第24話 サブヒロインが重要な事を言うとメインヒロインに何かが起こる。

「お疲れ様でしたー」


夜21時、バイトを終えて店を後にする。

右手にはレジ袋に入ったちょっと高いアイスクリームが二つ。


「そのアイス瑠樺にかな? キモオタくん?」

「え? あぁ、そうだよ」


隣りに並んで帰っている藤咲がレジ袋の中を覗き見る様にして肩を寄せてくる。

これがギャルの距離感なのかと少しドギマギしてしまう。


ただでさえ今日は驚く事が多かった一日だったが、その中でも特に記憶に刻まれた出来事。


藤咲のノーパン三角絞めがあまりにも衝撃的すぎてバイト中も上の空になる事が多々あった。その度に藤咲から、「キモオタくんボーっとしない!」と注意された。


「もう1個の方はウチの分かな? かな?」

「んなわけないだろ……」

「ケチー! けちんぼー、毛ちん……」

「それ以上言うな!」


街中で女子高生が発してならない単語を未然に防ぐ僕は偉い。


「キモオタくんだってバイト中ずっと射精射精言ってましたぞ?」

「言ってねぇよ!」

「だって、【いらっしゃいませ】がさ、しゃせーって聞こえんだよね。 すげーなコイツって思たよ」

「えぇ? そんなつもりないのに……」

「100回はしゃせーしてたね。 鬼ヤバイ。 ギネス記録っしょ」


そんな話を人通りのある中でするものだから、道行く人の視線が痛い。

藤咲と一緒に居るのツラい。


「それよりさ聞いてよー、太腿の内側すっげぇ歯形ついてんだけど! マジ恥ずいわー」

「それは本当にごめんなさい」


藤咲の太腿に僕の歯形が付いてた事を思い出すと、なんだかムズムズしてくる。

あの瞬間、三角絞めを何とかしようと咄嗟に噛んでしまったのだけど、痕が残る事まで考えてはなかった。


「こんなんじゃもう、街中を裸で歩けねぇし……責任とってキモオタくん!」

「いや、歩くなよ」


思わず突っ込みを入れてしまう。

幸いな事に歯型は藤咲の馬鹿みたいに短いスカートでも見えない位置にあった。


しかし、瑠樺にでもバレたら何を言われるか分からない。

何て言うのだろう?

怒るのだろうか?悲しむのだろうか? それとも……

瑠樺のあの表情からは想像が付かない。

別に何とも思わないかもしれない。

付き合っているわけでもないし……一線を越えてしまってはいるけど、心が繋がっていない、それだけの関係。

だけどそれが最近は酷く寂しく感じるのは何故だろうか。

モヤモヤとした気持ちを抱きながら夜道を藤咲と二人歩いていく。


「そーいやさ、瑠樺なんで実行委員? なんてやる気になったんだろーね?」

「いやそれ、藤咲がやりなよって言ったからじゃないの?」

「え? 言ったっけ?」


コイツ忘れてやがります。

その忘却力何なんですか?


