第11話 義妹は僕を助けてはくれないとか。

 翌朝、月曜日。

 珍しく瑠樺に起こされるよりも早く目が覚めてしまった。

 やはり、というか緊張のせいなのだろう。

 二度寝する気にもなれず、部屋の壁掛け時計をただ眺めていた。


 時刻は7時半を回っていた。

 そろそろ瑠樺が僕を起こしに来る時間だ。


 とっ、とっ、とっ、と瑠樺が階段を登って来る足音が聞こえてくる。

 案の定、僕の部屋をノックすらしないで無遠慮に入ってくる。

 変なことしていたら、どうするつもりだろうか?


「優斗、朝」


 そんなもん言われなくても分かる。

 既にギャルメイクも済ませた瑠樺がいつものように僕を見下ろしている。


 嫌いな顔だ。


 どうしても、そのメイクを施した瑠樺を見ると嫌悪感を抱いてしまう。

 すっぴんの時の瑠樺はあんなにも可愛いのにと、昨晩の出来事が思い出される。


 一緒に風呂に入った。


 それだけで、何か一線を超えてしまった様な気にさせられる。


 あの後、確かに気まづい空気になりながらも、瑠樺の手料理を一緒に食べた。



「早く着替えて降りて来なさ―――」

「やだ。 今日学校行かない」

「え……? ど、どっか体の調子悪いの?」


 心配そうに僕の顔を覗き込んでくる。


「いや、ただ行きたくないだけ」


 僕は視線を反らせながら素っ気なく言った。


「何それ……」


 あんな糞みたいな奴等が居る教室へなんか行きたくないだけ。


「どうせ学校じゃ他人なんだし、お前に関係ないだろ」

「……そりゃ、そうだけどさ」


 僕の言葉に瑠樺が暗い表情で俯いた。

 なんでそんな顔をするんだろう。

 すると、瑠樺は僕の掛け布団を引っぱり剝ぎ取るとベッドに腰をかけた。

 スプリングが軋む。


「何すんだよ! とにかく今日は行かないから!」


 僕は瑠樺に背を向けて寝返りをうつ。


「今日は行かないってさ……明日は? 明後日は?」

「明日は行く……と思う」

「ううん、絶対行かないと思うよ。 今日行かなくて、明日行けるようになんてならないんだよ……あー今日もいっかぁってなっちゃうよ絶対」


 僕に背中を向けたままで、瑠樺がまるで諭すように優しく言ってきた。


「明日行くために今日も行かなきゃダメ」


 すると、瑠樺が立ち上がった気配がすると、すぐ頭の後ろに瑠樺が座り、ベッドが軋んだ。

 瑠樺は僕をゴロンと振り向かせるせると、僕の頭を膝に乗せた。


 両脚の付け根に僕の頭がすっぽりと収まり、見上げれば瑠樺の顔と、制服のブラウスを限界まで押し上げている両胸が至近距離にあった。


 爽やかな柔軟剤の香りが鼻をくすぐる。

 すると、僕の額に瑠樺が手の平を置いた。

 じんわりと心地よい温もりが伝わってくる。


 瑠樺の膝枕は温かくて柔らかくて、加えて良い香りがした。


「学校でツラい気持ちになった分は、おウチでいっぱい甘やかしてあげるからさ……学校行こ?」


 僕の髪を撫でながら瑠樺は言った。

 少し頬が赤らめながら、じっと僕を見つめて。


「じゃ……裸エプロンで」

「あぁ? なんか言った?」


「なんでもないです……行きます。学校行きます」

「よく言えました笑」




 急いで支度を済ませ、ダイニングで瑠樺と朝食を摂る。

 平日の朝にこうして二人でいると、なんだか新婚夫婦みたいな気恥しさがある。


「ところでさ、今月の僕の小遣いはどうなってるの?」

「そこに置いといた」


 見ると百円玉が二枚置いてあった。

 思わず二度見するが、どう見ても二百円である。


「え……? 二百円?」

「これからは一日、二百円あげる。 あっ、でも土日は無しね」

「あ……え? そ、そんな小遣いあってたまるかよ!」

「いや、だってお昼ご飯はお弁当作ってるし、二百円あれば飲み物買ってもお釣りくるでしょ?」

「それだと飲み物しか買えない……」

「欲しい物ある時は言ってくれれば出すわよ。 でも何買うか言うこと」

「マンガ買えねぇよ! 今日は少年ジャパンの発売日だぞ!」

「そゆのは立ち読みで」

「ゲームとか買えない!」

「プレイ実況観てやった気になれば?」


 エロゲの実況なんてあるか!

