第6話

 障りは人型をしていて、紫緒の経験上、障りの攻撃の主なパターンは三種類だ。手で攻撃か、足で攻撃、そして瘴気を吹き飛ばしてくる中距離型攻撃の三つ。

 噛み付いてくる、などもあるそうだがこれらは発生してから時間の経った障りしかしてこない攻撃方法だ。障りは発生してから時間がそう経っていないと、慣れていないのか動きが遅く、攻撃のパターンも単調。この障りは攻撃方法からして発生したばかりなのだろう。

 隙だらけだ。紫緒は大きく振りかぶり、そして空振りしてしまった障りの腕の下から手を伸ばした。

 障りに触れ、障りがまとう瘴気だけでなく障り自体を浄化するように、巫女としての力を使う。

 すると障りは小さなうめき声のようなものをあげて姿を消した。


「……終わった? ふぅ」


 瘴気の泉の浄化は慣れている。しかし障りの浄化はあまりしたことがない。

 障りを無事に祓うことができて、緊張で固まった筋肉の力が抜けると、紫緒は安堵のため息をついた。


「ギィヤァァ!」

「なっ⁉︎」


 障りを祓い終え、紫緒が腰の抜けた夫婦の元に歩き出した途端、横から奇声が聞こえて建物の影からなにかがまっすぐに紫緒の顔へと飛行してきた。

 紙飛行機なんかよりも素早い速度で飛んできるそれを、紫緒は視認することはできても避けることができなかった。

 当たる、そう確信したその時、


「はあっ!」


 屋根の上から人が飛び降りてきて、その勢いのまま紫緒にぶつかる寸前だったそれを叩き切った。


「ギャ」


 紫緒に攻撃してこようとしたそれは――丸っこい姿をした障りらしきものは短く悲鳴をあげるとさぁっと瘴気を撒き散らしつつ姿を消した。


「大丈夫か?」

「あっ……」


 くるりと方向転換して、紫緒たちの方を見た男性の姿に紫緒の視線が止まる。


「その服は殲滅部隊のお人! 助かりました、ありがとうございます! そちらの巫女さんもありがとう、助かったよ!」

「ええ、ええ! ありがとう! 障りと出会ったときはもう終わりかと思ったけど、おかげで助かったわ」

「それはよかった。怪我をしているようなら診てもらうといい。では」

「まっ、て」


 淡々と状況を確認して颯爽とその場を立ち去ろうとした男性――蓮也に紫緒は声をかけて引き留めた。


「なんだ?」


 引き留められて怒るわけでもなく、蓮也は静かに紫緒の言葉を待った。その瞳は何度見ても変わらない、冷めた青。


「そ、の」


 蓮也を前に、うまく言葉を紡げない。しかし紫緒には蓮也に聞きたいことがあった。なので勇気を振り絞って疑問を投げかける。


「先程の……障り、みたいな生き物は」

「発生した障りの中には一部、ああいった他の障りと姿が異なる障りが存在する。数は多くはないが、前線で退治していると普通に見かけるものだ。とくに障りが発生したてのときに見かけることが多いと俺は感じている」

「そうですか。重要な情報をありがとう、ございます」


 たどたどしい紫緒の言葉でも蓮也はなにを聞きたいか察したようだ。淡々と説明をしてくれて、紫緒は頷くと礼を言った。

 べつに蓮也になにかをされたわけではない。しかしその冷めた瞳に見つめられると、つい目を逸らしたくなってしまう。


「……巫女なのに障りに詳しくないのか?」

「私は……あまり障り自体に会うことが少ないので。そもそも障りについて、いや瘴気についてわかっていることは少ないですし」

「それはそうだな」


 不機嫌というわけではないようだが、眉間に皺を寄せた蓮也の問いにそう答えればたしかにと蓮也は頷いた。


「なら、俺の知っている障りの情報を渡そう」

「それはありがたいですが……帝都と協力するのは叔母さんの仕事では?」

「ん? ……ああ、対策部隊が巫女と共同捜査をすると言っていた話のことか。俺はあの件には関わっていない。殲滅部隊の人間はどうも他人との関わりが苦手な者が多いようでな。戦いばかりであまりそういった話はしないんだ」

「そう、なのですね」


 そんな気はしました、とはさすがに本人に言えるはずがない。紫緒は口をきゅっと結んだ。


 紫緒の叔母は帝都に協力を求められて瘴気について連携して解決しようとしているはずだ。しかしそれは帝都の対策部隊が主として動いている計画らしく、殲滅部隊の隊員である蓮也はその作戦に関わりを持っていない。

