【001】
第三者の視点から振り返って見れば、かつての私──新庄夏希は、少なくとも日本で五指に入る大手電機メーカーのトップとしては、あまり評判のよろしくない人材であったことは認めざるを得ないだろう。
創業者の孫であり、両親が早くに自動車事故で亡くなったため、少年期の私は祖父母に引き取られて育った。
面倒を見てくれた祖母は優しさと厳しさを兼ね備えた人格者であり、当時新庄エレクトロニクスの会長を務めていた祖父も、忙しい仕事の合い間を縫って、極力、私と触れあう機会を設けてくれていた。
両親が既に亡いことを除けば、当時の私の家庭環境は、経済的な裕福さを別にしても、ありていに言って恵まれていたのだと思う。
しかし、私が中学に上がって間もなく、祖母が病気で亡くなったことで、徐々に雲行きが怪しくなっていく。
消沈した祖父は以前より仕事に没頭することが多くなった。とは言え、もはや唯一の肉親とも言ってよい私のことを、決してないがしろにしていたワケではなく、祖父なりに気を使ってくれていることは、当時の私にも十分察することができた。
だから、祖父に心配をかけないためにも、彼の前では「明るく元気な優等生」を演じるようにしていたのだ──そう、表向きは。
実際には、新庄エレクトロニクスの次期後継者候補である私に対して、ことあるごとに取り入ろうとする
幸いにして、私は本音を押し隠して笑顔で接する術を早々に身に付けたので、大きなトラブルもなく、それらの攻勢をやり過ごすことができたが、思えば、私の心に根差す人間不信は、この時期に培われたのかもしれない。
そして──私が大学の工学部を卒業する3ヵ月前に、祖父が亡くなった。いろいろと細かい病名はあるが、要訳すれば過労に老衰が重なった衰弱死と言っても間違いではない状況だった。
新庄エレクトロニクスは祖父のワンマン経営で成立していた会社であり、祖父の跡継ぎとして指名されていた私は、22歳の若さで一大企業の会長になることになったのだ。
普通なら、経営のことなどロクに分からぬ若僧がトップに立つ会社なぞ、危なっかしくて仕方がないはずだが、幸いにして私は祖父譲りの発明の才があり、すでにいくつかの有益な特許を申請・取得していた。
加えて祖母譲りの几帳面さと要領の良さも、ある程度受け継いでいたこともあり、大学在学中に海外の工学博士号も取得していたため、経営者としてはともかく研究開発者としてはそれなりに認められていた。
そのおかげで、ある程度の発言権は最初から確保できていたのは幸運と言えるだろう。
無論、若輩者と侮り、擦り寄る有象無象はそれなりにいたが、少年時代とは真逆の厳しい(あるいは峻厳すぎる)対処を見せることで、私は恐れられるようになる。
そして──「血筋だけでデカい顔をする小僧」が気に食わない高齢の重役陣が、手を結んで“叛旗”を翻した時も、事前に情報を掴んでいた私は徹底的にやり返し、完膚なきまでにたたきつぶした。
物理的な死人こそ出さなかったものの、両手両足の指では足りない程の人間を社会的に死んだも同然な境遇に追い込んだ結果、新庄エレクトロニクスの上層部には、私に逆らえる者が皆無となった。
その後、抑える者のいなくなった私は──迷走した。
いや、決して放埓の限りを尽くしたとか、暴君的独裁経営を行ったというわけではない。
むしろ逆だ。人間不信が高じた結果、会社は元より世間とも関わる気を無くしてしまったのだ。
週に一度、本社の会長室に足を運び、どうしても私の決裁が必要な案件について処理する以外、私は極力自宅、それも研究室から出ないで、気ままに研究と発明に興じて過ごすようになった。
緊急時などどうしても必要な時も、電話や直接訪問ではなく、メールやスカイプの文字メッセージによる連絡のみを認めた。
経営に関しては、基本方針を定めたうえで、ほどほどに優秀なコンサルトスタッフを十数名揃えてブレインストーミングさせ、その議事録に目を通して私が導き出した結論を、会長の名に於いて機械的に(あるいは無慈悲に)徹底させた。
結果的には、新庄エレクトロニクスの業績は、それ以前と比べて、数割方上昇したのだから、皮肉なものだ。
そんな人間関係を無視した歪な毎日を過ごしていた時、私は自宅──祖父母から受け継いだ屋敷に、隠された地下室があることに気付いた。
一階と二階を繋ぐ階段の裏に設けられた物置スペースの床に継ぎ目があり、地下への階段が隠されていたのだ。
「このドアの向こうに、一体何が隠されているのだろう」
久方ぶりに、私は胸の高鳴りを覚えていた。
そして、予想外に広い、おそらくは十畳を越える広さの地下室の正面奥には、半透明のカプセル──直径が1メートル弱、高さが2メートルほどのガラス質の円筒が設置されており、中にひとり、いや1体の
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