「言ったよ。藤咲が最初に先生に言われて、それで瑠樺やれば〜みたいに」

「あ! 思い出した! そうだったね。

でもさ、瑠樺ってそんなやる気出すタイプじゃないよね? 何だろ?」


確かにそうだ。

藤咲の言う通り、瑠樺は自分から率先して何かをするようなタイプではないし、ましてや実行委員なんて面倒な事を進んでやるような人でもない。


その疑問を僕は藤咲にそのまま投げかけてみる。


「アイツってさ、なんか周りに興味無いっていうか人に関心ないのかな? 藤咲と坂東以外の人と話してるのあまり見た事ないし」

「あー、それはそうかも。まぁそれは……えーと……」


そこで藤咲は言葉尻を濁して黙ってしまう。

何か言いにくい事があるのか? でも、その反応は僕としては逆に気になってしまった。

瑠樺のあの態度が人に関心が無いからなのか、それとも別の理由があるのか。

僕はそれが知りたい。瑠樺の事をもっと知りたいと思った。


「何か知ってそうだな藤咲さんよ」

「ん? ん〜? な、何がかな?」


珍しく目がキョドっている藤咲。

やはり何か隠している。ウソが下手過ぎるんだよな藤咲って。

見た目の割に良い奴である。


「今更、隠し事はよしてくれない? 義理だけど瑠樺は一応妹なんだし、知る権利あると思うけど?」

「う……それはそうだけどさァ! ウチから言って良いのかって言うと……ねぇ? 分かるっしょ?」

「いや、分からん」

「ほら、ウチは尻軽いけど口は軽くない女で通したいんだよね」


誰よそんな誤解されやすい事を藤咲に吹き込んだ奴。駄目だろ尻軽は。


「そっか、じゃあ……」

「実は瑠樺さ、昔イジメにあってたんだよね……」


言いたくないなら別に良いかと言いかけた所でこのバカ喋りやがった。

口も軽いじゃないかと、ツッコミ入れたくなったが、それよりも瑠樺がイジメられていたという話が衝撃的で固まった。


「え? イジメ? あの瑠樺が?」

「うん」


帰り道の小さな公園を見つけた僕と藤咲はブランコに座った。

ベンチがあるのに何故かブランコに座ってしまうのはまるで青春ラブコメみたいだなと少し思った。


「やっべぇ〜ッ! ブランコとか久しぶり過ぎて楽しいんですけど!」


はしゃぎながら全力でブランコ漕ぎ始める藤咲。話しするんじゃないの?

自由過ぎるよこの人。話進まなくなるよ?

そして声デカいし、パンツ見えてるし。

無防備なクセに簡単には落ちない。

見た目が美人なだけにギャップが凄まじい。

僕はそんな藤咲のフワリと捲れるスカートの中から目を逸らした。とりあえず脳内ストレージには保存しておく。


瑠樺が過去にイジメにあっていたとか全然知らなかった。

知る機会なんてそもそも無かったし、瑠樺もわざわざそんな自分の黒歴史なんて話そうなんてしない。

家族だけど他人。僕と瑠樺にはまだそういった壁というか溝がある。

身体はゼロ距離まで近付いて一つになったのに心は鍵がかかったままみたいで。


その鍵は瑠樺の心の傷なのだろうか。

僕は瑠樺の何なのだろう? ただの義兄で家族。それ以上でもそれ以下でもない。

いや、違う。

それ以上になりたいのだ。

この気持ちをなんというのだろう?


藤咲がブランコを漕ぐのをやめた。

もう満足したらしい。


「瑠樺ってさ、今も可愛いけど昔は更にめっカワでさ、そりゃまぁモテたわけよ」

「へぇ、そうなんだ……」

「ほらコレ中学の時の写真。 確か二年ときかな?」


すると藤咲がスマホに保存されたフォルダから瑠樺の写真を見せてくる。



「あっ、髪黒かったんだ?」

「そそ、マジ清楚って言うか聖楚みたいな」


スマホの画面の中の瑠樺は今とは違う黒髪のショートボブで、着崩してない制服姿に凛とした佇まいが優等生そのものであり、透き通るような白い肌は神々しくて、天使のような美少女だった。