 しかしそれは当然と言えば当然とも言える。紫緒が処刑された未来でも、紫緒は対策部隊の隊員たちとともに奔走したが、殲滅部隊とは関わりを持つことはそうなかった。

 殲滅部隊は殲滅部隊で障り退治に大忙しだったのだ。

 対策部隊は瘴気について研究し、対策をとることを目的とした部隊。殲滅部隊は障りを退治することを目的とした部隊。

 同じ瘴気に関わることでも、立ち位置が違うと関わりを持つことはなかなかないものだったのだ。


「……!」


 そこで紫緒はハッとした。

 対策部隊は瘴気について研究していてとても真面目な人が多かったが、殲滅部隊と比べると実際に障りに触れる機会が少なかった。

 データはとることはできても、それはいつも安全な場所からで障りや瘴気に直接触れることはしていない。

 巫女以外の人間にとって瘴気は体に害のあるものだからしかたがないと言えばそうなのだが、それでも対策部隊の隊員より殲滅部隊の方が何度も実際に障りと顔を合わせている分、紫緒ですら知らなかった情報を知っているかもしれない。


 死ぬ直前、蓮也に向けられた冷めきった瞳。熱の籠らぬ、一縷の同情すら含まれぬ氷のような瞳に紫緒は少し恐怖心を持っていた。しかしまたその瞳を向かられないためにも、また世界がめちゃくちゃにならないようにするためにも、今は蓮也の協力が必要だ。

 殲滅部隊の隊員は巫女ほどではないが、他の人に比べると瘴気に対する耐性が高い。だから瘴気のあふれる場所で障りと戦うことができるのだが、その耐性のことも含めて紫緒の直感は蓮也と協力するべきだと告げていた。

 夫婦が去り、二人きりになった路地裏で紫緒は蓮也に声をかける。


「あの、よければですが……私と協力してもらえませんか」


 この言葉を言うのは、正直なところかなり勇気のいることだった。

 蓮也の瞳の冷たさを除いても、殲滅部隊の隊員はどこか戦闘狂なところが多いと聞く。いわゆる性格に難ありな者が多いのだ。

 そんな人間に協力を仰ぐのは勇気がいることだったが、紫緒の知っている未来と同じ展開にならないようにするためには、あのときとは違うアプローチをしなければならない。

 文献を読み漁るだけではない、別の視点だからこそ見えるものもあるだろう。


「……わかった。いいだろう、その申し出を受ける」

「!」


 拒否されることも考慮していたが、思いの外蓮也は紫緒の申し出を快諾した。


「俺は巳桜障り殲滅部隊三番隊隊長、相吉蓮也だ。会うのは二度目だな」

「そう、ですね」


 自己紹介とともに差し出された手を握り返して、紫緒は頷いた。

 会うのが二度目。それは今と、村の近くの瘴気の泉で会ったときのことを含めて言っているのだろう。

 決して紫緒の拒絶した未来でのことではない。

 そうわかってはいるのだが、つい声が震えてしまった。


「私は久我里紫緒。久我里神社の巫女です」

「ああ、知っている」

「えっ」


 蓮也が名乗ったのだ、いくら紫緒が一方的に蓮也のことを知っているとはいえこちらも名乗り返さないと失礼だろう。なにより紫緒と蓮也はこれから協力関係になるのだから。そう思って紫緒が名乗ると蓮也が予想外の言葉を発して、紫緒は表情をこわばらせた。

 紫緒はまだ一度も蓮也に自身の身分を明かしたことはない。なのに蓮也は紫緒のことを知ってると言う。

 まさか紫緒がなかったことになった未来のことを覚えているように、蓮也もあの未来を覚えているとでもいうのだろうか。

 もしそうだとしたらそれは気まずいというよりも地獄のようだ。


「今日、久我里神社に行って巫女の話を聞いた。そのときにお前の話も聞いたんだ」

「……そ、そうだったんですか」


 顔を青ざめた紫緒の姿を見て、蓮也は説明した。

 なんでも蓮也曰く、巫女の中でも瘴気の泉を触れてすぐに浄化できる巫女は少ないらしい。それで瘴気の泉をすぐに浄化させた巫女の正体が気になって久我里神社を訪れたとのことだった。

 おそらく尋ねられた当主が紫緒の話を勝手にしたのだろう。それ自体はべつに構わないが、一瞬ひやりとしたので少しいやかなり心臓に悪い。さっきのやりとりだけで寿命が一年ほど短くなってしまった気がする。

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