第39話 初めてのお茶会 ⑴
「じゃあな、スヴェン、ジーク、アス。また来るわ!」
晩餐を済ませて帰る頃には、ローデリヒはすっかりいつも通りだった。ジークフリードは晩餐後も少し残ってお茶を飲んでいた。旧シュトラッサー伯爵家別荘のコモンルームには、庭へ出るためのフランス窓はない。それでも採光のために大きく取られた窓から見える、まだ花の植わっていない庭の上空に三日月が浮かんでいた。
「……すまん」
ジークフリードは本当に聡い子だ。この件に巻き込まれたことで、一番割を食ったのはぼくである。黒幕が本当にミレッカー宮中伯であるならば、他の誰よりも己を危険に晒すことになったのもまた、ぼくだ。ジークフリードにはそれがよく分かっている。
「いいんですよ。その代わりジーク様の権力は使えるだけ使わせていただくので」
「うむ。好きなだけ使え。……それから、アス」
「はい、殿下」
ソファから立ち上がりながら、ジークフリードはイェレミーアスへ硬い声で命じた。
「スヴェンを信じろ。お前だけはスヴェンを絶対に疑うな。迷うな。……独りにするな。それが危険を顧みず何の縁もないお前を救おうと奮闘するスヴェンに対する、何よりの礼儀だ。よいな」
「はっ」
音を鳴らすほど強く踵を打ち合わせ、手を当てた胸を張ったイェレミーアスは紛うことなき騎士だった。改めて、彼は騎士となるべく育てられたのだと実感する。それから、幼い時から戦うべく育てられることの意味をふと思った。それを、イェレミーアスは本当に望むのだろうか。もし別の生き方もあると示したら、イェレミーアスは騎士として生きることを選ぶのだろうか。この世界では、誰もが狭い選択肢の中で生きている。
見送りのために立ち上がると、ジークフリードは軽く手を上げて首を横へ振った。
「見送りは要らん。ここはオレの別荘だからな。だろう? スヴェン」
「少し見ないうちに、ジーク様は図々しくなられまして」
「ははっ! お前は嫌味になった」
「いってらっしゃいませ。お早いお帰りをお待ちしておりますよ、ジーク様」
手を振って、扉の向こうへ待たせたオーベルマイヤーと立ち去るジークフリードの背中を眺める。
それから三日は、タウンハウスへ越してからすっかり定番になった生活をしていた。
朝、剣の稽古を終えたイェレミーアスがぼくを寝室へ起こしに来る。ベッテがメイド長になって多忙になり、ベッテ以外の侍女に着替えを手伝ってもらうのが苦手なぼくの身支度を手伝うのが、イェレミーアスの日課になってしまっているのだ。
ぼくはベッテ以外にお世話をされたことがないので、普通の侍女が何をどこまでしてくれるものなのかも分からない。胸の間で温めた靴下とか、ちょっと怖いじゃない? 気遣いなのかも知れないけどベッテにはそんなこと、されたことないもん。木下藤吉郎かよ。普通に嫌だわ。そりゃ信長だって怒鳴り飛ばすわ。
そんなわけで、ぼくが侍女が少し苦手なのだと話をしたら翌日、イェレミーアスが隠れて様子を見ていてくれたらしい。ぼくも気づかなかったんだけど。
そしたら途中で血相変えて出て来て、すぐさまその侍女を連れて出て行ってしまった。最近その侍女を見かけない。別の場所へやられたわけでもなさそうで、解雇されてしまったのかな……と少し気になっている。だって他の侍女も胸の間から靴下とか下着とか出して来てたから、あれが普通なのかと思ってたんだよね。違うのかな。疑問を口にしたら、イェレミーアスの顔色が変わった。
「スヴァンテ様、他にも気になることはございませんか?」
「え……? えっと、ここの侍従はみんな、入浴の時ぼくの体を素手で洗うんですけど、他のおうちでもそうなんですかね……?」
「……少々ここでこのままお待ち下さい、スヴァンテ様」
