第14話 コンドームを買うのは別にシたいからじゃない。

 昨日、僕は童貞ではなくなった。


 それは思い描いていた恋愛のプロセスとは違った形となってしまったが、僕のカラダが女性を経験した事に変わりはない。


 しかも相手があの北嶋瑠樺というのも、なんというか、複雑な気持ちにさせた。


 学校で一番可愛くて、一番嫌いな女。


 なのに、そんな彼女とエッチして、そのカラダの温かさも柔らかさも、そして刺激的な快感も全て知った。


 その晩は瑠樺の顔がまともに見れなかった。自分の部屋に戻っても、瑠樺の事ばかり考えている自分がいた。


 普段よりも早く起きてしまった朝、朝日がやけに清々しく感じたのは、それが原因なのかもしれない。


 初めてのエッチを経験してしまったからか。

 それとも、憎き坂東の彼女である瑠樺を抱いた事による優越感か。


 今なら坂東に殴られても笑ってられそうなくらいに、今の僕は幸せな気分なのだ。


「――おはよう」


 僕はリビングにいるであろう瑠樺に朝の挨拶する。いつもは起こされるまで寝ている僕を瑠樺がギョッとした顔で見つめてくる。


「え……あ、おはよう……どうしたの? ひょっとして学校行く気?」

「うん、行くけど」

「無理……しないで休んでも……」

「大丈夫だよ。 平気さ」

「メンタル鬼かよ……」


 流石にボコられて翌日、普通に登校するのが精神的にきついんじゃないかと気を遣ってくれてるのだろうが、僕は笑顔で答えた。


「今日……私、少し帰り遅いかもだけど、夕飯はつくるから待っててね」


 瑠樺は少し言いにくそうに言っている。恐らく昨日、僕とエッチしてしまった事が恥ずかしくて気まずいのかもしれない。

 だが、彼女が普段通りに僕のために家事をしてくれるのは正直嬉しい事だ。


「あ、僕も遅いよ。 今日からバイトする事になったから」

「はぁ? バイト? なんで?」


 瑠樺は凄く意外そうな顔で僕を見る。

 しかし、小遣いが一日二百円では、僕だってキツいのだ。

 自由に使えるお金は必要だし、先立つものも必要だ。

 それに、人生で初めて経験したエッチの刺激と高揚感。それは僕を今までの自分から変えた気がする。


「昨日アイス買いに行ったら、バイト募集の貼り紙を見て、そのままバイトする事になった」

「でもウチの学校バイト禁止じゃない?」

「大丈夫だろ別に」


 全身校則違反の瑠樺が何故か気にする。まぁ、気にするのも仕方ない事だ。

 うちの学校はバイト禁止。校則で決まっているのだが、家庭の事情等の理由があれば許されている。

 ウチの場合は再婚だが、籍はまだいれていないので、父子家庭のままだ。

 なので問題はない事を瑠樺に説明して納得してもらった。



 ◇



 学校帰りにエマの住むマンションに寄る。

 高校に入学してからエマは一人暮らしを始めたので、当たり前のように毎日私達の溜まり場の様になっていた。


 母が再婚してからは、優斗の事もあってか、長居せずに早々に帰宅する事が多かった。


 高校生が一人暮らしするには高そうなマンションだけど、エマの家はお金持ちだからと納得する。


 渡されている合鍵で部屋に入ると、アキラがワンルームのリビングでゲーム中だった。



「あれ? エマ一緒じゃねーの?」

「なんかバイトあるってさ。 てかアキラいつから来てんの?」

「昨日から」

「お腹空いてる? 何かつくるけど」


「まじかー! 頼むわ。腹減ってた!」


 私は制服姿のまま、冷蔵庫を開ける。


 とりあえず卵をといてスクランブルエッグでも作ろうと思う。


「なー瑠樺」


 アキラがコントローラーを置いて私を後ろから抱きしめてくる。


 身長差があるので、私の後頭部にアキラの顎をのせている。

 ちなみに私の身長は155センチである。

 チビではないが、特に低いという訳でもないと思っている。

 エマが背が高いから余計に低く見えるのよね。


 体格の良いアキラに後ろから抱きしめられると、安心感より逃げられないといった感覚になる。


 抵抗しても無駄という圧に押されている。

 密着する体格差で、背中にアキラの体温を感じる。


 下半身まで密着させてくると、アキラが何を望んでいるのか分かる。

 セックスの流れだ。

 いつもならそのまま流されてシてしまうのだけど、何故か私は言った。


「ごめん生理」


 そう言った瞬間、アキラの手が止まって離れていく。まるで興味を失くしたみたいにカラダも離れて、背中の熱も冷めていく。そしてココロも冷めていく気がした。


