【003】

 私が、祖父の遺作であるガイノイド(本人いわくホームメイドロイド)HMR-00Xケイトを再起動めざめさせてから、半月あまりの時間が流れた。

 あの時、ほぼ即断でケイトを我が家に迎え入れた私だったが、結果的にそれは大きなメリットと、幾許かのデメリットをもたらしたと言えるだろう。


 まずメリットについて。再起動以前には僅かな動作実験しか行っていなかったにも関わらず、ケイトは屋敷の掃除は元より、炊事・洗濯・繕い物に至るまで、ほぽパーフェクトにこなしてくれた。

 特に料理については、私の好みを完全に知り尽くしているとも思えるマッチ具合で、それだけでも、もうこの侍女人形を手放せない、と私に感じさせるに十分過ぎた。


 そればかりでなく、間合いの取り方と言うか気のきかせ方(ロボット相手に言うべき台詞ではないかもしれないが)が絶妙なのだ。

 起動当初は、まだいくぶん言動に堅さが見られたものの、3日もすれば完全にこの屋敷に馴染み、会話していても相手が人間でないとは私ですら信じられないほど、自然な態度で振る舞うようになっていた。 


 実はコレにはタネがある。祖父の書きつけを丁寧に調べ直したところ、ケイトの外見及び思考パターンは、若い頃の祖母をベースにしているらしい。

 そのうえで、病没した祖母の脳からも可能な限り記憶を吸い出し、ケイトのメモリバンクにインプットしていたらしい。

 道理で、容貌といい言動といい、懐かしさを感じるわけだ。


 反面、その「人間臭さ」が、私にとってあまり好ましくない方向に表れている部分もあった。私の生活態度に関する諫言だ。

 ざっくり言えば──俗に言う「心配性な世話焼きおかん」の如く、時々ひどく口うるさく感じる側面があったのだ。

 それはまぁ、確かに私も自分が世間的社会的に見て模範的な生活をしているなどとは露ほども思ってはいないが、まさかそれを自分んのメイドロイドに指摘されるとは!


 とは言え、両親を早くに亡くし、祖母が亡くなってからは祖父ともあまり親密とは言えなかった私にとって、「誰かに親身になって叱ってもらう」というのは存外新鮮な感覚だったし、命令コードなどであえてその行動を止めさせようとは思わなかった。


 ──あとから考えてみれば、そうしておけば良かったとも思うが。

 このガイノイドが試作実験体だったからか、祖父は、ケイトに「アシモフリミッター」を組みこんでいなかったのだ。


 アシモフリミッター(AL)とは、俗に言う「ロボット三原則」をややマイルドにして守らせるための倫理コードだ。

 詳細は省くが、人型・非人型を問わず現在市販されている自動人形ロボットには、すべてこのALが組み込まれており、自律的・自発的な行動によってロボットが人間を害することはできない──ことになっている。


 まぁ、工学者としての立場から言えば、その気になればそれなりに抜け道も作れる仕様なのだが、それでも建前上、コレがあるから社会は自動人形という存在を受け入れている──という側面もあるのだ。


 そのALが、ケイトには組み込まれていない。

 逆に言うと、だからこそ人間のような感情表現と柔軟な対応ができているのかもしれない。ALというのは人間にたとえるなら、ある種の洗脳や催眠暗示に近いものだからだ。


 だが、私はあまりにその事実を軽視し過ぎていたのだろう。もしくは、ケイトの忠言を馬耳東風と聞き流さず、真面目に真正面から対応するべきだった。


 結論から言おう。一向に生活態度を改めない私に、ケイトは「キレて強行手段に出た」のだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る