爆速で走り去るイェレミーアスが消えた廊下の角辺りから、フレートが鬼の形相でどこかへ走り去るのが見えた。イェレミーアス以上の爆速だったので、二度見したくらいだ。その後戻って来たイェレミーアスは、片時もぼくの傍から離れなくなってしまった。何があったんだろう。
そんなわけで、それ以降ぼくの着替えや入浴はイェレミーアスが手伝ってくれることになっている。
「スヴァンテ様。おはようございます」
「うん……、おはよ、ございます……」
目が開かない。まだ寝てたい。でもイェレミーアスが起こしに来てくれたのに、そんなわけには行かない。
ベッドから起き上がろうとするぼくの背中へ、イェレミーアスの手が添えられた。イェレミーアスの手は、常にほんわり温かい。
「イェレ様のおてて、いつもあったかいですね」
「ああ……私は炎の魔法を使うせいか人より体温が高いようです。不愉快なようならおっしゃってくださいね、スヴァンテ様。抑えることもできますので」
「大丈夫。あったかいです。だからイェレ様のだっこ、気持ちよくて眠くなっちゃうんですね……」
穏やかで物静かなイェレミーアスが炎の魔法使い。印象とは逆のような気がしてしまう。ぼくのごくごく個人的な見解を述べると、イェレミーアスには水や土の方が似合うと思う。人となりと、使える魔法の属性は一致しないものなのだろうか。
すぐ脇のマットレスが、少し沈んだ。イェレミーアスが腰をかけたのだろう。
「目を擦ってはいけません。赤くなってしまいますよ。ほら」
目に濡らしたタオルが当てられた。しばらくそのまま大人しくしておく。優しく両目を拭かれ、離れて行くタオルの感覚に目を開く。
「お湯を用意しました。洗面台へ移動しますね」
「はい」
イェレミーアスへ凭れかかり、抱え上げられる。洗面台の足元には、ぼく専用の踏み台が置かれている。踏み台にはマットが敷かれている。その上へ慎重にぼくを下し、イェレミーアスは洗面器へ準備されたお湯へ手を入れ、少し湯加減を見た。
「どうぞ」
「はい」
じゃばじゃばと顔を洗い、目を閉じたまま顔を上げる。途端に背中へ手を添えられ、顔にはタオルを当てられた。
「イェレ様。ぼく、一人でできますよ……」
「私がしたくてしていることです。させて、もらえませんか?」
ぽんぽん、と柔らかく水気を拭き取られ目を開く。起き抜けから美少年を浴びせかけられて断れる人間など存在するのだろうか。ぼくはここ数日繰り返した自問自答に、いつも通り負けた。
慎重にソファへ下される。オッドマンチェアへ足を置くと、両手で包んで温められた。
「イェレ様、あんよはばっちいですよ……」
「スヴァンテ様の小さなかわいいあんよは、汚くなんかないですよ」
「でもね、イェレ様。イェレ様はルカ様が『お預かり』している伯爵令息で、ぼくと身分は変わらないのですよ。だから、こんな、使用人みたいなことはしなくてもいいんです……」
なんなら身分的には爵位を持たないぼくより、イェレミーアスの方が上だ。靴下を履かせながらイェレミーアスは破顔した。ソックスガーターを手際よく付けながら、ぼくを仰ぎイェレミーアスが答える。
「そうですね。でも私は、スヴァンテ様のお着替えを手伝うのが楽しいのです。他の者にはとても譲れません。ダメ、ですか?」
「……うぅ……っ」
確かに最近はイェレミーアスが服を選んでくれるから、フリフリだのヒラヒラだのが少し押さえられている。温かいからと三日連続で侍女からカボチャパンツっぽい半ズボンを差し出された時は、イェレミーアスの後ろに隠れて一時間駄々を捏ねた。イェレミーアスが服を選んでくれるようになって、ぼくはカボチャパンツから解放されている。カボチャパンツかイェレミーアスに朝から傅かれる日々か。究極の選択である。
しかしそれでも、線引きは必要である。貴族社会というのは、他人の目にどう映るかが重要だからだ。
「あの、でもぼくやっぱりこういうことはきちんとしないといけないと思うんです。だから例えば、イェレ様はぼくへ様付けして呼ぶのをやめる、というのはどうでしょう?」
