第54話 穂刈月の幽霊騒動 ⑶
テーブルへ並べられた食事を見た途端、ターコイズブルーの丸い瞳がさらに丸くなった。それから訝しげにぼくへ視線を投げかけ、ごくりと喉を鳴らした。
「……」
無言でぼくを睨み付けるギーナへ、並んだ食事を手で指し示す。
「まずは、お食事をどうぞ。ギーナ様」
「……毒入りか」
ぼそりと呟いた音吐に、吐き出したギーナ自身が傷ついた表情をした。その痛みに似たものを、ぼくはこのところずっと見続けている。
「……ならば、リヒ様どうぞ」
「おう! 悪ぃな! スヴェンちのメシすんげーうめぇぞ。もったいねぇな」
横から遠慮なく皿を奪い、フォークで煮込みバンバーグを刺して大きな口で齧りついたローデリヒを、ギーナは信じられないといった表情で見つめている。
「……? なんだよ、食わねぇんだろ?」
「……っ、クソッ!」
ローデリヒからフォークと皿を奪取し、抱え込むようにしてギーナはハンバーグを平らげた。パン、スープ、スモークした白身の魚と温野菜。次々と皿を空にし、満足気に腹を撫でてソファへ凭れた。
「スヴェンのメシ、うめぇだろ?」
「……っ」
屈託なく笑ったローデリヒへ、ギーナは口を尖らせ言葉を詰まらせた。人懐こいローデリヒのことだ。きっとギーナのことを多少、覚えていたのだろう。それはおそらく、ギーナの方も。
「食後のお茶は、いかがですか」
ぼくが視線を向けると、侍女たちは頭を下げる。ワゴンから取り出したティーセットをセッティングしていく、侍女の手元をぼんやりと眺める。今の時期だと、セカンドフラッシュの茶葉だろうか。華やかさはないが、ミルクティー向きの茶葉が出回る時期だ。ギーナは上目遣いでぼくを伺っている。
「ご苦労様。用があればまた呼びますので、下がっていてください」
「かしこまりました」
頭を下げ、侍女が出て行く。扉が閉まり切るのを待って、ギーナが口を開いた。
「……お前」
「はい」
「離宮の妖精だろ」
ええ……。またそれなの……。
「……確かに最近までは、離宮に住んでいましたね……」
ぼくは覚えず、眉をハの字にしてしまったのだろう。ギーナはぼくの顔を見て、酷く狼狽してみせた。
「えっ。なんでそんな残念そうな顔すんだよ」
「ギーナ。ヴァンは妖精と呼ばれるのが好きではないんだ」
イェレミーアスがフォローを入れてくれた。侍女が置いたスコーンを飲み込みながら、ローデリヒが頷く。
「妖精としかいえねぇ顔してっけど、スヴェンは妖精って言われるのが嫌いなんだよ。おっかしいだろ」
何がおかしいんだよ。男児を妖精呼ばわりなんて嫌に決まってるだろ。ぼくは気を取り直して背筋を伸ばした。
「改めてご挨拶させていただきます、ギーナ様。ぼくはスヴァンテ・スタンレイ。ちょっと前までは離宮の妖精だとか、亡霊だとか呼ばれていた者です。今は偉大なる魔法使い、ルクレーシャス・スタンレイ様の弟子ですよ」
「オレは……ギーナ・ゼクレス。エステン令息には、会ったことがある……」
「……フリートヘルムの、誕生祝いのお茶会だったな……」
「……っ」
珍しく、ローデリヒが声を沈ませた。ギーナの唇が、きゅっと横へ引き結ばれた。二人の兄のうち、長男のフリートヘルム。亡くなってしまった兄弟のことが過っているのかもしれない。イェレミーアスがギーナの背中を撫でた。
「私もヘクトールには会ったことがある。残念だ」
むう、と唇を突き出し、ギーナは怒っているような表情をした。それからふ、と鼻を鳴らしたかと思うと、くしゃっと顔を歪める。それから堪えきれない様子で大きく洟を啜った。
「……っ、ふ……っ、うくっ……っ」
ぼろぼろと、大粒の涙を零すギーナの背を、イェレミーアスはしばらく静かに撫で続けた。啜り泣きが収まって来た頃、イェレミーアスが口を開く。
