第37話 初めての社交月 ⑵

「百年以上も前に亡くなった人に執着しても、さして意味のあることとは思えません。まして、フリュクレフの特徴を持たないぼくに執着する意味などあるでしょうか」

 どうして皆、ぼくの口元にあるほくろへ目をやるのだろう。うんざりとした表情を慎重に隠して笑みを形作る。

「あるよ。ある。ふふっ。君は自分の容姿に自覚がないのだね? ……それも伝承通りだ……」

 アイゼンシュタットは長い指を自分の頬へ当て、流し目を送る。これまで散々、自覚がない自覚がないと言われているが、ぼくは至って普通だ。何ならアイゼンシュタットの方が美形なくらいだ。

「スヴァンテ様はご自分の美貌に頓着がないのです。ご自覚いただかないと危険だとは伝えているのですが、この有様で。要らぬ虫が湧いて困っているのですよ、アイゼンシュタット伯」

 イェレミーアスの穏やかな声音が接している体の部分から響く。超絶美少年から美貌とか言われても、ぴんと来ない。ゆえに遠い目をして壁を見つめた。

「お前もその無限に湧く虫の一匹だと言いたげだね、イェレミーアス」

「おや、ご自覚がおありですか?」

 イェレミーアスの声も表情も、まるで穏やかな木漏れ日のようだ。ようだが、これは相当怒っているのではないだろうか。簡単な挑発に乗ってしまうのは、いくら年の割りに落ち着いて見えるとはいえイェレミーアスがまだ幼い証拠だ。ここはお兄ちゃんであるぼくが、諭さないとね。

「イェレ様?」

 イェレミーアスの胸へ軽く手を置いて、首を横へ振る。なんでぼくの周りの人たちは、進んで喧嘩を買おうとする傾向にあるんだろうか。イェレミーアスはぼくを見つめ、微かに顔を曇らせた。そんな様子を全身で観察しているアイゼンシュタットの視線から遮るため、イェレミーアスの頬を両手で覆う。

「イェレ様が守ってくださるから、ぼくは平気ですよ?」

「……はい」

 しかし父君であるラウシェンバッハ辺境伯が生きていた頃には、交流があったようだから両家は険悪ではなかったはずだ。しかしアイゼンシュタットが誰にでもこんな調子なのなら、辺境伯の中でも少し浮いた存在なのは頷ける。敵か味方か分からない。ひょっとしたら、アイゼンシュタットもイェレミーアスやぼくを見て、敵対するか味方するかを見極めようとしているのかもしれない。

 笑みを貼り付けたまま、思考を巡らせているとマルテがぼくの手土産であるチーズパイと、中にカスタードクリームたっぷりのコロネを同時に口へ放り込んだ。

「よ、よ、よ、妖精さんっ! 妖精さんは、お菓子作りも上手なのね……? お、お、美味しいわ……っ」

「おやおや、本当かい? ああ、本当だねぇ……リヒが君の屋敷に通い詰めるのも納得だ」

「そ、そ、そ、それに……っ、え、え、え、絵本……、マルグレートが妖精さんの描いた絵本を、ととと、とても気に入っているの……よ……っ」

「それはとても光栄です、アイゼンシュタット伯爵夫人」

 ティーカップへ描かれた絵柄や、振る舞われた茶葉の産地や味などを話題にするのは貴族の嗜みだ。天秤と剣を持つ女性が描かれたカップを眺め、音を立てぬようにソーサーへ戻す。これは皇族御用達であるダイメル商会が独占販売している、フォージュ工房の品だ。下賜品なのか、それともこれを手にするだけの財力と権力があるのか。さて。アイゼンシュタットの「正義」とはどこにあるのだろうか。一層笑みを貼り付けて顔を上げた。

「君は多才なんだねぇ。絵本の紙も見たことのない手触りだったし、写本ではなかった。陛下にも秘密なんだってね?」

 とりあえず、活版印刷とリトグラフが何とかならないかなって思うんだけど、平凡なぼくの脳みそをどう絞っても作り方が出て来ない。鋳造技術が必要なのは想像が付くんだけど、活版印刷の詳しい仕組みまでは分からない。ハンコ彫るみたいに一個一個、ちまちま作ってたら追い付かないことだけは確かだ。だから鋳型を作ってそこへ金属を流し込んで作るのが一番楽なんだろうけど、この辺はマウロさんと要相談だ。この世界の職人の技術レベルがどの程度なのか、ぼくには分かりかねる。

