第13話 義妹に襲われるとか。
早く家に帰らなきゃと、私は走った。
早々に横腹が痛くなりつつも、私より辛く、傷ついた優斗の事を思えば、立ち止まってなんかはいられなかった。
家に着くと、そのまま階段を駆け上がり、優斗の部屋へ―――。
「優斗ッ!」
勢いよく扉を開けた。
するとそこには、ヘッドホンを付けてPCに向かって座る優斗の姿があった。
下半身をさらけ出して。
「なっ……」
私は思わずたじろいだ。
別に優斗の裸を見てしまったから、たじろいだわけじゃない。
「な、な……何してんの……」
「……AV見てた」
「……は?」
ちょっと理解出来なかった。
いじめられて、痛い思いまでして、家に帰ってエッチな動画観る流れが全く理解出来なかった。
どんなメンタルでそんな事が出来るのだろうか。
彼のメンタルの強さには恐れ入る。
つーか、暴力を振られた後に、まず最初にエロ動画ってどうなのよ……。
「あんた馬鹿じゃないの? どうしてそんな平気にしてられるのよ!」
「ぐあっ……!」
私は怒りのあまり、優斗の剥き出しのアレを軽く蹴った。
すると優斗は、まるで雷にでも撃たれたかの如く、情けない声を出して床をのたうち回った。
もがき苦しむ優斗を見て、少し胸がすっとした。
だけど彼は決して平気では居られなかったんだと思う。
本棚にあった本やゲームのソフトが床に散らばっていた。それは優斗が暴力を振るわれ、物が壊れる程取り乱している証拠だった。
その結果、自慰行為で現実から逃げようとしていたわけだ。
「痛い……」
優斗は股間を押さえながら、プルプルと震えていた。
「無理してエロ動画なんて観ないで、現実見たらいいじゃない」
私はそう言いながら、屈んでいる優斗を抱きしめた。
彼の頭を胸に抱き寄せて、少し撫でる。
今の彼には、こうしてあげた方が良い気がした。
そしたら優斗は、私の胸の中で声を上げて泣き始めた。
「ごめんね……私が……全部っ、わ、悪いのに……私怖くて……何も出来なかったよ」
私まで、何だか泣けてくる。
今更、泣いて詫びた所で時間は戻らないというのに。
自分の弱さが情けなく、変える勇気もない私はこんな事でしか償えない。
「優斗……ごめん」
私は彼の頭を胸元から解放して、キスをした。優斗のファーストキスが私で申し訳ないけど、せずにはいられなかった。
「ん……ごめんね……」
私は、キスを終えてから再び謝った。
優斗は何が起きたのか分からないといった顔をしていた。
動揺している優斗のワイシャツを脱がしていくと、殴られた痕が痛々しい。
「おい……瑠樺?」
「逃げるなら一緒に逃げちゃおうよ……」
痣となった部分に唇で触れると、優斗が私を押しのけようとするけど、力が無い抵抗には迷いの様なものがある。
私はそんな彼を容易にベッドへ押し倒した。
こんな事で償いになるかどうかなんて分からない。
少し服をはだけさせると、優斗のお腹にキスをして、それから胸にキスをした。
こんな事をしても、自分のエゴで優斗の気持ちを無視した卑怯者なんじゃないかとも思う。
例え卑怯でも、傷ついたココロとカラダを一時でも嫌な事を忘れさせたいのだ。
「いいから任せろって……ほら、天井のシミでも数えてるウチに……ってヤツ?」
「それ僕が言われる側か?」
諦めた様に優斗のカラダが弛緩し、ワイシャツを完全にはだけさせると、私はブラウスを脱いで、ブラのホックまで外してから再び優斗の唇を奪って黙らせた。
「やな事全部、溶かしてヤるよ」
◇
まるで夢を見ていたようなひとときだった。
だけどそれは夢ではなかった。
カラダに残る余韻は強く残り、脱力してベッドから起き上がる気にもならない。
瑠樺の温もりや、唇の柔らかさや、吐息や、指先。
そして、快感の全てがカラダに焼き付いている。
学校であった出来事を忘れたわけじゃないけど、軽くなった気がした。
瑠樺に包まれて吐き出したソレを全て受け止めて微笑んだ瑠樺の顔が頭から離れない。
とても優しくて、見たことない微笑みは聖母のような神秘さがあった。
随分と口の悪い聖母だけど、少なくとも僕は癒された。
「僕は瑠樺と……セックスしたのか……」
