第79話 ディーンの森
壊れたサンゴの腕輪を持って、夏帆はディーンの森へとやってきた。
彼女が生前わざわざ足を運んだ場所だ。
彼女は、この森に三種の至宝の一つ呪いの指輪を落としていった。もしかしたら見つけられるかもしれないという淡い気持ちを抱きつつ、腕輪を埋める場所を見つけた。
ディーンの森にはフェアリーが出るという。世界に閉じ込められないよう、ウコンの研ぎ汁を夏帆は持ってきていた。
しばらく森の中を歩き続ける。両親の家を訪れた時に一度来たことがあるからか、通った道はなんとなく覚えている。そんな確かな感触の中、実家ではなく、リズの向かったはずの場所に行く。
森の奥へと行くと、フェアリーたちが現れる。青や緑や黄色。雪の積もる森の木々の中で、鮮やかな色が照らし出されている。徐々に明かりが強くなり、神々しさが増す。
白いマッシュルームが、円を描くように並んでいた。その上で色とりどりのフェアリーたちが踊る。誘われるように夏帆はそこへと入っていった。
気がつくと目の前に、ギルド・ストラッドフォードが立っていた。
「心のどこかでずっとお会いせねばと思っておりました」と夏帆は言った。
「それは私もだ」とギルド伯爵。「私の家に来なさい」
そういうと、ギルド伯爵は、ディーンの森を抜けた先にある、かつて、夏帆がギルドとともに過ごした邸宅に案内した。過去と未来が交錯し、賛美と悔悟が入り混じる場所。夏帆が初めて安らぎを得た人物。そこは真理と嘘が巧妙に相成っている。ギルド・ストラッドフォード邸。併設された実験小屋もそのまま残っている。
ギルド伯爵は夏帆を2階奥の議論を行っていた居間に連れて行った。木彫りの机に大量の白い紙の資料。棚には多くの学術本。レコードと、その隣には、オルゴール。このオルゴールからは、ハイド・ウィルソン作、合わせ鏡の中の有名な一節が流れてくる。あのネス湖で聞いた、あの曲。
「先生は、生きているのですか?」
「死んでいる。が、この世に止まってしまったようだ。私は、死でも生でもない世界でふらふらとしている。色んな人にあったよ。ジェームズ・ヴォルガン、ロビン・ウッド、パトリック・ファス・ジョンソン。皆誘われるように私のところにくる。タイミングというやつだ。君がいつかくると思っていた。リズに話を聞いた時からね」
「リズ先生……?」夏帆の手から、サンゴが消えていた。
「リズ・ミネルバは私の娘だよ」とギルド伯爵。
「先生は……」
「死んだんだろう。私が呪いの指輪を渡したばっかりに。まさか、あいつがつけるとはなぁ。呪いの解けた指輪が森のどこかに落とされた。ロビン・ウッドがそう教えてくれた」
「リズ先生がなぜつけたのか、お心当たりはないのですか?」
「学者としていうのであれば、彼女は全てを終わらせたかったのだよ。自傷行為だ。でもそれでよかった。君にこうしてまた会えたのだから。君は、呪いの指輪を探しに来たのだろう」
夏帆は唇が震えた。シンと静まり帰った空気が、かえって夏帆の肌を突き刺す。
「違います。私、伯爵にずっと謝りたかったんです……。私はあなたを殺してしまった。ロビンに技術を見せつけたいという、ほんのちょっとした私の欲望のせいで、跳ね返した死の呪いがあなたにあたった」
「君が殺した?それは違う。私の教育を受けた君なら、そう答えるべきだ」とギルドは言った。「私は君に教えた。真実を見る力を身につけるようにと。君の行動の結果として私は死んだ。それだけのことだ。君の何を恨もう」
夏帆はワッと泣き出した。罪悪感からか、安心したからなのか、自分でもよくわからなかった。ギルドは黙ってその様子を見ていた。
「私を殺しに来たロビン・ウッドさえ恨んではいないよ。やっと死ねたのだ。私はずっと生き地獄だった。君のご両親が、イギリスを去ってから、ずっと」
窓の外には紫立った雲がたなびいていた。
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