第4話 新しいメンバー

 6時。少しばかりの肌寒さと共に、心地の良い朝の目覚めを迎えた。電車の音と、小鳥のさえずる音が混じる。夏帆は部屋の中に併設された小さな洗面台で顔を洗い、髪をブラシで丁寧に梳かした。ブラシを髪に通すたびに、肩ほどまで伸びた真っ直ぐな黒髪が美しくきらりと光る。


 夏帆は首から下げたチェーン付きの懐中時計を傷つけないよう、慎重にパジャマを脱いだ。寒い。青の半袖のトップスに、黒のスキニーに着替えると、上からカーキのジャケットを羽織った。


 食堂でパンとヨーグルトの朝食を食べて部屋に帰ると、事前にパウエル校長から送られてきた資料にもう一度目を通し、部屋に届いた魔法社新聞を読んだ。


-ピーター・エバンズ氏へ国会出席要請か

 

 どうやらエバンズが『ロビン・ウッドを取り逃した』と流布し、人々にロビン・ウッド再来の恐怖を植え付けたことが、国家反逆罪であると主張する政治家がいるらしい。

 

 ばかげている、と夏帆は思った。つまり、英国政府はバレさえしなければロビン・ウッドを死んだことにしてうやむやにしようとしていたということだ。そんなことは、日本政府さえしない愚行だとさえ夏帆は考えた。


 死んでいない以上、いずれ起きる内戦に向けて準備をしなくてはならない。それなのになぜ、対策も取らず隠そうとするのだろうか。


 しかし、その疑問に対する答えは、すでにパウエル校長から送られてきた資料に書かれていた。ウッドが存在している前提で、公に準備を進めれば、かえってウッドを刺激しかねない。ウッドの姿を見たことがあるものはおらず、どこに潜んでおり、普段は何をしている人物なのか、誰もはっきりとはわからない。忍び寄る恐怖と対峙するには、いないものとして扱うのが一番。それがパウエル校長の見解だった。


それでも奴は必ず存在する


 パウエル校長の資料は、最後にそう断言して締められていた。


 夏帆は小さな白のポーチの中身をもう一度確認した。その中には鞄の大きさに見合わない量の持ち物が入っている。人間界のパスポート、魔法界のパスポート、就学ビザ、就労ビザ。魔法界で使う通帳に、少しばかりのポンドと、イギリス魔法界通貨のコモン。


 日本みたいに人間界と魔法界が同じ通貨を使えばずっと楽なのに、と夏帆はため息をついた。そしてもう一度練習をした。もしなぜ就労ビザを持っているのかと言われたら、在英日本魔法大使館で掃除の仕事をすることになっている、と答える。昨日は何をしていたかと言われたら、大使の部屋の花を生けていましたと言う。その花の名前はと言われたら、ツユクサだと言う。


 夏帆はポーチから懐中時計を取り出すと首にかけ、トップスの中へと仕舞い込んだ。


 9時。夏帆がホテルのロビーで待機していると、黒い長髪に黒いローブを来た男性が現れた。見た目は40代後半くらいで顔にシワがある。無表情で、醸し出す雰囲気は暗く、夏帆は居心地の悪さを感じた。


「トム・プリンスだ。学校では、魔法道具学を教えている」


「高橋夏帆です。よろしくお願いいたします」


 夏帆は一礼した。夏帆は魔法道具学がどういう学問なのかわからなかった。しかし、今は黙っている方が賢明だと判断した。


「今から高橋君には一緒についてきてもらう」


「学校にですか?」


「いいや違う」


「どこなのでしょう」


「着くまで教えることはできん」プリンスはぶっきらぼうに低い声で言った。「校長は君に我々の一員になることをご希望なのだ」


「その、一員とはどういう意味なのでしょう」


「行けばわかる。何か質問は?」


 夏帆は頭の片隅を突くように考えた。質問は?そう言われると、逆に出てこなくなる。

「もしかして、トム・プリンスさんはこの近くにお住まいだったりします?」


「いいや、違う」

 その口調に含むかすかな揺れを夏帆は感じ取った。確かに昨夜、このホテル付近の住宅から出てくるのを見かけた男性はトム・プリンスに違いなかった。一瞬の動揺がそれを証明している。なんにせよ、何かを隠していることに違いはない。私がスパイであるのを隠すように。


