第3話リンドとクロッサンドラ

 ——◆◇◆◇——

 ・リンド


「——はあ。なんだってこんなところで野宿なんてしなくちゃならねえんだろうな」


 だるい。本当なら今頃宿のベッドで夢の中に旅立ってた頃だろうに、なんだってこんなところで固い地面に尻つけてなきゃなんねえんだ。


 リンド・スカブラ。それが今現在カッコ悪く愚痴ってる傭兵の名前で、つまりは俺のことだ。

 現在は受けた依頼自体は片付けたが、その依頼の後にちっとばかし面倒ごとに巻き込まれた。

 その結果、近くの街に向かう時間が足りなくなり、こうして一人寂しく野宿というわけだ。

 いや、厳密にいえば一人ではないか。もっとも、〝これ〟を一人と称していいものかは微妙なところだが。


『そなたが不用意に人助けなどしたからであろうに。まったく、もうそなたは聖騎士などではないのだぞ?』


 そんな俺の呟きに反応して、どことなく傲慢さの感じさせる声が聞こえてくる。

 かと思ったらそばに置いてあったボロ布で包んだ剣がカタリと揺れ、人型の何かがスッと空中を飛んで俺の前にやってきた。

 人型といっても、人間ではないし、それほど大きくはない、せいぜいが三十センチといったところだろう。小さいが、地味に邪魔なうざったいサイズと言えるな。

 だが、人間ではないが、それはサイズの話であってそれを気にしなければ人間と同じ見た目だ。


 夕陽色に輝き膝裏まで伸びる長い艶やかな髪。

 芸術品かと思うくらいに整った顔。

 胸も腹も尻も、男性にとって理想的とも言える比率の体型と、それを包み隠す夜色のドレス。

 威厳を感じさせつつも女性らしさを損なわず人を誘惑するかのような美声。

 サイズこそ問題だが、それ以外は完璧と言ってもいい姿をしている凛々しい女性。

 それがこのクロッサンドラだ。もっとも、俺にとってはちょろちょろと動き回る単なる亡霊の類でしかないが。


 ここで重要なのが、こいつはこの場では俺にしか声が聞こえず、見えず、触れることができないということだ。つまり、こいつは声量を気にする必要がないので遠慮なく喋り、それがまたうざったくて仕方がない。


「聖騎士だなんだってのは関係ねえし、そもそも人助けじゃねえよ。あれは必要な作業だっただろうが。あそこで手ぇ貸さなきゃ、今も道に迷ったままだったぞ」

『……なんにしても、そのせいで遅れたのは事実であろう』


 確かにその通りなのだが、あの場面では仕方なかったのだと心の中で言い訳をした。実際に言葉にしないのは、言い合ったところでどこまでいっても平行線で、無駄に疲れるだけだからだ。


「はあ……。少し休んだら進むぞ」

『もうすぐ夜なのにか?』

「森ん中じゃ夜もそれ以外も大して変わらねえだろ。変わるのは正午付近くらいの時間だけだ」

『私としてはなんでも構わないがな。どうせ進むのはそなたなのだから』


 人に憑いてくるだけのやつは楽でいいな。


 それからしばらくして休憩をやめ、再び街に向けて進むために歩き出したのだが……


『待て。……人の気配がする』

「こんな森の中でか?」


 ここは森の中だ。狩人や山菜採りなんかが入る可能性は考えられるが、今の時間は夜だということを考えるとそれも難しい。

 普通の旅人は街道を通るのだからそちらの声が、というのも考えられない。ここは少し街道から離れた場所だ。街道からの声が聞こえるわけがない。


 となれば、残る可能性は同類くらいなものか。同類——つまりは傭兵だ。

 こんな森の中とはいえ、人が並んで歩くことができる程度の道は存在している。道は悪いが、馬車もギリギリ通ることくらいはできる道だ。森を避けるよりも突っ切った方が早いため、傭兵はこちらの道を選ぶことが多い。


 ではなぜそんな道があるにもかかわらずしかと整備をしないのかといったら、単純に危険だからだ。

 森や平原など、人の領域外では魔物——人外の化け物どもに襲われることはよくあること。だからまともに整備することはできないし、したところで利益が出るほどの利用者がいると微妙なところだ。


 そんな道を通るとなれば、同類か、あるいは同類である傭兵に守られた何者か、ということになる。


『残念ながら、ここは森ではなく、どちらかと言うと林の方が近いな』

「んなのどっちだって構わねえよ、バカタレ」

『むっ。そなた今バカと言ったか? 私のことをバカと言ったな。私はバカなんかではないのだぞ!』


 見た目から感じる凛々しさとは違い、少し話をするだけで溢れ出てくる小物感。それでも人間大のサイズだったら愛嬌と捉えることもできたのだろうがこの姿では鬱陶しいだけだ。


「気のせいだろ。それよりも、その気配ってのはどっちからだ?」

『絶対に言った。あとで覚えておけ、無礼者め』


 クロッサンドラは俺のことを睨んでいたが、優先順位を間違えるほどのバカではない。ぶつぶつとそう言いながら先導するように飛んでいった。



 ——◆◇◆◇——


「人の気配って、あいつらか?」


 コソコソと森の中を移動していった先には、なんともまあいかにもな連中がいた。だがそれがクロッサンドラの言っていた連中なのかわからない。

 そもそも、奴らは何者だ? 傭兵かと思っていたし、見た目や装備だけで言ったら傭兵なんだが、なんとも雰囲気がおかしい。感じ取れる空気に、悪意が混じっているような気がする。

 もし奴らが賊の類ならどうすべきか……


『それ以外にあるまい。そなたは目が悪いのか? それとも頭か?』


 こんな状況であっても俺以外に見えないからって好き勝手いってくれるじゃねえの。


「強いて言うんだったら、頭だろうな。なんでか知らねえが、イカれたおばさんの幽霊が見えるし」


 俺が正常ならこんなやつ見えてないだろ。見えてるってことは、俺はどっかおかしいってことだ。


『なんだとっ! 貴様、今なんと言った! こともあろうか、私のことをおばさんだと!?』


 実際おばさんだろ。俺より何歳うえだと思ってんだよ。いや、何歳どころじゃ利かないか。おばさんどころかおばあちゃんだもんな。個人的にはおばあちゃんじゃなくてババアって呼んでやりたいが。

 もっとも、そんなことこいつに言わないけどな。言ったら余計にうるさくなるし。


「お前のことを言ったわけじゃねえけど、言葉に反応するってことは自分でそういう自覚があるんだろうな、きっと」

『うぬっ……ぐぐぐ……べ、別にそのようなことがあるわけでは……』

「んなことより、ちっと黙ってろ。よく聞こえねえ」


 多少強引だが、こいつの話に付き合ってる暇なんてないのだ。今はとにかくあそこにいる連中への対処を決めないと。そのためには、奴らが本当に賊なのかを確認しないとならん。


「寝たか?」

「みたいだが、ちょっと待ってろ」


 そうして待っていると、数分と経たずに動きがあったのだが……


『よく聞く必要などあるか? あれはどう見ても悪人の類だぞ』


 不満そうな顔をしたクロッサンドラが、ぷかぷかと視界の端で漂いながら溢した。

 俺としても奴らは黒だと思っているが、実際に何かをするところを見たわけでも聞いたわけでもない。今の会話は怪しかったが、ギリギリ怪しくもないと言えなくもない。


「だとしても、悪人ヅラしてるだけって可能性もあるだろ?」


 だが、そんな俺の言葉は間髪を入れずに否定してきた。


『否。ありえんよ。この〝私〟が間違えるとでも思うているのか? そも、そなたとて理解していよう? 奴らがどれほどの皮を纏っているのかと』


 クロッサンドラの言うように、わかっている。俺は他人の嘘を感じ取ることができる。

 奴らの言葉に嘘はない。だが、その振る舞いは嘘で飾ったものに見えている。いや、見えているというと正確ではないか。見えているのではなく、そうなのだと〝理解できる〟のだ。

 だから、奴らが傭兵ではない——少なくとも、真っ当な奴らではないことはわかっている。だが……


「……だとしてもだ。性根が腐っていたとしても、実際に法を侵したかは別だろ。それを確認するまでは単なる一般人だ。むしろこの場合は、不躾に隠れながら覗き見してる俺たちの方が悪だろうよ」


 なんの目的があって傭兵のふりをしているのかはわからないし、職を偽るなどどう考えても悪事を行う者のそれだが、実際に何かをしたのかと言ったら分からないとしか言えない。

 であるならば、ここで手を出すべきではない。


『……まあ良い。そなたの好きにせよ。どうせ私には何もできることなどないのだからな』


 そんな俺の考えが気に入らなかったのか、クロッサンドラは眉を顰めた後、再び空中を移動し、俺の視界の外へと避けていった。


「おい。……おい、聖女様? 緊急事態だ。ちょっと起きてくれ」


 そうしてクロッサンドラが視界から消えたすぐ後に、偽傭兵達に動きがあった。

 どうやらあの偽傭兵達の他に誰かいるようだが、今聖女と言っていなかったか?

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