第80話 両親とギルド・ストラッドフォード
政府の新呪文創作部を退職後、ギルド・ストラッドフォードはロンドンの国立呪文分析研究所へと入所した。
オックスフォードで行われた呪文分析学会で、旧友のアーサー・パウエルに日本人の留学生を紹介された。高橋令治、夏帆の父親だ。当時は24歳の若者で、学びの意欲に溢れた研究者の卵だった。彼はすでに論文を書いていた。発表も明瞭でわかりやすく、内容にも新規性がある。アーサーの助けはあるといえ、優秀だった。アーサーに頼まれ、共同研究した際は、賞をとった記憶がある。
彼は快活で穏やか、人としても魅力的だった。すぐに誰とでも打ち解けられる性格は、学会での人気者。ギルドも学会のたびに令治とパブに飲みにいくようになった。
本人の強い希望で、令治は国立呪文分析研究所に入所した。ギルドとは共同研究を続けた。
ある日、日本人の女性が研究所を訪ねてきた。どうやら、令治と知り合いらしい。ほどなくして、令治はその女性と結婚した。高橋恒子、夏帆の母親だ。
恒子は令治の研究室の助手として入った。恒子も令治に似て、明るく、まじめで、働き者だった。研究所内でこっそり酒を飲んだこともある。3人で共同研究を始めるのは自然な流れだった。
ある時、3人は大発見をした。作業者の令治以上に、ギルドは鳥肌が立ち、体が震えていた。感動した時ほど大声が出せないのはこのことか、とすら思った。
「令治、君って人は天才だ!」ギルドは令治の実験ノートを凝視したまま言った。「君の言うとおりだ。君が正しかったんだ。君は天から与えられた才能を持っている」
「ギルドさんが僕を信じて自由にやらせてくれたからですよ」と令治ははにかんで言った。
「お祝いだ。いやその前に論文だ。いやいや、学会発表をしよう」とギルドは興奮して言った。
この発見は、ストラッドフォード法として夏帆も授業で習った法則につながるものだった。
研究室に来ていたジョーがちらちらとこちらを見ていた。
「ジョーに聞かれてしまいましたかね、大丈夫でしょうか」
令治は大発見だけに機密がバレることを恐れた。妖精は多くの草の根コネクションを持つ。
「あいつは、呪文のことなど聞いても理解できんよ。大丈夫だ」
ギルドによる発表申請は却下された。学会発表を却下されることはほぼない。そのため不思議なことだった。定義を覆す発見のため、内容にケチをつけられたのではないかと訝しく思い、ギルドは学会に問い合わせを行った。
回答は驚くべきものだった。発表者はもちろん、協力者にさえ日本人は名前を載せてはならないというのだ。ギルドは学会に、内容不服として再度問い合わせてみたものの回答の返答はなかった。ギルドはアーサーに連絡をした。アーサーは手紙を受け取るとすぐに研究所へとやってきた。
「久しぶりだな、アーサー」
ギルドはアーサーを研究室の中へと招き入れると、机を挟んで前に座るアーサーにイングリッシュブレクファストを出した。いつもなら令治と酒を飲んでいた場所だ。
「令治は?」とアーサー。
「今日は来ていない。たった今、令治に、成果に名前を載せられない旨の手紙を送ったよ」
「君から話を聞き、どうも不振に思って、俺も調べた」とアーサー。「どうやら、日本が非魔法族どもから第二次世界大戦の賠償金を受け取ったとの情報を政府は既に抑えているらしい」
当時はすでに、優秀なスパイ集団をイギリスは持っていた。
「賠償金?日本が戦争に加担していたことを認めるということか」
「ああそうみたいだ」
「なんてことだ」とギルド。「日本はあれだけ、魔法界は加担していない。よって、日本魔法界は敗戦国でもなんでもない、と主張していたではないか。魔法界だって、人間の戦争には加担していないというスタンスを貫いたから、今こうして自治ができている。イギリスだって、日本がそう主張するから、国際魔法使い連盟に残れるよう、あれだけ多額の寄付金を……これでは詐欺ではないか」
妖精のジョーがその様子を物陰から聞いていた。ギルドはジョーに外で掃除をするように言った。
「ああそうだ。それは政府もわかっている。手はもう打たれている。国際魔法使い連盟から締め出した後は、日本に賠償請求を行うらしい。日本が取り合わなければ、戦争になるだろう」とアーサー。
「戦争……とはいえイギリスに勝てる体力があるのか?ただでさえ、ソ連から締め出された魔法使いたちが、ヨーロッパに大量に押し寄せ、てんやわんやじゃないか」ギルドは言った。
「ラスプーチンの落胤のことか。政府は水際では防いでいるようだが、次期にイギリスにも上陸するだろう。確かにそうなれば、我が国に戦う体力はないだろうな」とアーサー。「日本にしてやられたな」
「なるほど。政府はおそらく、もう一つの成果の方を気にしているのだろう」とギルド。
「まさか、お前、あれのことか?」
「ああ。君が政府に話を通してくれた方だよ。日本が敵に回った時、弱みにつけこまれ、めんどうなことになるからな。それで締め出しを行っている。日本人に、情報を渡すわけにはいくまい」
「とはいえ、令治はすでに知っているのだろう?それどころか、令治は一枚噛んでいる」
「令治が情報を口外しないよう、策を練らねばならないな」とアーサー。
「おい、ジョー」とギルドが言うと、ジョーはそそくさとやってきた。「令治の実験ノートを燃やしておけ」
アーサーは紅茶を一口飲んだ。「ジョーに聞かれた、大丈夫だろうか」
「大丈夫だ。ジョーは政治のことなどわかりゃしない。日本が憎い、それしか理解できていないよ」
「ならいい。他に日本人研究者は国内にいるのか?」
「さあな。ただ、数は少ない」
「ならよかった。大勢で結託されたら面倒だからな」
高橋夫妻が結局研究室を訪れることはなかった。その後、アーサーからイギリス魔法政府命令で国外退去したとの情報を得た。
ギルドは、令治の大発見をさも自分の成果のように、発表をした。
多くのフラッシュがたかれる中で、ギルドは記者会見を行った。
「この発見は、世界中を救うことになる!どんな魔法を作ることもでき、不治の病を治すことも可能でしょう!」とギルドは高らかに宣言した。
翌日、各国の新聞で大きく報じられた。世の中の人々は、我々の救世主ストラッドフォード先生!と誉めそやした。爵位授与の声が高まり、伯爵位授与の検討がされるようになった。
「その頃から私は体調を崩すようになった。私はディーンの森に引っ越した。1人になりたかったのだよ。呪いだ。令治が最後に私に呪いをかけたかのように、あるいは私の呪いが跳ね返ったかのように、私はもはや、早く死にたかったのだ」
ギルドは夏帆に言った。首からかけた十字型のペンダントを握りしめた。
「魔法界に神はいないと、あなたがおっしゃいました」と夏帆。
「信じるものは救われる。私も困れば、神を頼る。夏帆、申し訳なかった。君のご両親にひどいことをしてしまった。君と出会った時、神は贖罪の機会をくださったのだと、初めて神の存在を信じたものだ。でも、ついに私は君に謝罪の言葉を言えなかった。君のご両親の死を知ったのは、新聞の中でだよ。君はそれを聞きに来たのだろう。君はご両親の死の真相をしる準備ができた。そうだね?」
夏帆は唾を飲み込み、頷いた。
「君のご両親は、白山の戦いの首謀者だった」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます