【007】

 「今日はもう遅いですから、待機状態スリープモードに移行すべきですね。

 まずはメンテスーツに着替えなさい」


 『──はい、マスター』


 肉体的な疲労は感じていないが、精神的な方面では色々考えるべきことがあって混乱していたので、有難くその指示に従わせてもらう。


 御主人様マスターの立場となった新庄圭人ケイトが見守るなか、私は手術台(正確には修理台と言うべきか)から起き上がり、壁際のロッカーへと向かった。

 先程指示された通り、メンテスーツに着替えるためだ。


 グレーに塗られた無機質なスチールロッカー、3つ並んだそれの右端に手をかけて、7桁の暗唱番号を入力して扉を開けると、メンテスーツを取り出す。


 ロッカーの中には、ほぼ同様の形状のメンテスーツが3枚、ハンガーにかかって保管されていた。

 色はオフホワイトで、ノースリーブのレオタードあるいは水着にも似ているが、表面がテカテカした質感の素材で、襟元はホルターネック状で簡単にズレたり脱げたりしないような構造になっている。着脱時には背面のファスナーを下ろすようだ。

 また、股間(クロッチ)部分に切れ込みがあり、そこからコネクトケーブルを通せるようになっている。


 そのうちの1枚を手に取り、さて着替えようとしたところで、ハタと我に返る。


 「え……な、なんで私、このロッカーの開け方知ってるんだ? そもそも此処にこのメンテスーツがあると分かっていた……?」


 “新庄夏希”自身の研究室は、屋敷の3階にあり、亡くなった祖父の秘密研究室と思しきこの地下室には、いくつかの資料を移動させた以外、ほとんど手を入れていない。

 ここの清掃&保全は、本人が使用するメンテナンスポッドが設置されていることもあって、HMR-00Xケイトに任せていたはずなのだ。


 (! “”、か)


 今は私が、その「清掃&保全を行うべきメイドロイド」の立場にされているのだから、此処のことはよく知っていて当然ということなのだろう。

 頭の中にあるはずのない知識や記憶が“ある”というのは、なんとも不気味な気分ではあるが、一方で研究者のハシクレとして興味や好奇心も感じなくはない。


 本来ならゆっくり座って考察したいところではあるのだが、新庄圭人マスターの「メンテスーツに着替えろ」という命令が、それを許してくれなかった。


 ファスナーを下ろし、メンテスーツに右足そして左足を入れてから、ゆっくりと上に引き上げる。

 下腹部から腰、そして胸部まで覆ったところで、ホルター状のネック部分を伸ばして頭を通すと、ファスナーが自然に閉まった。


 股間の部分がどうなるのかが心配だったが、萎縮した“竿”は上向きに下腹部へと押し付けるような形で固定され、あまり目立たなくなっていた。目を凝らせばかろうじて膨らみがあるとわかる程度だ。


 それは陰嚢部も同様で、いつの間にか“中味”が(強打されたわけでもないのに)体内に上がってしまって“皮袋”だけになっているため、さほどの容積はない。

 そんな状態なのに、睾丸その他に特に痛みなどは感じないのが不思議と言えば不思議だ(無論、多少の違和感はあるが)。


 水着状のスーツ自体はそれで着れたが、スリープモードに備えるなら、ボディスーツと同素材と思しきグローブとソックスも着用せねばならない。


 まずは手袋を取り、左手から入れてみる。

 見た目通りエナメル製なら、殆ど伸びないし嵌めづらかったろうが、こちらはむしろゴムのような伸長性があるようで、5本の指から掌部、そして前腕部まで拍子抜けするほど容易に入っていく。

