第40話 初めてのお茶会 ⑵

 というわけで、一週間後にぼくらはエステン公爵家へと向かう馬車の中にいた。

 なぜだかローデリヒは前日からぼくのタウンハウスへ泊まり込み、一緒に馬車に揺られている。ジークフリードの部屋の横にある客室は、すっかりローデリヒの自室扱いになっている。

「リヒは本当に図々しいな……」

「いーじゃんか。オレだけ仲間外れなんてズルいぞ、アス」

「ジーク様が聞いたら拗ねるでしょうね……」

 ぼくに問題児ばかり預けられても困る。いつも通りにぼくを膝に乗せたイェレミーアスを仰ぐ。にっこり微笑み、ぼくの顔を覗き込んだ美貌でも見つめていないとやってらんない。イェレミーアスの笑顔はご褒美です。ご褒美になる笑顔、すごくすごい。しあわせ。

 馬四頭引きで六人乗りのキャビンが付いた特注の大型タウンコーチには、ルクレーシャスさん、ローデリヒ、ぼく、イェレミーアスが乗っている。男ばかりでむさくるしい。むさくるしいけど、全員顔がいいので美の圧力と筋肉の圧力が強い。ヨゼフィーネ伯爵夫人とベアトリクスは、少し小ぶりの四人乗りの別の馬車に乗っている。

 ちなみにぼくとイェレミーアスが「イェレ兄さま」「ヴァン」と呼び合うのを見て、ヨゼフィーネ伯爵夫人は扇で顔を隠し、ベアトリクスは顔を真っ赤にして両手で頬を覆っていた。訳が分からない。

 今日はラルクとフレートが付いて来てるんだけど、侍従用の乗り場ってキャビンの外にあるんだよ。すっごい簡素な板が付いてるだけ、板の上に立つしかないの。初めにラルクがそこに立ってるのを見た時、いたずらしてんのかと思ったもん。さすが階級社会。貴族以外の人間に対しての扱いが酷い。つまり今、フレートとラルクはキャビンの外の板の上に立ってる。これ、すっごい嫌だ。

「ぼく、馬車を自分で設計したいです。ラルクとフレートが外に立ってるのにぼくだけキャビンの中で座ってるの、すごく嫌です。雨が降る日もあるだろうし、これから寒くなるのに。人間は体を冷やしちゃダメなんですよ」

 背面の窓を見やると、ラルクが気づいて手を振る。ぼくも手を振ったけど、やっぱりこんなの嫌だな。ちなみにフレートはいつも通り、真っ直ぐに背筋を伸ばして不動である。

「……ヴァンは、誰にでも優しいね」

 ハの字に眉を寄せ、イェレミーアスがぼくの髪へ囁いた。唇はぼくの髪へ押し付けられたままだ。

「優しくないですよ。ぼくが嫌なんです。ぼくは我儘です」

「……そういうことに、しておこうかな」

 エステン公爵家は中央通りを北上してすぐ、北二番街にある。タウンハウスから結構近い。だからローデリヒもうちに頻繁に通って来るわけだけど。

 今日は公爵家からの正式なご招待なのでいつも通りにジュストコール、ジレ、ブリーチズという服装である。イェレミーアス、ルクレーシャスさん、ぼくの三人は偉大なる魔法使いの象徴である金を主とした布地で拵えてある。お揃いであるということは当然、包みボタンにはベステル・ヘクセの紋章が刺繍されている。これでぼくらに不敬を働くものはいないだろう。

 この世界では男の子でも、五歳くらいまでは女の子と同じようにドレスを着る。ぼくは中身が成人男子二十五歳なので、ドレスは三歳から断固拒否して来た。どうしたことか、いつもならぼくが難色を示した服はすぐに変えてくれるイェレミーアスが、今日に限ってフリフリとヒラヒラとレースがたっぷり付いた白いドレスをそっと脇へ置いた。突然の裏切りである。

「イェレ兄さま、ぼくこれやです。絶対嫌です」

「……どうしても?」

「いつもならイェレ兄さまに上目遣いでお願いされたら頷きますけど、今日はダメです。これはやです。おねがい。今ここでイェレ兄さまだけに見られるならまだ我慢しますけど、たくさんの人の前にこれで出るのは嫌です。絶対です」