「私はイェレミーアス・ラウシェンバッハ。父を殺され、辺境伯領を追われて、今はヴァンの世話になっている。私たちの境遇は似ていると言えるだろう。だから、もしかしたら私たちが君の力になれることがあるかもしれない」
「知ってる。ニクラウスが言ってた。ラウシェンバッハ伯爵も、きっとあいつらに殺されたって」
「――!」
イェレミーアスと視線を交わす。ローデリヒもスコーンを齧る手を止めた。ルクレーシャスさんは静かに眼鏡のブリッジを指で押した。
「ミレッカー」
ぼくが呟くと、ギーナはびくりと体を強張らせ、顔を上げた。結局そこに繋がるのか。
「ぼくらは、証拠を集めています。ラウシェンバッハ伯爵を、彼らが殺した証拠。確固たる証拠があれば、後は皇王に提出するだけでいい。罪人にはその罪を償ってもらわねばなりません」
そう、断罪は皇王に任せればいい。ぼくは鶺鴒皇ヴェンデルヴェルトという人間を知っている。冷酷に的確に、彼らが最も苦しむ罰を下すだろう。
「ギーナ様」
泣き腫らした瞳を、正面から受け止める。ぼくらは同じ敵に向かわねばならない。だから。
「よろしければ、お話を聞かせていただけますか」
ギーナの瞳が、ぼくらの間を彷徨う。ローデリヒはギーナの肩を軽く叩いて頷いた。イェレミーアスはギーナの背中を撫でて唇だけで笑って見せた。再びぼくへと戻って来た瞳へ、ゆっくりと頷く。
「……うちは代々、皇族の元で情報収集の仕事を行って来た、らしい。それでその任を解かれた後も貴族相手に情報を売ることで生計を立てていた……んだと、思う」
伝文系の話し方になっているのはもう、それが確かな話かどうかを確認できる人間がいないからだろうか。ギーナは丸い瞳を伏せ、膝の上で両手を組み合わせた。
「存じ上げております。実はぼくも顧客だったのですよ」
こくり、と頷いたギーナの視線は下を向いたままだ。顧客情報を知っている、ということはギーナも家業に関わるための教育を受け始めていたのだろうか。
「オレとトール兄は、情報を集めるための教育を受けてた。まずはどんな状況からも逃げ出す訓練をするんだ。オレたちが教育を受け始めた頃に母上が病になって、薬学士が出入りするようになった。そしたらヘル兄まで病になって。母上が亡くなって、父上が忙しくなって、ヘル兄が亡くなって。父上は薬学士を疑ってた」
「……それでミレッカーのことを、探り始めたのですね……」
ギーナは再びこくり、と頷いて夜気の寒さに身を縮めた。イェレミーアスが立ち上がって廊下に控えていた侍女へ何事か言付けた。しばらくすると、イェレミーアスはショールを受け取り戻った。ギーナの肩へショールをかけ、イェレミーアスは続きを目で促す。
「あっという間だった。父上が不在の時に賊が押し入って来て。ゼクレスの使用人はみんな、一流の暗殺者だ。なのに使用人たちは食事の後、全員倒れた。その時、食事を取らなかった一部の使用人以外は全員だ。次に狙われるのは明らかにオレたちだった。それでトール兄は、オレたちの身代わりを置いてオレを逃がしてくれて……先に隠れ家へ行って待てって。でも……トール兄は、いくら待っても隠れ家に来なかった……」
「……大変でしたね……まず、ヘクトール様の行方を追いましょう。ルチ様、お願いできますか」
『……ヴァン。その子供はもう、死んでいる』
「……っ」
可能性として、生存の確率は低いだろうと踏んでいた。しかし既に十分すぎるほどの悲しみを経験したギーナへ、さらに辛い現実を突き付けるのか。
ぼくを抱えたルチ様の顔を見つめる。きゅ、と口を噤んでそれから静かに吐き出す。
「どこにおられるか、探せますか」
『……屋敷の、中のようだ』
「詳しく教えてください」
ルチ様の見たものが流れ込んで来る。頭の少し上辺りに、画像が表示されるようなそんな感覚だ。
