第12話 北嶋瑠樺
何も出来なかった。
怖くて動けなかった。
エマがあの場を納めてくれなかったら、優斗はもっと酷い目にあってたかもしれないのに、弱い私は震えて優斗を助けられない。
私は弱い人間だ。
どんなに見た目をギャルにしても、中身は変わってないあの頃のままだ。
いじめられて、死にたいくらい辛かった二年前。私は登校拒否になった。
教室に行くのが辛くて、学校を休み始めた。
女子のイジメは陰湿で、
先生の薦めで保健室登校になり、その時に坂東アキラに出会った。
「お前いつも保健室いっけど、サボり?」
「……違います」
「あっそ。 ま、俺はサボりだけどな!」
ウザい人だと思った。
坂東は学校では有名で、怖い人だと前にクラスの誰かが言っていた。
粗暴で、強引で、わがまま。
そんな人とは関わる気もないし、私には関係ないと思ってた。
でも今は、私に関わる人なんて教室には誰もいない。
今の私には彼しかいなかった。
坂東はそれからも、度々保健室に来ては、聞いてもいない話を勝手に話したり、私の反応などお構いなしで、我が道を進んでいた。
「また喧嘩したの? 弱いのに」
「弱くねぇよ! 相手がちょっとだけ強かったんだよ……」
「動かないで!」
「―――ッ!」
彼はよく怪我をしていた。
喧嘩ばかりして保健室に来て、何故か私が消毒したりと、簡単な処置をしていた。
本当に世話が焼ける。
坂東を放っておけない。
そう思った私は、気付けば自分から彼に話しかけていた。
人の顔を見るのも怖かったはずの私が、彼の顔を直視し、話していた。
「お前さ―――」
「お前じゃない。 北嶋瑠樺」
「おぉ……そっか、俺は坂東アキラだ」
「知ってる。 バカで有名」
「バカじゃねぇよ!その……」
「ちょっとだけでしょ?」
「知ってるのかよッ!?」
坂東は馬鹿で、不良なのに優しくて、どうしようもなく馬鹿な男だった。
でもそんな彼だから私は救われた。
そんなある日の事。
「おいっす〜! アキラっち来たよー!」
保健室の扉を勢いよく開いて入って来たのは坂東と同じく、学年では目立つ存在の女の子、藤咲エマだった。
ブロンドの長い髪に青い瞳。
彼女はハーフで、容姿だけでも目立つのに、明るい性格で髪の色の様に輝いて見えた。
「うるっせぇよエマ! 他は授業中なんだからよって……」
「この子がアキラっちが保健室に連れ込んでる子ぉ?」
「つ、連れ込んでねぇよ!」
「あっ、ウチ藤咲エマ。 エマ様でいいよ? で? で?」
「なんで様なんだよ!」
「き、北嶋瑠樺……です」
「え? マジ?あの北嶋瑠樺?」
「なんだ知ってんの? 瑠樺の事」
私は酷く緊張していた。
学校一のギャルに、容姿でも一位、二位を争う美女が目の前にいるからだ。
そんな彼女が私の事を知っていると言った時は、酷い動悸に襲われた。
私はクラスで苛められ、酷い噂を流されたのだ。陰湿で卑猥な、ありもしない事を言いふらされた。
「だっていつも成績一位っしょ?」
しかし彼女の言葉は意外なものだった。
少なくとも私の噂を知っているのに……。
「なんだ……瑠樺は頭良かったんだな!」
「アキラよりは良いつもりだったけど? ……ちょっとだけね」
三年になった私は、アキラやエマと同じクラスになった。
いつもは保健室に向かう足が教室へと向き、その扉を開いた。
「―――瑠樺?」
「え? え? どうしたのその髪!」
私は髪を染めた。
スカートは短くして、ピアスも開けた。
「変……かな?」
変わりたい。 そう思ったからだ。
だけど、アキラはそんな私を見て一言。
「超似合ってんじゃん」
それがどれだけ嬉しかったか、きっと彼は知らない。
髪を染めてピアスを開けた私を、アキラとエマだけが怖がらなかった。
他のクラスメイトはどう思っていたかは分からない。
この二人とだけ一緒に居れたらいい。
他に何も要らない。
アキラとエマは幼馴染で、それ以上の関係でもある事は知っていた。
私も、二人と一緒に居たい。
でもきっとアキラは、私の事なんて見てない。
必要とされたい。
だから私はこの髪も、ピアスも、スカート丈も、全てアキラのためなんだ。
「あ、そうだ! 今度の日曜ウチに来ない?」
「エマの家に?なんで?」
