第41話 初めてのお茶会 ⑶
指を弾くほどの短い時間、目に見えない緊張が走った。張り詰めた空気を破ったのは、シュレーデルハイゲンだった。
「ふぁーはっはっは!」
大きな声で笑って、シュレーデルハイゲンはイェレミーアスの頭を撫でる。ぼくを揺らし、それから顔を寄せた。
「賢い上に、美しい。殿下はよき側近を得た」
そう零したシュレーデルハイゲンの瞳には、安堵が浮かんでいる。なるほど忠臣、なのだろう。やはりこの人は、ぼくが皇王の邪魔にならない限りは障害にならない。
「ジーク様は明敏な方ゆえ。長じてよき皇になられましょう」
「そちらが素か、スヴァンテ」
「はい。幼子が小賢しいと、何かと憎まれるものでございますよ。ただでさえぼくは、嫌われ者ですので」
「なるほどなぁ。陛下がおぬしを嫌うのは同族嫌悪じゃろうな」
「アイゼンシュタット様にも同じことを言われました」
ぼくが答えると、シュレーデルハイゲンは再び大きな声で笑った。イェレミーアスがぼくへ手を伸ばす。その手へ触れ、目だけで笑って見せる。多分、もう大丈夫。今のところは。ぼくの考えが通じたのか、ルクレーシャスさんが杖をしまう。イェレミーアスも警戒を解いて、ぼくの手を握り返す。
「やれ、アスの目が怖くてかなわん。それ、返してやるとしよう」
イェレミーアスへぼくを渡し、シュレーデルハイゲンは意味深長に笑みを浮かべた。イェレミーアスは無言でぼくを抱え、確かめるようにぼくの髪へ額を押し付けた。ルクレーシャスさんがイェレミーアスのすぐ後ろへ立つ。
「これ以上余計なちょっかいを出すようなら、容赦はしないとヴェンに報告しておくのだね。わたくしがどれほど我慢をしているか、君に分かるか? シュレーデルハイゲン。まったく、幼子に寄って
これは本心だろうな。ぼくが喧嘩は買うなと言うから、我慢しているのだろう。じゃなきゃ、喧嘩っ早いルクレーシャスさんがここまで黙っているのは変だもの。
「失礼いたしました、ベステル・ヘクセ殿。失礼しました、スヴァンテ公子。年を取ると己で確かめたもの以外、信じられなくなるものでしてな」
「百やそこら生きた程度で生意気な口を。なればわたくしにどのような無礼を働かれても貴様もヴェンも文句は言えぬぞ」
「お怒りごもっともにございます、ベステル・ヘクセ殿。ご容赦ください。私の過ちでございます」
「許すか許さないかはわたくしではなく、スヴァンくんが決める。どうする?」
「そうですね……。ぼくは怒っているので、もうぼくのおうちにはご招待してさしあげません、おじいさま。それでよろしいでしょうか」
「ふむ……。やや、これは残念。一度、妖精の棲み処とやらを見てみたかったが」
この世界では、妖精はおとぎ話だ。だから妖精の棲み処とは、この世に存在しないものの例えでもある。でもまぁ、妖精は存在しているし、あのタウンハウスを彼らは自分たちのおうちだと思っているが。
「残念ですね、実はぼくのおうちは本当に妖精の棲み処なのですよ。でも、ぼくの大好きな人しか入れてあげないことにしているんです」
そう言ってにっこり微笑んで首を傾ける。シュレーデルハイゲンは目を丸くしたあと、少し寂しそうに唇の端を上げた。
「そうか。残念だのう。まことに残念だ」
そろそろ客が全員揃うのだろう。シュレーデルハイゲンが侍従に席へ案内されて、離れて行く。ぼくらが案内されたのは、主催であるエステン公爵夫人のすぐ隣だった。ところがイェレミーアスは、当然のようにぼくを抱えたまま、自分の席へ座った。つまりぼくだけ横を向いている。エステン公爵夫人と真正面から顔を合わせることとなった。
エステン公爵夫人は、短く「ン゛ッ」と声を上げると焦点の合わない瞳でぼくとイェレミーアスを見つめている。
「イェレ兄さま、ぼく一人で座れますよ?」
「ダメだよ、ヴァン。ヴァンがお膝に居ないと、私が寂しいんだ。ダメかな?」
