【009】

 あれから──朝起きてメイド服に着替えてから、私は(表面的にだけでも)「メイドロイドらしく」振る舞うべく、昨日までのケイトが私にしてくれていた事を思い出してみた。


 朝は、朝食の準備をしてから、ご主人様を起こしに寝室に行く。

 ご主人様がダイニングで朝食を食べておられる間に、仕事部屋の清掃を実行。


 午前は、仕事中のご主人様の邪魔をしないよう極力静かに屋敷内の他の場所の清掃。同時に修理などが必要がないかの各所の点検。


 正午になったら昼食(軽食)の準備をして、仕事部屋に運び、ご主人様に食べていただく。


 午後は洗濯および衣類の点検・補修。それが済んだら食糧庫と冷蔵庫をチェックして補充が必要なら、近所のスーパーに買い物。


 午後6時に夕食の調理を開始し、出来上がり次第、仕事部屋のご主人様を呼んで、夕飯を食べてもらう。


 その後は、風呂を湧かし、準備ができたらご主人様に入ってもらう。

 やり残した雑事を済ませたら、自分自身もシャワーを浴びる。人間のような分泌物や老廃物はなくとも、外的な要因でメイドロイドも汚れるからだ。

 大企業や公的機関所属のアンドロイドには専用の洗浄装置が用意されていることもあるが、この屋敷にはない。


 自己洗浄完了後、ご主人様に御用伺いに行き、やるべきことがないか確認。あれば、それを実行し、なければそのままメンテナンスポッドで待機スリープ状態に入る。


 ──おおよそこんな感じだろうか。


 余計なことをせずに真面目に働いていると言うべきか、必要十分なだけで潤いの無い生活と言うべきか、判断に迷うが、少なくともメイドロイドの“本業”とも言うべき家事で手は抜いてていないことがよくわかった(もっとも、実は庭の花壇に花を植えたり、暇ができたら編み物をしたりと、“趣味”に近い行動もしていたと、後日判明するのだが)。


 「でも、今は“わたし”がそのメイド(の立場)なんですよね……」


 一応断っておくと、私は研究者にありがちな家事無能力者ではない。

 なにせ、祖母が死んでからは、この屋敷で掃除や洗濯を主にしていたのは私なのだから。手際が良いとはお世辞にも言えないが、ゴミ屋敷にしない程度に整理整頓し清潔さはちゃんと保っていた。


 また、食事についても、(家政婦がいた時期を除き)夕食は給食デリバリーサービスの契約を結んでいたが、ケイトを見つけるまで、朝昼の軽食は自分でまかなっていた──と言っても、せいぜいトースト&ベーコンエッグとか、ご飯&味噌汁&漬物とか、鍋で煮るラーメンとか、多少凝ってもルウで作るカレーや肉野菜炒め程度だったが。


 ありていに言えば、「二十代でひとり住まいしている独身男の平均的な家事能力」ってトコロだろう。


 そんな自分が、メイドとして超一流の腕前を日頃から披露していた圭人様…もとい“ケイト”の代役が務まるかは、はなはだ怪しい。

 毎朝町内一周1キロほどのジョギングしかしてない者に、いきなりフルマラソンに出ろと言うようなものだ。


 そう思っていたのだが……。


──コトッ


 「どうぞ。今朝のメニューは、時知らずの切り身の塩焼き、ナメコとワカメの味噌汁、茄子田楽、キュウリのレモン紫蘇和え、です」

 「ほぅ、とても美味しそうだ──いただきます」


 少なくとも、朝食の用意とその後始末については、完璧にできてしまった。


 今朝、圭人様に出した(=わたしが作った)メニュー自体は、“私”も食べたことがあるし、その調理過程が想像できないほど複雑な代物ではないが、それでもコレを作った手際の良さと成果は、断じて元の“私”に成し得るものではない。


 少なくとも料理に関しては、この(メイドロイドとしての)立場にあるわたしは完璧なようだ──まぁ、圭人様もといケイトが作ってくれていた手料理も、どれもレベルが高かったので、その立場になっている私が巧いのも当然なのかもしれないが。


 (このぶんだと、他の家事についても、それなり以上に熟達している公算が高いなぁ)


 圭人様の右斜め後ろに真面目な顔して侍立しつつ、そんなコトを考えていたわたしだったが……。


 「ごちそうさま、ナツキ。とても美味しかったですよ。ありがとう」


 (マスターの)食後に食器を台所に運ぼうとしたところで、圭人様にそうお礼を言われた瞬間、背筋を電撃にも似た未知なる衝撃が走り抜けた。


 「未知なる」と言った通り、これまでに感じたことのない感覚。

 強いて言うならば、「射精時の爽快感」と「疲労時に入浴した時の解放感」と「冬場に温かい布団で微睡んでいる時の極楽感」、その3つを合わせて、さらに上質にしたような「何度でも、いつまでも感じていたいような気持ち良さ」だろうか。


 (はぅん♪ こ、これは、もしや、“サーバントプレジャー”!?)


 新庄博士ドクターの残した資料の中にあった用語を思い出す。

 通常の普及型アンドロイドに感情はなく、やや高級なものでも拙い疑似感情プログラムを搭載しているだけだが、ドクターが自ら設計したHMR型は違う。

 「メイドとしての職務に励み、そのことを主人に褒められると、体内に独特の快感(サーバントプレジャー)が走り、それをメイドロイドが働くモチベーションにしている」のだ。


 働く(奉仕する)喜びを感じることで積極的・意欲的にメイドロイドを労働に励ませ、また、より良い働き方を自ら模索させることで精神面の成長も促す。さらに、主人とのコミュニケーションやスキンシップにも積極的になる──と一石三鳥のシステムなのだと言う。


 レポートを読んだ時は半信半疑だったが、己が身で経験してみて理解した。

 コレは、メイドロイドにとって、ある種の脳内麻薬に等しい。

 この快感ここちよさを味わうため、メイドロイドは、より主人を喜ばせるよう、より主人の役に立てるように、さまざまな試行錯誤シミュレートをし、また実際の行動に移すだろう。


 (こんな快感にしょっちゅう晒されていたら、1ヵ月どころか1週間で、心の底から侍女人形メイドロイドであることに幸せを感じてしまうんじゃあ……)


 恐ろしい考えが浮かんできたので、サーバントプレジャーをなるべく感じないよう努めることを密かに決意します。

 ──ソレが実際に可能か否かはとりあえず考えない方向で。


 『──恐縮です、マスター』


 内心の戦慄を表情には出さず、“わたし”は殊勝げにペコリと頭を下げることしかできませんでした。

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