 左手に続いて右手も着用し、次はサイハイ丈のソックスの番だ。こちらもグローブ同様によく伸びたので、さほど苦労せずに履けた。


 白い長手袋と長靴下にピッタリ包まれた“わたし”の手足は(元々あまり筋肉質ではないこともあいまって)予想以上に、艶めかしい印象だった。


 「問題なく着用できたようですね。ではメンテナンスポッドに入り、横になってください」


 (少なくともこの場で)逆らう必要も感じられないので、“わたし”は素直に指示された通り、いつもはケイトが使用するはずのメイドロイド用メンテナンスポッドの中へ入り、灰色のベッド(というより“台”)に仰向けに横たわった。

 一見したところセラミックのような硬く無機質な印象の材質でできたベッド部分は、しかし、じかに触れると意外に弾性があり、横になった“わたし”の身体に合わせて僅かに変形するようだ。


 “わたし”がベッドの上にうまく納まったのと同時に、両手首と両足首がベッドから出た金属製のバンドのようなもので固定される。


 「ッ!」


 そのままベッドが頭を上にしてゆっくり傾き始める。目分量でおおよそ、15度から20度くらいの角度で止まった。


 (なるほど、手足の“バンド”は、この斜めの状態でメイドロイドの身体がベッドから転げ落ちないようにするためのものなのか)


 そう思い至り、安堵した(いきなり手足を拘束されたら、誰だって焦るだろう)私だったが、その私の足元の方に、いつの間にかケイト──“圭人様マスター”が立っていた。


 「メイドロイドの待機時には、コネクトケーブルを接続する必要があります。

 初めてだと勝手がわからないかもしれないから、僕がやってあげましょう」


 “彼”の右手にはポッドの土台部から引き出された直径1センチほどのケーブルが握られている。


 「ですが、(立場が変わったとは言え、肉体は人間ですから)私の身体にケーブルを挿し込むための接続端子なんかありませんよ?」


 そう、疑問を口にした私だったが……。


 「問題ありません。

 ──ダイレクトコマンド304。HMR-00Xナツキ、足を左右に90度開いて、動きを止めなさい」


 『──はい、マスター』


 “わたし”の口から勝手に了承の返答が為されると同時に、足が左右に大きく開かれ(というか、足首のバンドがそうさせるべく動き)、その状態ですぐに指一本動かせなくなってしまった。


 「大の字」ならぬ「人の字」状態の姿勢で固まったままの“わたし”の、そのまさに開かれた両足の間に移動する“圭人様”。


 その時、私はメンテスーツを着た際、その股布クロッチ部に縦に3センチぐらいの切れ目スリットがあったことを思い出し、戦慄した。


 (ま、まさか……)


 女と違って、男の下半身には凸はあってもあなはない、というのが一般的解釈だが、正確には違う。男にだって直径1センチくらいの細長いモノを挿し込めそうな部位はあるのだ。

 そう、後孔──いわゆる肛門アヌスだ。


 (クッ……まさか、童貞喪失する前に、後の処女を失うハメになるとは)


 いや、今の自分は「侍女型自動人形ホームメイドロイド」の立場になっているのだから、処女喪失する方が常識的しぜんなのか──などと、混乱していた私だが……。

 幸いにして危惧していたような状況にはならなかった。


 ──いや、コレを指して「幸い」と言ってよいのだろうか?


 圭人様は、予想通り“わたし”のメンテスーツのクロッチに設けられたスリットからコネクトケーブルを挿し込んできたのだが、その先端は後孔に向かって伸ばされることはなく──そのまま、真っ直ぐに突き込まれたのだ!


 肛門と陰嚢の間の「会陰」あるいは「蟻の門渡り」と呼ばれる部位(正確にはその少し上)、その場所にははずなのに、突き出されたケーブルがさしたる抵抗もなくズルズルといく。

 顔が動かせないので目で見えてはいませんが、その事実が体感的にわたしにもわかりました。


 「よし、接続成功ですね。では、HMR-00Xナツキ、このまま待機状態に入りなさい」


 マスターのその言葉とともに、わたしの意識は強制的にシャットダウンされたのでした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る