第16話 藤咲エマは提案する。

「ビーフシチューうめぇーッ! 久しぶりにバイト先の廃棄以外の食事……染みるわ〜♡」


 僕と瑠樺の食卓にいつもと違う騒がしさが加わった。藤咲エマである。


 偶然にもバイト先が同じだった藤咲に瑠樺との秘密がバレてしまい、とりあえず夕食くれたら黙っててくれるとの約束で、本日の夕飯ビーフシチューが藤咲の目の前に並べられて今に至る。


「今月ピンチでさ……マジで泣くわコレ」


「エマ、落ち着いて食べなよ。 優斗は人参残すな」


 藤咲は腹を空かした犬の様にガツガツと食事を口に運ぶのを瑠樺が注意する。

 そしてさりげなく人参を避けているのがバレた。


「瑠樺、母ちゃんみてーだし。 キモオタくん人参食えんの? ウチが食べたげよっか? あ〜ん……」


 そう言いながら口を開けて藤咲が顔を近付けてくる。

 対面に座る藤咲が前かがみになると、大きく開いたブラウスの胸元が僕の視界に飛び込んでくる。

 ピンク色のブラのレースの刺繍まで丸見えである。


 張り裂けんばかりに重量感ありそうな藤咲の肉の果実が僕を釘付けにする。

 瑠樺のお母さんは年相応に熟した果実をお持ちだが、藤咲のそれは若々しい弾ける様な果実だった。


「じゃ、じゃあ……」


 僕は誘われるまま、藤咲の口に人参を運ぼうとすると、


「優斗! 自分で食べる!」

「あっはい……」


 瑠樺に怒られた……。

 結局人参は自分で食べる事になった。


 その様子を見て藤咲が爆笑している。

 そしてひとしきり笑った後、藤咲が口を開く。


「そういやさァ瑠樺、キモオタくんの事、下の名前で呼ぶんだ?」

「えっ、いっ、いや……これは……その……ちがっ、違くて」

「ん? ウチはただなーんか距離近いんじゃね?って思っただけだし」


 急に顔を赤くして慌てふためく瑠樺に藤咲がニヤついた顔で追い討ちをかける。


「ひょっとして二人ってもう、そういう感じ?」


 瑠樺の顔がさらに赤くなる。

 恥ずかしそうな上目遣いで僕を見ては、すぐに目を背けて呟く。


「ち、違うし……親の前でキモオタとか言えないからだし……」

「ふーん……そっか。 シャワー借りるね? 久しぶりに本気で走ったし、汗かいちったし」


 藤咲は図々しくも、

 お風呂まで借りるらしい。

 リビングから出ていこうとする藤咲が思い出したように振り返り、意地悪そうに僕と瑠樺を見る。

 その表情はさっきのニヤつき顔だった。


「もう! 早く行けってば!」

「やーん笑 瑠樺こっわ〜♡」


「「はぁ……」」


 藤咲が風呂に行き、どっと疲れたように瑠樺と僕は同時に溜め息をついた。

 アレといつも一緒にいる瑠樺を感心する。


「あのさ……なんでエマに家バレしてんだよこのボンクラ!」

「ボンクラ?! だって仕方ないだろ! バイト先が一緒だったんだから!」

「だからって連れて来んな!」

「撒こうとしましたぁ! でもアイツめっちゃ足速いんだけど! 何なんだあのバケモノは!」



 僕が自転車を漕ぐのが遅い説もあるが、それを差し引いても追いつかれるとは思わなかった。ゲラゲラ笑いながら追い掛けて来る藤咲がしばらく夢に出てきそうな位の恐怖を刻まれた気がする。


「まぁ、エマは中2まで運動部いたし」


 とてもじゃないが、運動部居たとかレベルじゃない。すでにアスリートの域である。

 僕も中学は帰宅部だったが、多少運動不足だし……勝てる気がしない。


 リビングに僕と瑠樺の二人になると、瑠樺が何か言いたそうにこちらを見ている。


「エマの胸ばっかり見てなかった?」

「はっ?! い、いやいやいやいや! そ、そ、そそそんな事ナイナイ!」


 見てたというより、見せつけて来るんだよ藤咲が! 僕は悪くない!


「へぇ〜……ブラ何色だったの?」

「ピンク色だったよ。 あっ……!」

「見てんじゃん、キモっ」


 瑠樺は侮蔑の眼差しを向けてくる。

 僕も男だし、仕方なくない? でもなんで瑠樺はこんな事を聞くのだろう。


「だって仕方ないだろう? 視界に入ってくるんだからさ」

「まぁね、Gカップだからねアレ」


 Gカップ……だと?!


