第34話 宴の終わり ⑴

「ハンスイェルクはあちらから声をかけて来ることはありませんでした。ぼくが思うに、とても気の小さい人なのではありませんか、イェレ様」

 帰りの馬車の中で、イェレミーアスへ尋ねる。

「そうですね、父をとても畏れていました」

「お父上は武功のみならず、知略に長けた英明なお方で『北東のケイローン』の二つ名をお持ちでしたね」

 きっと、イェレミーアスに似て観察力のある賢い人だったのだろう。ぼくを膝に乗せてにこにこと微笑むイェレミーアスを仰ぐ。膝の上に乗せられているから、顔が近い。美少年を余すことなく真っ向から浴びている。眩しい。

「気が小さいハンスイェルクは一人ではかりごとを企て、実行することなど難しいでしょう。つまり、――彼をそそのかし計画を企てた人間が別にいる、とぼくは考えています」

 気の小さい男を唆せるほどの立場と、知恵を持つ人間が背後に居る。大体想像は付いているけど、堅実に事実を積み重ねて特定するに越したことはない。ルクレーシャスさんとルチ様の加護で守っている間は、物理的にも政治的にもイェレミーアスに手を出すことは困難だ。

「小物ほどつつけば何をするか分かったものではないからね」

「怯えて自軍に切り込むバカもいるっていうからなぁ」

 ルクレーシャスさんとローデリヒが、向かいの席で頷く。馬車には今、ヨゼフィーネ伯爵夫人とベアトリクスを除いた四人が乗っている。帰りがけ、サロンに居たヨゼフィーネ伯爵夫人へ声をかけたら残ると言われたのだ。

「女には女の戦い方がございますのよ、スヴァンテ様。お役に立つ情報を集めて参りますわ」

 嫣然と微笑んだヨゼフィーネ伯爵夫人にいささか驚かされた。儚いだけの女性ではなかったようだ。ベアトリクスもぼくへ綺麗なカーテシーをして見せた。

「それでは、戦士たちの武運を祈らせてください」

 ヨゼフィーネ伯爵夫人とベアトリクスにもルチ様の加護を与えて来たので、フレートと数人の護衛で守り切れるだろう。それよりも驚いたのはラルクである。

「じゃあ、オレも残るよ。ルクさんがいるし、お屋敷の方が安全だし、リヒやアスさんも剣の心得があるし」

「残るって、危ないよラルク。一緒に帰ろう?」

「女の人だし逃げるにしても足が遅い。大人数で囲まれたら不利だから、オレはこっちに残る。心配ねぇよ、スヴェン」

「……」

 絶句してフレートへ視線で助けを求めると、フレートは静かに首を横へ振った。

「察しておられるでしょうが、ラルクは並の子供ではありません。お役目も、別にございます。本人の言うようになさってください」

 ラルクへ向けて手を伸ばすとイェレミーアスはぼくを下してくれた。ラルクへ歩み寄り、コタルディの袖を摘む。

「ラルク……やだ」

「うん。でもあの人たちが傷つけられたらスヴェンが困るだろ? それに父ちゃんも付いてきてるから大丈夫だよ」

 付いて来てるんだ、ヴィノさん。何となくそうじゃないかとは思っていたけど、やっぱり彼らは庭師ではない。予想通り、ヴィノさんとラルクの本当の役目はぼくの護衛だ。でも、それでも。

「ラルクはまだ、八歳なんだよ?」

「スヴェンはまだ、六歳なんだぜ? ほそっこいし、よわっちいし、すぐに疲れてルクさんに抱っこされてるし、今だってアスさんに抱っこされてるし。だからお兄ちゃんが、ちゃあんと守るから大丈夫」

 ラルクの小さな手がぼくの頭を撫でる。ああ、なんて残酷なんだろう。こんな小さな子に守られなくてはならない、こんな小さな子まで戦わなければならない、この世界でぼくはぼくの大切な人をどうやって守って行くのだろう。