「……ギーナ様。人ひとりが隠れられる、緑の壁紙の部屋に心当たりはございますでしょうか」
「――!」
ギーナが顔を上げた。そのまんまるの瞳と視線がぶつかる。ぼくは思わず、目を伏せた。
「……そこに、ヘクトール様はおられるようです」
ゼクレス子爵一家が亡くなったのは去年のことだ。
一年。生きて一年、人ひとりがようやく隠れられるような場所にずっと潜んでいられるはずがない。ギーナもそのことに気づいたのだろう。片手で口を覆い、身を切られるように悲痛な嗚咽を漏らした。
「う゛う゛……うああ……トール兄……トール兄ぃ……っ!」
目を背けたぼくとは正反対に、イェレミーアスは身を折り曲げて号泣するギーナの肩を掴み、その瞳を覗き込んだ。
「ミレッカーに復讐したいか? 私は復讐したい。この手で八つ裂きにしてやりたい。生きたまま燃やし尽くしてやりたい。奴の罪を明らかにしてやりたい。君はどうだ? 君は、どうする?」
ああ。確かに彼は炎だ。静かに燃える青い焔。穏やかな素振りの下に、くらくらと燃える炎をただ、押し込めていただけなのだろう。その炎は消えることなどない。
「……っ、こ……っ、……ころして、やりたい……っ!」
血を吐くが如く、重たく鋭く痛む声でギーナはイェレミーアスへ答えた。深く頷いたイェレミーアスもまた、ギーナ同様に仇を憎んでいるのだろう。
「協力しよう。ヴァンは私たちの味方だ」
ギーナへ手を差し伸べた、イェレミーアスの瞳は昏く燃えている。ぼくは頭の後ろを殴られたような気がした。
イェレミーアスは、ぼくを抱えた後ろで、そんな瞳をしていたのだ。ずっと。
ぼくは己の愚鈍さに目眩がした。分かったような気になっていただけなんだ。彼らは、彼らの憎しみは、ぼくが思っているよりもずっと深くて昏い。イェレミーアスがこのタウンハウスへ来て三カ月ほど経つ。ぼくにとっては短い時間だが、きっとイェレミーアスにとっては長い時間だったはずだ。一年も潜伏していたギーナの恨みはもっと強いだろう。
ぼくはただの小賢しいだけの子供で、彼らの痛みに向き合えてなどいないのだと思い知らされた。
「スヴァンテ様」
ノックの音に我に返る。押し出した声は乾いてまるで他人のもののようだった。
「どうぞ」
「失礼いたします」
コモンルームへ入って来たフレートの横には、妙に眼光の鋭い老人が立っていた。
「ニクラウス!」
「坊ちゃま!」
すぐさまギーナの元へ駆け寄り、手を取った老人はやつれているものの、振る舞いに気品がある。下働きの平民みたいな格好をしているが、ただの平民ではなさそうだ。
「帰宅の準備をしておりましたら、見つけましたのでお連れしました。彼はゼクレス子爵家の執事をしていた者です」
ゼクレス子爵から情報を買っていたフレートは、その執事の顔を知っていたのだろう。安堵したように抱き合うギーナとニクラウスをしばし見守る。
「フレート、ニクラウスさんにもお茶を」
「かしこまりました」
「他の者は外で待機させて」
「承知いたしました」
ぼくとフレートのやり取りに、ニクラウスは顔を上げてまじまじとこちらを見つめた。僅かに笑みを浮かべ、頭を傾げて見せる。
「こんばんは。驚かせてすみません」
苦笑いをすると、ニクラウスは首を横へ振った。
「ギーナお坊ちゃまを保護していただき、ありがとう存じます。フリュクレフ公子様」
「頭をお上げください、ニクラウスさん。ぼくはもう、フリュクレフではありません。今はスヴァンテ・スタンレイといいます。不躾で申し訳ありませんが、ぼくはギーナ様をここでお預かりし、あなたを雇いたいと思っております」
「……あず、かる?」
「ええ、ギーナ様。ゼクレスの爵位を、取り戻すおつもりはありますか」
「そんな、ことが……可能でございましょうか」
