第22話 連れ込まれた部屋は強敵がエンカウントする。
六月、高校で最初のテストも終わり、また平常運転の学校生活が始まる。
クラスの雰囲気は前よりも穏やかだった。
坂東アキラという存在が無くなったからか、元々陽キャラだった人間がその能力を発揮し始めて、クラスは今までとは違う賑やかさで溢れかえっていた。
このクラスにも坂東グループ以外のリア充グループは存在している。
運動部に所属している爽やかな男女グループや、メガネ率のやたら高い博士グループ。少しギャルっぽくなりかけのにわかギャルグループなどが居るが、まだ高校一年の一学期なのでやはり垢抜けていない。
瑠樺と藤咲が飛び抜けて目立つせいか、クラスの女子がやたら地味に見えてくる。普通なのに。
僕が瑠樺らと共にいる事は皆、慣れて来たのか不思議がる事もなくなり、イジメというより、いじられキャラみたいな扱いにシフトしていた。良い傾向だ。
移動教室の時とかも、瑠樺と藤咲が並んで歩く後ろを使用人みたいに付いて歩き、従順な下僕のようだったりもする。
クラスの男子からは「ドンマイ」と少し羨ましそうに声をかけられたりもした。
クラスでの僕たちのやり取りは、こんな感じだ。
「キモオタくん〜、昼飯買って来て♡ はい一万円」
「いやいやいやいや、パシリに一万円札とか与え過ぎでしょ?」
「だって今それしか無いんだから、しゃーなしっしょ?」
「持ち逃げしたらどうするんですか?」
「えっ? 逃げんのお前?」
「逃げないです。 むしろ逃げれないです」
「だよね? とりあえず買って来て? 肉系が食いたい」
「あー、じゃあ学校の向かいの肉屋行ってきます」
「生肉かよ〜笑」
「私は豚バラ肉300グラム」
瑠樺がそこで乗っかってくる。
「瑠樺それ絶対夕飯の食材じゃね? 昼飯の話ししようってば!」
「じゃ、僕買って来ますけど藤咲さんは何処の部位が好きですか?」
「ホルモン〜♡ いや、違くて、普通に弁当買ってきて欲しいんだけど! 焼きサバ弁当!」
「魚かよ」
というやり取りをしていると、
クラスが笑いに包まれていた。和やかムードだった。
実はこれは藤咲の提案だった。
キモオタ、実はおもしろい奴作戦。らしい。
パシられているものの、藤咲のボケにボケを被せて行き、更に瑠樺がそれに被せていって藤咲が見当違いな事言って瑠樺がツッコミを入れる。
僕だけじゃなくて、瑠樺に対するクラスメイトの印象も変わりつつあった。
瑠樺は無口で不機嫌そうにしている事から『無言の女王』と密かに恐れられていた。
でも、途中からは僕のいじりに瑠樺が反応するようになっていて、そういったやりとりがクラスメイトにも浸透し始めていた。
それだけじゃなく、周りの瑠樺を見る目が変わった。
中間テスト全教科満点。
ぶっちぎりで学年一位だった。
テストの結果は上位100人が張り出される。これはもはや学校中の噂にもなっていた。
金髪にピアスに超ミニスカートで、悪い見本の様な校則違反のオンパレードのギャルが実は一番成績優秀。
クラスで一番真面目な女子である委員長の間々田真奈が悔しそうにしていたが、他の女子達は瑠樺に尊敬の目を向けていた。
因みに名前が言いづらいので「委員長」としか言われてない。
真奈って言ってやれよとか少し思った。
それはさておき、我が校の一学年は150人で5クラスあり、上位100人に入れなかった僕と藤咲は期末テストで巻き返さないと夏休みに補習なる可能性がある、落ちこぼれ予備軍となっていた。
そんな中、
「来週は球技大会あるから、実行委員決めるぞー、やりたい奴はいるかー?」
担任の半間先生。通称『ハンセン』30代の体育教師で独身男性だ。
陸上部の顧問をしていて度々、藤咲を陸上部に誘っている関係か、藤咲に甘い。
「あっ、オレやりたいッス!」
野球部の高菜が手を挙げる。
タカナなんだけど先生以外からはタナカと呼ばれている。
「女子は誰か立候補しないのかー? 藤咲やってみるか?」
担任のハンセンが藤咲を指名する。
おいおい、先生が指名しちゃダメでしょ。
「はぁ? なんでウチなん? 瑠樺やれば? なんつって」