「ケガしちゃ嫌だよ、ちゃんと帰って来てね。今日も一緒にお風呂に入るんだもん。明日も一緒に居てくれなくちゃダメなんだよ、分かってる? ラルク」

「分かってるよ、スヴェン」

 そう言って笑いながらぼくを抱き寄せたラルクと、ぼくの身長は頭一個分くらいしか違わない。ラルクだって、十分に小さな子供なんだ。まだ、守られるべき子供なんだ。精神が大人だからって、どんなに小賢しくたって、体が小さければ人に守られるしかない場面も、大切な人を自らで守れない場合もある。悔しい。悔しいなぁ。早く、大きくなりたい。

「早く帰って来てね」

 ラルクの背中に手を回す。ぐす、と鼻を啜った。ちょっぴり涙が出たから、見られたくなくてラルクの肩に顔を埋める。妖精と精霊たちがラルクの周囲を飛んで光を振りまいている。

「スヴァンくん、今のでラルクくんにはものすごい加護が授けられているから心配ないよ」

「そう、なんですか?」

「うん。君が泣いてるから、ラルクくんが絶対死なないように妖精と精霊がとても強固な加護を付与しているよ。ほんと君、……まぁいいや。きっと言っても自覚しないだろうし」

「ルクさんがそういうならそうだろ。心配しないで待ってろよ。じゃあな、スヴェン」

 ラルクが手を振ると、イェレミーアスが静かにぼくを抱き上げた。ヴィノさんも居るなら、きっと大丈夫だろう。

「あ。それならヴィノさんにも加護を与えて来て、みんなお願いね」

 妖精たちに向かってお願いすると、ルクレーシャスさんは何か言いたげな顔をした。

「……うん……。君はもう、一生理解してはくれないだろうねぇ……」

「……? なんですか、ぼくがすごく鈍感な子みたいな言い方して」

「鈍感だろ、スヴェンは」

「……ふふ……っ」

 ローデリヒは分かるけど、イェレミーアスまで否定してくれないの酷くない?

 フレートやラルクと別れ、馬車に揺られながらルクレーシャスさんへ顔を向ける。

「妖精の加護って、どれくらい持続するんでしょう?」

「まぁ、スヴァンくんにかかってる明星様の加護は一生モノだろうね。君が無自覚無意識に発動してる加護については、今回のラルクくんを観察してみるよ」

「お願いします。ついでだから、イェレ様にもリヒ様にも加護を付与しておこうかと思います。おうちに着いたら、させてください。でも加護って、どうやって授けたらいいのかなぁ」

「おそらくだけど、フレートには無意識で発動されてたところを見るに君の好意の深さが発動条件だろうねぇ。これだけ頻繁に君を抱っこしているイェレミーくんにも、すでに加護が付与されているからね。これも無意識だろう?」

「……そう、なんですか? 気づきませんでした」

 確かに、ぼくを守ろうとしてくれているイェレミーアスを守りたいとは考えていた。その思いを自動的に読み取って、妖精や精霊が加護を授けたのか。なるほど、それはありがたい。

「え、スヴェンが懐いて抱っことかハグを許してくれたら自動付与とかすげーな。よし、こっちこいスヴェン。おにーちゃんも抱っこしてやるぞ!」

 ローデリヒが手を開いて見せたが、イェレミーアスはがっちりとぼくを抱えたままだ。だがローデリヒにも加護は授けた方がいいだろう。そう考えてイェレミーアスの首から手を離そうとしたら、頭を寄せられた。

「リヒ。走っている馬車の中でスヴァンテ様を受け渡ししたら、危ないだろう」

「……おう……アス、お前ほんと過保護だぞ……」

「言いたいことはそれだけか、リヒ」

 イェレミーアスはにこにこしているままだが、ローデリヒは何故か呆れたような、諦めたような表情で手を下した。

「……うん……アスお前、スヴェンが絡むと性格変わるな……?」

「人聞きの悪いことを言わないでくれ、リヒ」

 ローデリヒとイェレミーアスの会話も頭の中を素通りしていく。ヴィノさんが本当は護衛なら、ラルクは小さい頃からぼくの護衛として育てられていた可能性が高い。ラルクの体力は普通の子供と違うな~、くらいにしか思っていなかった自分や、違和感や疑問を抱いたことはあったのに深く考えなかったことを僅かに後悔している。例え、ぼくが後悔したところで変わらない事柄だったとしても、鈍感であったことは確かだ。窓の外を眺めているぼくへ、ルクレーシャスさんが手を伸ばした。前髪を軽く払われ、視線を向ける。

