第75話 ドラゴンの夢

 アリス・ロウエルに連絡をすると、快く返事をくれた。報道を見たこと、心配をしていたこと、クリスマスはフュッセンにいるからぜひ来なさいと書かれていた。


 ドイツ フュッセンに到着したのは深夜12時だった。この時間はドラゴンが活発だからといって、ロウエル氏は招いてくれた。


 フュッセン駅に到着し、光の続く道を登っていく。途中、お爺さんが、外におり、何かを夏帆に語りかける。夏帆が外国人と分かり、お爺さんは英語に切り替える。


-その先は魔女がいる。


 夏帆はにこりと微笑みかけてみる。


 ピンクの可愛い建物が続くところに、不揃いなレンガ道が並ぶ。そこを歩いていくと、白いコートを来たアリス・ロウエルが待っていた。


「お久しぶり。学会以来ね」とロウエルはにこりと笑うと、白く曇る息を吐いた。


「お久しぶりです」


「あなたも大変だったわね。ジョンソンがごめんなさいね。あの人、結局出世のことしか考えていないのよ」とロウエルは言って歩き出した。


「あまり、人がいませんね」と夏帆はロウエルに問いかけた。


「クリスマスだからよ。帰ってきた時に、クリスマスマーケットを始めると思うからいくといいわ。この辺だとミュンヘンがいいかしらね」


 ロウエルは夏帆の腕を掴んで瞬間移動をした。


 ロウエルが連れてきたのは雪原だった。そこに、黒くて大きなドラゴンが一匹いた。


「ダンテよ。この子は人見知りしないの。あなたにピッタリと思って」


「ありがとうございます。、あの、借用料金のお支払い方法なのですが……」


「お金は日割りで、後ほど請求させていただきます」


「ありがとうございます。ドラゴンの餌はどうすれば?」


「ダンテのことは気にしなくて大丈夫よ。自分で勝手に餌を見つけますから。それより問題は、日本についてからダンテをどこに匿っておくかよね。日本はそんなに制度が充実していないでしょう。どこかに、大きな土地とかあれば、そこにつないでおくのは手だと思うけれど、当てはある?」


「一つだけ。ただ、暴れたりしたら……」


「ダンテは簡単に暴れたりしません」


「それはよかったです。あと、乗ってる最中は、透明になる魔法とかかけておいた方がいいですよね?」


「ああそれもいらないわ。このドラゴンの種はね、人が乗ると、透明になる種なの。イギリスのディーンの森で衰弱しているところを見つけて、私が引き取ったのよ。ドラゴンの養育には魔法生物保護制度の整ったドイツがぴったしでしょ」とロウエルはにこりと笑うと、夏帆をドラゴンの上へと乗せた。


 ドラゴンが唸った。アリスは愛おしそうに、ドラゴンの鼻を撫でた。アリスは、手に持った、暖かそうな飲み物をドラゴンに飲ませた。


「それはなんですか?」と夏帆。


「ホットワイン。ダンテは舌が肥えてしまっていてね。私の作った、高級スパイス入りのものしか飲まないのよ」


「ドラゴンはアルコール大丈夫なんですか?」


「あら大丈夫よ。温めているからアルコールは飛んでいるもの。それにダンテに何かあったことは一度もないわ。」


 ダンテは、一つ一つの鱗を奮い立たせるように動かした。


「さぁ、行きなさい!」


 ロウエルの掛け声とともに、漆黒のドラゴンは天高く舞い上がる。冷たい風がビュンと唸り、肌を切り裂くように撫でる。


 遠くの山の上に、白く美しい城が見えた。まるで、物語上のプリンセスでも住んでいそうだ。城には雪がかかり幻想的に月光を反射している。その目の前にある池も、霧と靄で霞んで見える。心が洗われるような、美しい景色だった。

 

