赤ずきんと狼
「ねえ、どうしておばあさんの耳はそんなに大きいの?」
赤ずきんがそう問いかける。
ベッドの中で布団をかぶった狼は、丸呑みにしたおばあさんの代わりに答える。
「それはね、お前の声をよーく聞くためだよ」
狼の声は掠れていたが、赤ずきんはそのことを指摘することもなく、質問を続ける。
「ねえ、どうしておばあさんの目はそんなに大きいの?」
「それはね、お前の姿をよーく見るためだよ」
そう言ったとおり、狼は赤ずきんを凝視していた。美味しそうな獲物の姿に、狼は唾液がこみ上げるのを必死で抑える。
「ねえ、どうしておばあさんの手はそんなに大きいの?」
「それはね、お前の体をよーく抱きしめるためだよ」
赤ずきんの質問に答えながらも、狼は今にも襲いかかろうと、バネのように体の各部の力を溜め込み始める。
そして、その時が訪れる。
「ねえ、どうしておばあさんの口はそんなに大きいの?」
「それはね……」
狼が布団を撥ね退けて跳躍する。
「お前を丸ごと食べるためだよ!」
狼はそう叫びながら、赤ずきんに襲い掛かった。
だが赤ずきんは、この展開を読んでいたようにひらりと身をかわす。
勢い余った狼が壁にぶつかった。家が揺れ、屋根の梁から埃が舞い落ちる。
「さてと、もう十分でしょう」
赤ずきんがそう言うと、勢いよく玄関の扉が開き、銃を構えた男が入ってくる。猟師である彼は、狼に向けてその銃の狙いをぴたりとつける。
戸惑う狼は、ぶつかった壁に背をつけたまま。
「なんでだ?」
ただ、そう疑問を口にした。
「いや、『なんで』も何もないでしょう」
赤ずきんは冷たい目で狼を見て、答える。
「最近この近くで狼の被害があったことは有名ですし、この家の前にも足跡が残っていました。玄関で立ち止まった足跡がそこで途切れている、だったら中にいるのは明白でしょう」
淡々と述べる彼女に、狼は唖然とした。大きな口がだらしなく開いて塞がらない。
「それにですよ、あなた、鏡を見たことがあるんですか」
赤ずきんはなおも言い募る。
「よく考えてください、狼ですよ?いくら布団に潜っていたからといって、おばあさんと間違えるなんてこと、あると思いますか?馬鹿なんですか?人間を舐めないでください」
そう吐き捨てるように言った。
「あなたに問答を仕掛けたのは、ベッドから出てきてもらうためです。万が一にも、おばあさんに銃が当たるといけませんから」
猟師の男は赤ずきんが呼び、外で待機させていた。そして、赤ずきんの合図によって部屋に突入してきたのだった。
その銃は、ずっと狼に向けられている。
狼は自らの愚かさを悟った。
少女と侮ったのが過ちだった。相対していたのは、その言葉の持つ無邪気で非力なイメージとは程遠い存在だった。
この場における獲物が自身であったことを理解した時、脳天を撃ち抜かれ、狼の意識はこの世から消失した。
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