第12話 とある午前中の思い巡り

 ハイドとロンドンの博物館に行く約束をしたのは、12月に入ってからのことだった。待ち合わせは、きっかり14時にキングスクロス駅。


 夏帆は早く起きて、直美からもらった化粧品で化粧をすると、待ち合わせ時間より少しだけ早く、箒でロンドンに向かった。箒を魔法を使って、宿舎まで戻すと、さっそくシャフツベリー通りで買い物をした。


 シャフツベリー通りは魔法使いの街ではない。多くの人間たちも共存している。いや、人間界に少しの魔法使いが隠れ住んでいる、という言い方が正しいかもしれない。劇場やデパートが立ち並んでおり、休日なのもあって、多くの人でごった返していた。道路には車だけでなく、劇場宣伝の馬車も通っている。


 夏帆は、路地裏から表通りに出ると人にぶつかりそうになりながら、狭い歩道を歩き、近くのデパートを目指した。


 金色のモニュメントを通り過ぎると、たくさんのお店が立ち並んでいる。本屋にイタリアンレストラン、小物ショップ。その先に黒のハット帽を被ったおじいさんのドアマンが立っている。ここだ。たぶん間違いない。地図は頭に入れてきた。夏帆は胸を高鳴らせた。


 12月はボーナス月。金銭的余裕ができた夏帆は、この際、持ち物を一新しようと考えていた。デパートに入ってすぐはお菓子エリア。多くの日本人もいる。その先を抜け、上階の衣服売り場を目指した。


 まず、コートから。いくつかのお店を回って試着をしてみたものの、結局元の店に戻り、およそ10万円のチェックの紺のコートを購入した。若干重かったが暖かかく、仕事にも私用にも使えそうだ。


 次に、赤のハイヒール。ハイヒールはすでに仕事用の黒を持っていたが、赤、黒、白を持つべきという雑誌記事の受け売りで、色物の赤が欲しくなった。


 そしてワンピース。約2万円の花柄のノースリーブを購入。冬は寒いのでついでにボレロを組み合わせた。


 最後にバッグ。20万円ほどの白のブランド物。一目惚れで買った。しかし、お店を出た頃には、夏帆はブランド名を忘れてしまっていた。


 様々な高級品を値段を見ずに買ったのは初めてだった。カードで一括。合計でいくらになっているかはわからないが、残高を超えることはないだろう。


 買ったものをひとしきり着てからデパートを出て、街中を歩いてみた。まるで、自分がパリジュンヌのように思える。煉瓦造りのロンドンの通りにもよく映える。気分が上がった夏帆は、化粧直しを丁寧にして、香水もふりかけてみた。


「リサみたい」


 夏帆の声が寒空に響いて、溶けるように消えていった。夏帆の親友だった黒崎リサ。彼女は、夏帆と熱海旅行の際、すっかり姿を消してしまったのだ。あの旅行の夜に見た夢の違和感。私は確かに夢の中で死んだ両親と一緒にいた。しかし夏帆だけ川を渡ったのだ。考えたくなくても考えてしまう。あの時、リサは、もしかして、私を殺そうとし、そして、やめたのではないだろうか、と。


 本当に殺そうとしていたのだとしたら、リサの目的は全くわからない。心当たりもない。もしかしたら私のことが嫌いだったからかもしれない。しかし、リサは「嫌いだから」という理由だけで人を殺すような人ではない。もっと自分の行動に意味を持たせるような人だ。なぜかわからないけど、そう確信できる何かをリサは全身に纏っていた。少なくとも当時の私はそう思った。


 しかし、今の夏帆には、何一つ自分の感覚を信じることはできなかった。ノアから聞いた、母校での学生闘争の歴史。あれから毎日そのことを考えている。


 政府が隠していたという事実よりも、教科書を信じ込み真実に気が付かなかった自分の方に悔しさを覚えた。


 あれから、イギリスの歴史の書籍を読み込んでみた。どの書籍にも日本での学生闘争に関して多くのことが書かれている。むしろ他国のことなのに異様なくらいだ。戦争を引き起こす大義名分にしたかったのだろう。


 この闘争は、通称、白山の戦い、と言われているらしい。名付けがどこからきたかは不明。戦い、という名称は、どことなく違和感がある。戦いとは、本来、敵と味方がいて、そのどちらも自分なりの正義感を持っている時に使われる言葉だろう。白山の戦いはただの大量殺人だ。反乱とか、騒動とかの方が正しい日本語に思う。なんにせよ、実際この目で見たことのないことが書かれていても、いまいちピンとこない。


 学生闘争当時、日本が国際的に孤立しはじめ、日本不利の政策を各国が敷かれていた。弱気な政府に反発したのが学生たちだった。当時、日本を締め出すイギリスと戦争間近で開戦ムードが高まる中、イギリスでロビンウッドが台頭し、突然その可能性がなくなった。好戦的な人々の感情の矛先として、学生闘争が利用されたという味方も、海外の専門家はしている。


 学生たちは学校を占拠。教職員は人質に取られ、学校としての機能を持たなくなった。警察がやってくると、学校にある薬草やらで爆薬等を作り応戦。1年ほど続いたのち、竹内家が私設軍派兵を決定したことで、あっけなく終戦。人間界でも学生闘争はこの少し前の時代に起きており、おおむね流れは同じだった。結局ヒトである限り、いな、社会がある限り、どこも一緒なのだ。ハイドにも聞いてみたが、イギリスでも同じようなことが起きたことはある、と言っていた。


 この戦いで、1000人近くの学生と、1万人近くの警察と軍人が死んだ。ノアに言われてすぐは、なぜ母校でこんな無茶なことが起きたのかわからない、と思った。でも時間の経った今ならわかる気がする。あの学校の人たちは、まるで自分が神に選ばれし優秀で特別な人材と思っている。何者かになり、何かしら社会に影響を与えるようなことをしたい、と考え出すのは別に不自然ではない。そしてあまりに優秀な人が多く、自分が何者でもないことに気づいてしまった時の絶望感は、他の学校の生徒以上だろう。


 しかし、やはり、この戦いにはどこか違和感がある。昨年までいた母校の学生たちは学校首席になれるか、なれないか、で争っており、政治的な闘争をしたがっているようには思えなかった。


 なるほどそういうことか、と夏帆はここまで考えて気がついた。学生闘争など二度としないように、竹内義人は、学校に、学校首席(マランドール)という職を作り出したのだ。竹内家はやはり優秀だ。考え出すことがまるで違う。そうやって学生の感情を利用し、コントロールし、学校を、教育を、ひいては魔法界を守ったのだ。


 そう思うと、日本魔法界の政治界から竹内家を、いな、竹内義人を追い出したのは少々痛かったかもしれない。必要悪だったのだ。クリスマス休暇に帰国して、日本の様子を見てこようと夏帆は考えた。

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