「……うぅん……」
抱っこしたままのぼくを、ゆらゆら揺らすイェレミーアスの寂しそうな顔に弱いんだ。それにちょっと前から口調が随分砕けたものになっているのがまた、おねだりの威力を増すことに成功している。断りづらい。
これは分かっていてやってるな。でも言うこと聞いちゃう。よってぼくは大人しくイェレミーアスに抱えられたまま、ぼくが座るはずだった空の椅子を眺めることになった。末恐ろしい子。
テーブルに座っていると、より他人がぼくのことを話しているのがよく聞こえる。
「ラウシェンバッハ伯爵令息と並ぶと本当に美しいわ……」
「まさにピンクサファイアの王子さまと妖精姫ね」
「ごらんください、あの
「呪われ子だと聞いたのだけど、美しいわ」
「あの花は一体、どんな魔法が掛けてあるのかしら。ベステル・ヘクセ様が寵愛なさっておいでなのは、間違いないわね」
「ほら、また花が零れ落ちたわ……!」
イェレミーアスに抱えられているので、ぼくは少し前のめりになっている。その自分の膝へ、小さな白い花がぽろんと落ちて来た。自分で今、自分の髪がどうなっているのか見えないのでもどかしい。だがこれ、相当イタイ子なのではないだろうか。恥ずかしい。イェレミーアスの胸へ顔を伏せる。
「ヴァン、疲れちゃったの?」
「ううん。ちょっと恥ずかしくて」
みんな、もうお花は要らないよ。ありがとね。
小声でそう囁くと、イェレミーアスは少し笑みを深めた。妖精たちは首を傾げ、ぼくを見つめている。しばらくすると、妖精同士で何やら話し合ってくすくすと笑った。
「?」
妖精たちもイェレミーアスも、どうして笑うのだろう。不思議に思ってイェレミーアスを見上げる。普通は人の顔って下から見上げたらちょっと間抜けなもんじゃない? なのにイェレミーアスは、下から見ても美少年だ。つまり完璧な美少年である。
イェレミーアスに気を取られていたぼくは、周りが「わぁ」っと声を上げたことに驚いた。テーブルに着席した人たちがこちらを見ている。何が起こったのだろう。イェレミーアスを再び見やると、蕩けるような笑みを浮かべてぼくへ顔を寄せた。
「今度は髪に、エメラルドが編み込まれているよ。ヴァン」
「?! なっ、うそ、そんなことしなくていいのに……」
「でも、妖精たちはとても満足しているようだから、好きにさせてはどうだろう。それに……」
「?」
おでこをこつん、と合わせてイェレミーアスは内緒話のように囁く。うああ、美少年源泉かけ流しで浴びせ倒されてるぅぅ。
「とても綺麗だ」
妖精たちが持って来るってことは、磨いていない原石だろう。それなのに美しいってどうなってるんだろうか。ぼくからは一切見えないので不安で一杯だが、イェレミーアスがそれはもう極上の笑みを浮かべているので、きっと綺麗な宝石なんだろう。
「あっ、でもエメラルドが編み込まれてるってことはイェレ兄さまのお顔、傷付けちゃうといけないんでぼくやっぱり一人で座ります」
「大丈夫だよ。妖精たちは丸く磨いたものを選んでいるようだし、私が気を付ければいいだけだ。特等席で美しいヴァンが見られるから、私は役得だ」
うんもうほんとこの子は人たらしめ。甘い容姿なのに最近の砕けた口調から見え隠れする、元々の男らしいところとかそうかこれがギャップ萌えというヤツかなるほどモテそうぼくにないヤツだこれ。悔しいけどイェレミーアスの顔を見ると笑顔になってしまう。仰いでえへへ、と笑うとイェレミーアスもにっこり微笑む。
「大丈夫だよ。イェレミーくんにも大分強めに加護が付与されているから、そんなもんで傷なんかできないよ」
ぼくが座るはずの空席の向こうから、ルクレーシャスさんがあくび交じりに吹きかける。当然のように最も主催に近い席で、ルクレーシャスさんの向かいにはシュレーデルハイゲンが座っている。招待客が全員揃ったのだろう。エステン公爵も着席し、公爵夫人が立ち上がる。