「うーん、しかし私は敬語の方が楽なのです、スヴァンテ様」
「敬語が楽なのはぼくもなので分かります。でもイェレ様はぼくより大分お兄さんですし、やっぱり呼び捨てにしてほしいです。ダメ、ですか?」
敬語が楽なのはほんと理解できる。相手の年齢も立場も関係なく、敬語で喋る癖が付いていれば意図せず無礼を働く可能性が限りなく低くなるからだ。さらにぼくは、前世の記憶があるから余計に、である。
年が近いと紹介されて出会う同年代の子供たち、精神的には全員年下だからね。イェレミーアスやローデリヒは年上だが、それはこの世界に於いてであり、どうしても彼らが自分より年下という気持ちが抜けない。だからこそ、満遍なく敬語で話すのが楽なのである。
「……ですが……」
イェレミーアスにとってはそれでもやはり、ぼくは恩人なのだろう。だがやはり、伯爵令息のイェレミーアスが何の爵位も持たないぼくへ謙っているのはよろしくない。ぼくが恩人であろうと、いずれイェレミーアスはこの国の国防を担う辺境伯の地位を取り戻すという目的もある。戸惑うイェレミーアスへ、ぼくから提案してみる。
「じゃあ、ぼくはイェレ様をイェレ兄さまとお呼びするので、イェレ兄さまはぼくを弟のように愛称で呼ぶ、というのはどうでしょう?」
ぼくへシャツを羽織らせ、ボタンを留めるイェレミーアスへ提案する。顔を上げ、ぼくを見つめてイェレミーアスはじんわりと頬を染めた。
「……もう一度、呼んでいただいても?」
「……イェレ、にいさま?」
ふわぁ、っと大輪の花が開くように微笑んで、イェレミーアスはぼくの両手を下から捧げ持つようにして揺らした。
「分かりました。では、私はスヴァンテ様のことをこれから『ヴァン』とお呼びしますね」
「……っ、うぅ~ん……、はい」
どうしよう。ルチ様もぼくのことを「ヴァン」と呼ぶけど、イェレミーアスがそう呼ぶのを聞いたら拗ねるだろうか。だがルクレーシャスさんの腕からはぼくを奪うように抱っこするルチ様も、なぜかイェレミーアスには寛容なのだ。イェレミーアスにも妖精や精霊が見えていることと関係があるのだろうか。
シャツのボタンを留め終えると、イェレミーアスは紺地の裾に白いラインとリボンが付いた半ズボンを、穿きやすいように差し出す。
「さ、私の肩へ手を置いて。片足ずつどうぞ」
「はい」
オッドマンチェアへ立ち上がり、ズボンの腰に通された紐を結ぶイェレミーアスのつむじを眺める。ジークフリードなら身の回りを世話する侍従や侍女も皆、子爵以上の身分である。当然だが爵位もないぼくに対して伯爵令息にこんな真似、させてはいけない。そんなわけで一応、フレートにもぼくに他の侍女を付けるよう話をしたのだが、深いため息と共に首を横へ振られてしまったのだ。
「ラルクがスヴァンテ様のお世話を出来るようになるまで、イェレミーアス様にお願いすることに決まりました。これはルクレーシャス様からのご指示で、ヨゼフィーネ伯爵夫人にもイェレミーアス様にもご了承頂いていることですので、覆りません」
いつの間にそんなことになったのだろうか。何かあの侍女が問題を起こしたようだ。それならぼくに言ってくれればいいのに、何で仲間外れなんだろ。おまけに見かけなくなったと思っていた、入浴介助の侍従たちも解雇されてしまったようだ。最近はラルクとイェレミーアスとぼくで一緒に入る。もちろん、入浴の時もイェレミーアスがぼくのお世話をしてくれる。これやっぱ、おかしくない? よくないよね?
納得はいかないけど、ルクレーシャスさんが決めたのなら理由があるに違いない。ぼくは渋々頷くしかなかったのである。
「さ、おぐしを整えましょう」
とてもいい笑顔で、イェレミーアスが鏡越しに告げる。とても嫌々やっているようには見えない。だけどダメだよね? これ絶対ダメなやつだよね?
