の姉で、ライバルのような相手。どっちが早く聖女になれるのかと競うようなことを言っていたはずだけど、リコは聖女になれたのだろうか? 《闇祓い》として活動するにあたって、いかに双子といえどそれぞれ別の地域で活動することになったため、現在どうなっているかわからない。

 私は聖女になったけれど、リコは聖女になっていなかったらどうしよう? その時は悔しがるのかな?

 もう二年以上も会っていないからどんな顔をしていたのか忘れたけど、双子の姉なのだからきっと私と同じような顔のはず。鏡の前で悔しがっているような表情をすれば、リコの顔も予想かな?


 そんなことを考えながら、私は聖女就任の儀式を終え、大聖堂を後にした。


「——あの、マルコ司教様。姉から……聖女候補のリコから手紙などは届いていませんか?」


 私が聖女となってから二週間ほどが経過した。一度はリコに手紙を出したはずなのに、その答えが返ってこないことを不審に思った私は、聖女である私の監督役であるマルコ司教様に手紙のことを聞いてみることにした。


「ああ、ちょうど本日届いたようですよ。すでに部屋に届けられているかもしれませんね」

「そうでしたか。お教えいただきありがとうございます」

「いえいえ。これからも、あなたの活躍には期待していますよ。頑張ってください」

「はい。ありがとうございます。それでは失礼させていただきます」


 司教様から話を聞き、簡単に挨拶を済ませると、普段よりも僅かに……本当に僅かにだけど足早に自室へと戻っていく。


 すると、司教様が仰ったように部屋に入ると机の上に手紙が置いてあった。差出人の名前を見ると、やっぱり。手紙はリコからだった。


「リコも聖女になったんだ。でも、帰ってこられないのね……」


 手紙を読んでみると、そう。リコも聖女になったのだと書かれていた。ただ、私よりも数日遅れての就任だったようで、そのため手紙を返すのが遅れたとのことだった。

 リコも聖女になったとはいえ、私の方が数日早かったというのであれば、競争は私の勝ちということでいいだろう。


 ただ、聖女になったばかりなのに任務をサボって親族に会いにいく、というのは難しいようで、今しばらくは会うことができないみたい。


「成人して自立するようになったら、もうその後の人生で一度も会わないことだって珍しくないんだし、仕方ないといえば仕方ないのかな……」


 普通の村や町では、成人して自分たちの世帯を持てばそれ以降親兄弟と会わないことは珍しくないらしい。だから、私がリコに会えないのも仕方ないといえば仕方ない。むしろ、こうして手紙のやり取りが続いているだけでも付き合いがあると言える方だろう。