「皆さん、本日はささやかなお茶会へようこそ。今日はリヒのお友達の妖精さんもお招きしましたのよ。ぜひ、楽しんでいってくださいませ」
主催の挨拶に、お喋りが解禁となりテーブルのあちこちが賑わう。しかし妖精さんって。もういい加減、諦念が先に立つ。この世界では六歳男児でも妖精呼ばわりするんだろう。はいはい文化の違い、文化の違い。ぼくが遠い目をしている間に早速、ローデリヒが手を振りながら近づいて来た。
「アス! スヴェン! ベステル・ヘクセ様! いらっしゃい。スヴェンとアスはあとでオレの部屋に来いよな!」
「リヒ様、こんにちは」
「リヒ、さっき一緒の馬車に乗って来たばかりだろ」
「リヒくんはわたくしの分のお菓子を食べてしまうから、あっちへ行きなさい」
さっさとぼくが座るはずだった空席へ座り、ぼくのほっぺを指でつついてローデリヒはにひひ、と笑った。ほんと君、公爵家の嫡男としての教育をちゃんと受けてるんだろうな。心配になる。
「さっきさ、今日スヴェンが持って来た手土産のお菓子ちょびっとつまみ食いしちゃった。アレ、んめーな! 今度大量に作っておいてくれよ、スヴェン」
「まぁ、この子ったら恥ずかしい!」
エステン公爵夫人がローデリヒを睨む。子育てに苦労してそうだ。
「エステン公爵夫人、この天真爛漫さがリヒ様のよいところですよ」
「恥ずかしいわ。妖精さんの方がリヒより年上みたいよ……」
うん。年上だからね。前世合わせるとね。それは仕方ない。不動の笑みを貼り付けて遠くへ視線を漂わせる。
「でもリヒ様は剣術の才がおありではありませんか。ラルクと、リヒ様と、イェレ兄さまが剣術の稽古をしているのを眺めているとちょっと羨ましいんです。みんなかっこいいなぁって……」
「うーん、その三人が普通の子供かと言われると決してそうではないけど、それは別としてスヴァンくん、ものすごく虚弱体質だもんね……」
ルクレーシャスさんはぼくへの評価がちょっと辛辣過ぎやしないか。否定はしないけど。未だぼくは、タウンハウスの四割くらいしか把握できてない。一度探検に出かけて、自力で戻って来られなくなりルチ様に救助されたからだ。そういえばそれ以降、イェレミーアスがどこへ行くにもぼくを抱っこしている気がする。あれは遭難防止だったのか。情けないやら申し訳ないやらである。
「……ぼく、やっぱり剣術を習おうかな……」
「……ヴァンはまず、私と一緒に走ろうか。そうすればヴァンが限界を迎える前に止められるし、疲れてしまっても私が運べる」
「……やっぱり、走るところから始まりなんですね……」
「そうだね。少しずつ、根気よく始めよう? ヴァン」
「おねがい、します……?」
「うん」
イェレミーアスの笑顔が怖い。ちらりとローデリヒへ目を向けると、憐れなものを見る視線とぶつかった。早まったかも知れない。
「あのさ、スヴェン」
「何ですか、リヒ様」
「ラルクよりもオレよりも、アスは強ぇ。大して努力しなくても何でもできるから、自分ができることは他人もできて当然だと思ってっからな?」
「……うそぉ……」
ぼくはローデリヒが天才肌で、イェレミーアスが努力型だと思っていた。稽古を見てても全然違いが分からなかった。だってどっちも涼しい顔で剣を振るっていたし、ラルクが稽古に加わっても、やはり全員当たり前みたいな顔で模擬戦をしていたし、勝率も同じくらいだったはずだ。
「マジで。あんな、オレがアスとラルクから手加減されてんだよ、いっつも」
「だって、リヒ様は次期騎士団長に相応しい剣術の天才って」
「おう。外見ばっか噂になってっけど、アスは百年に一度の天才って言われてんだぜ」
ラルクが強いのは分かるよ。だってヴィノさんの子だもん。けどさ、まさかイェレミーアスがそこまで強いとは思わないでしょ、だってこの美少年っぷりを見てよ。それなのに剣術の才能も秀でてるとか、神に愛され過ぎでしょ。神様、不公平過ぎやしませんか。
