ホームメイドロイドの約束~偏屈青年社長は電動侍女人形に成り代わる夢を見る~
嵐山之鬼子(KCA)
【000】
月曜日から金曜日までのウイークデイ。定められた時刻──06:30:00になると同時に、わたしの
全長2150ミリの卵を縦に半分に切ったような形状のメンテナンスポッドの中で、わたしは両瞼を開きました。
自己診断プログラムを走らせたところ、結果はオールグリーン。現時点で特に異常は認められません。
わたしはコネクトケーブルを通じて、メンテナンスポッドの透明な防護カバーをオープンにしました。
頭を上に斜め20度の傾きをもって設置されたベッドに横たわった状態から、遅滞なく上半身を起こし、各部関節の動きを確かめつつ、スケジュールデータから、マスターと自分の「本日の予定」を読み込みます。
(本日のマスターのご予定は──13:00までは平常業務、14:00からS社のCEOと会談ですね。終了予定時刻は16:30で、いったん会社に戻って本日分の業務を処理してから退社。帰宅は19:00見込みとなっていますね。
わたしに対する指示は特になし。通常の館内メンテナンスと衣類のクリーニング、マスターの夕食の準備で問題ありません)
スケジュールを確認しながらポッドから出て立ち上がります。
ポッドで待機中の私は、平時の黒を主体にした英国風メイド服ではなく、「メンテスーツ」という、レオタードあるいは競泳用スイムウェアを想起させる白い袖無しボディスーツを着用しています。
ただし、通常のボディスーツやレオタードと異なるのは、いわゆるスカート付きスクール水着のようにボトム部分にスカートが付いている点です。
もっとも、スカート部はマイクロ丈と言ってよいくらい短いタイトスカートタイプなので、少し激しく動いただけで中が見えかねないのですが。
加えて、メンテスーツはエナメルを思わせる質感の素材で作られており、白い
データリンクと充電を兼ねたケーブルが未だ繋がったままだったので、諸動作の邪魔にならないよう外します。
──ズルリ
「んんっ……」
わたしの股間──人間であれば「会陰」あるいは「蟻の門渡り」と呼ばれるべき部位から挿入されたコネクトケーブルを抜き取る際、意図せずして声が漏れてしまいました。
しかしながら、孔も何もない表皮を突き破るようにしてケーブルが刺さっている光景は、何度見ても慣れません。そのクセ、ケーブルを抜き取ると人工皮膚には傷ひとつ付いていないのです。
(──いや、違う、「人工皮膚」じゃない!)
メイドロイドには珍しい溜め息をつきつつ(そのクセ、顔の表情は平然としたまま)、私はボディスーツその他を脱ぐと、下着──オフホワイトのシルクショーツと、セットになったブラスリップを着用し、薄手の黒いガーターストッキングと靴を履く。
黒と白で構成されたエプロンドレスに袖を通し、最後に頭にヘッドドレスを載せれば完成。
メイドロイドとして暮らすようになってすでに半月近く経過しているので、この着替えも慣れたものだ。
(あんまり慣れたいとは思わなかったけど……)
それでも、人間は与えられた環境にいつしか馴染んでしまう生き物なのだろう。
そう、今この屋敷で「HMR-00Xナツキ」というホームメイドロイドとして働いている私は、本来はメイドロイドではない。人間、それもこの屋敷の主である「新庄夏希」という男だった──いや、物理的に見れば今もそのはずなのだ。
(なのに、どうして……)
無意識に鏡の前で服装を整えながら、私は半月前──未だ私が「新庄エレクトロニクス」の若き総帥であった頃のことを思い出していた。
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