「私には、着て見せてくれるんだね……?」

 だってイェレミーアスなら似合わなくても笑わないだろうし。ぼくがフリフリヒラヒラとか、滑稽だろ笑いたいなら笑え。嘘です笑われたくないので絶対に着ません。断固拒否です。

「……だめ?」

 半泣きで首を傾げて懇願する。だって似合わない男児が着るフリフリとか痛々し過ぎでしょ、勘弁してください。結局、ぼくはイェレミーアスの前でドレスを着るだけ着て見せた。満足したのか、ドレスを片付けてくれたことにほっとしたのは言うまでもない。

「はぁ……」

 ぼくは深くため息を吐いた。憂鬱である。ぼくを愛玩動物か何かのように、物見高く見物しに来るだろう貴族を相手にするのももちろん憂鬱だが、それだけではない。

 ぼくを憂鬱にしている一番の原因、今日ぼくらの乗った馬車は、花で飾りつけられている。妖精たちがぼくの髪へ花や宝石を飾りたがるのはいつものことなんだけれども、初めての正式なお出かけだと察知したのかあっという間にせっせと馬車を花で飾りつけてしまったのだ。何気に恥ずかしい。

 でも妖精たちの純度百パーセントの好意なので、断れない。かくして、エステン公爵夫人へのプレゼントである花束とはまた別に花だらけの馬車で出発することになったのである。

「気にすんなよ、スヴェン。うちのかーちゃんこういうの好きだから、すっげぇ喜ぶぜ」

「……そう……ですか……」

 分かる。分かるよ。推しがこんな素敵なデコレーションの馬車から下りて来たらテンション上がる。だけどぼくじゃないそうじゃない。

 ローデリヒとか、イェレミーアスとか、ルクレーシャスさんが下りて来るのを、ぼくは眺める方でいたいんだ。だって似合わないもん。似合わないヤツが花で飾られた馬車から出て来たらどう思う? バカじゃねーの、ってなるよね。まるっきり道化だ。はい、恥ずかしい。絶対やだ。

 だけどイェレミーアスはぼくをがっちり抱えている。そう、普段通りにぼくを抱えて移動する気だ。逃げ出したい。どうにかイェレミーアスから逃れてさっと下りてしまう術はないだろうかと考えているうちに、エステン公爵家へ到着してしまった。

 他の公爵家のように、広大な敷地の大半が森だ。アイアンの柵に囲まれた邸宅は、森に阻まれて中を窺い知ることはできない。衛兵は馬車の中にローデリヒの顔を認めると、すぐに門を開いた。しばらくは森の中の小道が続く。手入れされた前庭が見え、さらに生垣で仕切られた区画を越えると景色が開ける。邸宅の前に広がる見事な庭を抜けて、先客の馬車を御者が待機場所へ移動して行くのを待った。突然、ローデリヒが窓を開けて叫ぶ。

「かーちゃん、スヴェンを連れて来たぜ!」

 招待客に挨拶をしていた夫人がこちらを向いた。ローデリヒによく似たローアンバーの髪、常緑樹色エバーグリーンの瞳をしている。ローデリヒはどうやら、両親の良い所を受け継いだようだ。エステン公爵と公爵夫人、不思議とどちらにも似ている。つまり美形である。

 馬車が止まるなり、ローデリヒが飛び出して行く。ゆったりとルクレーシャスさんが降り、それから最後にイェレミーアスがぼくを抱えたまま馬車を降りた。それからイェレミーアスはぼくを下して、ぼくの服装を整える。

「お招きありがとうございます、エステン公爵夫人。はじめまして。スヴァンテ・スタンレイと申します。リヒ様にはいつも、お世話になっております」

 胸に手を当て、左足を後ろへ引いてお辞儀をして見せる。エステン公爵家の侍従やメイドたちまで、ほう、とため息を吐いた。

「いらっしゃい、はじめまして妖精さん。久しぶりね、元気そうで良かったわ、アス。まぁまぁ、本当になんて可憐なんでしょう! お会いできて光栄よ。リヒがいつもお邪魔してごめんなさいね。ユーディト・エステンよ」