 そしてそんな話を、アイゼンシュタットにする義理は一切ない。漏らすつもりもない。だからぼくはゆったりとした動きでティーソーサーごとカップを揺らして、正面からアイゼンシュタットと向き合った。

「……ええ。新しい技術を発表するというのは、そういうものでは? もちろん、今後ぼくと契約してくださった方へ技術をお教えする予定はありますよ」

「契約か。そして君は労せず利益を手にする。なかなかに賢い手だね」

「ルカ様にお知恵を貸していただいておりますので」

 困ったことはみんな、ルクレーシャスさんのお陰ということにしておこう。ルクレーシャスさんも自分の名前を存分に使えと言っていたし!

「……君は、薬学に興味があるかい?」

「……そうですね。ルカ様の元で研究するのもいいかもしれません」

 そう、ぼくの今の身分は「偉大なる魔法使いベステル・ヘクセ、ルクレーシャス・スタンレイの養子」である。だからぼくにフリュクレフ公爵家の人間としての規制は存在しない。下手に否定するより、アイゼンシュタットに対しては疑念を抱かせておいた方がいいだろう。味方になるなら隠す必要のない情報だし、敵対するならそのまま疑って自滅してくれ。

「だが困ったな。薬学士派遣はミレッカーの管轄だ。君はミレッカーと接触しない方がいい。君もミレッカーの小倅こせがれを嫌っているようだし」

「……薬学のことなら、ジーク様にお聞きすることもできますので」

「……ふむ。……君、本当に六歳かい?」

「アイゼンシュタット伯には、ぼくがいくつに見えるのでしょうか」

「……君と話をしていると、まるで陛下と会話している気分だ。なるほど、同族嫌悪で君の話題になると苦い顔をするわけだ……」

「……」

 今の会話で大体、知りたいことに答えが出た。ぼくはイェレミーアスへ軽く頭を凭せかけた。

「アイゼンシュタット伯。スヴァンテ様は少々、お疲れになったようです。せっかくのご招待ですが、そろそろお暇させていただきたく存じます」

「ああ、君は大層体が弱いのだってね。皇太子殿下が、だから君に無理はさせられないと宴で繰り返していたよ」

 何だろう、体の弱い子設定で行くのか。そうなのか、ジークフリード。じゃあ仕方ない。全力で乗っかっておこう。

 こほん、と小さく咳き込み、目を伏せてなるべく弱々しく見えるようにイェレミーアスへ凭れる。アイゼンシュタット伯爵夫人が、とても動揺して席を立った。

「あわ、あわわ、どっ、どどっど、どうしましょうルーヘン! 妖精さんがこの穢れた世界のせいで死んじゃう……っ!」

 死なないですよ、これくらいで。大体何ですか、穢れた世界のせいでって。何でみんなぼくがそんなに病弱だと思ってるんだろう。けれどこれは早く帰りたい時にいい手だ。有り難く使わせてもらうとしよう。睫毛をふるふる震わせ、マルテへ小さくお礼を言う。

「ありがとうございます、レディ・マルテ。本日のお礼は、いずれさせてください」

「え、ええ、ええ! 妖精さん、大丈夫? あわわ、触れたら壊しそうで怖い……繊細な美貌すごい……妖精さんと王子さまの組み合わせの破壊力すごい……すごいがすごくてすごいしかない……」

「それでは馬車を用意させよう。ベアトリクス嬢も呼んで来なくてはね」

 主の言葉に執事が部屋を出て行く。統率が取れてるなと眺めながら、帰りもアイゼンシュタットの馬車かと考えていると、イェレミーアスがきっぱりと断る。

「お気遣いありがとうございます。しかしベステル・ヘクセ殿から、帰りは彼の方をお呼びするようにと仰せつかっておりますので、馬車はご遠慮いたします」

 ぼくへ手を伸ばしたアイゼンシュタットから身を翻し、イェレミーアスが立ち上がった。すごい。美少年な上に体幹しっかりしてる。やだ、うちの子完全に細マッチョ。幼いのにここまで人間的に完成されてていいのか。いいんです! うちの子最高!