「ラルクくんはおそらく、フリュクレフ王家に仕える『ヴァーイ』と呼ばれる騎士一族だろうね。フリュクレフは高山地帯に住む遊牧民の集まった異種族国家だから、色んな特徴を持つ一族がいると聞いたことがある。積極的に旅人と交わりたがることも有名だね。ヴァーイは子供の頃から戦闘能力に優れた一族だそうだ」

「……ラルクが元気なのは、あれが普通ではなくてやっぱり体力オバケってことですか?」

「うーん、ラルクくんが常人より優れた戦闘能力を持っているのは確かだけど、君に一般的な六歳児並みの体力がないのも事実だよ」

「……」

 ぼくには一般的な六歳児並みの体力はない。はっきりと言われてしまったことに、ショックを隠せない。表情にも出ていたのだろう。ローデリヒが口を覆って横を向いた。肩が震えている。笑いを堪えているのだろう。

 イェレミーアスのジレを掴んで見上げる。

「ぼくも、イェレ様と一緒に剣の稽古をしてもいいですか?」

 周りに鍛えている子しか居ないから、これが普通だと思っていた。このままだと、ぼくは軟弱っ子になる。危機感を覚えて訴えると、イェレミーアスはにっこりと笑ってぼくの手を押さえた。

「大丈夫です、スヴァンテ様はそのままで。私が絶対にお守りいたしますからね」

「違うんです、そうじゃなくて、ぼくこのままだと一生イェレ様に抱っこされる子になっちゃう……」

「……」

 イェレミーアスは目を丸くしてぼくを見つめると、さらに嬉しそうに微笑んで首を傾げた。

「それは光栄です」

「いやダメだろそれは」

「リヒ、黙って」

 そうだよ、ダメだよ。君、十八歳になったら領地に戻って爵位を継ぐためにここに来たんだよね? この国の成人は十八歳である。七年後、ラウシェンバッハ辺境伯になるのが目標のはずだ。

「だって、イェレ様は十八歳になったらラウシェンバッハに戻っちゃうんですよ、そしたらぼく、誰に抱っこしてもらうんですか?」

「……スヴァンテ様、私がラウシェンバッハに戻る時は一緒に行きましょう」

「いや、スヴェンはジークの側近になるんだぞ? 行けるわけねぇだろ」

「殿下の周囲にはいくらでも人がいるじゃないか」

「いや、ジークにとってもスヴェンは代えの利かない人材だぞ?」

「……邪…だな、殿下……」

 ぼそりと何か呟いたみたいだけれど、普段のイェレミーアスの声より数段低かったから、何を言ったか聞き取れなかった。

「アス……、マジお前……」

 ローデリヒが困惑顔で絶句している。イェレミーアスは義理堅い子だなぁ。そこまでぼくに恩義を感じてくれるなんて。ちょっとだけ感動していると、ルクレーシャスさんが口を開いた。

「うーん、そういう問題でもないけどイェレミーくんが成人する頃にはスヴァンくんは十三歳だろ? ラルクくんは十五歳だから、まぁラルクくんが抱っこしてくれるよ」

「そうか、ラルクは人より力が強いですしね。ぼくも十三歳になったらそれなりに体力は付くでしょうし。イェレ様、ご心配おかけしました」

 でもやっぱり、さすがに運動はしよう。ローデリヒほどのマッチョとはいかなくとも、少しでいいので筋肉がほしい。ぼくは筋トレすると心に決めた。

「いやぁ、ベステル・ヘクセ様。そういう問題じゃないですよ、スヴェンは回りの人間をこう、おかしくするなんか変な匂いでも出てるんじゃないか? まずいって。バルティもなんか変だったしさぁ」

「……!」

 そうだ、バルタザールだ。ミレッカー親子がおかしかったのはともかくとして、イェレミーアスへ挨拶をしなかったシェルケ辺境伯は、あの後もずっとミレッカー親子と一緒に行動していた。皇宮のホールから出る時、ハンスイェルクとミレッカー親子、それからシェルケ辺境伯が集まっていたのも気になる。

