第5話 義妹と二人きりの生活が始まるとか。

「父さんな、転勤する事になってな」


 五月の連休明けの平日、家族で夕食をしている最中、父が言った。


「「は?」」


 瑠樺と僕は同時にそう口にしていた。

 急に転勤と言われても。


「え、いつから?」

「少し急でな……今週末には向こうに行って、住むところも探すつもりだ。 涼子さんと二人で」


 は? 今週末? 僕は唖然とした。

 が、それはつまり、来週からこの家には僕と瑠樺しか居なくなるということなわけである。


 瑠樺と二人きりの生活。

 こんなご都合展開、まるで神が僕に味方したとしか思えない。学校では散々な目に遭わされているけども。


 僕は瑠樺が今どんな気持ちでこの話を聞いているのかと気になり、横目でその顔を見やる。


 見ると夕食のパスタをフォークでクルクルとさせている。が、ひたすら回していた。

 口に運ぶ事もなく、ずっと回しっぱなしだ。その様子から、顔には出さずとも動揺しているのは間違いない。 僕は再び父親の方に目を戻した。


「そっか……分かったよ」


「瑠樺の事、お願いね優斗さん。 瑠樺、仲良くするのよ?」


 涼子さんがそう言って、僕ではなく瑠樺に微笑みかける。


「え、えと……別に嫌とかじゃないんだけどさ……でも―――」


 瑠樺は混乱したまま、涼子さんを見て口を開くが、瑠樺の心配を気付いたのか、父が言った。


「生活費とかはちゃんと用意するから心配しなくて大丈夫だ」


 父の発言は瑠樺の心配とは全く違うものだった。あまりにも違い過ぎて、瑠樺も「はぁ……ありがとうございます」としか言えなくなっていた。

 思春期の男女がひとつ屋根の下で二人きりというシチュエーションの危うさに全く気付かない両親を持って僕は感動すら覚えた。




 ◇




 土曜日。

 両親が引越して、瑠樺と二人きりの生活が始まった。


 この数日間、特に僕は瑠樺に対して何もせずに過ごした。

 瑠樺を観察する事に徹した。学校に居る時の瑠樺と、家に居る時の瑠樺を比較した。


 学校では常に藤咲や、坂東と一緒にいる事が多く、それ以外の生徒とは会話は殆どしていない。

 授業中ははっきり言って、やる気無しモードでダルそうにしている。

 特に体育の授業は眠そうにしていた。

 教室では休み時間、教科書やノートを広げる事なく、音楽を聴いていたり、スマホゲームをしている事が多く、後は窓の外を見つめている事が多い。

 まぁ、何処にでもいるギャルだった。


 だが、家に居る時の瑠樺はまるで違っていた。

 朝は誰よりも早く起き、洗濯、朝食の支度と弁当つくり。

 僕を起こしに来る時にはメイクも済んでいる。

 学校から帰宅するのは、遅くても夜19時くらいで、割と普通だ。

 夕食の後は何故かリビングで勉強をし始める。何故かと聞いたら、習慣だと言われた。その後、22時前には風呂に入って就寝。


 至って普通の女子高生だ。いや、むしろ真面目過ぎて驚いた。

 ギャルの生態について、詳しく知らないけど、ギャルならもっと遊んでるのかと勝手に思っていた。


 そして土曜日の昼下がり、瑠樺はスーパーのチラシを眺めていた。

 それはもう、酷く真剣な表情でだ。



「な、なぁ、瑠樺」

「何よ?」


「いや、そんな真剣にスーパーのチラシと睨めっこして、どうしたのかなと」

「は? 今日の夕飯どうしようか考えてるだけなんだけど。 文句あんの?」


 めちゃくちゃ睨まれた。

 少し話しかけただけで、これですよ。

 喧嘩腰ですよ。見た目は確かに良いが、中身最悪な女だ。

 しかし、毎日弁当作ってくれているし、凄い美味しいしで、文句言えなくなっております。きっと瑠樺の作る夕食も美味しいのだろうが、認めたくはない。