「ええ。ルカ様は大変にお優しいのでそのように。では、アイゼンシュタット伯爵ごきげんよう」

 お礼をして、部屋を出ようとするぼくらへアイゼンシュタットが先を行く。まぁ、家主だからそうなるのは当然だけどもうこの人と一緒に居たくないよぅ。廊下を抜けた先は玄関ホールだ。そこにベアトリクスとマルグレートも待っているのが見える。先導するアイゼンシュタットの背中から声がかかった。

「スヴァンテ君」

「はい」

 答えたぼくに、背を向けたままアイゼンシュタットは続ける。

「君は青いマントを纏ってはいけないよ。特に、ミレッカー親子の前では、ね」

 青いマント。高潔を表し、フリュクレフ王だけが着用を許されたマントの色だ。ぼくがフレートに見せてもらった肖像画でも、女王は青いマントを着けていた。

「フリュクレフの名は捨てました。ぼくにフリュクレフから引き継いだものなど何一つない。皆様どうして、無手の幼子にそんなにも執着なさるのでしょう。不思議ですね」

「……それほどに、尊き血だからだよ。気づくのが遅すぎたけれどもね。それすらも、女王の思惑通りかもしれない」

 人は失ってからしか気づけない生き物なのだよ。うんざりしてしまうよね。

 吐き捨てたアイゼンシュタットの横顔は、どこか疲れて見えた。

「二代目フリュクレフ公爵の、父親を君は知っているかい?」

 突然の質問にアイゼンシュタットへ目を向ける。一瞬、ぼくへ振り返りアイゼンシュタットは変わらず廊下を進んで行く。

「公式には、不明となっておりますね」

 女王は皇国に捕まり、公爵位を授かり初代フリュクレフ公爵となった。そのため、例外的にフリュクレフ公爵家は女性が公爵位を継げる。

 侵略された国の女王。エステル・フリュクレフ女王は、爵位を賜って五年後に父親の知れぬ子供を生んだという。二代目フリュクレフ公爵、イェルハルド・フリュクレフ。ぼくの曽祖父である。

 とはいえそのこと自体はさして不思議ではない。侵略された国の、例外的に爵位を与えられた女王と婚姻関係を結びたい皇国貴族など皆無だろう。だから父親は名乗り出なかったと、想像に難くない。

 しかしそれを、わざわざ口にしたアイゼンシュタットの意図は何だろう。ぼくは唇へ指を当て考える。そんなぼくを背中で窺って、ほくそ笑んでいるのであろうアイゼンシュタットを睨む。

 ベアトリクスと合流し、マルグレートに礼を言ってからぼくは改めてアイゼンシュタット伯爵夫婦に挨拶した。それから、ルクレーシャスさんを呼ぶ。

「ルカ様、ぼくもう帰ります。お迎えに、来てください」

 これ恥ずかしいいいいいいいい! 何もない空間に話しかけるイタイ子じゃんやだこれぇぇぇ! 羞恥のあまり、ぼくはイェレミーアスの肩へ顔を伏せた。なので何もない空間に金色の魔法陣が展開され、一番大きな魔法陣からルクレーシャスさんが出て来るところと、そこから順番に小さくなって行く重なった魔法陣が的を絞るように集約していくのを見損ねてしまった。あれ、綺麗なのになぁ。

「よく呼べました。さ、帰ろうか。スヴァンくん」

「おっ、お耳っ……、美……っ、今日一日で……この世のありとあらゆる美に触れてしまった……圧倒的……美……っ」

「……誰これキモっ」

 金色の耳を伏せ、ルクレーシャスさんは毛虫でも見るような目でマルテさんを一瞥した。うん。気持ちは分かる。でも失礼でしょ。ルクレーシャスさんはマルテさんから距離を置くべく少し離れた。

「ルカ様、この方はアイゼンシュタット伯の奥さまです」

「ああ……そうなんだ……うちの子が世話になったね。もう呼ばなくていいよ」

 いつも通りに塩対応のルクレーシャスさんは、犬でも追い払うように下に向けた手を振った。アイゼンシュタットは読めない笑顔で固まっている。マルテさんは小さな声で何かブツブツはわわわ言っている。師匠の無礼を気にしないでくれるとありがたい。

