第21話 義妹は仲良くなりたいらしい。

 夕飯の後、僕は自室で勉強をしていた。

来週はテストがあるからなんだけど……、


 しかし、全然集中できない。


 集中出来ない理由は勉強したくないからではなくて、いや、したくないんだけどさ。

 そうじゃなくてやはり、さっきのコンドームの一件なのだ。


 あのコンドームは僕用。そう瑠樺が言った。「避妊はした方が良いから」みたいな事まで言ってた。

 まぁ、そうですよね。

 高校一年生なんです。避妊しないとダメだよね!それは分かりますよ。


 だけどそういう事でなくて……つまり、瑠樺は避妊さえすれば……僕とセックスをしてもいい。と言ったようなものです。


 確かにこの間、勢いでというか、なんといか……してしまったワケで。

 瑠樺で童貞を卒業した……いや、卒業というより、奪われた? 逆レイプ?


 いや、そういう事でなくて、やっぱり僕とそういうことをしてもいい。というのはつまり、 瑠樺が僕のことを好きかも?って事。


 なのか……?


 そんな事を僕は勉強しながら考えていた。

まぁ、本当は勉強してないんだけどね。

 瑠樺が勉強しているので、なんとなく勉強しなければとか思っただけなんだけど。


 瑠樺は夕食と風呂を済ませた後、リビングで勉強をしている。

 なんか、リビングで勉強するのが習慣だからとかいう理由なんだそうだ。



 時計の針が二十二時を回った頃、瑠樺がリビングから出て来て、二階に上がって来る。

 僕は慌てて、勉強しているフリをする。


「入るわよ」


 すると瑠樺は、 僕の部屋に勝手に入ってきて、 そして、僕のベッドに座った。


「……で? もうシコッたの?」

「は?」

「シコったの? って」

「いや、シコってないけど。なんだよ急に」

 僕は突然の瑠樺のその発言に動揺しまくっていた。


「ふうん……」


 瑠樺は疑いの目を僕に向けた後、部屋のゴミ箱を覗き込む。


「どうやら本当にしてないみたいね。 で? これからするの?」

「え?……な、何を?」


「コンドーム使うコト……する?」

「こ、コンドーム使う事って……その……」


 すると瑠樺は僕の耳元に近付き、


「えっち……」


 と囁いた。


「……ッ!」


 瑠樺の手が僕の肩に触り、身を寄せてくる。距離が恐ろしく近く、甘い香りが漂い、鼻から忍び込むそれは僕の脳を麻痺させる媚薬のようだ。


 肌の露出は無いものの、瑠樺の身体のラインははっきり解る。

 特に胸と下半身。瑠樺の柔らかい胸が僕の右腕に触れると、数時間前に見た瑠樺の裸エプロンならぬ下着エプロンの姿が鮮明に蘇る。


 瑠樺の吐息が耳元をくすぐる度に、僕の理性は飛びそうになる。

 心臓がいつもの十倍、いや、百倍速くらいで血液を全身に送り出しているのがわかる。

 そして、僕の僕自身が反応してしまっているのだ。バレてないよね?


「いや、その……そういうのは良くないって言うか……ほら、坂東に悪いし……」


 などと、一ミリも思ってない事を言う。

 寧ろ、坂東の彼女である瑠樺をNTRだぜ!ざまぁwwwwみたいな事してやりたいが、あとが怖いのだ。僕はまだ死にたくない。



「はぁ? アキラなんて関係ないし」

「え? だって坂東と付き合ってるんだよね?」

「ん……付き合ってるけど? それが何か問題あるの?」


 瑠樺が何を言ってるんだ? という表情で僕を見る。


「いや……だって、その、男と女がそういう関係になるのはさ……なんて言うか、好き合っててする事なんじゃないの?」


 すると、瑠樺は、 はぁ……と溜め息を吐いた。

 そして、 僕の目を見て、 言った。

 それは、 僕が今、最も聞きたくない言葉だった。


「別にセックスなんて好きじゃなくても、出来るでしょ? ただの性欲だけなんだし」


 瑠樺のその言葉は僕の心に深く突き刺さった。

 その痛みは、まるでナイフで心臓を刺されたような、そんな感覚だった。


「で、でもさ坂東の事は好きで付き合ってるんでしょ?」

「うん。 好きだよ。 でも……別に恋人って感じではないかな……」

「恋人……じゃないの?」

「そだね。 別にアキラに恋はしてないし、愛してもない」


 と、さらっと瑠樺は言う。


「じゃ、なんで付き合ってるの?」


 僕がそう言うと、瑠樺は少し困った顔をした。そして、溜め息を一つ吐き、口を開く。


「別にいいじゃん、そんな事……それよりさ、しないの?」


 瑠樺はまたも僕の身体に身を寄せてくる。

 半袖のシャツからむき出しになっている腕と腕が重なる。

 少しひんやりとした瑠樺の体温と、柔らかい肌が僕の腕を通して脳に直接響いて来る。


「やっぱり、良くないと思う。 坂東の事は嫌いだけど、自分がされたら嫌な事はしたくない。 こういう事をするのは僕はきちんと付き合ってる男女がする事だと思うし、そんな不誠実な事は出来な……あぁっ!?」


 僕が少し早口にそう話していると、 瑠樺は僕の大事な所を指でつついた。


「こんなにパンパンにしてて説得力ないんだけど笑」

「いや……それは……」

「考え方が童貞でキモいんだけど」

「悪いかよ! それにもう童貞じゃない!」

「あんなのほぼノーカンだよ。 優斗なんもしないで終わったし」

「うっ……」

「ただベッドで寝てて、あっさり果てただけのヤツが童貞じゃないしとか言ってんなよキモっ」


 と、瑠樺は笑いながら言う。

 何この人、憎たらしいのだけど。

 だけど事実だから言い返せない。


 僕が童貞でキモいのは紛れもない事実です……はい。

 だからといって、なんでそんなに馬鹿にされないといけないのだろう。


 初めてだったんだから仕方ないだろ!