 清淑な仕草で差し出されたエステン公爵夫人の手を受け、キスをする。ラルクが抱えて控えているアネモネの花束を受け取り、エステン公爵夫人へ渡した。

「時期が過ぎているのに、どうしてアネモネが? 素晴らしいわ、妖精さん。ありがとう、早速こちら、テーブルに飾らせていただくわ」

 フレートが抱えたバスケットをエステン公爵夫人の侍従が受け取る。今日のお菓子は、一口大のラングドシャクッキーに、常温で戻したバターを空気が入るようにホイップしたものと、先日見つけた小豆で作った餡を挟んだ自信作です。絶対美味しいに決まってるでしょ、この組み合わせ。ちなみにこの二つをパイに入れたものは、最近ではルクレーシャスさんを無言にしたい時の最終手段となっている。

「こちらはぼくから、心ばかりの贈り物です。ぼくの作ったお菓子も持参しました。よろしければ、どうぞ」

「リヒから聞いているわ。スヴァンテ様のお菓子やお料理はとても美味しいと。それになんて素敵な髪飾りでしょう。見ている間にも花が咲いて新しい花に変わっていくわ……不思議ねぇ……」

 えっ。そんなことになっているのか、ぼくの髪は。自分では見られないから知らなかった。イェレミーアスを仰ぐと、微かに唇の端を吊り上げ、頷いている。どうやらずっとそうだったらしい。教えてよ。

「アスも元気そうで何よりだわ。ヨゼフィーネ様、ベアトリクスも以前より顔色がよくなられたようね。さ、こちらへどうぞ」

 エステン公爵夫人に促され、庭園の奥に見える東屋へ歩き出す。邸宅の中から、エステン公爵が出て来るのが見えた。

「おお、来たなスヴァンテ君。いらっしゃい」

「お招きありがとう存じます、エステン公爵閣下」

 胸へ手を当て、左足を後ろへ引いて頭を下げる。イェレミーアスは両手を祈りるように組み、片膝を付いた。跪いたまま、組んだ手を額へ押し付け頭を下げる。皇国の国教デ・ランダル神教の正式な挨拶の方法である。そう、エステン公爵は皇室警備を担うエファンゲーリウム聖騎士団の団長だ。辺境伯も、このエファンゲーリウム聖騎士団の所属である。だからこの挨拶が正しい作法だ。イェレミーアスの手へ、軽く触れてエステン公爵が頷いて見せる。

「アス、そう堅苦しくしてくれるな」

「お招きとお心遣いに感謝いたします、エステン公爵閣下」

 エステン公爵夫妻が並び、ルクレーシャスさんへ頭を垂れる。エステン公爵夫人のカーテシーは優雅で隙がない。

「このたびはかように不躾なお呼び立てにも関わらずご来訪いただきまして、誠に光栄でございます。ベステル・ヘクセ様」

「良いよ。リヒくんとはすでに茶飲み仲間だし、今日のわたくしはうちの子たちの付き添いだ。堅苦しい挨拶は抜きにしてくれ」

 今日のお茶会の主催はエステン公爵夫人である。だから招待客への出迎えと挨拶をする、エステン公爵夫人がその場に残るのは当たり前だ。しかしエステン公爵が、ぼくたちと一緒に東屋の方へと歩き出した。と、同時にイェレミーアスは当たり前のようにぼくを抱き上げる。この子、伯爵令息だというのにすっかりぼくのお世話が板についてしまっていいんだろうか。

「アス、スヴァンテ君のタウンハウスの訓練場は大分勝手がいいらしいな。リヒも使いやすく設備も整っていると言っていた」

「ええ。ヴァンが必要なものはすぐに用意してくれるので、快適です」

「君が贔屓にしている商会の品揃えがよいらしいな。今度わたしにも紹介してもらえるだろうか、スヴァンテ君」

「もちろん。ではまた、今度リヒ様と一緒にこちらへ伺うようにいたしますね」

「よろしく頼む」

 エステン公爵との関係が良好である、と見せつけるのはこのくらいで十分だろう。何より、エステン公爵に遠慮しているが、ぼくに話しかけたいご婦人方の視線を痛いほど感じる。そりゃそうだ。ルクレーシャスさんがどこへ行くにも付き添っているし、イェレミーアスは常にぼくを抱えているし、気にならないはずがない。