「宴の間中、ミレッカー親子とシェルケ辺境伯が行動を共にしていたのが気になります。退出する時、三人がハンスイェルクと話をしていたのを見ました」

「ますます怪しいね」

 ルクレーシャスさんが自分の尻尾を掴んで撫でている。もっふもふだ。それぼくもやりたいです。あとでお願いしてみよう。ルクレーシャスさんの尻尾を見つめたまま、首を縦に振る。藍色のベールが降りて来た。耳元で囁かれる。

『全員同じ……悪意の、色を持っていた』

「つまり、同じ企みをしたってことですか? 色が同じなら、同じ悪意を共有している、と?」

 いつの間にか、ぼくの隣に座っていたルチ様へ尋ねる。こくん、と頷いた佳人は手を伸ばしてぼくの頬へ触れた。

「……じゃあ、その色と同じ悪意を持っている人間は、イェレ様のお父上の件に関わっている、ということでしょうか」

『うん』

 関わっている人間の特定は意外と早く済みそうだが、処罰するには裏付けが要る。そして確たる証拠を示し、処罰しなければイェレミーアスの正当性が疑われてしまう。それはダメだ。

「薬学士の知識を知りたいなぁ……」

 医療があまり進んでいないこの世界で、何をどこまで、どんな知識を持って薬を処方しているのか。それが分かるだけで、事情が違って来る。

「――イェレ様、お父上が幼い頃にガルネーレを食べて医者にかかった際、薬学士に『ガルネーレはもう口にしてはいけない』と言われたのですね?」

「ええ」

「……」

 もし、フリュクレフの民に食物アレルギーの概念があったとしたら。それが薬学士に伝わっているとすれば、ミレッカー宮中伯が今回のことに関わっている理由が分かる。考えたくないが、薬学士を使って他にも悪事に加担している、もしくは扇動している可能性があるのではないか。例えばそうやって、諸侯の弱みを握っているとしたら。

 だとすればやはり、それを使っての暗殺は可能なのではないだろうか。それを知って、ミレッカーが放っておくだろうか。

 想像より、根深く大きな問題に関わってしまったのかもしれない。味方になってくれそうな薬学士と接触したくとも、薬学士はミレッカーが管理している。

「……薬学士の知識と、それを記録することは皇室の管轄、でしたよね?」

「そうだったと、記憶しています」

 イェレミーアスが答えて頷いた。

「……」

 皇族しか関われないのであれば、ジークフリードならば閲覧できるだろう。ぼくが実物を見ることは叶わなくても、ジークフリードにそれらしい記述はないか確かめてもらえばいい。

 馬車が石橋を渡っているのだろう。伝わって来る振動と音が変わった。そろそろタウンハウスが見えて来る頃だ。

「ルチ様。妖精さんや精霊さんにお願いして、できるだけ早く本館を建ててもらいましょう。ぼくはどうしても、少しでも早く皇宮へ出仕する必要があります」

『分かった』

 ルチ様はうっすら笑みを浮かべ、ぼくの頭を撫でた。白い椿を一枝、差し出された。受け取ると藍色のベールを引き抜いたように、ふわりと馬車の中に色が戻った。受け取った椿を膝へ置く。窓へ目をやると、緑眩しい丘の上に長い城壁が見えて来た。

 シュトラッサー伯爵が宮殿を建てる前、元々ここにはボーレンダー公爵の居城があった。だからなかなかに立派な城壁が残っているのだ。ここを買うことに決めたのも、そのためである。ここはエーデルツォーネ貴族の居住区の旧西門があった場所であり、西門の警備のためにボーレンダー公爵の居城があったというわけである。なので今も、平民の居住区へ出るための西門から近い。そして平民の居住区に買った孤児院の土地も西門近くにある。ボーレンダー公爵の居城であった場所をシュトラッサー伯爵が別荘に買い上げたということは、この二つの家は懇意であることが窺える。

