【008】
翌朝6時30分きっかりに、わたしの意識は
パチリと瞼を開けると、透明なプラスチックの防護カバーが視界に入ります。
間違いなく、ここはメンテナンスポッドの中のようです。
視界の右上半分に薄緑の文字が浮かび上がり、自動的に立ち上がった自己診断プログラムが、現在のわたしの
・バッテリー残量100パーセント
・全システム、オールグリーン
・スリープモード中のメモリーデフラグにも支障はなし
(つまり「何も問題はない」ということですね)
その事実を確認すると、わたしは、会陰部に接続されたケーブルを通じて信号を送り、ポッドの防護カバーを開きました。
同様にして、手足首を固定している安全ベルトも外し、ベッドから起き上がります。
本日の勤めを果たすべく、わたしはまずは通常業務用衣類──メイド服に着替えることにしました。
ベッドから離れるため、接続ケーブルを抜き取ります。
「んんッ……はぁ~ン♪」
なぜでしょう、コレはいつもの日課のはずなのに、まるで今初めて試みたかのような刺激が……って、当たり前だ!
危ないあぶない。
起き抜けで上手く頭が働いていなかったせいか、完全に自分をただのメイドロイドだと認識して動いていた。
とは言え、ここで無闇に反抗的な態度を見せても、ひと月後の“評価”時に減点されてしまうだけだ。それではいつまでたっても元に戻れないだろう。
つまり、私はこれから「メイドロイドとしての立場や習慣に完全に流されないよう注意しつつ、傍から見たら清楚かつ優雅で有能なメイドとして振る舞う」必要があるのだ。
(……無理ゲーでは?)
いや、舞台俳優のように演技の達者な人や、ポーカーフェイスで腹黒な策謀家だとかなら、それも可能なのかもしれないが、生憎私はどちらにもあてはまらない。
むしろ根は単純で、自分の本心を偽れないタイプだという自覚はあった。
(──逆に考えよう。下手に“評価”に失敗して、何ヵ月もこの生活を続けるより、これから1ヵ月だけでもメイドロイドになりきって、さっさと合格して元に戻してもらえばいいんだ)
幾許かの葛藤の末、腹をくくった私は、前向きというより前のめりな決意を固める。
そうと決まれば、いつまでも
「ご主人様の世話をするメイド」らしく、朝食その他の支度に取り掛からないといけないだろう。
「……っと、その前に」
とりあえずは待機状態時用のメンテスーツを脱いで、通常時の作業着であるメイド服に着替えなければ。
素裸のまま壁際のスチールロッカーに歩み寄り、真ん中のものからメイド服一式を取り出す(なんでソコにあると知っていたかは、もう考えないことにした)。
無地の白いショーツとスリップ、黒のストッキング、黒いワンピース、フリルエプロン、ヘッドドレス、エナメルローファーなどだ。
本来男の(というか今も身体は男性のままの)自分が、これらのいかにも女性らしい衣類を着ることに、内心抵抗が無いと言えば嘘になるが、あえてそれを無視する。
ぶらぶらさせているのも具合が悪いので、まずはショーツを履いてアソコを“
スリップは胸の部分にカップの付いたいわゆる“ブラスリップ”だが、生憎と
次に黒のワンピースを着る。ワンピースは背中開きの長袖タイプで、ボトムはロングスカートになっている。襟やカフスは白で、襟元にはブローチ付きの赤い飾りスカーフ。
全体にしっかりした布地で作られた、お堅いトラッドなデザインだが、肩のあたりがパフスリーブになっている点が、そこはかとなく可愛らしさもアピールしている。
その上に白いエプロンを着ける。エプロンも清楚でクラシックなロングエプロンだが、肩紐の部分にフリルが付けられており、フェミニンな印象だ。
脚には黒いガーターストッキングを履く。“ガーターストッキング”と言うと、「腰に巻くガーターベルトとストッキングが一緒になったもの」と、「太腿で締めるタイプのガーターとストッキングが一体化したもの」の2種類あるが、この場合は後者だ。
足元は黒に近い焦げ茶のローファー。表面がエナメル加工されており、鏡のようにピカピカに磨きあげられている。
最後に、頭に白いカチューシャタイプのヘッドドレスを装着すれば完成だ。
本来はその前に髪を梳くべきなのだろうが、メイドロイドとしてメンテナンスベッドで動作固定された状態で
念の為、部屋の一角に設けられた姿見を覗き込んでみたが、そこには(ソレが自分自身であることに目をつぶれば)どこに出しても恥ずかしくないオーソドックスな“メイドさん”が映っていた。
立場交換されても身体自体は変わっていないはずなのだが、元々成人男性としては貧相な体格と童顔のため、髪こそ短いが、メイド服のような肌の露出の少ない衣装だと男くささが殆ど感じられないようだ。
鏡に映るその姿に、
「──とり急ぎ、朝食の用意をしてから、圭人…さまを起こしに行きましょう」
その感情の葛藤に折り合いをつけることを一時放棄して、“わたし”は為すべき仕事に逃げることにしたのでした。
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