第81話 幼児の夢
夏帆は両親が殺された時の記憶があった。夏帆は時折思い出しては、猛烈な吐き気に、頭痛、右腕の痺れを覚えた。記憶の再生は突然やってくる。それは、夏帆に抑えられるものではない。
さくら さくら
のやまもさとも
みわたすかぎり
かすみかくもか
あたりににおう
さくら さくら
はなざかり
生あたたかな昼間の桜並木。胎児かどうかも判別つかぬほどの夏帆は、両親と家族水入らずで花見をしながら散歩をしていた。目の前から、二人組が歩いてくる。1人はハット帽の20代くらいの男性。もう1人は、4、5歳くらいの男の子。20代の男性は私たち家族3人に声をかけた。
この男性をずっと夏帆は義人なんだと思っていた。時の権力者、義人の策略にはまり、政敵だった父親は、沈黙のうちに殺されたのだと。だから皆、病死と偽って憚らず、真相を明らかにしようとさえしない。両親のことになると突然口をつぐむのだと。
でも今、映像のこの男性の顔をはっきりと見ることができる。額に少しばかり傷のついたこの男性は、義人ではない。間違いなくそうだと断言ができる。夏帆の第六感がそう告げている。
青年は夏帆の母親と長く何かを語り合った。
風が吹いて桜の花が舞った。花は光を反射し、ダイヤモンドのように美しく輝いた。しかし次の瞬間、桜の花は血で真っ赤に染まっていた。両親の体中の血管が破裂し、勢いよく吹き出している。赤ちゃんの泣き声のみが、異様なほど無音な空間に響き渡る。おそらくこの鳴き声は、私、夏帆の声だ。
目の前にいた男性が、男の子の手を握りしめたまま、ニヤリと笑った。その瞬間、まるでスイッチを切ったかのように、魔法が一瞬にして消え去った。
この空間は人間たちに見られないように魔法がかけられていた。そのため、周りにいた人間たちは突然目の前に現れた血まみれの人間に、大慌てになった。男性親子は、人間に見られたことは想定外だったのだろう。焦った様子で、どこかに瞬間移動をして消え去った。
その後、人間たちの手によって両親は病院に運ばれたらしい。夏帆はどこかで保護されたのか、15歳まで孤児院で育った。
両親の殺害現場は間違いなく日本だ。晩年、イギリスいた両親に、桜柄の紋章の入った封筒が届いた。この封筒には、この桜並木におびき寄せられるよう、魔法がかけられていた。受け取った両親は、鉄道に乗ってロンドンまで行き、ヒースロー空港から飛行機に乗って、日本までわざわざ戻った。母親はずっと泣いていて、ずっとラフマニノフのピアノ協奏曲第2番を聞いていた。父親も悟ったように、夏帆にすまないと言いづけた。
決められた運命のように両親は桜並木を歩き、都合よく男性2人組が来る。夏帆も一度あの、並木道におびき寄せられたことがある。その時は、当時まだ学生で、J.M.C.幹部長だった花森美咲や青木裕也ら10人に周りを囲まれた。夏帆の暗殺は組織の命令。彼らの意思ではない。だからこそ大人の命令に抗うものたちの反抗という助けを得て、夏帆は間一髪命を取り止め、直人、美咲とともに、義人の暴走を止めるべく、暗殺計画を練った。
両親の殺害は確実に義人や義人の作った組織の関係者だ。そう言う確信があった。だから私も殺そうとしたのだと。しかし誰が何を目的としたのかは夏帆はついにわかはなかった。
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