第25話 スポーツ漫画を読むと何故か自分にも出来る様な気がしてくる。
「おへそにピアス開けてるだけ。あと実行委員辞める」
「え……?」
僕は持っていた鞄とコンビニ袋を床に落とした。だって瑠樺のその小さくて綺麗な臍には、今まさに一つピアスが挿さろうとしている。
瑠樺にピアスが増えるのは良くない兆候。
藤咲の話によると、瑠樺のビアスは一種の自傷行為みたいなもので、心が病んでる時のサインみたいなものらしい。
「あ、あのさ……」
「なに?」
僕が声をかけると瑠樺は顔を上げずに答えた。
藤咲から瑠樺の過去を聞いてしまったからだろうか。
坂東と瑠樺の関係が僕が思っていた以上にいびつなものだったからだろうか。
瑠樺の心が病むのは嫌だから。
「ど、どうして実行委員やめるとか言いだしたんだ? 何かあったの?」
人付き合いが得意じゃないと言うか、傷ついた過去がある瑠樺が実行委員の集まりで何か嫌な思いをしたのが原因ではないかと僕は思っていた。
「だって実行委員やれば球技大会の試合出なくて良いかもって思ってたのに、自分のクラスの試合は出なきゃダメみたいだったから……」
「……はい? それだけ?」
「うん。それだけ」
僕は思わず床に落とした鞄を拾おうと屈んだ。
そしてそのまま床に手をついたまま、瑠樺にこう言ったのだ。
「バカじゃねーのお前! 理由がバカ過ぎだ! なんだよもう!」
僕と藤咲が公園で話した時間を返せと言いたい。瑠樺が変わろうとして実行委員を務めるのだと勘違いした藤咲との間に芽生えた友情みたいなアレが本当に無駄だった。
「だって私、運動音痴なんだよ! バレーボールとかマジ無理! ゲートボールだったら良かったのに!」
「なんだよ! その小学校レベルの言い訳は! もっと他にあるだろが!」
「ないってば! 私スポーツ全般苦手だし! 球技大会なんてやりたくない! つーか休む事にした!」
そう怒鳴るように言って、瑠樺はソファーの上でうずくまっている。その肩が小刻みに震えている。
「な、なぁ瑠樺、別に活躍することないんだからさ……参加してるだけでいいんだって。 な?」
「そんな事ない。絶対私が足引っ張って負けるし。それで陰口されるんだよ絶対……あざとい子だと思われるし。本当に運動音痴なのに……」
瑠樺はそう言うと、また黙ってしまった。その背中がいつもより小さく見える。
「なら、僕が教えるよバレーボールを! 球技大会までに出来るようになろうよ!」
「ヤダ無理死ね」
相変わらず酷い。だけど僕は諦めない。
「瑠樺、アイス買って来たんだ。瑠樺の好きなダッツの抹茶だぞ?」
「…………」
そう告げると無言ながらチラリとアイスの入った袋を見る瑠樺。これは行けそうな予感がする。
「ほら瑠樺、とりあえず食べなよ」
「ん……」
僕はアイスとスプーンと一緒に瑠樺の前に置いた。
「瑠樺、一緒に頑張ろうな?」
「うん……」
瑠樺がアイスの蓋を開けると、抹茶アイスが液体となりこぼれ落ちた。
「溶けてんじゃん!」
瑠樺がそう叫んだ。
しまった! やる気まで溶けてしまう!
「そ、そういえばさ、藤咲と帰りに公園でさ……」
「いかがわしい事でもしたの?」
「し、してないよ!?」
「変に動揺して怪しい……」
公園では何もしていない。いや、藤咲の部屋でも何もしてはいない……よね?