「……」
ぼくが絶句して目を向けると、イェレミーアスは珍しく唇を尖らせて拗ねた素振りを見せた。
「リヒの騎馬技術は、現役騎士と比べても群を抜いているじゃないか」
「そうなんですか?」
「ああ」
ああ。二人は親友でありながら、それぞれに抜きん出た才能を持つ、好敵手なのだ。つまり凡才であるぼくの気持ちなど理解できるはずもなく。
恐る恐る顔を上げる。下から見ても完璧な美少年は、どこから見ても完璧な笑みを浮かべ、首を少し傾けた。あ、これあかんやつや。ぼくは涙目で訴える。
「イェレ兄さま。ぼく訓練場を一周したら、もう倒れちゃいます」
「分かっているよ、ヴァン。倒れてしまったら私が抱えて部屋へ連れて行くし、ちゃんと介抱してあげる。いつもみたいにね。ヴァンは私にお世話されるの、好きだろう?」
まさかあの甲斐甲斐しいお世話が、こんなところに繋がるなんて思いも寄らないじゃないか。ぼくが小刻みに首を左右へ振ると、イェレミーアスは優しい表情で唇の端を一層、上へ吊り上げる。
「スヴェンは頭いいのに、運動は本当に苦手なんだなぁ……」
「リ、リヒ様、ひとごとみたいにぃぃ」
「スヴァンくんに激甘なイェレミーくんが酷いことするはずないでしょ、まったく」
ルクレーシャスさんが呆れたように声を上げ、ティーカップを傾けた。ローデリヒが頷く。
「そうだぞ、オレがスヴェンを抱っこしようとすると睨むくらいなんだから、甘やかすに決まってるだろ」
「大雑把なリヒに任せたらヴァンのかわいい手足が痣だらけになるだろ」
「ほらな」
でもそう言われれば、まだ十一歳の細身な体の割にイェレミーアスはぼくを抱っこして移動しても涼しい顔をしている。普通は十一歳が六歳を抱っこって、微笑ましいけど持って数分だよね。
「筋肉……やっぱり筋肉なんだ……」
呆然と細っこいけどふにふにな己の二の腕を揉む。イェレミーアスはぼくを両手で包むように抱え、おでこをくっつけた。
「ヴァンはそこまで鍛えなくても大丈夫。私が守るから、ね?」
「ほんとですか、イェレ兄さま」
「うん」
「なんだっけ、こういうの。ほら、あれだ。溺愛」
ローデリヒが行儀悪く椅子の上に胡坐をかいて、呟く。ルクレーシャスさんも頷いて砂糖掛けされたパウンドケーキを口へ運ぶ。
「そうだね。
「何でもできちゃうからつまんねーって顔してたアスが、こんなにデレデレしてるのを見る日が来るなんて思わなかったよ、オレ」
デレデレっていうか、多分義理堅いから恩人に恩を返そうとしているだけだと思うんだけど。
「リヒ様、誤解です。イェレ兄さまも、ちゃんと否定しないとダメですよ」
「誤解じゃないから仕方ないね、ヴァン」
ぼくらの会話を聞きながら、エステン公爵夫人は頬へ手を当てた。
「見目麗しい妖精姫と王子さまと、落ち着きのない我が子……なんてことかしら……」
落ち着いたローデリヒなんて想像できない。まさか御母堂を目の前にそんなこと口にできるわけもなく、ぼくは笑ってごまかした。
「スヴァンテ公子」
後ろから声をかけられ、イェレミーアスに抱えられたまま振り返る。エメラルドグリーンの髪にハニーイエローの瞳、これぞ異世界転生! という色彩のぼくと同い年くらいの少年。ぼくと同じく愛嬌はあるが平凡そのものな容姿の少年の登場に、安堵すら感じて挨拶をした。
「お久しぶりです、ロマーヌス伯」
「おお、ロン。来てたのか」
「リヒも久しぶりだね、最近殿下のところでも見かけないから寂しかったよ」
「ああ、最近はスヴェンちに入り浸ってるからな」
「はじめまして、メッテルニヒ伯爵令息。イェレミーアス・ラウシェンバッハです。大事な人を抱えているので、正式な挨拶ができずすみません」
「あ……ああ、はじめましてラウシェンバッハ伯爵令息……」