「……はい」
でもこんなことしなくていいって言ったら、ものすごくしょんぼりするんだもん。断り切れない。
鏡台に座らされ、寝ぐせを直しながら髪を梳かれる。
「ヴァンのおぐしは絹糸よりも滑らかでずっと触れていたくなります。だから妖精たちもヴァンのおぐしへ触れたがるのでしょうね」
「そう、かなぁ……?」
「ええ」
寝ぐせがなくなると、イェレミーアスは整えるように軽く表面へブラシを走らせる。ここら辺で妖精たちも加わり、髪に花が編み込まれて行く。伸ばした髪は肩を過ぎ、もうすぐ背中へと達しそうだ。
「さ、参りましょうか」
「はい」
もうね、最近はぼくも抱っこされるプロならイェレミーアスも抱っこするプロですよ。イェレミーアスに抱えられ、食堂までの廊下を行く。
食事はルクレーシャスさん、ヨゼフィーネ伯爵夫人、イェレミーアス、ベアトリクスとぼくで取る。ラルクは最近、フレートにテーブルマナーを習っているようだ。少し寂しいが、ぼくも貴族の常識に慣れて行かなければならない。
食後は各自少々休んだら、ぼくとイェレミーアスは一緒に勉強。ベアトリクスはヨゼフィーネ伯爵夫人にマナーとダンスを習い、午後はぼくらと入れ替わりでぼくらがマナーとダンス、ベアトリクスは女性の家庭教師に勉強を習う。その後はおやつを食べたら、イェレミーアスは剣術の稽古だ。ぼくはイェレミーアスの稽古を見学しつつ、本邸の工事を見守りながら木陰で本を読む。
タウンハウスへ移ってから、ぼくが読書をする時、定位置にしている木陰に現れる精霊がいる。金色の長い髪に、芽吹いたばかりの若芽色の瞳をした精霊だ。話しかけても喋らないので、ぼくは勝手にその精霊を「木漏れ日の精霊」と呼んでいる。木漏れ日の精霊は、ぼくが読書の途中で居眠りしてしまった時などはすぐ傍まで来るけど、大体木の上か幹の陰からこちらを見ているだけだ。
「ひょっとして、離宮のぼくの部屋の窓から時々、こちらを見ていましたか?」
話しかけたら慌てた様子で木の陰へ隠れてしまったけど、多分そうなんだろう。とてもシャイな精霊のようだ。今度ルチ様に知り合いかどうか聞いてみよう。タウンハウスでイノシシや鹿を飼っているという話を聞いたことはないが、背中に花が咲いているイノシシや、角に透明の薔薇が咲いている白い牝鹿が時々庭を散歩している。あれも精霊だろうか。
木漏れ日の精霊が来ない日は好奇心から大工さんたちに色々聞いて回っている。しばらくするとルクレーシャスさんに止められてしまった。邪魔するつもりなんてないのに。その後は大体、イェレミーアスの稽古にローデリヒが合流するので、時には夕餉を食べて行く。
「そうだスヴェン、親父から招待状預かって来た」
「分かりました。ルカ様もご一緒してください。ああ、ヨゼフィーネ伯爵夫人もベアトリクス様も招待されていますね」
「それでは他の招待客を確認しておきますわ」
「ヨゼフィーネ伯爵夫人宛の招待状と、ぼくとイェレ兄さま宛の招待状を見比べてもいいですか」
「ええ、どうぞ」
ぼくがイェレミーアスのことを「イェレ兄さま」と呼ぶと、ローデリヒは横目でイェレミーアスを見て、微かに肩を竦めた。
招待状を見比べる。イェレミーアスへ宛てた招待状は、ヨゼフィーネ伯爵夫人やベアトリクスの名前もあり連名の招待状となっている。だがヨゼフィーネ伯爵夫人とベアトリクスのみに宛てたお茶会の招待状には、お茶会の後に晩餐のお誘いがないことに気づいた。つまりお茶会に呼んだ貴婦人たちは晩餐には呼ばれていない。その時間で話しをしよう、ということだろう。
「オレんちでメシ食っても全然楽しくねーよぉ、スヴェン」
「仕方ないですね……前菜を一品ぼくがお持ちします、とエステン公爵へお伝え願えますか。リヒ様」
「やったぁ! 親父もさ、スヴェンの料理を食うの楽しみにしてるから、早く招待してやってくれよぉ」
「お茶会には、お菓子も持参しますよ」
「かーちゃんも喜ぶよ。何しろ早く妖精に会わせろってうるさいのなんのって」
「妖精かぁ……その呼び方、何とかなりませんかね。何か、ちょっとアホな子っぽいじゃないですか……」
ぼくがぼやくと、イェレミーアスが珍しく強い口調で否定した。
「いいえ、ヴァン。ヴァンの美しさを前に皆、まさに妖精のごとくとしか表現できなくなるのです。馬鹿にしているわけではありません。現に私もフレートもベステル・ヘクセ様も、あなたの美しさに惑わされた不埒者を排除するのにどれだけ苦労していることか」
