第27話 懸念も芽吹く、芽吹き月 ⑴

 皇宮での皇太子殿下生誕八周年パーティーの招待状を持って、ジークフリードはやって来た。乗って来た豪華なタウンコーチには、しっかり皇家の紋章である「レーヴェデアデンブリッツバイセン雷を噛む獅子」が入っている。まぁ、王族とかって獅子を紋章に入れがちだよね。厨二病的なアレは異世界でもあるんだよ、分かる。

「お待ちしておりました、ジーク様」

「おう。久しぶりだな、一週間ぶりか。スヴェン」

 離宮の外でこうしてジークフリードと顔を合わせる日が来るだなんて、何だか感慨深い。去年の今頃はジークフリード相手にこんな気持ちになるだなんて想像も付かなかった。ジークフリードの手を引く。

「ご案内いたしますよ、ジーク様。フローエ卿もお元気そうで何よりです」

 フローエ卿がジークフリードの護衛ということに一抹の不安を覚えるが、皇王が指名したのだろうから仕方ない。フローエ卿は、ぼくを見るなり涙目になった。

「カルスはその辺で茶でも飲んでいろ」

 メイドが庭のテラスを指し示すと、フローエ卿は残像が見えるくらいの勢いで頷いた。相変わらずだ……。

 屋敷の中へ入ると、イェレミーアスが騎士の敬礼として、跪いて鞘に入ったままの剣を地面へ立て、その剣へ額を押し付けるようにして頭を下げていた。

「私を助けてくださり、ありがとう存じます。ジークフリード皇太子殿下」

 ジークフリードは軽くイェレミーアスの頭に触れ、立ち上がるよう促す。その態度は堂々としていて、とてももうすぐ八歳の子供には見えない。

「よい。オレがしたことと言えばスヴェンに泣きついたことと、父上の足止めをしたこと、父上の嫌味を聞かされることくらいだ」

 両手を広げて肩を竦めた、ジークフリードの仕草が大げさなくらいに喜劇的で笑ってしまう。

「ふふっ。立派に計画を担っておられるではないですか」

「毎日、オレの顔を見るたびに『父より友を取る薄情者め』と恨み言を放つのだ。何か知恵はないか、スヴェン」

「それでは嫌味を放たれたら、『友は将来、忠臣となりますので』とお返しになられては?」

「それはいい。今日は後から、リヒも来るのだろう?」

「ええ。毎日夕方にはイェレ様と剣の稽古をなさっておられますよ」

「なんだ、オレより来ているのかあいつ」

「スヴァンテ様のお菓子が目当てなのですよ、リヒは」

 控えめに会話に加わったイェレミーアスが笑う。振り返り、ジークフリードが問いかけた。

「どうだ、ここには慣れたか」

「ええ。スヴァンテ様には良くしていただいております。母も妹も、以前より元気になって毎日二人で庭を散歩するほどです。殿下にもスヴァンテ様にも感謝してもしきれません」

「そうか。……良かった」

「ええ。本当に」

 それでもまだ、身の安全を確保しただけに過ぎない。ジークフリードを見やると表情には僅かな緊張が漂っている。この先、こちらから打って出るのか、向こうの動きを待つのか。今まで皇宮から出たことのないジークフリードが、たった一週間でぼくのところへ来られるように手配したことから、楽観視はしていないのだろうと思う。

「お茶の前にジーク様、お約束のものをお見せいたしましょう」

「……何? 何だ? 誕生日の贈り物なら、宴の時に持って来い」

「違いますよ。ほら、早く」

 ジークフリードの手を取って急かす。一階にあるラルクの部屋の近く、客間の一室の扉を開く。

「お、おお……。何だ、ここ……」

 内装を渋みのある落ち着いたインディゴブルーで統一した部屋は、日当たりがよく明るい。天井まである書棚にはスライド式の梯子が付いており、大きく取った窓を背面に置かれた机、ふんわりと淡く透ける青い絹モスリンの天蓋が付いたベッドも、ジークフリードの好みを吟味してある。