 何よりぼくは、長い間姿を見せないでいた。不確かな噂話ばかりが飛び交う、誰も見たことのない嫌われ公子。その実物が現れたのだから、興味津々と言ったところだろう。

 お茶会がセッティングされた、東屋の入り口。アーチには、愛らしい八重咲の薔薇が這わせてある。そこから東屋までの小道は石畳が敷かれていた。薔薇のアーチの前でイェレミーアスに下してもらう。それから、丁寧にお辞儀をしてすでに東屋に集まっていたご婦人方へ挨拶をした。

「はじめまして、エステン公爵のお庭に咲く花にも負けぬ美しいご婦人方。お会いできて光栄です。スヴァンテ・スタンレイと申します。本日のお茶会にお招きいただき末席を汚すこと、お許しください」

「……」

 え、ちょ、ぼく何か失敗したかな。みんなぼくを見つめたまま固まっている。不安になってイェレミーアスを仰ぐと、苦笑いで抱き上げられた。

「みんな、ヴァンの声がまるで竪琴を爪弾くように心地いいから驚いているんだよ」

 イェレミーアスがぼくの耳へそう囁くと、半分くらいのご婦人が「ああ……」とうっとり零して倒れた。大丈夫だろうか。やっぱり近距離でイェレミーアスの美貌を浴びたからだろうか。分かる。男のぼくでも、イェレミーアスに上目遣いでおねだりされたら断れないもん。それに女性はきつくコルセットを締めてドレスを着ているから、倒れやすいと聞いた。女の子、大変だ……。

 倒れたご婦人方を介抱するために忙しく立ち働くメイドや侍従を眺めていると、後ろから聞き覚えのある声がした。

妖精フェーよ! こんなところに居たのか!」

「……おじい、さま?」

 振り返ると、少し赤みがかった茶色の髪と、胸まで届く長い髭の男が手を上げている。堂々たる武人の風格。シュレーデルハイゲンだ。

「短期間で何度もお目にかかれるとは光栄です、ベステル・ヘクセ殿」

「スヴァンくんの行くところには、常にわたくしが居ると思っていいよ。一人にするには、この子が有能過ぎるからね」

 イェレミーアスがぼくを抱っこするので、ルクレーシャスさんはちょっと後ろを付いて来るだけだ。しかし傍から見たらぼく、美形を侍らせて相当いいご身分じゃないだろうか。

「おじいさま、妖精は止めてください……」

「おうおう、そうだぞ、妖精フェーのおじいさまじゃ。ほぉれ、このジジが抱っこしてやろう。おいで」

 もう完全に孫にメロメロのおじいちゃんの表情でぼくへ手を伸ばす。イェレミーアスの腕から、シュレーデルハイゲンの腕へ移動してそっと長い髭に触れた。

「僅かぶりです、おじいさま。お元気そうで何よりです」

「元気だが、妖精フェーよ。わしは今か今かとお前が招待してくれるのを待っておったのに、中々呼んでくれんのでこちらから会いに来たぞ?」

「わぁ、ごめんなさい。じゃあ、おじいさまのご都合がいい日を教えてください。お待ちしておりますね」

「よしよし、そうしておくれ。来週はどうじゃ。一週間、妖精フェーのために空けておく。ぜひ呼んでくれ。絶対じゃぞ? おお、かわいいかわいい。ちっこいお手々で触られると、髭がくすぐったいのぉ」

 何だろう、こんなに好いてもらえると思ってなくてびっくりしている。シュレーデルハイゲンは、イェレミーアスの背を押して薔薇のアーチをくぐった。

「マルテに会ったんじゃろ? どうじゃ、あやつも美しいものが好きだからな。感動しておっただろう? 妖精フェーよ」

「感動したのはぼくの方です、おじいさま。『堅牢のマルテ』様にお会いできるなんてこの上ない光栄でした。とても繊細なお方ですね」

「そうか、そうか。アイゼンシュタットにいじめられなんだか?」

「イェレ兄さまが守ってくださいましたよ」

 うふふ、と笑って無邪気な風に両手を叩いて見せる。五十代後半と言ったところだが、ぼくを片手で抱えて危なげない。さすがは未だ一触即発な南の大国レンツィイェネラとの国境である、一番重要な地を任されているだけはある。あの慎重な皇王が重要な国境の警備に置くのだ。実力と皇王へ絶対的な忠誠心があるのだろう。それは裏返せば、ぼくが皇王に盾突くと判断すれば敵になる人物ということである。アイゼンシュタットと同様に、「皇王の忠臣」であってぼくの味方ではない。