 役割を演じるとはこういうことか、と夏帆は思った。スパイになってからというものの、人の一挙手一投足よく観察し疑い深くなってしまったものだ。こんな仕事早く辞めたいと思っているにも関わらず、私は役になりきって、染まろうとしている。


 プリンスは夏帆に、腕を差し出した。夏帆はプリンスの腕をつかむと、二人は瞬間移動をした。


 パシャッという音が聞こえた。足元には湿地が広がっていた。せっかく買った新しいスニーカーが泥まみれになった。


 結構高かったんだぞ、と思いつつ、プリンスの後をついて歩いた。あたりには湿地が広がるばかりで、木、一つさえない。ここには何もありませんと主張しているかのように、風が後ろからそっと押してくる。突然、鼻先をかすめるようにふわりと魔力を感じたかと思うと、空間がシャボン玉のようにゆれた。


 目の前に、今までそこになかったはずの、庭付きの大きな洋館が現れた。この洋館が見られないよう、湿地には保護呪文がかけられていたのだ。簡単で弱い魔法だが、洋館を隠すには十分だった。


 洋館の入口の扉には金文字でポーフォート、と書かれていた。


「ポーフォートって、あのポーフォート?」

 夏帆は世界史で出てきたポーフォート家を思い出した。まだ魔法使いが、人間界で、宮廷魔法使いとして仕えていた頃の時代。ある日、英国貴族ポーフォート家に魔法使いが生まれた。その人物は、魔法使いのみが入ることを許される領域を生み出した。魔女狩りから逃れるためだった。ポーフォート家は今でこそ没落したものの、魔法使いが領域内に移り住んでからも、しばらく行政の中心にいた一族だ。


 はじめ、領域は国という概念のないユートピアだった。しかし、ヒトという生物の性か、領域内でも争いが生まれ、国ができた。他国と争いが続く中で革命が起き、ポーフォート家は追い落とされた。そして魔法使いは荒廃した領域ではなく、技術に溢れる人間界を理想とするようになった。魔法使いは再び人間界で人間と共に暮らすようになった。


 しかし、人間界で魔法使いはもはや必要とされていなかった。技術力で圧倒していたからである。魔法使いは、魔法の存在を隠しながら、暮らさざるを得なくなったのだ。


 夏帆は世界史で習った通りのことは知っている。しかし、実際そこで何が起こり、当事者が何を考えているのか、想像しようとすると曇りがかる。その歴史を実際に辿っていない者が、勝手に理解しようとしたり、理解したつもりになることはむしろ冒涜なのではないかとさえ思う。


 ただそこに横たわるのは『欧米の魔法使いは色々あった末に、魔法界の領域を捨て人間界で暮らしている』、『日本の魔法使いの多くは、いまだ領域内で暮らしている』という事実だ。


「あの、かは知らんが、君が教科書に出てくるポーフォートのことを言っているならそうだ」とプリンスはやはりぶっきらぼうに言った。


 プリンスはベルを鳴らすと、返答も待たずにドアを開けた。中へ入ると、薄暗くて狭く、長い廊下が続いていた。二人は奥へと進んでいった。


 廊下の壁には歴代ポーフォート家の人物の肖像画が飾られていた。

「そいつは、ナイジェル・ポーフォート。我が祖先だ」


 後ろを振り向くと、ぼさぼさの髪に、しわのある茶色のライダージャケットにジーンズを合わせた男性が立っていた。無精髭を蓄えた、40代後半くらいの男性だ。プリンスはどこかに消え去っていた。


