虚飾の聖剣と人工聖女
農民ヤズー
第1話プロローグ:誰かの夢
——昔々、この世界は真っ暗な闇に覆われていました。人々はそこかしこに存在している魔物に怯えて過ごし、誰も笑顔を浮かべることなんて、とてもではないが考えられないような世界だったのです。
けれどある時、十人の神様が現れました。空をおおっていた闇を突き破って降り立った十人の神様は、真っ暗だったこの世界に光を齎しました。光は闇を祓い、徐々に世界中を照らしていったのです。
その光は人々を照らし、救い、世界には人々の笑顔で溢れることになりました。
ですが、闇は深く、暗く、いつまで経っても全ての闇を完全に消し去ることはできませんでした。
それも当然です。この闇は、人の心から生まれたものだったのですから。
人の心に闇はあり、それは決して消えることはない。だから人の心から生まれた闇も決して消えることはない。
それでは自分たちは救われることはないのか。そもそも救われる価値はあるのかと、人々は自分たちの罪深さを嘆き、諦めようとしてしまいます。
けれど、神様達は決して諦めませんでした。確かに人は完全な光の存在ではない。心の中に闇を宿している。
それでも、と。それでも人は素晴らしいのだと。人の心には闇だけではなく、それを超えるほどの光があるのだと信じていました。
だからこそ、九人の神様は世界を守るために犠牲になり、闇を封じ込めました。消すことはできずとも、人に害を及ぼさないように封じることはできるのだと言って。そして、いつかこの世界が、誰も彼もが笑える世界となることを願って。
九人が闇を封じたと同時に、この世界には闇に耐えうることのできる神の力を宿した者、聖人が生まれ初めました。
全員がいなくなるわけにはいかないと残された一人の神様は、友の願いを継いで聖人達を率い、共に世界を見守っていくことになりました。いつか、この世界が光で満たされることを願って。
——ローグリア教会著:『十人の神様』より
——◆◇◆◇——
——夢を見た。
「——あーあ。今日もお天気はまっくろくろかぁ。この間なんて近くに魔物が出たってことで外にもあんまり出してくれないし……はぁ。もうやんなっちゃう」
「そーだねー。でも、この辺なんてまだマシでしょ。あっちの方には、瘴気に呑まれた魔物ばっかりなんだし」
「そうなんだけどさー。でも、最近はこの辺なんて闇祓いの人達こないし、聖人様達もきたのって何年前だっけ? 私見たことないよ」
「聖人様なんてそんな滅多にこないでしょ。闇祓いの人だってそんないっぱいいるわけじゃないんだから、どうしたってこの辺りみたいな田舎は後回しになっちゃうって」
「田舎でも、ちゃんと私たちが住んでるのにね」
小さい頃の記憶。この光景が夢だからなのか、今はもう、周りの景色も思い出せない。
双子の姉と話しているはずなのに、その話をしている相手の顔も思い出せない。
けど、話していた言葉だけは覚えている。それはきっと、この記憶が今の『私』を形成する根幹とも言えるものだから。
「なら、いっそのことリコが闇祓いになったらどう?」
「えー、私がー? そもそもあれってどうやってなるものなの?」
「うーんと、確か教会に行って……なりたいですー、って?」
「いや、それ絶対に無理なやつでしょ。っていうか、私だけじゃなくってリタは闇祓いにならないの?」
「えー、だって怖いし」
「そんな怖い仕事を私に押し付けようとしたわけ?」
「押し付けようとしたっていうか、リコが闇祓いだったら便利だなーって」
私たちが生まれるよりもずっと昔っから、生き物を怪物へと変えてしまう瘴気と、瘴気の塊である真っ黒な《闇》が存在している。そんな《闇》を浄化して人々の生活圏を守るのが《闇祓い》。彼らがいるからこそ人々はまだ、《闇》に呑まれずに生きていられる。
だから《闇祓い》はみんなからの憧れや尊敬の的ではある。
けれど、《闇》を祓うというのは簡単なことではない。この時の私たちは、それがどれくらい大変なのかなんてことは全くわかっておらず、ただ大変そうだな、なんて考えていたんだと思う。
実態を知れば、間違っても家族に《闇祓い》なんて勧めたりはしないのに。
「でも、どっちかっていうと私よりもリタの方があってると思うけどなー」
「そうかな? 双子なんだし、私ができるんだったらリコだってできるでしょ」
「いやいや、双子って言っても私たち性格が違うでしょ。私なんて自分と自分の大切な人達だけ守れれば良いやー、って感じだけど、リタは他の誰かが怪我してたら助けたいって思っちゃうような感じだしょ」