「お約束の、ジーク様のお部屋ですよ。本邸が出来上がったら、そちらに部屋を移しますが、とりあえずはここで」

 後ろで手を組んで体を傾けて覗き込むと、ジークフリードは頬を染めて瞳を潤ませていた。なんだ。そんなに感動してくれるなら、約束なんてお安いご用だったな。

「この部屋で皇王陛下に内緒の悪巧みをまた、しましょうね?」

 この言い方はイェレミーアスにとって、少し不謹慎かもしれない。そう思い顔を向けると、イェレミーアスは気にしていないとでも言いたげに微笑んで顔を傾けた。

「……おう。お前は本当に、悪いヤツだ」

「あはは。さ、イェレ様もジーク様も、コモンルームへどうぞ。お茶を用意しましょう」

「ベステル・ヘクセ殿もそちらか」

「ええ。もう根っこが生えたみたいにソファから動かないので困っているんです」

「ふふっ」

 イェレミーアスが小さく声を出して笑う。廊下を歩く間も、妖精たちがぼくの髪を弄っては飛び回る。庭から摘んで来たのか、ぼくの髪に小さな花を編み込んで行く。とうとうぼくの髪は肩を越えてしまった。妖精たちは毎日、楽しそうにぼくの髪を弄る。ジークフリードとイェレミーアスは、目の前の光景に目を丸くしたものの、特に何かを言うこともなく廊下を進む。途中で合流したフローエ卿だけが小さな声で「わたしは廊下で警備しております殿下……」と呟き、青い顔をした。相変わらずだ。これでまた、皇宮に「呪われた公子」の噂が広がるだろう。

「おや、早かったね皇太子」

「お久しぶりです、ベステル・ヘクセ殿。このたびは大変お世話になりました。今はまだ未熟ゆえ、何もできることはないがこの恩義はいずれお返しさせていただきたい」

「礼などいいさ。かわいい弟子の頼みだもの」

 とてもいいことを言っているのに、チーズケーキを飲む勢いで口へ押し込んでいるので台無しである。ジークフリードもあっけに取られてるじゃん。ぼくね、チーズケーキ飲む人初めて見たよ。そして口の周りが食べカスだらけでも変わらぬ美貌である。美形怖い。

「さて、話を聞きたい」

「はい。精霊様に頼んで見てもらった結果、悪意がないのはオルデンベルク卿とリース卿ということでエステン公爵の書状もリース卿にお渡しして来たようです。オルデンベルク卿はご自身には政治は分からないので、と断られてしまったので。あと、リース卿には精霊が加護を授けたので暗殺の心配もありません。なのでしばらくは、ハンスイェルクがラウシェンバッハで勝手をすることはできません」

 皇国で一番力のある侯爵家、それから国を越えた権力を持つルクレーシャスさん。この二人に逆らう権力も人望も、ハンスイェルクにはない。ひとまずは安心だろう。

 ぼくが話をしているから、自分は喋る必要がないと思っているんだろうか。ルクレーシャスさんはチーズケーキをまた一つ、飲み込んだ。あれだ。あれに似ている。ほら、餅を長細くして一気にズルズル~っと飲み込んで行くやつ。喉に詰まるんじゃないかってハラハラする。

「精霊の、加護?」

「ああ。病気も毒も物理攻撃も魔法攻撃も無効になる、不幸を寄せ付けず幸運を引き寄せるし、そりゃあ恐ろしいくらいの加護だよ。今、リース卿を殺そうとしても誰も目的を果たせないだろうね」

 ぼくの心配を他所に、ルクレーシャスさんはチーズケーキの食べカスを口の周りに付けたまま、真面目な顔でジークフリードとイェレミーアスへ説明した。可哀想に。ぼくなら食べカスが気になって話が頭に入って来ない。

「まさか、バルテルが二心ふたごころを抱いていただなんて……」

「バルテルとは、ブラウンシュバイクのことか」

「はい……」

 すごいな、この二人。ぼくなら絶対、ルクレーシャスさんの口の周りが気になって会話にならない。ジークフリードとイェレミーアスがそのまま真面目に話を続ける様を見て、ぼくは少し反省した。よってぼくも、真面目な話をがんばってできるだけ真面目な表情で続ける。

「オルデンベルク卿も悪意はなく、イェレ様たちの味方だと分かったのだから良しとしましょう。とにかく、早急にブラウンシュバイク卿とハンスイェルク卿への対応を考えます。少し時間をください。情報が足りないので」