「ようこそイギリスへ。高橋夏帆さん、あなたを歓迎いたします。私がここの家主、ロミオ・ポーフォートです」


 ロミオの緩んだ口元は、その言葉に嘘がないことを証明しており、夏帆の緊張をほぐした。


「ピーター・エバンズさんの保護者の方ですね。話には聞いています」

 その時、玄関のベルが鳴った。誰かが来たのだろう。夏帆はここまで一本道を歩いてきたが、廊下の向こうから誰かが歩いてくる気配はなかった。魔力をさほど感じないのに、時空が曲がっているかのように感じる。不思議な館だった。


「異国の小娘が我が屋敷に入りおって……」

 突如、肖像画のナイジェルが大声で叫び始めた。


「ルーク!カーテンをしめろ!」

 キッチンの方から夏帆の腰あたりの背丈をした、しわくちゃな顔の妖精が現れた。


「仰せの通りに」

 それから夏帆を一瞥してからカーテンをかけた。夏帆は妖精がまるで使用人かのように扱われていることに驚いた。かつて、夏帆がイギリスに住んでいた際宿泊していたギルド伯爵家のそれとは違った。


「すまない。ナイジェルはああいう人でね。生前の性格は、死後、肖像画にも受け継がれるのだよ。500年も前の人だから今とは価値観に相違があるのだ」ロミオの声は透き通っているかのように、小さくてもよく響く音色だった。


「お気になさらず。それより、肖像画って話せるのですね」


「ああそうだとも。厳密な会話はできないが、生前の意思を伝えることはできる」


「ルークさんは、どういった方なのですか?」


 ロミオは一瞬驚いた顔をした。「ルークは使用人だ。あいつに何でも頼むといい」


 夏帆はきょとんとして、なんと答えればいいかわからなかった。


「君はイギリスに来たばかりだ。わからなくて当然だ。妖精の所持数は、イギリスでは金銭的豊かさを指すのだよ」


「すみませんでした、何も知らず」


「いや、いいんだ。この通り僕はそういったことには無頓着でね。ただいざ、学校に入学すれば、家柄を気にする者もいるから、覚えておいて損はないだろう」


 ロミオと夏帆は長い廊下をゆっくりと歩いた。赤い絨毯を敷いた床は、靴の衝撃音を吸収した。


「我が一族は勇敢にもロビン・ウッドに味方し、名誉の死を遂げた」とロミオは言った。


「勇敢にも?」夏帆はその響きを確かめるようにゆっくり言った後、顔をぎゅっとしかめた。


「ほんのジョークだよ」とロミオは焦って訂正した。


「すみません……」

 夏帆の申し訳なさそうな顔に、ロミオは笑った。


「ピーター・エバンズの両親を拷問し、殺したのも、我が一族の者だ。いたたまれなくなって、私はピーターを引き取った」とロミオ。


「なぜ拷問だなんてむごいことができるのでしょう」


「確信犯だ。正義はどのような法律にも勝る。我が一族は、あのおぞましい領域の中へと帰りたがっていた。もっと言えば、ポーフォート家が権力を持つ世界への回帰を望んでいた」


「その方々にとっての正義が、領域への回帰だったのでしょう」


「面白いことを君は言うね」幾分皮肉を込めた言い方だった。


「日本は世界で唯一領域内に魔法使いが多く住む国です。私も領域内に住んでいましたが、あの世界がおぞましいと思ったことはありません。あの中に美しい海を見た」

 美しい、という言葉がひっかかり、夏帆は強調して言わざるをえなかった。その海は、旧友の黒崎リサと行った海だった。リサは夏帆にとって初めてできた友人だった。しかしある日、誰にも何も言わずに消えたのだ。


「我々は、領域から出て何年も立つ。怖いと思う方が普通だろう」とロミオ。


「つまり何も知らずにおぞましいとおっしゃっているということですか」


「領域の中が今どうなっているのか、実際に見たものはいない。領域を使わずに現時点で少なくとも我々は困っていない。ならば、そこには近づかない方が賢明なのだよ。領域があるからこそ、領域をまたぐ者の危険性が増すことは君たちの方がよくわかっているだろう」