「そうか、アスはかわいい上に頼もしいのぉ」

「はい。ぼくイェレ兄さまのことが、大好きなんです」

 しかしこれは思わぬ追い風だ。まさかこんなにも、シュレーデルハイゲンがぼくのことを気に入ったとここで喧伝けんでんしてくれると思わなかった。

「ヴェルンヘル。妖精フェーはわしが見ておるから、お前は客に挨拶して来ていいぞ」

「フェリクス様、わたしとて妖精と話をしたいのですよ?」

「お前の息子は足繁く妖精フェーの家へ通っておるそうではないか。お前はどうせ、この後いくらでも会えるじゃろ! 今日くらいわしに譲れ」

「やれやれ。スヴァンテ君、フェリクス様のお守を頼む」

「うふふ、ぼくはおじいさまにお守していただいておりますので、エステン公爵閣下はどうぞ、皆様のところへ」

 シュレーデルハイゲンもアイゼンシュタットも、敵ではないが味方でもない。だというのに、これほどまでにぼくへ接触して来るのはなぜだ。つまり、ぼくらが今、共通の敵に相対しているということではないだろうか。そしてそれを知っていたエステン公爵も、ぼくに協力的だったと考えると合点が行く。イェレミーアスが成人するまでには七年。何も解決に七年掛ける必要はない。成人するまではシュレーデルハイゲン、エステンの二大公爵家、アイゼンシュタットという皇家の裏の顔を担う伯爵家が後押しすると分かっていれば、今すぐに解決してしまっても問題ない。この三家に睨まれるということが分かっているのにわざわざラウシェンバッハに、イェレミーアスに手を出すバカなどいないだろう。

 思考を巡らせながら、シュレーデルハイゲンの横へ立つイェレミーアスへ手を伸ばす。イェレミーアスは微笑んでぼくの手を握り締めた。

「……アスは妖精フェーを、信頼しておるようじゃな」

「……途方に暮れる私に手を差し伸べてくださったのは、ヴァンだけでしたので」

 イェレミーアスの答えに、シュレーデルハイゲンは沈黙した。その通りだ。この国の大人は当てにならない。ぼくの、ぼくらの、邪魔をするなら容赦はしない。

「ぼくらは似ているところがたくさんあるんですよ。本の趣味や、あまり争いを好まないところとか、一人の時間も好きなところとか」

 ぼくは賭けに出た。おっとりと笑みを刻んで、唇を開く。シュレーデルハイゲンの目が、ぼくの唇の左下を見た。

「……共通の敵とか」

「……おぬしはまことに賢いのぅ、スヴァンテ」

「お褒めいただく名誉は、ひとまず預けておきます。シュレーデルハイゲン公爵閣下。閣下の秘密を教えていただけたのなら、ぼくの秘密もお教えいたしますよ」

 ぼくは妖精のふりを止めた。幼い見た目で誤魔化すのはここまでだ。お互い化かし合いは終わり。にっこり笑って自分の唇へ指を当てた。ルクレーシャスさんが杖で軽く石畳を叩いた。イェレミーアスが、一歩前に出てぼくの背へ手を当てた。

 何があっても守る。

 全身で宣言したイェレミーアスのぼくの背中へ当てた手の熱が、ぼくらの瞳に宿っていた。ルクレーシャスさんは軽く杖を構えた。普段はぼくらの話に口を挟まず聞いているだけのルクレーシャスさんは、それでもちゃんとぼくを守ってくれる頼もしい大人だ。

 ぼくを見つめたシュレーデルハイゲンの目は、まるで猛禽類のように鋭く光った。

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