「だしょ……」
「もう。噛んだの。それくらい流してよ」
そう言って笑い合った。そのはずなのに、姉の——リコの顔が思い出せない。顔どころか、声すらも不気味に反響するような歪んだ音として聞こえてくる。
双子なんだから自分と同じ声のはずなのに、そのはずなのに……思い出せなかった。
それでも、記憶の中の私は話を続けていく。
「まあ、闇祓いになれるとしても、その時はリコも一緒だからね。私一人とか、絶対やだもん」
「そんな機会があったらね。……でも、どうせ闇祓いになるんだったら、聖人様……聖女様になりたいなぁ」
「聖女様かぁ。闇祓いの中でも特に優れてて、一人で瘴気を消しちゃえる人でしょ? そんな人になれるのかな?」
「なれるなれる。聖人様って言っても、結局は私たちと同じ人間なんだし、なれないわけがないって!」
「だとしても、すっごい厳しい訓練とか修行とかあるんだろうね」
「あー、それはね。すっごいありそう」
厳しい修行の末に聖女と呼ばれるようになって、お父さんもお母さんも喜ばせる。そんなことができたらいいな。——と、思ったはず。きっと、私だったらそう考えていたと思う。
でも、どうしてだろう。そう考えていただろうはずなのに、肝心の両親の顔が思い出せない。
「何にしても、そんな機会があったらの話だよね」
「まーねー。でも、せっかくだし今度教会に行ってみよっか。もしかしたら闇祓いになれるかもしれないし」
「そーだね。私たちが闇祓い……ううん。聖女様になれたら、ママとパパは喜んでくれるかな?」
「そりゃあそうでしょ。何たって、この村から聖人様なんて出たことないんだし、自分の娘が……それも二人揃って聖女様になれたら、すっごいことだもん」
「なれたら良いのにね」
「ねー」
そう話し、私たちは顔を見合わせて笑った。らしい。私は笑っているようだから、きっとそうなのだろう。
夢はそこで終わり、私の意識は暗く沈んでいった。最後まで、両親の顔も姉の顔も声も、自分がどこに住んでいたのかさえ、思い出すことができないまま。
——◆◇◆◇——
——また、夢を見た。
これはきっと、あの時の光景から少し進んだ場面。おそらくはあれから三年が経って私たちが十三歳になった頃だと思う。
「なれたらいいね、なんて話してたけど、本当に《闇祓い》になれるとは思わなかったなー」
「そうね。あの時はまさか私達二人とも適性があるなんて思わなかったわ」
「まー、私達双子だし? 片方に適性があるんだったら、もう片方も同じでしょ」
「そんなものなのかしら?」
「そんなものだって」
相変わらず姉の顔すら思い出すことができないけれど、どうやらこれは私たちが《闇祓い》になれた時の様子のようだ。
ようだ、なんて言うのは、私がこの光景を覚えていないから。
どうして? 普通ならこんな大切な瞬間を忘れるわけないのに、それでも思い出せない。
《闇祓い》になるなんて、それなりに大変な思いをしたはずだし、喜びもしたはず。
それなのに、私がどうやって《闇祓い》になったのか、何も思い出すことができない。
「何にしても、これまで面倒で辛い修行ばっかりだったけど、あとは実地研修だけね」
「そうね。……これからは一緒に、ってわけにはいかないみたいだけど……」
「それは仕方ないでしょ。私達だって、ちゃんと闇祓いとして動くようになったらいつまでも一緒にってわけにもいかないんだし」
「でも……ううん。そうね。私、頑張るから」
「私だって頑張るもん。なんたって三年で闇祓いになった超優秀な聖女候補だし」
「それを言ったら私もだけれど?」
「いやー、私らとっても優秀な姉妹! 見た目も綺麗だし、文句のつけようがないわー」
「もう、そんなこと言って。自信を持つのは悪いことじゃないけど、傲慢は悪いことよ。教会の教えでも何度も言われてるでしょ」
「でも、あとは聖女になるだけだね」
「聖女様かぁ……」
「次に会ったときには、私は聖女になってるかもね」
「……大丈夫よ。だって、その時にはきっと私も聖女になってるから」
「おー、リタも結構言うねー。それじゃあ、私とリタ。どっちが早く聖女になれるか勝負よ」
「ええ。負けないわ」
そこでこの夢は終わり、私の意識は真っ暗や闇の中へと落ちていった。
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