「領域をまたぐ者?」


「例えば、亜人」


 亜人は、魔法使いの家庭から生まれた非魔法族のことだった。領域内から一度外に出てしまうと、中に再び入れない。魔法使いが中心の魔法界では立場が弱く、差別対象者として扱われることがしばしばあった。


「それに領域に残った日本がもはや各国の領域を占領したとも主張する者もいるんだよ」とロミオ。


「そんなわけありません」


「それを君が、今ここで証明することは難しい」ロミオの言葉に夏帆は黙り込んだ。「しかし、それでもロビン・ウッド一派は領域に戻ることを主張した。そしてその主張が正しいことを証明しようと、暴走をはじめたんだよ。我が一族も何人もが戦線を離脱しようとして殺されている」


 夏帆は何も言えなかった。組織を抜けようとするものに待ち受けるのは、どのような形であれ死である。それは古今東西変わらないのだと夏帆は思った。


 廊下の途中、階段があった。その階段の手すりには、妖精の首のホルマリン漬けが並んでいた。夏帆はぞっとして背筋が凍った。


 ロミオは前に躍り出ると、目の前の真っ赤な扉を開いた。

「ようこそ、我らが国王親衛隊のアジトへ」


 扉の先は、ダイニングルームだった。部屋の中央に大きな机が置かれている。暖炉が併設され、その上には、勿忘草の紋章のついた鏡が置かれていた。さらにその上の壁には、腰に剣を持った男性貴族全身像の肖像画がかかっている。昔ポーフォート家が栄えていたことがこの部屋からもよくわかった。


 ダイニングルームのテーブルを囲むように、10人ほどの魔法使いが座っていた。皆が黒いローブを着ている。異様な空気感だった。夏帆が部屋に入ってくると、夏帆を値踏みするように一瞥した。


 国王親衛隊の存在は夏帆もギルド伯爵から聞いたことがある。しかし、想像以上に人数が少なかった。


「こちらが、新しいメンバーの高橋夏帆君だ」とロミオ。


「リズ・ミネルバです。よろしく」


 一番手間に座るお団子頭の白髪交じりの女性が立ち上がって挨拶を述べた。リズが話し始めたのを見て、皆がふてくされた様子を取ったことことから見ると、ミネルバは他のメンバーにさほど好かれていないらしい。


「それで、どうしてあなたがここに仲間入りできるのかしら?」


 ミネルバの口元を見れば、夏帆を快く迎えたわけではないことを伺うことができた。


「未成年だし、学生だし、それに……」

 日本人だし、とミネルバは言いたかったのだろう。


「そんなこと夏帆に聞いたところで困るだろう。知っているのはアーサーだけだ」


 ロミオはそういうと、夏帆に席に座るよう促した。夏帆は、暖炉の前の開いている席に座った。


「ミネルバさん、私は4年生に編入こそしますが、日本では既に学校を卒業しています」と夏帆。


「あら、思ったより英語がお上手なのね」とミネルバ。


「ええ、私は以前イギリスに2年ほど滞在しておりましたから」


「会議をはじめよう」

 先ほど消えたと思ったプリンスが夏帆の言葉を遮るようにして言った。


 ロミオが杖を振ると羊皮紙が広がった。地図のようなものだった。ところどころ赤い丸で囲まれている。

「これは、ウッド派と疑われる者の家だ。ざっと洗い出してみたんだが」


「ウッド派……」

 ウッド派という単語がどこか気持ち悪かった。日本魔法魔術学校には、Japan Magical Club、通称J.M.C.という学生組織があった。その学生組織に属するのは優秀な者ばかりで、就職先もよく、また社会に出た後も出世がしやすい。それだけに、メンバーがそこにいるだけで威圧感があった。夏帆はその組織のメンバーになぜか選ばれず所属できなかった。そのため、学校で首席だった夏帆は、メンバーと対立する道を選ばざるを得なかったのである。