 瑠樺の中では数多くした中での一回に過ぎないのだろうけど、僕にとっては大きな出来事だったのだ。それを笑うなんて許せない。ホントにコイツは……


「でも気持ち良かったよ」


 と瑠樺は言った。


「え?」

「すごく気持ち良かったって言ったの! 何度も言わせんな!」


 そう言って瑠樺は顔を赤くする。


 心臓が大きく跳ねた気がした。

 僕は思わず瑠樺から目を逸らした。

 騙されるな。僕は誘惑には屈しない。これは罠だ。

 こんな卑猥な誘惑に僕が負けるわけにはいかない。 そして、僕は意を決して、瑠樺を見た。


 すると、そこには僕を真っ直ぐに見つめる瑠樺の眼差しがあった。


「私は優斗ともっと仲良くなりたい」


 と、瑠樺は言った。


「だからってこんな事はさ……不誠実が過ぎるだろ……」


「だって私さ……口悪いから、他に仲良くなる方法知らないし……」


 口悪いのは自覚しているそうだ。瑠樺は少し間を空けて、更に続けた。


「まぁ、私なんかがそんな事言える立場じゃないのは分かってるけどさ……穴埋めしたいって言うか……」

「穴埋め? なんの?」


「前にさ言ってたじゃん? 私に会ってなければ今頃、彼女の一人や二人居てもおかしくなかったみたいな事」


 言ったような気がする。

 だけどそれは可能性の話しで実際問題どうだっただろうか、無理な気もしている。

 モテる気がしないからな。



「だから! 彼女がいたらしてた事、したかった事、全部私がしてやるっつんてんの!」


 と、瑠樺はキレ気味に言った。


「全部?」

「うん、全部。 私は、優斗がしたい事をしてあげたい。 ついでに仲良くなりたい」


 瑠樺は僕の目を見てそう言った。

 その瞳は何やら決意のようなモノが宿っているように見えた。


 至近距離で見る化粧もしていない瑠樺の顔は、年相応の幼さが感じられる。

 認めたくないが、可愛いと思った。


 そうか……僕は認めたくないんだ。

 どんなに可愛くても、瑠樺はあの北嶋瑠樺であり、僕の学校生活を地獄へと変えた張本人だという事。


 だけど、実際に暮らしてみて知った瑠樺の姿は北嶋瑠樺と違っていて、許したい自分と許したくない自分で揺れているのだ。


 多分瑠樺はそれを感じとっていて、僕にこんな提案をしてきたのだろう。

 そして、僕はようやく気付いた。

 瑠樺が僕と仲良くなりたいと言ってくれたのは、僕が瑠樺にする事に負い目を感じさせない為だ。


 瑠樺は口は悪いが本当は優しい女の子だ。

 だからこそ余計に瑠樺に性的な欲望だけで手を出してはいけない気がする。


「なぁ、瑠樺……」

「……うん?」


 僕は瑠樺の顔を見る事が出来ずに、少し俯いた。「こういうのは良くない」とハッキリ言う。……つもりでした。


 だが、見えてしまった。


 視線を落とした先に広がる、魅惑の果実。

 ダボッとしたオーバーサイズのTシャツのクルーネックの先に潜む、いや潜んでない。存在感あり過ぎて潜んでない二つの膨らみ。


 乳の房。


 何が詰まっていたら、そんなに瑞々しく膨らむのか。夢でも詰まってるんですか?

 思わず僕は、それを凝視してしまった。

 凝視しながら瑠樺の言葉を思い出していた。


『私の事、めちゃくちゃにして!』


 そんな事は言ってない。えーと……


『したい事してあげたい』


 と言っていた。





 結局、僕は誘惑に負けた。




 ◇



「ちゃんと服着て寝なさいよ?」


「え? あ……うん」


 瑠樺がぐったりしている僕に起き上がりながら言った。


 部屋の灯りは点いてないが、窓から射し込む月明かりが瑠樺の背中を照らしていた。


 染み一つない綺麗な背中は背骨がスっと真っ直ぐ縦に浮かび、肌艶は陶器のように滑らかで、それはとても綺麗だった。


 細い腰と臀部への曲線は滑らかで、脇からはみ出て見える胸の膨らみまでもが美しくて、後ろから抱きしめたい衝動に駆られるが、思いのほか体力を削られたのか、脱力感で動けずに、ただ見蕩れていた。


「何?」


 瑠樺はTシャツの襟から顔を出すと、ベッドで屍のようになっている僕の方に顔を向けた。

 すると、その反動で瑠樺の柔らかそうな胸が揺れて月明かりに照らされた。


 僕は慌てて目を逸らし黙ってしまった。


「明日学校なんだから、もうお終い。 それとも一緒に寝て欲しいの?」


「え? あっ……いや……いいの?」


「ん〜……それはオプションなんで別料金だよ」

「金取るのかよ……」

「冗談だよ。 でもそれは無理だから」

「なんで?」


「なんかその枕臭いんだよね。 だから無理」


 そう言って瑠樺はベッドから下り、部屋を出て行った。


 やっぱり優しくなんかなかった。

 でも、枕は洗濯する事にした。


 だけど……瑠樺の恋愛感というか、坂東との関係に何か引っかかるようなものを感じながら、眠りについた。


 因みに服を着るのを忘れた。

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