「そうだな。引き続き頼んだぞ、スヴェン」

「スヴァンテ様には頼りきりで申し訳ないばかりです……」

 ジークフリードとイェレミーアスが真面目に話を続けているので、ぼくがここでルクレーシャスさんを叱るわけには行かない。行かないんだけど。ぼくは静かにルクレーシャスさんへ向き直り、その腕を押さえた。

「ルカ様。チーズケーキをワンホール全て一人で食べきってしまわれたら、明日のおやつは抜きです。分かりましたか」

「……はい」

「お分かりになればよろしいのです」

 金色の耳が完全に伏せてしまっている。だが仕方ない。真面目な話をしている時は、ちゃんと話を聞かなくてはいけません。ぼくはゆっくり頷き、体ごとジークフリードとイェレミーアスの方へ方向を変えた。

「……っ……ククッ……」

「う……っ、ゴホ、ゴホンッ」

「……」

 二人とも下を向いて肩を揺らしている。咳でごまかしても、イェレミーアスまで笑っていたことはごまかせない。だって今、真剣な話をしてたでしょ!

「ルカ様のせいですよ!」

「ごめん、スヴァンくん。もう大人しくしてるから。だから昨日ベアトリクス嬢用に作っていた、キャラメルおくれ」

 ぼくへ向かって手を差し出したルクレーシャスさんの耳は、相変わらず伏せたままだ。

「ルカ様!!」

「だってぇ」

「ふふっ。ふふふ……。スヴァンテ様、ベステル・ヘクセ様を叱らないでください。真実を知らせてくださって、感謝しているのです」

「……」

 今度はぼくが俯く番だった。ぼくの様子を見て、ジークフリードの顔から笑みが消えた。

「……まさか、本当に、暗殺、だったのか……?」

 ぼくは頭を横へ振った。

「まだ分かりません。けれど死因はザネルラ熱ではないことは確かです。アイスラー先生から聞き、書物でも確認したのですがザネルラ熱では、高熱と痙攣が数日続き、遺体の眼球に出血が見られるのが特徴です。ラウシェンバッハ辺境伯は突然倒れたとの話ですし、ご遺体の眼球に出血の跡はありませんでした。ただ、イェレ様から聞いたラウシェンバッハ辺境伯が倒れた時の様子が気になります」

「ラウシェンバッハが、倒れた時?」

「ええ。父が倒れたのは食事の最中でした。喉に違和感がある、と咳をしながら立ち上がったのですが、体が赤く腫れ上がり、苦しみ出して喉を掻き毟りながら倒れてそのまま……」

 ルチ様が見たものを、ぼくも見ることができる。これも精霊の使う魔法の一つらしい。だからぼくはラウシェンバッハ辺境伯の遺体を直接見たに等しい。遺体には喉の他にも腕などに掻き破った跡があった。それらは喉の傷よりやや、軽いもので、痒くて掻いた、という感じだった。

「ごほっ! うぇっほ! げふ……っ!」

「ちょっと、何をしてるんですかルカ様! 人が真面目に考えてる時に!」

 咳き込む音に振り返るとルクレーシャスさんの口へ、しゅぽん、と音を立ててチーズケーキが消えて行くところだった。

「――! ルカ様! 食べ物だって、毒になることがあるんですよ! いいですか、致死量と言ってですね、どんな食べ物でもそれ以上食べたら死んでしまうという上限が決まっているのです! 水にすら致死量は存在するんですよ! 大体、そんなに勢いよく食べて喉に詰まったり、食物アレルギーでもあったらどうするんですか……!」

 はた、と思い至る。前世の妹、二三ふみには大豆アレルギーがあった。味噌を溶いた箸を使い回して野菜炒めを掻き混ぜたものを一口食べただけでも、咳き込んで苦しみ、蕁麻疹が出て痒いと泣いたのを覚えている。食物アレルギーでも、症状が重ければ喉が腫れ、気道を塞いでしまうこともあるのだ。