一人ベッドに横たわって呟く。
まだ微かにシーツに残る瑠樺の温もりをかいでいると、またヘンな気持ちになってしまいそうだ。
僕はティッシュに手を伸ばして、僅かに残った自分の体液を拭き取ってゴミ箱へ捨てた。
瑠樺は事が終わると、何も言わずに部屋を出て行った。
階段を降りる音が聞こえたから、多分シャワーでも浴びてるのだと思う。
何ともあっさりと済ましてしまった初体験は、瑠樺にとって大した出来事ではないのかもしれない。
ベッドの上では終始されるがままだった僕に瑠樺は、ただ微笑みを向けてくれるだけだった。
「怒ってるのかな……」
ひょっとしたら瑠樺は怒ってるのかもしれない。
童貞の僕には勿論、リードする余裕なんてなかったが、避妊もしていない上、そのまま果てた事に怒っているに違いない。
「とりあえず土下座で謝らないと!」
僕は飛び起きて、下着とズボンだけ身につけた。
瑠樺に何を言われるのかと思うと恐怖で震えたが、でも早く謝った方が良いと判断した僕は、部屋の扉を勢い良く開けて階段を駆け下り、浴室に走った。
「瑠樺っ!」
浴室の扉を開くとシャワーを浴び終えた瑠樺が、ちょうど浴室から出ようとしている所だった。
無論、ハダカである。
「ちょっと! 何よいきなり!」
「ご、ごめん! 怒ってるかもと思って……」
「今怒ってるし! 勝手に入って来んなアホ! 出てけ!」
やはり瑠樺は怒っていた。
そりゃ怒るのは当然だ。
初めてにしては、随分と酷い初体験だったと思う。
「ごめん!」
僕は慌てて浴室を飛び出した。
「……ったく」
呆れ声で呟いた瑠樺の声が聞こえた。
◇
「その……なんというか、ごめん……」
「……何が?」
僕はリビングのソファーに座る瑠樺に土下座して謝っていた。
僕の初体験がどうだったとか、瑠樺はどうだったかなんて事はどうでもいいのだ。
僕に出来る事といえば、とにかく謝罪する事くらいだろう。
「いや、その……勝手にその……出したのを怒ってるのかなと……」
「別に怒ってないし」
「え? だってほら、なんか黙って部屋出てったから……」
「あー……シャワー浴びたかったから」
「それにさ、避妊してなかったから……」
「気にしてくれてるんだ?」
「そりゃするだろ……もし、その……」
「デキちゃったらとか?」
「そう……だよ」
僕が言い淀んでいると、瑠樺はクスクスと笑って、
「大丈夫な日だから気にしないでいいって」
「そうなのか?」
「多分だけど」
「え? 何それ怖い」
「心配ならアフターピル飲めばいいし」
「アフターピル?」
「エマに言えばくれると思う」
「そう……なんだ」
「責任取るとか、キモいからやめてね?」
瑠樺は笑っているけど、少し寂しそうにも見えた。
僕が最低な事をしたのに、笑う理由が分からない。
でも、そういう顔を見せてくれるのは少し嬉しい気もした。
「いや、言わないけど……」
「言わねーのかよ笑」
瑠樺は屈託無く笑った。
何だか拍子抜けだった。
「あ、そだ、アイス食べたい。 高いヤツ。 買ってきて」
「え? なんで?」
「運動した後ってアイス食べたくならない?」
瑠樺はニヤっと笑って僕に財布を投げ渡した。
僕はほとんど動いてなかったけど。
仕方なく僕は瑠樺からもらったサイフを持って、コンビニに向かった。
◇
優斗を見送ると私はクッションを抱きしめて、今更ながら自分のしてしまった事への恥辱に苛まれた。
自分から優斗を襲っておいて、無我夢中に乱れた姿を見せた事が恥ずかしくて浴室に逃げたなんて言えない。
まだ優斗が入っているみたいな感覚が残るカラダはまだ熱い。
優斗の指先の感覚や、肌に伝った唇の感触。
まだ疼くカラダに戸惑いを覚えながらも、私はシャワーを冷水に切り換えて頭から浴びた。
火照ったカラダを冷やしたかったし、こんな状態で優斗と顔を会わせる自信がないからというのもある。
今更、私にそんなウブな反応があるなんて恥ずかしくなった。
不思議とアキラに対する罪悪感はなかった。
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