「いや、だからその……藤咲が瑠樺を応援したいって話しをしてて……」
流石に瑠樺の過去のイジメ話には触れずに藤咲が瑠樺を応援したい気持ちを伝えると、頷きながらも、うんうんと聞いてくれた。
「そういえば藤咲ってバレー部だったって言ってたけど、なんで辞めたんだ?」
「エマがその事言ったの? 優斗に?」
「え? あぁ、うん。中学の時バレー部だったって……」
藤咲が僕に話したのはその程度だ。
だけど瑠樺は、その理由を知っている。
そんな気がした。
「エマってさ、運動神経良いじゃない?」
「そうだな。瑠樺とは大違いだな」
「うっさい。で、二年の時に今までエースだった三年生のポジション奪っちゃって……」
瑠樺がそこまで話すと、僕はなんとなく察しがついた。
しかし、チームスポーツなら能力次第でレギュラー外されるなんて良くある事だ。
後輩にポジション奪われるなんて本人の能力不足なのだから藤咲は悪くない。
「でもたかが部活でそんなさぁ……」
「うちの中学結構バレー部強かったんだよね。全国大会とか行ってたし」
「そうなんだ……じゃあ結構ガチ勢な先輩だったって事か……」
そんな強豪校の三年生でエースだったりすると、やはり名門の高校のスカウトがあったりするのだろう。
それが三年最後の大会で下級生にポジション奪われる事態になったら進路に関わる。
本人にとっては大事なのだろう。
それもあの藤咲の事だ。さほど努力もしないで、あっさり先輩を追い抜いてしまったのが想像つく。
そして藤咲に対する嫌がらせは三年生からだけではなく、同級生からも受けるようになった。
三年生からだけなら、引退まで我慢すれば良いのだけど、同級生からともなると、我慢の限界も簡単に超える。
「でもエマは我慢して大会までは続けてたんだよね。レギュラーは辞退したんだけどさ」
「そうか……それは仕方ないよな」
だが地区大会の二回戦で事件は起きた。
対戦相手は格下だったが、思いのほか苦戦していた時にピンチサーバーとして藤咲が投入された。
流れを変える為に投入された藤咲。
チームの期待を一身に受けて放たれた強烈なジャンピングサーブは相手コートな一直線――。
とはならず、味方エースのお尻に激突した。それはミスではなく、狙って打ったらしい。
エースは負傷退場。藤咲はその場で「退部しまーす」と言って去った。
試合は負けてしまい、三年生は引退。
一球でエースを潰した藤咲の悪名が学校中に広まった。
「そんな訳だから、エマはバレーやりたくないのかなって……でもエマがやる気になってくれてるなら……」
「藤咲の為にも、球技大会でバレー頑張ろうな?」
「……うん。わかった。でも私は運動神経悪いから……特訓しないとなんだけど。とりあえずどうすればいいの? 教えてくれるんでしょう?」
「ん? あぁ、ちょっと待ってて」
僕は瑠樺をリビングに残して、部屋から漫画をダンボール箱に入れて持って来た。
某少年誌で連載していた大人気バレーボール漫画だ。
「これを読めばとりあえずなんとかなる」
僕は床にダンボール箱を置くと、単行本を瑠樺に見せた。
「漫画かよ!」
「大切な事は全て漫画が教えてくれる」
「漫画は漫画でしょ! 現実と漫画一緒にすんな!」
翌朝
「ジャンプフローターサーブ? これなら出来そう」
「出来るかァ!?」
僕は思わずつっこんだ。
でもまぁやる気になってるみたいで何よりだ。
瑠樺のやる気が残っている内にと、バイトの無い日は自宅の庭でバレーボールの特訓に励んだ。
瑠樺の運動音痴は思ってた以上に酷かった。
「瑠樺、ボール見てなきゃダメだろ? いちいち目を瞑らない!」
「だって怖いし……」
「大丈夫。ボールは友達。怖くない」
「ボールハトモダチコワクナイ……」
レシーブでボールは避けるし、トスでは目を閉じてるはで、僕は頭を抱えた。
だが諦めずに根性で鍛えた結果、初めてバレーボールをする女の子のレベルくらいまでにはなった。
そして、球技大会当日の朝を迎えた。
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