「……イェレ様」

「はい」

「お父君に、苦手な食べ物はございましたか」

「……なんでも、子供の頃に食べて酷い目に遭ったからとガルネーレは食べませんでした」

「……!」

 ガルネーレとは、前世の世界でいうエビやカニのような生き物である。イセエビに似ているが、大きさは普通のエビくらいのものだ。想像してもらえば分かるだろうが、イセエビに似ていてエビの大きさしかないので身はほとんどない。だからスープにして出汁を取る食べ方が一般的だが、美味いのでその少ない身を好む人もいる。味もイセエビに似ていて、おそらくこの世界での甲殻類に当たるのだろう。

 甲殻類のアレルギー症状は、重いものが多いと聞く。倒れる直前の症状も似ている。

「ブラウンシュバイク卿は、そのことを知っていましたか?」

「ええ。叔父とバルテルは、その時に父が死にかけて医者にかかったことを知っていました。何でもその時、薬学士にガルネーレはもう口にしてはいけないと言われた、と。ですから父の食事には、ガルネーレは出さぬようバルテル自ら、厨房へ指示していたはずです」

 当然だが、瀉血しゃけつが治療法としてまかり通っているようなこの世界には、まだ食物アレルギーなんて概念はない。だが、一度死にかかったことがあるラウシェンバッハ辺境伯には、どうだろう。辺境伯自身にも自覚はあった。ならば、弟であるハンスイェルクや腹心だったブラウンシュバイクはどうだろう。元々が身を食べる習慣のあるものではないガルネーレだ。煮汁を混ぜるのはたやすい。殺意を持って、わざと分からないようにして汁物へ混ぜてしまえば、あるいは。

「でも、バルテルは父が倒れた際、真っ先に抱え起こして泣いていたんですよ? 『どうしてこんなことに』って……」

「……、……っ」

 「どうしてこんなことに」それは前世の知識と、今の話で照らし合わせると限りなく怪しい。食物アレルギーという症状が認知された前世の世界ですら、無知ゆえに食物アレルギーを「ただの好き嫌い」と解釈して食物アレルギーの人間へ悪意なくアレルゲンとなる食物を食べさせようとする人は居た。しかしそれは正しく食物アレルギーを認識していれば、殺人にもなり得る。

 死ぬと思わなかった。前回のように、酷く苦しんでも死ぬとは思わなかった。無知、ゆえに。殺そうとまでは、していなかったのに死んでしまったのであれば、どうだろう。

「……――少し、時間をください。まだ、断定できない……」

 ぼくは頭を抱え、ソファに座ったままうずくまった。

「……スヴァンくん」

「スヴェン……」

 ぼくとの付き合いが長い二人は、ぼくが何かに気づいたことを察している。イェレミーアスは戸惑った様子でぼくと二人の間へ忙しなく視線を往復させている。

「……確証がありません。もしぼくの予想が正しいとしても、悪意があったことは確かですが、……殺意があったかどうかは断定できない……」

 それをどうやって証明するか。

「とにかく情報が必要です。レミニエ、イクァス、カレイラ、お願いできる?」

 ぼくの周りを飛んでいた妖精たちへ声をかける。妖精たちの中でも特に好奇心旺盛で、よく頼みごとを聞いてくれる子たちだ。カレイラはくるくるとその場で回り、ぼくへ投げキッスして見せる。ぼくは紅茶と一緒に出された、ラベンダーの砂糖漬けを妖精たちへ渡す。

「ラウシェンバッハ辺境伯のお城へ行って、ブラウンシュバイク卿とハンスイェルク卿の周囲を見張ってほしいんだ。仲間を呼んでもいいよ。手伝ってくれた子にはちゃんとお礼をするからね。お願い、できる?」

 妖精たちはぼくの周りをくるくる飛んで、それからそれぞれぼくの頬へキスをした。了承の合図だ。

「ありがとう、よろしくお願いね?」

 ホバリングするみたいにぼくの眼前で止まって頷き、妖精たちは消えた。魔法か何かで空間移動しているのか、それともめっちゃ早いスピードで飛んで消えたのかは分からない。どっちかなぁ。今度聞いてみよう。思考に没頭しながら、唇へ拳を当てて呟く。返事を期待しない、独り言のような宣言だ。

「とりあえず、妖精たちが持って来た情報をしばらく精査します」

「……スヴェン……」

「スヴァンテ様……」

「スヴァンくん、わたくしそれは人前でやらないようにと言ったよね……」

 ルクレーシャスさんの言葉に顔を上げる。ジークフリードもイェレミーアスも固まっている。いや、ジークフリードは全く知らなかったから驚くのは分かるけど、イェレミーアスは妖精、見えてたよね? そんなに驚くことじゃなくない?