 そこである事を思いついた。


「オムライスが食べたい」


「オムライス? ―――分かった。 じゃ、買い物行ってくる」


 すると、思いのほか、あっさりと瑠樺は受け入れた。

 そして、外行き用の服に着替えると、スーパーに向かっていった。



 ◇



「ただいま」

 玄関が開き、買い物から瑠樺が帰ってきた。


「おかえり。 早速だけど、コレを着てくれ」

「え? 何それ」

「メイド服だ。コレを着てオムライスを作って、食べさせる。 それが今日の命令だ」


「ちょ、ちょちょちょ!? え、マジで言ってんの!?」

「あぁ、マジだ。

 さぁ着替えろ」

「そ、そんなの嫌に決まって……って、あ……触んな! 変態!」

 僕は瑠樺が逃げないように、腕を掴むと振り払ってくる。


「いいのか? 学校で瑠樺は僕の妹だってバラすぞ。 ついでにFカッブだと付け加えてな!」

「このクソ変態が……覚えてろよ!」


 瑠樺は悪党みたいな捨てセリフを吐いて、メイド服を奪うと着替えに自分の部屋へと向かった。


 15分ほどして降りて来ると、メイド服を纏った瑠樺が物凄く不機嫌そうな顔してリビングに戻った。


 嫌がっていた割にメイクもしていて、気合いを感じた。

 そしてそのままキッチンでオムライスを作り始めた。



「はい。ご主人様ぁ♡ 美味しくな〜れ、萌え萌えきゅんッ♡♡」


 出されたのは、卵がトロトロで、チキンライスも美味いという最高のオムライスだった。


「これで満足?」


「―――誰もそこまでやれとは言ってないんだけどな……」


「はぁ!? あんたがやれって言ったんでしょ!?」

「いや、まさかあそこまで全力でやるとは思ってなかった」

「マジ殺すぞ!」

「でも……いや、何でもない」

「言いかけてやめるな、マジで殺すぞ」


 瑠樺に凄まれたけど、「正直言って可愛かったから許す」とは口が裂けても言えるわけがない。

 僕は瑠樺の作ってくれたオムライスを口に運んだ。

 見た目も綺麗で、味もやっぱり美味かった。


「意外と美味しいぞ……」

「あぁ?」

「凄く美味しいです。 おまじないのおかげかな―……」

「思い出させないでッ!」


 瑠樺が顔を真っ赤にして叫び、オムライスを口に押し込んだ。

 その顔は学校で見る瑠樺とは違う可愛らしさがあった。



 風呂を済ませてリビングに戻ると、瑠樺が髪を乾かしていた。

 オーバーサイズのTシャツにショートパンツというラフな格好でソファーに胡座で座り、ドライヤーの風を浴びていた。



 正直言って目の毒だった。瑠樺のプラチナブロンドの髪が靡き、ショートパンツから剥き出しの生足が艶かしくみえた。

 僕に気付いた瑠樺が、ハッとして足を閉じて睨む。


「キモい。ジロジロ見んな」

「いや、別に見てないよ」

「見てたし!」

「自意識過剰だろ! 見てないったら見てない!」

「あっそ、何色だった?」

「ピンク色だったな……あっ!」

「見てんじゃねーかよ!」



 瑠樺はドライヤーを止めると、物凄い剣幕で立ち上がると、コードに足を引っ掛けて

 バランスを崩した。

 そのまま僕の元へと飛び込んでくる。

 慌てて瑠樺を抱きかかえようとするも、

 そのまま僕は床に倒れた。

 さっきは風で分からなかったけど、トリートメントかシャンプーの香りか分からないが、凄く良い香りだった。

 瑠樺の顔の距離はお互いの息がかかりそうな程近い。


 瑠樺が僕の腰の上に跨る様な体勢になっていて、僕の両手は彼女の細腰を抑えていた。

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