ロマーヌスは若干引いている。そりゃそうだよね。頭を下げるか握手をするかの場面だが、イェレミーアスはぼくを抱えているからどちらもできない、と言い切ったのだ。直後にロマーヌスの後ろから、何とも言えない甲高い悲鳴が上がった。
「ひぃあぁぁぁ! ピンクサファイアの王子さまが、妖精姫を抱えてる……!」
ロマーヌスによく似たエメラルドグリーンの髪に、ロマーヌスより微かに淡いジャスミンイエローの瞳の女の子。誰だろう。
「姉さん、スヴァンテ公子がびっくりしてるだろ……!」
ロマーヌスの姉、ということは。貴族名鑑を頭の中で捲り、にっこりと微笑む。
「はじめまして、レディ・イルゼ。スヴァンテ・スタンレイと申します。お会いできて光栄です」
イェレミーアスの膝に抱えられたまま挨拶をすると、イルゼは両手で口を覆って震えている。分かるよ。イェレミーアスだろう? こんな美少年、間近で浴びて正気で居られる人間なんて少数だよ。
「ヴァンを下す訳にはいかないので、このままで失礼いたします。レディ・イルゼ。イェレミーアス・ラウシェンバッハです」
心なしか潤んだ目でイェレミーアスを捉えながら、イルゼは年の割りにしっかりとした作法でカーテシーをした。
「はじめまして、スヴァンテ様、イェレミーアス様。イルゼ・メッテルニヒと申します。スヴァンテ様は弟と会ったことがございますのね」
「はい。以前、ジーク様のところでご一緒したことがあります」
「殿下の侍従にいち早くお決まりあそばされたと、伺いましたわ。スヴァンテ様。先日の殿下のお誕生日を祝う宴でも、殿下自ら容姿が美しいだけではなく、大変な知恵者であるとお話しておられました。イェレミーアス様も、ローデリヒ様に並ぶ剣の腕前とお伺いしておりますわ。麗しいお二人にお会いできて光栄です」
見たところイェレミーアスより少し年上、と言ったところか。しかしすでにしっかりと令嬢としての所作と会話が身に付いている。
「妖精姫と伺っていましたのに、今日は宝石姫ですのね……わたくし、本日のお茶会に参加して心からよかったと思いますわ……ロンのお目付け役面倒とか言ってごめんなさい……」
「ちょ、姉さん! やめてよ恥ずかしい! スヴァンテ公子も困ってるだろ!」
ねぇ、イェレミーアスはピンクサファイアの王子さまなのに、何でぼくは姫なのさ。そこはぼくも妖精王子とか宝石王子とか言われるべきなんじゃないの。納得行かないけど、顔には出さず笑顔を貼り付けた。
メッテルニヒ姉弟が話しかけたことにより、他の人たちも我先にとぼくとイェレミーアスのところへやって来る。中にはあからさまに子供をこちらへ向かって押し出している親までいて、辟易した。
招待客を見ると、皇族派と中立派が主なようだ。だから中立派のメッテルニヒ姉弟が参加しているのだろう。なるほど、貴族派のシェルケ辺境伯やメスナー伯爵の周辺貴族は参加していないところを見ると、元々エステン公爵とは疎遠なのかも知れない。だからこそ、ラウシェンバッハ伯爵家の動向に気を配っていたのだろうし、口出しもできるというのだろう。ラウシェンバッハ伯爵家も皇族派だ。
シュレーデルハイゲン公爵も皇族派なので、皇王との繋がりが深いのは理解できる。そうなると、不思議なのはアイゼンシュタット辺境伯だ。アイゼンシュタットは中立派である。中立派といえば、ミレッカーもそうだ。イェレミーアスがアイゼンシュタットとシェルケへの薬学士派遣は他より早いと言っていたし、疑問が残る。ミレッカーを探るためにも、中立派の方が都合がいいのだろうか。だとしても、逆に怪しくないだろうか。
今のところ、ぼくは貴族派の貴族たちとの交流がないのでできれば今日のお茶会で、貴族派と繋がりのある人間と懇意になっておきたい。
ぼくは頭の中で貴族名鑑のページをめくりながら、人々と挨拶をしまくったのであった。
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