 はぁ……と溜め息をついて、アキラが再びゲームを始めた。


 私は嘘をついた。

 別に生理でもなんでもないのに、アキラに抱かれる事を拒んだ。


 今までそんな嘘ついた事ないのに、咄嗟に出てしまった。

 私は無意識にアキラより優斗を優先したのだ。


「停学、二週間だっけ?」


 なんか少し気まずい空気を払拭したかくて、分かりきってる事を話す。


「あぁ、最悪だよ畜生……まさかバレるッたぁよ、マジムカつくなあのキモオタ」


「はは……そうだね……」


 愚痴るアキラに、私は素っ気なく答える。

 とりあえず気まずい空気を何とかしたくて話題を作ってみたが、けどそれは長く続かなかった。

 再び沈黙に包まれると、アキラが私に言った。


「まさかチクったの瑠樺じゃねぇよなぁ?」


 そのアキラの眼差しはどこか怒りが含まれてる気がした。

 アキラはコントローラーを置いて私に近づくと、私に覆い被さってくる。

 この感じはマズイ。それは本能で察したけど、押し倒された身体は動く事が出来ない。


「――私なワケないし」


 それは本当に私じゃない。

 あれだけ騒ぎになっていたのだから、誰かがチクらなくても学校側から必ず何かしらの処分が下されるだろう。

 それを誰かのせいにする、というのはアキラからしたら八つ当たりのようなものだと思う。


 アキラが乱暴に私の胸を掴む。

 私は抵抗するが、構わず制服のボタンを外しにかかる。


「生理だって言ってるでしょ!」

「ソコ使わなきゃいいだけだろ」

「なんでそうなんだよ!」


 制服を乱暴に脱がそうとするアキラに抵抗して、そしてアキラの顔面を思いっきり引っ叩いた。

 叩かれたアキラは驚きの表情をしていた。それはきっと私が本気で抵抗したから。



 こんなに嫌がったのは初めてだ。

 だけど、今回だけはどうしても譲るわけにはいかなかった。

 私は怒るアキラの目から視線を外さずに言った。


「こういうのやだ……嫌いになりそうだよアキラの事」


 それはまるで自分に言い聞かせるようだった。大好きだったはずの彼が段々と知らない人に見えてきて、嘘までついて拒絶している自分にも嫌悪する。


 私の言葉にアキラは何も言い返してこなかった。


「もう帰るね」


 だからもうこれ以上、部屋に残るのは辛いから私はそのまま家路についた。



 帰り道にドラッグストアに寄った私は生理用品をカゴに入れて、もう一つの目的の品の前で悩んでいた。


 生理用品を買うのはアキラに嘘ついた言い訳とかじゃなくて、本当にそろそろ来る頃だから買っておくだけだ。と、いうのは建て前なんだけど、目的の品だけ買うのが恥ずかしいのだった。


 コンドームだ。


 昨日は勢いもあって、着けずにしちゃったけど、やはり持っておいた方が良い。


 別に優斗とまたシタいからとかじゃなくて、念の為。念の為だからね!

 ほら、襲われるかもしれないし……。

 そしたらちゃんと避妊はして欲しいし……。


 あ……なんか、しちゃう前提になってる私はどうかしているかもしれない。

 でも、持っておいて越した事はない。


 でも……。


「種類が多すぎて困る」


 薄いのだの、匂い付きだのよく分からないけど、薄いヤツは何故か高い。

 量より質か、質より量かね。


「あ……これ安い」


 8個入りで600円。薄いヤツは3個で1000円。どうしよう……たくさん入ってる方がコスパいいけど、いっぱいエッチしたいって私が思ってると思われそうで嫌。



 かといって薄いヤツ持ってたら、本気過ぎかな……。


 でも、どうせなら気持ちいい方が……いいかな?


 などと悩む私に新たな選択肢があった。


 それはコンドームのサイズだった。

 危うく普通のサイズを買うところだった。

 アレは確実にLサイズだ。


 目に焼き付いている優斗のアレを想像してなんだか顔が熱くなってくる。


「L、いやっでも……っ」


 私は生まれて初めてサイズの事を考える。

 今まで別に大きさなんて気にした事なかったけど、サイズは恐らく間違いないと思う。


 昨日、私が触れた優斗のアレのサイズは大きかった。

 思い出すだけでカラダが熱くなる。


 昨日から何だかおかしくなってるのかな。

 優斗の事ばかり考えている自分。

 たったの1回で私は……。


 なんて、自分でシておきながら恥ずかしくなってしまう。


 結局Lサイズの薄いヤツを買ったのだった。

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