イェレミーアスがぼくを「ヴァン」と呼んだ瞬間、ローデリヒは仰け反って体ごと視線を動かしイェレミーアスを見た。イェレミーアスは無言でローデリヒへ笑顔を向けている。
「精霊様はスヴァンテ様に危害を加えようとする輩は弾いてくださるのですが、過ぎる好意を抱く不埒者までは弾いてくださらないようで……」
フレートがちょっと遠い目をしてる。なんなの、不埒者って。一体いつ、どこに居たのさ。聞いてないよ、そんなの。最近ぼくに隠しごとが多いんじゃないかな。そういうの、よくないと思うよ。
「無駄ですよ、イェレミーくん。スヴァンくんはほんと、自分の容姿に無頓着だから」
「喋ると分かるのにな。スヴェンは見た目だけなら風が吹いただけで泣いちゃいそうだけど、割りと気が強いし言い返すし負けず嫌いだって」
「……リヒ様は食後のデザートを要らないようです、フレート」
「ふふっ、はい。かしこまりました」
ちょっと大げさなくらいに頬を膨らませて見せる。ローデリヒにはこれくらいしないと伝わらない。みんなぼくの見た目がどうこう言うけど、大した見た目じゃないからね。みんなに比べたら至って普通だ。平凡が一番だよね。
「ほらぁ! 花弁が散っただけで『お花さんがかわいそう』って泣いちゃいそうな顔してるくせにこれ! 要るよ、要る要る! フレート、オレのデザート大盛りね!」
ローデリヒはどんだけぼくをアホな子だと思ってるんだ。よぉぉく分かったぞ。
「リヒ、図々しいぞ。ヴァン、それでも自覚しなくてはね。ヴァンは妖精が人に化身したように美しいのだと、誰もが認めているんだよ。知らないのはヴァンだけだ」
「……お世辞は要らないです、イェレ様……」
それでもイェレミーアスみたいな美少年に妖精みたいに綺麗だって言われたら、誰でも照れちゃうと思う。きっとぼくは今、頬が真っ赤になっているに違いない。
「イェレ様、じゃないでしょう? ヴァン」
「……イェレ、兄さま……」
「うん」
満足気に微笑んだイェレミーアスの方が美しいと思うんだ。なんかこう、浴びちゃいけないフェロモンを大量に浴びている気がする。胸を押さえてほう、と息を吐く。うっとりし過ぎると、吐息を漏らすことしかできなくなるんだね。まだ熱を持った頬へ手を当ててみた。
「……っ」
「……」
「……、はぁ。これだからわたくしの弟子は困る」
なんだよぅ。そんなね、顔面偏差値の高い人たちにため息吐かれてもちっとも信用できないですよ。ローデリヒは主菜の白身魚をフォークに刺し、口元まで持って行った状態でぼんやりとぼくを見ている。イェレミーアスはいつも通り、薄く笑みを刻んだまま僅かに首を傾けている。ルクレーシャスさんだけ、ちらっとぼくへ視線を送ってから口直しのソルベを掻き込んだ。
「くぅ、きーんと来たっ!」
「アイスクリーム頭痛ですよ。冷たいものを食べるとそうなるんです」
この世界、生クリームとか低温管理しないとできないものを作るの難しいけど、氷菓なら作れる。美味しいものが作れる、と言ったらルクレーシャスさんは喜んで氷魔法の加減を覚えた。そう、シャーベットなら作りたい放題になったのだ。魔法すごい。偉大なる魔法使いの名前は伊達じゃない。使いどころはここじゃない気がするけど。
「あい、すくりーむ?」
「ああ、えーっと、ぼくの最終目的っていうか、生クリームが作れるようになったら作れるはずのものっていうか、ソルベの親戚っていうか」
「新しいお菓子だねっ?! わたくしに一番に食べさせてくれるんだよね? スヴァンくんっ!」
「……ルカ様は、お菓子の話になると生き生きしますね……」
でも今はそうじゃない。その話じゃない。そう、お茶会の話だ。お茶会にお呼ばれなんて初めてだ。先日のアイゼンシュタットの招待はなかったことにする。
「リヒ様、エステン公爵夫人のお好きな花はありますか?」
「母上はアネモネが好きなんだ。持って来るのか? でも季節外れだぜ?」
「? 妖精さんに頼めばいつでも咲きますよ、お花は」
口を挟まず食事していたヨゼフィーネ伯爵夫人とベアトリクスまでもが、大きなため息を吐いた。ルクレーシャスさんに至っては、首を横へ振りながら額を押さえている。
「スヴェンは頭いいのに、変なところで世間知らずだよな」
ローデリヒの言葉に、フレートまでもが頷いたのをぼくは見逃さなかった。
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