第78話 直美の解説

見捨てるものか

そう誓い こうなる訳も言えず

ドラゴンの旅 止められず

時間を少しくれよ

私は祈りを


橋 川 並木道に

海 草原

ドラゴンも 田舎の人も

命尽きるまで


時代には 抗えぬ

共に流した涙

分かち合え ることなど

なければ 悲しみはない


傷は癒えず 乾かぬ涙

国のためだと言って

君に祈りを 捧げよう

この歌を代わりに


 イギリスに戻ってからも夏帆のホテル暮らしは続いていた。学校の青木たちを救う方法を考えようと思ったが、良い案は何一つ思いつかなかった。


 日に日に焦りが募っていく。


 それにしても、学校に来なくなって半年ほどたった今もピーターたちから何も連絡がない。それが意味していることがなんなのかわからない。もちろん夏帆から連絡するわけにもいかない。


 ピーターたちはアーサーに頼まれて、三種の至宝を探しているんじゃないか。ふとそんな淡い期待が浮かぶ。そうだろうと、そうじゃないだろうと、そんな考えが浮かぶということは、少なくとも夏帆は三種の至宝が必要だと思っていることだ。そんな自分の考えが手に取るようにわかってしまい、少し怖い。


 直美は忙しい練習の合間に夏帆のホテルをたまに訪れた。


「ハイドは元気?」と夏帆。


「元気よ」


「私からよろしく伝えといて」


 わかった、と直美は言った。


「あなたが最近寝言でも歌っているその歌、知っているわ。王妃の不倫に出てくる詩の一つ。王妃付きの魔法使いが、王妃の不倫相手に向けて送る詩よ」


「歌詞にある、ドラゴンの旅ってどういうこと?王妃の不倫にはドラゴンは出てこないはず」


「ドラゴンは天高く舞い上がる。ドラゴンが記憶を共有する時、何かが損なわれる寸前である伝説がある。つまり、その人の死を表す隠喩として、古典魔法文学に頻繁に出てくるの。もっと言えば、ウィリアム・ピアーズの造語ね。王妃の不倫の魔法使いは、おそらく不倫相手と知り合いだったのよ。魔女狩りなんてして申し訳ない、死刑を止められなくて申し訳ない。そんな鎮魂の歌と言われている。でも私は少し違う気がする。魔法使いは、不倫相手のことが好きで、王妃とわざと引き離したのでは。だから、贖罪の歌だと思うの」


「贖罪の歌」


「なんだかこの曲、苦しくならない?女性の、呻き声というか、嫉妬心というか」


「私には、男性合唱に聞こえる」と夏帆は言った。直美は顔を顰めた。


「男性?まぁいいや。それだけではなくてね、そのメロディ、やはり人間界のミュージカルの受け売りよ。ハイド・ウィルソンが作ったものだと私は踏んでいる。この曲は、私は親から教えてもらった。まだ鎖国前に、世界中の魔法界で大流行になった曲だって親は言っていた。ウィルソン作だと年数が合わないと思っていたけれど、悪魔と契約しているのなら辻褄が合う」


「悪魔と契約しているって知っていたの?」


「見ていればわかる。合わせ鏡に閉じ込めなきゃね」と直美は悲しそうに笑った。「それでも私はやる。やっと、得られた主役なのだから。兄も喜んでいる」


「ごめんなさいね、お兄様のことまでわからなかった」


「いいの冗談よ。薄々わかっている。組織で色々あったのでしょう」


 直美は大きく息を吐いた。


「あの、直美、一つ聞きたいことがあるの」


「聞きたいこと?」


「バーに行った日、あの青年、私にキスをしていた?」


 直美は戸惑った表情をした。「ええ、そうね」


「警察に行く」


「無理よ」と直美は言った。「残念だけど」


「それは私だから?」


「違う。あのね、あのバーは、人間の所有する土地に建っているの。だから、人間界の警察しか動かない。でも、あいつは魔法使い。人間界の戸籍もなく、治外法権が適用される。だからどうしようもない」


 そんな理不尽あっていいものか。夏帆は怒りで拳をぐっと握った。


「理不尽よね。この国はそう言う国」


「竹内春人から、ギルド伯爵が、両親から研究成果を奪ったと聞いた。私は研究者だからわかる。成果を奪われるって、魂を奪われるようなものよ。私はあの人がそんなことをするとは思えない。でも、もし、そういう国なのだとしたら……」


「知ったのね」と直美。


「知っていたの?」


「両親から聞いていた」と直美。


「あなたの両親と、私の両親にどういう関係が?」


 直美は首を横に振った。「あなたのご両親は有名人なのよ」


「有名人?ならなぜ私は知らないの」


 腕に欠けていた腕輪の紐が切れ、珊瑚がバラバラと落ちた。


「先生……」夏帆は一筋の涙を流した。


 窓の外を見た。夜空には大量の流星群が流れていた。

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