「イェレ様、シェルケ辺境伯家と懇意の家門はどこでしょう?」

「そうですね、シェルケ辺境伯は元々、メスナー伯爵家の次男だったと思います」

「つまり、入り婿ですか?」

「ええ。先代はご令嬢お一人しかお子に恵まれなかったと聞いております。先代の元で、第三騎士団の団長として武勲を上げられ、シェルケ辺境伯令嬢の婿になったはずです」

 イェレミーアスの答えに俯いて思考へ沈む。唇へ拳を当て、呟いて考えをまとめる。

「メスナー伯爵家は確か、貴族派だったような……。帰ったらメスナー伯爵家を調べましょう。ああ、フレートが居ないんだった……」

「メスナー伯爵家と懇意というと、先代からならばバルト侯爵家、レニエ侯爵家、ボーレンダー公爵家でしょうか。最近はハグマイヤー侯爵家とも、懇意にしているようです」

 イェレミーアスの声を聞き、両手で頭を支えながら記憶をさらう。緑鮮やかな丘の中、一本道をのんびり行く馬車の車窓を目路に入れる。陽射しに煌めく丘の向こうには、深い森が青々と茂っている。外の風景ののどかさに反して、ぼくの脳内はフル稼働していた。

「メスナー伯爵家とミレッカー宮中伯がどこで交わるのか……ミレッカー宮中伯は中立派のはず……。中立派というと、公爵家ならフェーエンベルガー、侯爵家ならハグマイヤー、伯爵家ならメッテルニヒ……それ以外の有力な中立派はほぼない……。どこだ、どこで交わる……?」

「あ」

 上がった声に顔を起こす。その手掛かりは、意外なところからもたらされた。

「メスナー伯爵夫人が、確かハグマイヤー家のご令嬢だったはずだぜ。うちの母上のサロンによく来るんだ。嫁入り前からの友人だとかで」

「ハグマイヤー……」

 ローデリヒが馬車の椅子の座面へ、だらしなく胡坐をかきなからぼくを指さす。貴族名鑑を脳内で捲り、ローデリヒの母、エステン公爵夫人の生家を思い起こす。

「……リヒ様のお母上はフェーエンベルガー公爵の四女でしたね……」

 フェーエンベルガーとハグマイヤー。元々は中立派の家門の令嬢同士。圧倒的に数が少ない中立派だから、貴族派や皇族派、いずれかに嫁ぐことも珍しくはない。

 母親同士の付き合いがあれば、嫁ぎ先の派閥が違えど子供同士の交流くらいはあるかもしれない。例えば、祖母が同じ家から嫁ぐこともあるだろう。それほどに、高位貴族は数が少ない。どこで交わっても不思議はないのだ。

「ミレッカー宮中伯と、メスナー伯爵家の家系図を見なくちゃ……」

「そういや、バルティのばあさんが、メスナー伯爵家から嫁いだんじゃなかったっけ……」

 首を捻りながらローデリヒが搾り出した。その情報は大きい。でかした! 脳筋なのに思い出せてえらい!

「……ミレッカー宮中伯の母親、ですか」

 ぼくが呟くと、イェレミーアスが何かに気づいたように少し顎を上げた。

「スヴァンテ様。確かその方、現メスナー伯爵の母君の……姉、だったはずです……」

「ということはシェルケ辺境伯の伯母、ですか……。つまりミレッカー宮中伯と、シェルケ辺境伯は母方の従兄弟同士……」

 交流があってもおかしくない。むしろ、交流がない方が不自然だろう。だから宴のホールで、シェルケは従兄弟であるミレッカーと共に行動していたと考える方が自然だ。疑ってごめん、ハグマイヤー侯爵。会ったこともない人を疑うのって、結構精神が疲弊する。でも、ありとあらゆる家に可能性があると考えるべきだろう。

「とりあえず、ミレッカー宮中伯とシェルケ辺境伯の関係から探って行きましょう」

「分かった。うちのかーちゃんのサロン、結構色んな人が来るから聞きてぇことがあったら言えよ、スヴェン」

「私も、辺境伯同士のことなら少しはお役に立てると思います、スヴァンテ様」

「結局ミレッカー……」

 関わり合いになりたくないのに、全てがそこを示している。がっくりと凭れかかると、イェレミーアスは困ったように眉を寄せて優しくぼくの頭を撫でた。

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