天使が制服着て教室に舞い降りたと言っても過言では無いくらいだ。

それくらい今の瑠樺とは違っていた。

今の瑠樺は堕天した瑠樺。そう思わざるを得ない程、口も悪いし、悪魔にすら見える時がある。実際悪魔だと思っていた時期もあった。


「とてもじゃないけどイジメられている様には見えないし、寧ろ守ってあげたくなりそうだけど」

「だよね。 でもさ実際、自殺未遂までするほどだったんだよね……」


藤咲のその言葉に僕の心臓は跳ね上がるように脈打った。


イジメられて自殺未遂って一体どれくらい辛かったのか、想像を絶する事なのだろうけど、僕は少し理解出来た。


瑠樺へのイジメの原因はその容姿故による嫉妬心から始まったらしい。

当時、瑠樺とクラスメイトだった女子の意中の相手が瑠樺に惚れてしまう事が重なり続けると、その女子は瑠樺へ嫌がらせを行い始めた。


要は好きな男子を盗られたのと、瑠樺が可愛いから嫉妬して虐めて憂さ晴らしをしたわけだ。


そのイジメは陰湿で、性的な噂を広められた。授業中にオナニーをしているだとか、他校の男子とヤリまくってるだとか様々な噂。


思春期の中学生にはその手の噂はバカみたいに盛り上がって広がるもので、ビッチだのヤリマンだの囁かれてクラスで孤立し始めると、更には鞄の中にコンドームを大量に忍ばされて、それを皆の前で暴かれると、今まで半信半疑だった噂は真実味を帯びてしまい、瑠樺は居場所を失った。


そして中学二年の二学期、瑠樺は自ら命を絶とうとした。

「でもさ、結局自殺は出来なかったんだよね」

「……どうして?」

「アイツがさ、止めたんだ」

「え? 誰?」

「アキラだよ」

「坂東が?」


僕は藤咲のその答えに驚いた。

あの坂東が瑠樺を救ったなんて信じたくはない。


「だからさ、瑠樺にとってアキラはヒーローだったんだよ多分」


藤咲はブランコをキコキコと鳴らしながらそう告げた。

本当に意外だった。あの坂東が瑠樺のヒーローだったなんて。


「だった? って事は今は……?」


「瑠樺はさ、アキラの言う事ならなんでも聞いちゃうくらい依存しちゃってたし、アキラもそれを利用して悪い事たくさんさせてさ……」


そこで藤咲はブランコから飛び降りた。

そして、僕の目を見てこう告げる。

その藤咲の言葉に僕は衝撃を受けた。

瑠樺が坂東に依存? 悪い事って? そんなのまるで……。


「今、瑠樺はアキラから離れようとしてるんだよ……多分だけど。最近特にアイツ悪い連中とつるんでるらしいし」

「悪い連中?」


「うん……かなり悪いヤツらって結衣が言ってた。結衣は口軽いからね〜嘘はつかないけど。あ、尻も軽いけど笑」


藤咲は笑いながらそう話す。

でも、僕は笑えなかった。

瑠樺が坂東に依存?悪い事? そのワードが僕の頭をぐるぐると駆け巡る。



「だからさ、瑠樺が今変わろうとしてるならさ、ウチは全力で応援してーなぁ、って感じなんですよキモオタくんっ!」

「お……おう」


藤咲は僕の前に立つと、笑顔でそう言った。その笑顔は公園の照明に照らされて眩しかった。何この人、かっこいいんですけど。


「それで応援って具体的にどうするの?」


「それはわかんないけど頑張るよ球技大会」


「って、おい」


「ウチこれでもバレー部に居たから期待しても良いんだぜ♡」

「お前なんでも出来るのな、勉強以外は」

「ベッドの上ではもっと凄いかもよ? 試してみるかい? なんつって♡」

「それは遠慮しとく。また関節技とかしてきそうだし」

「寝技も得意だよ♡」



そんなやり取りをしながら公園を出ると、既に22時を過ぎてしまっていた。それどころか折角買ったアイスが溶けた。

そして別れ際に藤咲がこう言った。


「瑠樺は色々悩むとピアス増えるからさ、見ててあげて」


そう言い残して藤咲は颯爽と駆け出して帰って行った。体力馬鹿みたいに。



「ただいま――……」

「帰って来んの遅くない? ご飯先食べちゃったし」


家に戻るとリビングのソファーに座る瑠樺がいた。

僕に背を向けたまま、不機嫌さを隠そうともしない。

もしかしてあのピアスの多さって、坂東に依存した結果? と、一瞬思うも、それを口には出せない。


「ん? 何してるの?」


ソファーで俯く瑠樺が気になって声をかけた。


「おへそにピアス開けてるだけ。あと実行委員辞める」

「え……?」


僕は持っていた鞄とコンビニ袋を床に落とした。

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