 ウッド派とJ.M.C.は、どこか同じ、考えの薄さ、甘さを感じる。


「ロビン・ウッドは前の時も仲間を集めた。まずは前回ロビン派に回った者および魔法生物を見張る必要がある」


 魔法生物が敵に回る、というのを夏帆はイメージすることができなかった。これまで夏帆の敵に回ったのは皆ヒトだったからだ。他動物と対立する、という概念がそもそもわからない。


 こういう些細な疑問というのは解消しておくことにこしたことはないが、会議に集中している様子を見ると、よしておいた方がよさそうなことは容易に想像できた。


「手分けして毎日だ。いいか、毎日って言ったら毎日だ。わかっているだろうがジョンソン、これは魔法政府局には極秘だ」ロミオは声を上げた。


「私が局長の側近であることを理由に疑うなポーフォート」


 ジョンソン、と呼ばれた男性は深い声でそういうと顔をしかめた。ジョンソンは、黒人の大柄な男性だった。おそらく、彼らが魔法政府局と呼ぶ、英国政府に出入りしている親衛隊のスパイといったところだろう。あるいは、現政権を倒し、実験を握ろうとしている役人。どちらにせよ、親衛隊と政府が対立していることは明らかだった。それはすなわち、夏帆も立場がバレれば、国王親衛隊を敵に回すことになる、ということを指していた。


―見張りねぇ。何の意味があるのか。瞬間移動なんてされたら、どこに向かったのかもわからないじゃない


 夏帆は腕組みをすると口を開いた。


「あの……。一つお願いをしてもいいですか?」


「何だ?」

 ジョンソンは夏帆を探るような目で睨んだ。


「見張りの時、メモをしてもらいたいことがあります。統計に使いたいんです。一つは、家を出てどの手段で、どこへ向かったのか。そして、もう一つは、瞬間移動を選んだ場合、正面を向いていた方角。その日付と時刻をできるだけ正確に記してほしいんです」


「その情報をどう使うんだい?」

 ロミオが聞いた。ジョンソンも同調するかのようにゆっくりとうなずいた。あくまで良い案なら話を聞いてくれる人たちらしい。


「瞬間移動の際は、無意識に目的地の方角に正面が向くと言われています。後ろに移動するのは本能的に怖いですからね。ウッド派が同時刻に向いていた方角を統計にかけることで、どこに向かったのか、あるいはどこで集まっているのかがわかる可能性があります。ある程度情報が集まれば、統計で次の襲撃箇所を予想することができる」