そんなある日。突然エマが何かを思い出したようにそう言った。
エマの家は大きかった。
私と母が住んでいるアパートよりも大きかった。つまり豪邸だった。
エマの家は代々医者で、街で一番大きな総合病院を営んでいた。
とても良いところのお嬢様に見えないエマが好きだから一緒に居るわけなんだけど、
こうして生活水準の違いを見せられると、
良いところのお嬢様なんだなって、思い知らされる。
エマの部屋は女の子らしさの欠片も無かった。ゲーム機にパソコン、テレビは黒板並に大きかったし、何故かサンドバッグがあったり、金属バットが転がってたりと、普通の女の子の部屋とは思えなかった。
「瑠樺さ……アキラの事好きっしょ?」
「んなッ!? え……なんで?」
「見てればわかるし」
唐突な質問に私は思わず顔を赤くしてしまった。
「あっ、勘違いしないでね? ウチら付き合ってはないからさ」
「嘘……だっていつも一緒に居るし……」
「腐れ縁なだけだし。 ま……ちょっと、そういう関係みたいな事とかも……しちゃったけどさ」
その時、私は初めてアキラとエマの関係を聞かされた。
酷く羨ましく感じたのを、今でも覚えている。
「ウチの事キライになった?」
「ううん。 もっと好きになった」
「なんそれ?」
「私もエマみたいになりたい」
羨ましい。私もアキラと一緒に居たい。
アキラとエマともっと仲良くなりたい。
それから暫くして、私はアキラのオンナになった。
私達三人のただの友達ではない繋がりが、心も身体も繋げてくれる。
だから私もアキラになら全てを捧げられた。
アキラに依存をして、必要とされるのが嬉しかった。
私もアキラを必要としていたから、彼に何かされても構わないと、思っていた。
だけどアキラは変わった。
始まりは偶然だった。
「君、幾ら?」
「はァ?」
私は突然、見知らぬ男に声をかけられた。
夜遊びを覚えた私達は、夜の繁華街で遊ぶようになった。
ゲーセンで遊んだ後、先に店を出た私に中年の男が近寄り、話しかけられる。
酔っているのか、酷く臭いし、息も荒い。
私をパパ活待ちと勘違いしているみたいだった。私はそんなつもりはない。
でも男は勝手に話を進めて、手を引かれた。
「え……ちょっと」
その腕をアキラは摑んで静止させる。
「おいオッサン! その子さ中学生。 ヤバいっしょ?」
「え……? て、てっきり高校生かと……」
「高校生でもヤバいし笑」
エマがケラケラと笑いながら、男の肩を叩くと、男は青ざめた。
「す、すみませんでしたっ!」
慌てた男は財布からお札を出して走り去って行った。
「お父ちゃん気をつけて〜笑」
エマが笑いながら手を振り見送ると、残されたお札に私達は一瞬固まった。
「お、おい……ご、五万あるぞ……」
それは中学生にはあまりにも多額だった。
裕福ではない私は怖くなったが、お金は人を惑わす。
「これって、は、犯罪じゃないのかな?」
「俺たちは別に悪い事はしてねぇだろ?」
「あのオッサンからのプレゼントっしょ?」
その時は確かに、たまたまそうなっただけだった。
でも、お金が無くなると私達は同じ事を繰り返した。
善悪の区別は徐々に麻痺していき、美人局、恐喝、そしてパパ活に手を染めた。
その頃からアキラは変わっていった。
地元の不良グループみたいな所に出入りする様になると、私やエマ以外の女の子も使う様になっていた。
だけど私は何も言えない。
アキラの言う通りにして、嫌われない様にするのが精一杯だった。
あの頃の自分に戻りたくない一心で何でもした。
私には自分がない。
アキラのモノでしかないし、それでいいとさえ思っている。
なのに―――。
何故、私は今走っている?
学校を抜け出して駅に向かって走っていた。
帰らなきゃ。
急いで帰らないと、優斗が心配だから。
一人で泣いているだろうか?
早まった真似を起こしていないだろうか?
そばにいてあげたい。
でも、きっと嫌われてるから迷惑かな?
それでも言わなきゃいけない事がある。
「ごめんなさい」と。
ちゃんと言葉にして。
言うんだ。
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