ギーナより先に答えたニクラウスの声は震えていた。幼い主に爵位を取り戻す。それは復讐よりも難しいことだと、考えていたのだろう。ぼくはルチ様の膝を下り、ニクラウスとギーナの元へ歩み寄る。それからジークフリードから受け取った紋章証を取り出した。
「ぼくとリヒ様、イェレ兄さまは正式にジークフリード皇太子殿下より、紋章証を賜っております。ミレッカーの悪行を暴いたのち、ギーナ様へ爵位を返還できるよう、殿下へご配慮賜ると、お約束いたします」
「皇王がならぬと言っても、わたくしが押し通すとわたくしからも約束しよう」
それまで無言で見守っていたルクレーシャスさんが軽く片手を上げた。
「……あなた様は……!」
ニクラウスは名乗られずとも、ルクレーシャスさんの正体を理解したのだろう。ニクラウスは震える指で、ぼくを拝むように手を合わせた。
「……まことに……そのようなことが、叶うのでしょうか……?」
「偉大なる魔法使い様が押し通すと言うのですから、確実でしょうね。代わりと言ってはなんですが、どうかぼくにお力をお貸しいただけますか」
「まさか、この人がベステル・ヘクセ様……?!」
ギーナが驚いた様子でルクレーシャスさんへ顔を向ける。ルクレーシャスさんはいつも通りにスコーンを口いっぱいに詰め込んだ。台無しである。
「……どうか、よろしくお願いいたします……!」
両手をついて頭を下げたニクラウスの肩へ触れ、立ち上がるように促す。フレートがテーブルへニクラウスの分のティーカップを置いた。
「早速お伺いしたいのですが、ニクラウスさんと一緒に逃れた使用人は、どれくらいですか?」
「……わたくしと、執事見習いのディーター。料理人のギュンター……。それ以外の使用人はそれぞれ故郷へ帰ったようです」
一年も経っていれば、そうなるか。顎へ手を当て、考える。ルチ様のところまで戻ると、するりと腕が伸びてぼくを膝へ乗せた。
「……浮いてる……」
ギーナが呟くと、イェレミーアスは何ということもない、という素振りで笑う。
「慣れた方がいい。ヴァンは特別だ」
「……え……、ええ……?」
「初めからずっと浮いてたじゃん? まぁ、慣れるぜ。そのうち。こんなんまだ序の口だからさ」
ローデリヒがそう言って、ギーナへスコーンを差し出した。ギーナは手の上に置かれたスコーンと、ローデリヒの間へ視線を何往復もさせている。ぼくはその一切を無視して、躊躇うニクラウスへ顔を向けた。
「故郷に帰った使用人のうち、信用できる者を呼び戻すことは可能ですか?」
「……可能、だとは思いますが……」
「ニクラウスさん、ディーターさん、ギュンターさん、それから呼び戻した元ゼクレス子爵家の使用人。全員、うちで雇います」
ぼくが放った瞬間、ローデリヒが「ははっ」と笑った。
「――! そんな、よろしいのですか?」
よろしいも何も、情報を売っていた子爵家で働き、暗殺者としての腕もある使用人を雇えるだなんてぼくに旨味しかない。ぼくがギーナへ恩を売り続ける限り、元ゼクレス子爵家の使用人たちもまた、ぼくの指示に従うしかないのだから。おまけにぼくにはルチ様という超チートな存在がある。ぼくへ害意を抱いた瞬間、タウンハウスの敷地内から追い出されるのみである。
「ギーナ様は、まだぼくのことなど信用できないでしょう? それなら、使用人くらいはギーナ様の信用できる人間で固めておいた方がよろしいかと。詳細はフレートと話し合ってください。フレート、頼みます」
「かしこまりました。ニクラウス殿。我が主は少々変わったお方ですが、よいお方です。ご安心ください」
少々変わったってどういうことだよ。全幅の信頼を置く執事の顔をじっと睨む。フレートは咳払いをして、目を逸らした。
「ありがとうございます、スヴァンテ公子様。ありがとうございます……!」
テーブルへ頭を押し付けて礼を言う、ニクラウスの肩をフレートが押さえる。