「統計?」とミネルバは言った。


「襲撃箇所の数学的規則性を見つけられれば、次の襲撃地を予想できる、ということです」


「ミネルバ、なぜアーサーが夏帆を親衛隊にいれたのか、だいたいわかったな」

 ロミオは勝ち誇ったかのように言った。


「そろそろ時間だぞ」

 ジョンソンはそう言うと、扉に向かって杖を向けた。扉が開いた瞬間、奥から2人の少年と、1人の少女が転がり込んできた。


「あなたたち聞いていたのね!」とミネルバはあきれた物言いをすると、すっと暖炉に飛び込み、どこかへと帰っていった。


 少年の1人は昨日、鬼から助けた少年だった。もう1人は金髪の少年、もう1人は、栗色のウェーブ髪の女性だった。


「さすがにピーター・エバンズは知っているだろうな」少年たちを見つめる夏帆に、プリンスはそうつぶやいた。3人の少年少女はロミオと何かを話している。


「ロビン・ウッドを倒したということくらいは」と夏帆は言った。


「それにしてもピーターはとんだ厄介な事件に巻き込まれたな」

 ジョンソンがぽつりとつぶやいた。「申し遅れた。私はパトリック・ファス・ジョンソン。この記事を見てくれ」


「やけに他人事だな、ジョンソン。君は局長の近くにいたのだろう。それに、その記事ならとっくにここにいる全員が見ていることだろう」と。


「夏帆を除いてな」とジョンソン。


「私も読みました」と夏帆は言った。


 ジョンソンは、不愉快そうに目を見開いた。

「俺ならこう言うね。ありがとうジョンソン。おかげで内容を深められると」


 イギリスジョークは難しく、夏帆は正直対応が面倒になった。


「イギリスと日本は同じ島国ですが、私は、日本人的感覚は持ち合わせていません」


「日本には国、という概念が存在しているようだな」とジョンソン。「実に興味深い。つまり、人間の決めた取り決めを守っているということだ」


「そう考えたことはありませんでした」


「高橋君、君は人間に詳しいのかな?」とジョンソン。


「ジョンソン、そろそろ静かにしたまえ」とプリンスは言った。


「私も皆さんに伺っておきたいことがあります」と夏帆。


「だめだ!」とロミオが大声で叫んだ。夏帆は白目が剥くほど、ぎょっと見開いた。


「すまない」とロミオはあたりを見渡していった。「だからだめだ、ピーター。君を親衛隊には入れられない」


「なんでだよ!僕はいち早く父さんと、母さんの敵を討ちたいんだ」とピーターは言った。


「君はまだ子供だ」とロミオは優しい声で諭した。

「そうだ。それに、君は僕たちの光なんだよ。ロビン・ウッドに勝った人間は君だけだ」とジョンソンもさっきとは打って変わった穏やかな口調で言った。


「でもあのとき仕留め損なった。どんな顔だったかも覚えていない。だから今度こそ」ピーターは拳をぎゅっと握りしめた。


「君の気持ちはよくわかる。アーサー・パウエルも君の実力を十分認めている。時を待つんだ」


―敵を討ちたい、か。


 夏帆もピーターと同じく、一歳で両親を失った。しかし、敵を討ちたいなど、考えたこともないことだった。おそらくロミオを始め、周りの大人たちが、彼がまっすぐ生きるように見守ってきたのだろう。


「高橋君、それで聞きたいことはなんだ」とプリンスは言った。


「ロビン・ウッドを倒したとします。そのあと、皆さんはどういう世界を作りたいのですか」

 答え次第では、この親衛隊との関わりを制限しよう、と夏帆は思った。この親衛隊は正義感が強く、世をうがってしかみえない夏帆にはあまりにも眩しすぎた。


「全てが終わり、草原でサンドイッチを食べ、居眠りをし、そのあと考えよう」とロミオは言った。


「アーサー・パウエルがそうおっしゃったのですか」と夏帆は表情ひとつ変えずに言った。


「そうだよ」ロミオの口調も真面目になった。「そのことについては僕らも議論したんだ。もし、ロビン・ウッド一派を捉えたらどうするか。全てを吐かせた後に殺すか、投獄するか」


「殺す」とピーターは言った。「殺さなければ終わらない」


「それは、結局、自分と考えが違う者の排除にすぎないのではないでしょうか」と夏帆はつぶやいた後に、はっと手を口元に当てた。


「確かに神は人を殺すために我々に魔力を与えたわけではない。それでも僕らが戦うのは、戦わないと僕らが殺されるからだ」とロミオは言った。


「もしかしたら、話せば向こうは我々の意見を受け入れてくれるかも」


「それはないね!」とピーター。「奴らは僕らを拷問し、殺す連中だ」


 怒るピーターをロミオが制した。


「高橋君、君の何を刺激されてしまったかわからない。そのことに関しては謝ろう。でも、君の言っていることは見当違いなことだ。奴らは人殺しの犯罪者だ。君が言う通り、敵を殺せば僕らも奴らと同類だ。でも、そうせざるを得ないくらい、多くの仲間を僕らは既に失っているんだよ。いいかい高橋君、アーサーに今言ったことを話してはいけないよ。ではプリンス君、このあとは、君が高橋君をアーサーのところへ連れて行くことになっているはずだ」


「わかった」

 プリンスはそう言うと、夏帆の腕を強引につかみ、瞬間移動をした。


 

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