 空を飛ぶ最中、眠りについた夏帆は美しい夢を見た。日本からイギリスにドラゴンで向かう夢だ。なぜか頭の中では、ブルタバの我が祖国が鳴り響く。


 多くの人が電車に乗り込む。世の情勢は変わり、国を出ざるを得なかった人々。夏帆はその様子をドラゴンの上から見る。まるで私たちと一緒だと、なぜか夏帆は思っている。


見捨てるものか

そう誓い こうなる訳も言えず

ドラゴンの旅 止められず

時間を少しくれよ

私は祈りを


 誰のかわからない詩が、音楽と共に頭の中で響き渡る。


橋 川 並木道に

海 草原

ドラゴンも 田舎の人も

命尽きるまで


時代には 抗えぬ

共に流した涙

分かち合え ることなど

なければ 悲しみはない


傷は癒えず 乾かぬ涙

国のためだと言って

君に祈りを 捧げよう

この歌を代わりに


 目が覚めた時、夏帆の目は潤んでいた。


-ダンテ、お前はもしもの時、私を助けてくれる?


 夏帆はドラゴンを舞浜の孤児院に繋ぎ止めた。夏帆が打診したところ、現在の院長は快く受け入れてくれた。なぜかはわからない。夏帆が外交パスポートを出したからかもしれない。


「そんな、ひどい!だって、りくにだって非はあるのよ!」ととある孤児院の女の子が叫んだ。


 そこには、鈴木りくがいた。鈴木りくはバスケットボールを追っている途中に、夏帆に気がつくと、驚いた顔をして、ボールを持って夏帆の元へと走ってきた。


「高橋夏帆さんですよね!鈴木りくです!」と鈴木は挨拶した。


「よく覚えています。勉強は頑張っていますか?」


「はい!最近、呪文分析学を始めました!」


「素晴らしいことです。ぜひ続けて」


「それにしてもドラゴンだなんて珍しいですね」


「あらそうなの?」


「ヨーロッパはわかりませんが、日本ではもう、ほとんど需要が箒や自動車に奪われていますから」


「ドラゴンの方が、快適だったわ。魔法生物を扱わなくなったら、魔法使いも終わりね」


「それはなぜですか」


「夢を見ないってことじゃない。人のことしか考えなくなる。技術勝てば魔法は必要なくなる」


「その議論聞いたことがあります。日本では、きちんと供養をする。生物が強い存在だと思っているから。実際、鬼の出現の際とかは、ドラゴンが大活躍したそうです。一方ヨーロッパはドラゴンといった生物を保護と養育の対象とする。弱い存在だから守らなきゃと、考えていると」


 夏帆は苦笑いした。少しだけ、話がずれている。


「そうなんだ。なるほどね。それでそもそも日本ではあまり学ばないのね。私はドラゴンのことを何も知らない。だから道中は大変だった。まるでドラゴンの記憶を読んでいるかのようだった」


 鈴木りくは顔を顰めた。


「ごめんなさい。話が長くなってしまった。そういえば、あなたはどうしてここにいるの?」と夏帆。


「ああ、えっと、実は最近少し体調を崩して。それで暇なんで、ボランティアで。バスケで遊んでいるだけですけど」


「バスケなんて懐かしい。学校に入ってからはやらなくなってしまった。結構得意だったのよバスケ。でも……いやなんでもない。ありがとうね」と夏帆。


 バスケットボールといった人間界のスポーツに勤しむことはあまり良しとされていなかった。名家の揃う日本魔法魔術学校で、バスケをやる人はほとんどいない。


「理事長」


 そういうとりくは頭を下げた。そこには夏海がいた。


「夏海?なぜここに」と夏帆。


「よくここに来るの。ボランティアで」


「ボランティア・・・・・・」


 夏帆は東京駅へと向かい、日本橋の高架から魔法界の領域へと入った。初めてここから魔法界に入った時は、わくわくよりも、今後続く長い生活に絶望感すらあった。今は、違う。まるで新たな戦争に行くかのようだ。


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