 確かに瑠樺より大きいとは思ってはいたが……と言っても瑠樺もFあるからなぁ、コイツら発育良過ぎないか?

 ギャルって栄養が全て胸に行くのか?

 などと、つい瑠樺の胸に視線を送ってしまった。

「比べるみたいに見てんなよ! 変態!」「いやっ、あっ、ごめん」


 どうやらバレていたようだ。瑠樺がしかめっ面で胸を両腕で隠す。


「エマの巨乳でシコってろよ! デカければなんでもいいんでしょ!」


 何をそんなに怒ってるんだコイツは。ってか、GカップもFカップも対して変わらないだろうに。


「僕はFもあれば充分だと思うよ」

「は? 何、これでいいやみてーな言い方。 ムカつくんだけど!」


 そうこうしている内に藤咲が風呂から上がり、リビングにやって来る。

 ポニーテールに纏めていた髪が解かれて、乾かしたばかりのサラサラとした長い金髪を靡かせる藤咲は絵画の様な美しさがあった。


「二人共めっちゃ仲良いじゃん」

「はぁ? 仲良くねーし、こんな奴」


 瑠樺は顔を赤くして反論する。

 藤咲がニヤニヤとしながら僕の顔を除き込むようにして聞く。

 やっぱり喋ると美しくなくて安心した。


「キモオタくんてさ、巨乳好きなん?」

「いやっ、えっ?」

「じゃあさ、瑠樺とウチ。 どっちのおっぱいが好き?」

「エマ!」


 瑠樺が藤咲に掴み掛かる勢いで怒る。


「そりゃあ、瑠樺のだけど」


 比べるも何も、僕は瑠樺しか知らないのだからと、自然にそう答えてしまう。

 瑠樺の顔がさらに真っ赤になり、


「バカ……」


 そう呟いてリビングを出て行ってしまった。どうやら風呂に向かったみたいだ。

 しかし、そんな僕らを見て藤咲が愉快そうに笑った。


「ハハッ……即答で草」



 瑠樺が風呂に入っている間、僕と藤咲はリビングのソファに横並びで座っている。


「キモオタくんさ、なんか知んないけどいじめらてんじゃん?」

「あ、うん……」



 藤咲の中では、僕に対するクラスのいじめは【なんか知んないけど】レベルらしく、少しショックだ。


「瑠樺に痴漢したんだっけ?」

「してないよ?!」

「あれ、違った?」

「全然違うよ! 僕はたまたま瑠樺のスカートが捲れたのを見ただけで……」

「うっわ〜……瑠樺のパンツ見たの? で、そのまま痴漢したの?」

「だからしてないって!」


 コイツと会話していると、話が妙な方向にいく気がする。

 そんな事をしていると、風呂から瑠樺が帰って来た。


 なんかいつもより、出て来るのが速い気がするが、藤咲と二人きりは困っていたので、少しホッとした。


 ソファに座る僕と藤咲を見つけると、瑠樺は顔をしかめてあからさまに不機嫌になる。

 僕の隣にドカッと腰を下ろす。

 あぁ、やっぱり機嫌悪っ。


 お風呂上がりの女子に挟まれた状況に僕は

 ドギマギしていると、瑠樺が話しかけてくる。


「優斗もお風呂入れば? 明日も学校なんだから早く寝ないと」


 母ちゃんかよ、お前は。

 まぁ、瑠樺のこういう所は嫌いじゃないけど。


「あ、そうそう、キモオタくんさァ、明日からウチらの奴隷にすっから」


「「はァ?」」


 僕と瑠樺の声が重なった。

 何を言っているんだ、この馬鹿ギャルは。奴隷だと? コイツ頭おかしいんじゃないのか? 僕の混乱を他所に藤咲が続ける。


「瑠樺さぁ、キモオタくんがイジメられているの平気なん?」

「……平気じゃないし……嫌」

「かといってイジメやめてとか熱血みてーな事言えないっしょ?」

「それ絶対無理」


 瑠樺は首を横に振る。

 それは無理なんだね。


「つーわけで、キモオタくんをウチらの奴隷扱いしてれば、他の奴は手は出して来ないんじゃね?」

「うんうん。 確かにそうだね」


 いじめられないようにいじめる。

 藤咲のぶっ飛んだ発想に瑠樺まで乗り気になっている。


「じゃ、ウチ帰っから、バーイ♡」

「気を付けてねエマ」


 藤咲は言いたいことだけ言って帰って行った。高校一年の春の終わりに僕は奴隷になった。

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