【010】

 朝食の出来栄えが気になったため、今朝は「ご主人様がダイニングで朝食を食べておられる間の、仕事部屋の清掃」ができなかったので、これから行わなければならない。

 圭人様には申し訳ないのだが、居間でコーヒーを飲んで暫し食休みしてもらい、キッチリ15分で(本来は私のものであるはずの)仕事部屋の掃除に取り掛かる。


 昨日までは圭人様──もといケイトが毎日掃除してくれていたので、さして汚れているわけではないが、それでも散らばった書類をまとめ、出しっぱなしの本を書棚に戻し、カーペットに掃除機を掛け、最後に机の上を雑巾で拭いて仕上げとする。


 てきぱきとした手際は我が事ながら感心するが、コレがなぜ昨日までは自分の手でできなかったのか、と訝しむ気持ちも存在する。


 (まぁ、仕方ないですね、昨日までの“私”は、引き籠りの不精者研究者だったんですから)


 そんな事を考えつつ、清掃道具をいったんしまって、居間にとって返す。


 「おや、もういいんですか?」


 コーヒーカップ片手にjPADを弄っていた圭人様は、少し驚いたような表情をされている。

 部屋掃除に不慣れな“わたし”なら、清掃業務にはもっとかかると思っていたのかもしれない。


 「はい、お待たせして申し訳ありません。お仕事部屋の清掃は終わりました」


 主人に侮られていたことへの苛立ちと、主人の予想を越えた誇らしさを同時に感じた私だが、それをおもてに表さないよう、なるべく無表情にそう告げてペコリと頭を下げる。


 「いやいや、問題ありませんよ。では、僕は“自分の”仕事に取り掛かるので、ナツキも頑張ってくださいね」


 にこやかにそう言って居間から出ていく圭人様。


 深く頭を下げたままの私だったが、内心では背筋にゾクゾクッと奔った快感に耐えることに集中していただけだ。


 (さ、サーバントプレジャーって……主に激励されただけでも軽く作動するのか……)


 能動的行動のみならず受動的なものでも発生するとなるとは、思った以上に厄介かもしれない。


 その後は、屋敷内の他の部分の清掃⇒昼食の用意といった「いつも通り」のルーティンワークを大過なくこなすことができた。

 ひとつひとつの作業しごとは、本来の“私”にも不可能な難事というわけでは決してないが、しかし、それらをここまで連続して手際よく実行したことは、学生時代も含め未だかつてなかったかもしれない。


 昼食は、朝が純和風だったので「フレンチトーストとカフェオレ、キャベツと人参のミニサラダ、デザートにウサギさん林檎」という軽めのメニューを作って、3階の仕事部屋へと運ぶ。


 「ありがとう、これも美味しそうですね」という圭人様の言葉に、またも軽い快感プレジャーを覚える。


 『──お食事後、食器類はトレイごと廊下に出しておいてください。後程取りに参ります』


 何とか無表情すましがおを保ってそう言い残し、わたしはマスターのお仕事部屋の外に出ると、顔面部の紅潮と体温の上昇を意識しつつ、台所にとって返しました。


 『──今のうちに、わたしも補給を済ませておくべきですね』


 自分用にと圭人様に買っていただいたマグカップに水を汲み、戸棚から取り出したメイドロイド用タブレットを3粒口に入れて水で飲み下します。


 メイドロイドの主な動力源は電気ですが、一部に有機生体部品を使用しているタイプの場合、その活性維持のため、少量ながら定期的に水分と蛋白質・ミネラル類の補給が必要となります。


 わたし──HMR-00Xナツキも、人工皮膚を始め全身の15パーセントに生体パーツが使用されているため、毎日昼食の時間に、このように市販の補給剤タブレットと水分を摂取しているのです。


 ──え? 「飲食するなら、出るものはないのか?」

 はい、実は人間でいうところの「排泄物」も生じます。

 もっとも、人間と比べると一日当たりのその量はごく僅かで、通常は日に1度、股間のコネクター部分から“廃液”を放出するだけで事足りるのですが……って、なんで私は、こんなこと自問自答してるんだ。


 (いかん、どうも「メイドロイドとして必要な行為」を行うと、意識がそちら寄りになるみたいだな)


 このままメイドロイドになりきらないためにも、その点は留意しておくべきだろう。

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