「ん……別にいいけど」
「え?」
瑠樺のまさかの承諾にクラスの皆が目を丸くする。藤咲も自分でふっておいて驚きを隠せずにいた。担任のハンセンも啞然としていた。
というわけで瑠樺とタナカが球技大会のクラス実行委員に決まった。
因みに球技大会の種目は女子は9人制バレーボールに男子はサッカーと決まっている。この学校では校長よりも権力を持つと噂されている生徒会により、種目が決められたらしい。
なので実行委員の仕事は大会の準備とか雑務だけのようだ。
それにしても、瑠樺が実行委員なんて引き受けるとは思わなかった。
どんな心境の変化だろうか。
「じゃ、私は実行委員会あるから」
「ウチらは今日からバイトだから、どっかで時間潰すっしょ?」
「そ、そうだね」
放課後――
瑠樺は実行委員会。僕と藤咲はテストも終わってバイト再開となった。
バイトは18時からなので、まだ時間が早いという事で藤咲と二人で学校を後にした。
藤咲と二人で下校するなんて初めての事だ。何故か緊張する。
元々女子と二人きりになると緊張する人間なのだが、それ以上に何故か緊張してしまう。
そのせいか、会話が無い。気まずかった。
でも、その沈黙を先に破ったのは藤咲だった。
「時間あるし、ウチの家寄ってく?」
「え?」
「あー……着替えてから行きたいし、どっか店入るよりいいっしょ? キモオタくん的に」
「え、あぁ、うん……」
学校から電車で10分くらいだろうか。
改札を出て、数分歩いたとこにそのマンションはあった。
そのマンションの外観を見て僕は唖然とする。
「随分立派なとこ住んでるんだな……」
タワマンとまではいかないが、まだ真新しい新築のマンションといった感じで、オートロックに綺麗なエントランス。
家賃聞くのが怖いです。
「親が金持ちなだけだし。 それに部屋は普通にワンルームだかんね?」
エレベーターに乗り込み、藤咲が五階のボタンを押す。良かった、最上階とかではなかった。
エレベーターを降りると、503号室が藤咲の部屋だった。
「おじゃましまーす……」
「はいよ」
玄関で靴を脱ぎ、部屋に上がる。
ワンルームだけど広めな造りであり、4、5人座れるソファーと、クイーンサイズ位の大きめのベッドがあった。
女の子の部屋はもっと可愛いものだと思っていたが、勉強机は無くて、代わりにゲーミングPCがあった。勉強しろよ。
「キョロキョロし過ぎだし。 適当に座ってな〜。 ウチ先にシャワー浴びるね♡」
「え、う、うん……って、シャワー?! なななななんでッ!?」
顔を真っ赤にする僕を見て、藤咲がケラケラ笑う。
「あはは♡ 今日体育あって汗かいたし、メイクも落とすからに決まってるっしょ? ひょっとしてエッチな事考えちった? ん?」
「そ、そそそそそんな訳ないからッ!」
「キモオタくん、いちいち反応がウケる笑 はいはい、ごゆっくりどーぞ♡ 覗くなよ?」
「の、覗かないよっ!」
「覗かないのかよ〜あはは」
脱衣所の扉が閉まる音がして、藤咲は奥へと消えてしまった。
一人残された女の子の部屋。
初めて訪れた部屋で、僕はどうしていいか分からず立ち尽くしていた。
ガサツなようで整理整頓された部屋だった。ある一点を除いては。
部屋干しされている下着類が嫌でも目に入ってしまう。
派手な下着達が干されている光景は絵の具のパレットの様にカラフルで、いつも明るい藤咲を表しているみたいだった。
だがしかし、吊るされているブラジャーのそのカップの大きさよ!
「まるで丼ぶりみたいだな……あれがGカップの脅威なのか……」
小玉のスイカがスッポリ入りそうなカップを見て、改めてその大きさに驚いてしまった。瑠樺のより、やはり大きい。
ギャルは栄養が全部胸に行く人種なんだろうか?
などとくだらない事を考えていたら、玄関が閉じる音が背後でして、振り返るとそこには――。
「あァ? なんッでテメェがここに居んッだよ?」
坂東アキラがそこに居た。
僕は初めて訪れた女の子の部屋で魔王にエンカウントした。
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