「だってルカ様、二人ともこの屋敷に居るなら慣れてもらわないと。ルチ様だって昼間でもお姿を現すようになったんだし、妖精さんも精霊さんも、ここはみんなのおうちだと思ってますし」

 ぼくが反論する間も、妖精たちは思い思いに花を持ち寄ってはぼくの髪へ編み込んで喜んでいる。この状況を前に平然としている二人なのだ。別に構わないだろう。

 けれどルクレーシャスさんは、大きくため息を吐いてわざとらしく肩を落とした。

「二人とも、今見たことは他言厳禁です。スヴァンくんは妖精と精霊の祝福を受けていて、彼らと意思疎通が可能であり、なおかつ今しがた見たように、彼らへ命じることが可能です」

「妖精は……妖精王の命しか聞かぬと、聞き及んでおりますが……」

 遠慮がちに疑問を投じたイェレミーアスへ、ルクレーシャスさんは何度も頷いて腕を組む。

「ええ、ええ。そうです。そうなんですけどね。この子は無自覚にずっと、妖精や精霊と会話し、彼らを友と呼び、『お願い』をしてきたわけです」

「……妖精の愛し子というだけでも国を上げて守らねばならぬのに、精霊までとは。ということは、ベステル・ヘクセ殿が呼び出したという精霊は」

「本当はスヴァンくんに懐いているというか、求婚している精霊だよ。その精霊に限らず、妖精も精霊もみな一様にスヴァンくんを寵愛している」

「……求婚……」

「……寵愛……」

 何でみんな黙るの。ゲームなんかじゃよくある設定じゃないか。首を傾げて唇を尖らせる。ついでに足もぶらぶらさせとこ。どうだ参ったか。子供っぽいだろう!

「精霊が、スヴェンに求婚……分かっているか、スヴェン。大陸史始まって以来、初めて聞くぞ……?」

 呟いて、ジークフリードはソファにだらしなく凭れると天井を仰いだ。イェレミーアスは苦笑いのままぼくを見ている。

「精霊が美姫に求婚した、なんていうのはおとぎ話だと思っておりましたが……スヴァンテ様を拝見するに、有り得ない話ではないと納得せざるを得ませんね……」

「やだなぁ、みんな大げさですよ。妖精も精霊も優しくていい子たちばかりですから。それに結婚って言っても、ぼくが死んだらルチ様と一緒に精霊の国に行く、ってだけですよ?」

「……そんな、そんなこと……!」

「……分かっているのか、スヴェン。それは輪廻の輪から外れるということだぞ?」

 イェレミーアスとジークフリードがやたら深刻な表情でぼくを見ている。あ、そっか。デ・ランダル神教では神から見放されると輪廻の輪から外れるんだっけ。

 デ・ランダル神教では人は死後、光の神デ・ランダルの元でしばらくの間暮らすのだが、そこで神を慰めるため自分が生きて来た人生について語らなければならない。光の神を慰め楽しませた者は、次の人生で貴族などの位の高い人間へと転生することができるという。だから平民は罪人か、まだ転生の回数が浅い者、もしくは光の神デ・ランダルがその人生を認めなかった者が再びやり直せと命じた人間である、と見做されるのだ。

 というとっても支配階級に都合のいい宗教が国教なんだよね。前世日本人のぼくにとっては「へぇ(ハナホジ)」でしかない。だってそこまで深刻になることじゃなくない? 実際ぼく、一回死んで異世界へ転生してるから、今さら次の転生先は妖精の国ですとか言われても別にどうってことないっていうか。きょとんとするぼくへ、ルクレーシャスが盛大にため息を吐きかけた。

「輪廻の輪から外れる云々はともかく。普通、妖精も精霊も、人間どころか同族にすら優しくなんてないんだよ、スヴァンくん」

 目を丸くするぼくの髪へ、妖精がまた一つ、花を編み込み嬉しそうに笑った。

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