【006】

 祖父である新庄輝政について、私は「国内有数の機械工学者/発明家」と認識し、いつかたどり着きたい目標と見なしていたが、圭人ケイトの話によれば、実は“その程度”は、祖父の才能と業績のほんの一端でしかなかったらしい。


 「現代に甦った総合科学者ネクシャリストにして、稀代の狂的科学者マッドサイエンティスト」という厨二的肩書が、全然誇張ではなく、むしろ控えめなくらいだと聞いて、自分の認識の甘さを痛感する。


 「ドクターが発明した品は、失敗作である“Dランク”アイテムを除き、有用度と危険度を考え合わせて、4つに分類されます。

 ひとつめは、有用度が危険度を大きく上回っている“Aランク”。

 ふたつめは、有用度と危険度が同じくらいだが、どちらも低めの“ランクC”。

 みっつめは、有用度と危険度が同じくらいながら、どちらも高い“ランクB”。

 そして4つめが──危険度が有用度を大きく上回っているが、開発目的を考えると失敗とは言えない“Xランク”です」


 手足を戒めていた鉄の拘束ベルトは外されたものの、“命令”によって作業台から起き上がることを禁じられたわたしは、横たわったまま、圭人様──自らの“マスター”となった方の講義を聞く。


 先程稼働させた封印されていた機械も、そのXランクアイテムのひとつで、祖父──新庄博士は「因果操作による立場交換マシン」という仮称で呼んでいたのだとか。


 (その何の捻りもないド直球なネーミングセンス、確かに爺ちゃんらしいな)


 その点は少しだけ懐かしくも微笑ましく感じたものの、名称から察するに、つまり先程の操作で自分とケイトの立場が交換されたということなる。


 (なるほど、だから、今のわたしはマスターである圭人様このかたに逆らえないのか)


 その事に気付き、今更ながらわたしは焦り始めた。

 元に戻る方法自体は簡単だ。

 先程と同様に、ふたりであのヘルメットを被り立場交換マシンを作動させればよい。


 だが、わざわざこんなコトをした新庄圭人マスターが、そんなことをさせるような隙を見せるとは、あまり考えられない。

 しかも、メイドロイド(の立場)となった今の自分は、先程リミッタープログラムによって、とれる行動を大きく制限されてしまったのだ!


 (これは、いわゆる“詰みました”というヤツでは?)


 絶望的な感慨に浸っていたわたしだが、そこへ他ならぬ新庄圭人マスターから救いの手くものいとが差し伸べられる。


 「心配なさらずとも、今回のコレはあくまで懲罰兼教育です。この立場交換を永続的なものにする予定はありません」


 !


 「まずは1ヵ月、ホームメイドロイドとして過ごしてもらいます。それでアナタの生活態度や対人対応が改善されたと認められたなら、元に戻しましょう」


 …………は?


 「──質問してもよいですか?」


 そう言えば発言は禁じられていなかったなと思い、恐る恐る口を開くと、幸い普通に喋ることはできた。


 「ええ、かまいませんよ。何でしょう」

 「“改善”の判定基準が曖昧ですが、具体的にどうなれば“合格”ですか? それと“認められなかった”場合は?」


 無闇と相手を刺激するのが悪手だとはわかっているので、丁寧語で聞いてみる。


 「そうですね、僕だけの判断では客観性に欠けるという指摘もあるでしょうから、1ヵ月後、日本メイド派遣協会の正規講師の方に、アナタの立居振舞と言葉遣いを“評価”してもらいましょう。

 無論、その場限りの付け焼刃にならないよう、僕への日常的な態度に対する評価も、減点方式で毎日書きとめておきます。

 100点満点で、正規講師の評価点から毎日の減点ポイント累計を引いて、それが70点を越えていれば合格ということにしましょうか」


 これは厳しい! 仮に講師の評価が100点でも、減点が30点以上あれば不合格アウトなのだ。


 「そして、不合格だった場合は、さらに1ヵ月延長して、同様の判定を行います。合格するまで、その繰り返しですね」


 1発で合格しないと人生終了──というワケではなさそうなのは助かった。

 実際問題、自分が傲岸で不愛想なコミュ障である、という自覚はわたしにもあった。

 たった1ヵ月でソレを改めるのは難しいだろうが、こんな風に強制的に畏まるべき立場におかれ、2、3ヵ月がんばれば、さすがに改善できるだろう。


 「納得したようですね。では臨時停止状態を解除します。通常モードに復帰しなさい」


 その言葉を聞いた途端、身体の脱力感(?)がなくなり、普通に動けるようになる。


 「そういうワケですから、これから1ヵ月間、僕とこの家の世話をお願いしますよ、“HMR-00Xナツキ”」


 『──畏まりました、“圭人様マスター”』


 特に意識していないのに、そんな応えが“わたし”の口からこぼれ落ちた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る