 このままではエロゲをプレイする資格すら剥奪されてしまう。

 かといってエロゲ買うから金くれとは恥ずかしくて言えない。


 自分で自由に使える金が必要だ。

 バイトをするしかない。


「バイトして小遣い稼ぐからな」

「できるの?」


 瑠樺は訝しげな顔で僕を見た。


「それくらい出来るさ」

「来週からテストあるんだから、勉強もしなさいよ」


 なんでギャルに勉強しろとか言われなきゃいけないのだろうか。

 そんなわけで、僕は学校に行くことにした。



 昼休み、僕はトイレでクラスの男子達に囲まれていた。


「おい、キモオタぁ、テメェ昨日女連れて買い物してたよなぁ?」


 しまった! 瑠樺と買い物をしていたのを見られてしまったみたいだ。

 だけど、相手が瑠樺だとは気づいていない様子だ。

「そ、それが何?」

「あぁ? ムカつくんですけどぉ。

 まさか俺達に内緒で彼女つくってたとかじゃねぇだろうなぁ?」

「あ……いや、違っ……」


 別に彼女ではないけど、何でコイツらに明かさなきゃいけないのだろうか?


「俺達とは話したくもないってか?」

「生意気じゃね?」


 バンッと、トイレの個室の扉を強く叩いてくる。


 すると、その叩かれたトイレの中から坂東が出てくる。


「お前らうるッせぇよ……」


「ば、坂東くん!? ごめん、実はキモオタが……」

「あぁ!?」


 クラスの奴が坂東にスマホの画面を見せている。どうやら昨日の僕と瑠樺を撮っていたのだろう。


 坂東が僕をチラッと見ると、表情も変えずに僕の腹部を蹴った。


「げほっ!!」


「この女紹介しろや。 オラっ!」

 勢いよく蹴られ、僕は蹲った。

 坂東が僕の髪を掴むと無理矢理顔を上げさせた。


「お前らも見てねぇでヤレよ。 ムカつくんだろ?」


 坂東の言葉にクラスの連中が一瞬静まり返るも、すぐに僕を痛めつけ始める。

 あぁ、やっぱり学校なんか来るんじゃなかった。



 トイレの入口付近には騒ぎを聞きつけた他の生徒達が群がっていた。

 皆、「うわぁ」とか「可哀想」とか言いながらも、どこか楽しんで見ている。同じ学校の生徒なら、止めてくれたっていいのに。

 ここに居る連中はみんな同類なのか?


 その群れの中には瑠樺がいた。


 一瞬、目が合った。


 だけど瑠樺は直ぐに視線を逸らした。

 何かを期待してしまった。

 助けてくれるんじゃないかと期待してしまったが、そんな事はなかった。


 僕は痛みよりも、哀しみの方が強くて涙が止まらなかった。

 あぁ……もう死にたい。


「ちょっとやり過ぎなんじゃねーの?」


「ンだよ、エマかよ」


 人混みをかき分けて男子トイレに入って来たのは、藤咲エマだった。

 坂東や瑠樺とよく一緒にいる彼女はやはり学校の問題児の一人だ。


「授業始まっちゃうし、先生にバレたらマズイっしょ?」

「チッ……クソが」


 坂東達はトイレから出て行った。

 僕はトイレの床に倒れたまま、動く気すらしない。


「あー……キミ、もう帰った方がよくね?」


「ほっといてくれよ!」

「でも先生に見つかっちゃうと、色々ヤバいからさ……帰んなよ。 これ、タクシー代の足しにでもしなよ。 んじゃ!」


 藤咲は僕のワイシャツの胸ポケットに何かをねじ込むと走り去って行った。


 少しして、ふらつきながら立ち上がると、胸ポケットの中の物をチェックした。


 ファミレスの割引券と七十円が出て来た。


「足らないよ全然……」


 一人ぼやいて、僕はトイレを出てとぼとぼと帰って行った。

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