【005】

 気を失っていたのはおそらく数分、長くともせいぜい十数分といったところだろう。

 意識を取り戻したとき、私は相変わらず手術台の上に拘束されていたし、視界に映る光景は一見したところ何も変わっていないように思えたが……。


 しかしながら、私は「何か」が明らかに異なっていることを確信していた。

 得体の知れない違和感、とでも呼ぶべきものが私の中に居座り、ひっきりなしに警告エラーを発し続けていたのだ。


 「起きたようですね」


 頭上に当たる方向から聞こえて来た声は、ケイトのものであるはずだが、微妙に先程までとは違う響きが感じられた。

 声の主が手術台に近づいてきたため、拘束された私にもその姿が見えるようになったのだが、彼女は思いがけない格好をしていた。


 仕立ての良いイタリア製のスーツ、それもレディース向けのツーピースやパンツスーツなどではなく、どう見ても男物の背広の上下としか言えない物をケイトは身に着けていたのだ。

 背広だけではなく、その下のカッターシャツやネクタイ、革靴に至るまでもすべて男性用のものだ。


 そして、それらの紳士物に、私は見覚えがあった。


 「──どうして、“私”の服を君が……」


 同年代の女性と比べてかなり大柄だった祖母をモデルに作られたせいか、ケイトは170センチ近い身長があり、髪型もミディアムボブ程度の長さだったため、男物を着てもさほど違和感はない。


 「それは……これらが“僕”の着るべき服だからです」

 「?」


 訳のわからないことを言うケイトの顔を、思わずまじまじと見つめ返してしまう。


 「説明するより手っ取り早く実感してもらう方法がありますね。

 HMR-00Xナツキ、ペルソナを一時停止して、コマンドモードに。

 パスワードはA・I・L・E・P・P・O・C」


 ? 何を言ってるんだ──と、思う間もなく、“わたし”の口がひとりでに動いていた。


 『──パスワード確認。ペルソナのハイバネーションを完了。コマンドモードに移行します』


 ! い、今のは何だ!? そう叫びたいのに言葉が出ない。

 いや、指一本どころか、まばたきのための瞼ひとつ動かせなくなっている。


 「ベースコマンドはMSsで。最優先奉仕対象は僕、新庄圭人に設定。また、行動制限項目の01番から05番までをチェック。適用確認ののち、口頭でステータスを報告」


 ケイトが指示することの意味を理解する──よりも早く、自分の頭の中で何かが書き変わっていくのがわかった。またしても口が勝手に言葉を紡ぐ。


 『──Maid_Servant system 起動。新庄圭人様を最上位マスターと認定。リミッターの1番から5番までをオンに。

 これにより、以下の行動制限が加わります。

 ・新庄圭人様の命令を遵守する

 ・新庄圭人様への口頭を含む反抗の不可

 ・新庄圭人様の安全の確保に努める

 ・新庄圭人様に対してメイドとしての御奉仕に励む

 ・その他、メイドとして相応しくない行動の禁止』


 な、なんだって!? まさか……。


 「お分かりいただけましたか? 先程の機械によって、のです」

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