「でも、聖女を続けていればいつかはリコとまた会うことができる日が来るはず。その時のために、もっと頑張らないとね」


 リコに再び会えた時のためにも、正しきを成し、目に見える全ての人を救い、誰も彼もを笑わせ、喜ばせることができる立派な聖女にならないと。


 ——◆◇◆◇——


 私が聖女の名を賜ってから三年。まだリコとは会うことはできていないけれど、手紙のやり取りだけは続いている。

 これだけ時間が経っていることもあり、やっぱりもう顔も思い出せない。どんな声でどんな性格だったのかも。

 けれど、きっと大丈夫だと思っている。会うことができれば、会って話をすることができれば、きっとこの消えた記憶を補完することもできるはずだから。


「——それで、あんたはシュルミッドまで行くんだよな?」

「はい。あちらの街におられる司祭の方が体調を崩されてしまいまして、そのお見舞いと、必要であれば治癒のために」

「へー。結構離れた街だってのにまでわざわざ行くなんて、聖女様も大変なんだなぁ」

「だよなぁ。っつーか、あの街ってこっから一週間はかかるぞ? 体調を崩したっつっても、その間に治るもんなんじゃねえの?」

「それならそれで構わないのです。苦しむ人が一人でも減るのであれば、私の労力が無駄になる事くらい些細なことです」

「なるほど。こりゃあ聖女様だわな。俺だったら手間かけさせたってのに用無しになったらキレるわ」

「まあ、良いじゃねえの。俺らは護衛として金がもらえるし、こんな美人と一緒にいられんだ。それだけで役得ってもんだろ」

「ちげえねえな」


 今の私は、聖女としての任務のために——ではなく、教会の意向を無視しての独断行動をとっている。

 なぜかと言ったら、そこに困っている人がいるから。


 どうやら、私の拠点としている街から離れた位置にある街の司祭様が倒れられたそうなのです。

 けれど、教会はその報せを受けても対応をすることなく、放っておけば治るだろうと放置することにしました。確かに、この護衛として雇った傭兵の方々が仰るように、一週間もあれば体調は元に戻るかもしれません。

 ですが、わざわざ他の街にある教会まで報せを出したほどなのですから、ただの風邪というわけでもないでしょう。


 きっと何かある。そして、それを放置しておけば、その放置した分だけ苦しむ人が出てしまう。

 私はそれを認めることができず、こうして独断で教会を離れ、傭兵の方々を雇って旅に出たのです。


「しかしながら……改めまして、この度はどうもありがとうございます。本当でしたらもっと高額だったところを割安で引き受けてくださり、感謝の念に絶えません」


 普段は教会所属の聖騎士隊の方々と共に行動するのですが、今回はそうすることができません。なので傭兵を雇うことにしたのですが、かといってさほど大金を持っているわけでもない私はどうにか持っていた資金で依頼を出したのですが、それは相場よりもだいぶ安い額となっていました。

 受付の方からは、これではあまり受ける人はいないだろうとのことでしたので、一日待っても受け手がいない場合は私単独でも旅に出ようと思っていたのですが、そこに現れたのがこの方達でした。


「なに、俺らはあんまし褒められた類の人間じゃねえが、それでも神様って奴は信じてんだ。普段は大して教会とか行けねえから信仰心なんて信じちゃもらえねえかも知れねえけどな。だからまあ、せめてこういったところで手ェ貸せれば、信仰の証明になるかな、ってな」

「信仰心がないなど、そのようなことは決してありません。現に、このように私を助けてくださっているではありませんか」


 教会に来て寄付をすることや、お祈りをするだけが信仰ではありません。

 そもそも教会とは、同じ神を讃える信徒が集まるための集会所であり、象徴でしかない。神の教えを胸に、他者を信じ、困っている者に手を差し伸べることこそが信仰の正しい在り方なのです。

 それに則って考えるのであれば、この方々は立派な信仰心を胸に宿していると言えます。


「そうか? そんじゃあ、俺たちにも神様の祝福ってやつがくるかねえ」

「はい、必ず。神は等しく人々を見守っておりますから」

「そうかいそうかい。そりゃあ良いやな」


 そう言って私は聖女らしく見えるように淑やかに笑い、傭兵の方々は元々の雰囲気も相まって少々悪役のように見える笑みを浮かべながら、先へと進んでいきました。




「——それじゃあ今夜はこのあたりで野宿にするが、あんたは適当に休んでてくれ。夜番もこっちですっから気にすんな。それから、飯は自前でってことになってっけど、大丈夫か?」

「はい。ご心配ありがとうございます。ですがちゃんと用意してありますので問題ありません」


 傭兵の方々を雇うことができなかった場合に備えて一人用の旅装を用意していたので、食料などは問題ない。

 むしろ、昨日の今日でろくに説明もないまま雇った傭兵の皆さんの方が準備できていなくてもおかしくないのですが、どうやらそのような心配は不要なようですね。


「そうか。まあ、こっちでもスープくらいは用意できるから、せっかくだから後で一杯届けらぁ」

「それはどうもありがとうございます。ご厚意に甘えさせていただきますね」

「おう。まあ、できるまで待っててくれや」


 あまり寄りかかりすぎるのは問題ですが、ご厚意を無碍にするのも不徳というものですよね。


「良い人達に出会えたようですね。これも神の思し召しでしょう」


 このまま何事もなく進めれば良いのですが、どうなるかの答えは神ならぬ身では知ることは叶いません。私にできることは、傭兵の方々を信じ、うまく進めるように祈るだけです。

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