「……機会があればいずれうちにお招きしますね……。ルカ様、帰りますよ」

 一応の社交辞令を口にして、ルクレーシャスさんのマントを引っ張る。顔を上げると、玄関ホール正面の階段に続く踊り場の壁に掲げられた絵が目に入った。

 当主の肖像画があるべきところに、鶺鴒せきれいの絵。やはりそうか。視線の流れた先に、唇を舐めながらぼくを見つめるアイゼンシュタットが笑っていた。ことさら優雅に笑みを浮かべ、首を傾ける。髪から花が零れ落ちた。

「それではアイゼンシュタット伯爵、レディ・マルテ、マルグレート様、ごきげんよう」

 ルクレーシャスさんはマントの中にイェレミーアスとベアトリクスを抱き込むようにすると、杖を掲げた。このRPGの魔法使いが着てるみたいなフード付きマント、バーヌースって言うんだって。ルクレーシャスさんに新品のマントを作る時知った。

 大きいものから小さいものへ。魔法陣が展開されて、的を絞るみたいに集約されて行く。この世界、魔法使いの数が少ない。魔王との戦いがあったせいか、その魔法も剣術と組み合わせた身体強化魔法か、攻撃魔法ばかりが発展していて生活に使われていない。もったいないよね。

「ああ、アイゼンシュタット伯」

「?」

「ぼくはジーク様の利益のためなら、あなたの邪魔も厭いませんよ。お知りおきください」

 六歳児相手に大人げないことするからだよ、こんぐらいは仕返してもいいだろう。べー、っだ。

「は、あっはっはっはっは! 私は心底、君が気に入ったよ! 妖精さん!」

 魔法陣が一点に吸い込まれて行くと、光で目が開けていられなくなる。目を閉じて再び開くと、そこはタウンハウスのコモンルームだった。

『ヴァン』

 ルチ様が待ち構えていて手を広げる。ぼんやりとルチ様が見えているらしいイェレミーアスは、ぼくをルチ様に差し出した。ルチ様に抱えられてほっぺにすりすりされる。

「昨日の今日で、アイゼンシュタットに呼び出されたのだろう? どうだった、スヴェン」

 声に振り向くとジークフリードがコモンルームのソファに腰かけ、ローデリヒとお茶を飲んでいた。

 ……まるで君たちの家みたいに寛いでさぁ。ここ、ぼくんちだからね。

 そんなことが過ったがもう今さらだろう。ふう、とため息を吐いてルチ様を仰ぐ。ルチ様はぼくを抱えたまま、ソファへ腰かけた。

「アイゼンシュタット伯については心配要らないと思いますよ。彼の主が誰だかを、知らせるためだけに呼ばれたようです。まぁ……彼の主がラウシェンバッハ辺境伯を陥れるようなことはしないでしょう。今回は関わっていないと見ていいかと。しかし今後も注意が必要な人物ではありますね」

「ルーヘンの主? 誰だ?」

「あなたのお父君ですよ、ジーク様」

 ジークフリードは目を丸くして、食べかけのクッキーを持ったまま動きを止めた。ローデリヒは隣で一瞬、ジークフリードへ視線を送りすぐに興味なさそうにソーセージパイを口に詰め込む作業に戻った。なんでうちの子たち、みんな食べ物をお口に詰め込むのか。よく噛んで食べなさい。消化に悪いでしょ。

「は? ルーヘンが? なぜだ?」

「つまり、アイゼンシュタット伯と皇王はぼくとジーク様のような関係なのですよ。皇王の悪巧みを実行する役、と申しましょうか」

「なるほど。ティーカップの柄が『正義』を寓意する剣と天秤を持った女性だったので、何か意味があるのかと思っていましたが……それでは、当主の肖像画があるべき場所にあった鶺鴒の絵は、鶺鴒皇を指していたということなのですね、スヴァンテ様」

 イェレミーアスが頷く。ぼくは思わず、にっこり笑ってイェレミーアスの頭を撫でた。

ちりばめられたアレゴリー寓意に気づくなんて、さすがイェレ様です」

 美少年な上に賢いとか、うちの子優秀だなぁ。よすよす。いい子いい子。イェレミーアスははにかんで俯いているが、されるがままだ。かわいい。

 そこまで聞くと、ジークフリードはソファへ背を凭れ、頭を掻いた。

「すまん。つまりルーヘンの急な呼び出しは父上の差し金だな。それとは別に、今日は用があって来たんだ。そのことにも関わっているのだろう。オレは、このたび象徴鳥ティーテルを賜った。だからお前に、オレの侍従としての紋章証を渡しに来たのだ」