「我が主はそういった、過分な礼を好みません。もし恩義をお感じなら、ぜひ、その働きでお返しください」
「その通りです。ひょっとしたら、ぼくはものすごく悪党で、ギーナ様やニクラウスさんへ無茶なお礼を要求するかもしれませんよ?」
「悪党が自分のこと、悪党だなんて言うかよ。なぁ? アス」
「そうだね。ヴァンは本当に頼もしくて頼れる人だ。私が保証する」
ぼくを見つめた、ギーナの瞳が変わった。ぼくを正面から捉えたギーナは、迷いも不安も拭い去った表情をしていた。
「それからリヒ様」
「おう?」
「お父上の、ヴェルンヘル様へお手紙を届けていただけますか。これは火急かつ、重要なお話です。ゼクレス子爵邸をぼくが買い取ったことを誰にも知られたくありません。だから、ヴェルンヘル様がゼクレス子爵邸を買い取ったことにしてほしいのです」
「そしたらミレッカーも、もうあの土地へ手出しできねぇから?」
「その通りです。ミレッカーもエステン公爵を敵に回すほど愚かではないでしょう。逆にぼくがゼクレス子爵邸を買い取ったとなれば、ミレッカーはさらにこちらを警戒することになるでしょう。それは得策ではありません」
ギーナを預かり、元ゼクレス子爵家の使用人たちまでもまとめて雇うとなれば、これからさらにお金が必要になる。だからこそ、新たな収入源としての競馬事業が滞るのは困る。それならギリギリまではエステン公爵の事業だと思わせておいた方がいい。ぼくはその間に、慈善事業として平民区域の孤児院運営に専念しているように見せることができる。資金のない子供のぼくが、水面下で動けるわけがない。そう思わせておけばいい。
「リヒ様もどうぞ、存分に『ゼクレス子爵邸を父上が買い取った』とお話しください」
「お? それが悪巧みに繋がるんだな? よっしゃ、まかしとけ!」
「任せましたよ、切り込み隊長どの」
「うっしゃ!」
嬉しそうに腕を上げて見せたローデリヒのお陰で、雰囲気が和んだ。ルチ様が急かすようにぼくを揺らした。
「さて皆様、本日はもうお疲れでしょう。ギーナ様、ニクラウスさん。お部屋をご用意しましたので、ゆっくりとお休みください」
「オレは案内はいらねぇよ。一人で自分の部屋に行けるからさ」
ローデリヒがスコーンを一つ掴んで立ち上がる。待って。いくら君が気にしないと言っても、ここは君んちではないんだよローデリヒ。ぼくの気持ちを察したのか、フレートは廊下で待機していた侍女へ、何事か言い付けた。さっさと出て行ったローデリヒに付いて行く侍女へしばし目を向ける。ルクレーシャスさんも一つ、あくびをして組んでいた足を解いた。
「ではね、スヴァンくん。おやすみ」
「お休みなさい、ルカ様」
ルクレーシャスさんが手を振ると、イェレミーアスがぼくの脇へ立つ。ぼくの頭を撫でると、額へキスをしてくれた。
「もう眠いのだろう? ヴァン。私が部屋へ運ぼうか?」
「ううん。もう一つ、大事なことをお願いしないといけないので」
よい子はみんな寝る時間である。今日はまったく、夕食後からが怒涛の展開だった。ぼくはフレートへ声をかける。
「フレート、できれば今からニクラウスさんと一緒に、ディーターさんとギュンターさんをお迎えに行ってあげて。心配しているだろうからね。それから、ディーターさんとギュンターさんにもお部屋を用意してね。お二人への説明は、お願いしていいかな……?」
子供の体はすぐに疲れてしまう。眠気が限界だ。ふわあ、とあくびをするとルチ様に抱え上げられた。
「後のことはこのフレートにお任せください、スヴァンテ様」
お休みなさいませ。
幾度となく聞いた、温かい声。返事をする前に、ぼくはルチ様の腕で眠ってしまったようだった。
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