「象徴鳥って?」

 もぐもぐと口に詰め込むだけソーセージパイを詰め込んでいたローデリヒが、疑問を吐き出した。喉が詰まる前にお茶を飲みなさい。ティーカップを目で指し示すと、ローデリヒは素直にお茶へ口を付けた。

「現皇の正式なお名前を何とお呼びしますか、リヒ様」

鶺鴒せきれい皇ヴェンデルヴェルト陛下……?」

 そこで首を傾げない。君、本当に公爵令息か。ちょっと不安になって来たぞ。正しくは「皇」だけでもうそれ以上にない敬称だから、鶺鴒皇ヴェンデルヴェルトで正解だ。だが、陛下を付けても間違いではない。単純に敬称の重複になるだけだ。

「そうです。皇国では、皇位を継承する際に号を賜ります。これは歴史の長い皇国では、ご尊名の同じ皇王が複数いらっしゃるため、号とご尊名の組み合わせですぐにどの時代の皇を指しているか判別するためでもあります」

「へぇ、そうなんだ」

 コラ! ローデリヒ! 高そうなジレの裾でパイの油を拭かないッ! バターの油脂はね、この世界の石鹸じゃ落ちにくいんだよッ! しかもそれ、絹だろッ! ぬるま湯で押し洗いした後、濯ぐ時もたっぷりの水で押しながら濯がなくちゃなんなくて洗濯、面倒なんだぞ!

「……リヒ……君はきちんと後継者教育を受けているんだろうな……?」

 イェレミーアスが長い指で額を押さえた。美形は何をしても絵になるなぁ。ローデリヒに多くを求めてはいけないよ。剣術の腕だけは確からしいからね。

「号は代々、鳥の名前から付けられます。それは皇太子の時から決まっていて、その号のことを『象徴鳥ティーテル』と呼ぶのですよ。けれど普通は十歳過ぎてから決まるものですよね?」

「ああ。父上なりの今回の件への褒美なのだろう。リヒと、アスにも紋章証がある。これでオレの部屋まではいつでも入れる」

「ジーク様のお部屋って……星嬰宮せいえいぐうまで?!」

 驚くぼくに誰も共感してくれない。王太子の宮に入れるんだよ? すごいことなんだよ?

 オーベルマイヤーさんが差し出したトレイの上には、豪奢な飾り紐とチェーンが付いた手のひら大の盾を模した金細工が三つ、置かれている。盾の中にはレーヴェデアデンブリッツバイセン雷を噛む獅子と、喜鵲きじゃくが彫られていた。鳥の瞳の部分にはサファイヤが嵌め込まれている。飾り紐も、金糸と青と碧でまとめられている。ジークフリードの瞳と髪の色だ。

かささぎ、ですか。鵲の鳴き声は慶事を呼ぶといいます。良き号を賜りましたね、ジーク様。皇王の愛情がよく分かります」

「ん……? おう……。つまりだ、このタイミングでルーヘンが父上との関係をスヴェンにほのめかしたということは、父上はお前を信頼しているということだ」

「大変光栄にございます、喜鵲皇子きじゃくこうし殿下。象徴鳥のお決まりになりましたこと、お慶び申し上げます」

 ソファを降り、床へ跪く。本来ならば正月の儀式で公式に賜るものを、早急に準備したのだろう。それは間違いなく、皇王の温情だ。ぼくに倣い、イェレミーアスも膝を付く。ローデリヒも同様に床へ膝を付いた。三人の頭へ軽く手を触れ、ジークフリードが頷く。

「お前たち三人を、信頼している」

「はっ」

 短く答えて頭を垂れたローデリヒは、すでに騎士の風格がある。イェレミーアスは一層頭を低くした。ぼくは頭を上げて、ジークフリードの手へ触れる。

「さ、皇王陛下のお許しも出ましたし、悪巧みをしましょうか。ジーク様」

「……頼もしい幼なじみを持って、オレは幸せだよ。スヴェン」

 微笑んでぼくが首を傾げると、ジークフリードは何とも複雑な表情で頷いた。

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