第9話 冬木立の月 ⑵

 あれからますます季節は冬に近づき、とうとうボードゲームの発売二週間前、つまり皇宮へ招待された日が来た。遠くに植えられた常緑樹が目に付くようになった庭から、いつものようにテラスまで迎えに来たオーベルマイヤーさんへ挨拶をする。今日は浅葱色のジュストコールとブリーチズだ。

「おはようございます、スヴァンテ様。良くお似合いですね」

「おはようございます、オーベルマイヤー様も晴れ渡る湖のように鮮やかな装いですね。本日はよろしくお願いします」

 普段ならブリーチズとシャツを適当に着ているけれど、今日は皇宮へお呼ばれなのでそうはいかない。なのでマウロさんに頼んで仕立ててもらったジュストコールを着ている。着ている、のだが。

 ルクレーシャスさんとお揃いのシャンパンゴールドのジュストコールとブリーチズ。クラバットはぼくが金、ルクレーシャスさんが鳶茶、ジレはその逆でぼくが鳶茶でルクレーシャスさんは金である。何より、カフスボタンやくるボタンにはルクレーシャスさんの紋章である「ガンツェ・ヴェルトゲボイデ世界樹と聖剣」が刺繍されている。

 この世界、釦自体が金でできているとかそこに宝石が付いているとか、そういうのも珍しくない。その代わりジュストコールに釦が付いていても、閉じて着るという習慣がない。そう、実用的ではないのだ。一般的なのは包み釦なんだけど、こちらも実用性が全くない釦である。つまり、釦は装飾品なのである。そう、アクセサリー扱いだ。だから包み釦一つにしても、豪華な刺繍と宝石やビーズがゴテゴテ付いている。

「ここまで主張が激しいのはちょっと……」

 仕上がった衣装を見たぼくに、ルクレーシャスさんはくどくどと説教した。

「いいかい、スヴァンくん。これくらいしても足りないくらいだ。皇国の貴族どもに君の後ろ盾はわたくしだと知らしめるいい機会だ。わたくしというコネを存分に使いなさいと言っただろ。その代わり妖精王と明星の精霊が来たら教えてね! 隅っこからそっと見るだけにするから!」

 前世のジーンズにニットが恋しい。普段着からもう動きにくいんだよね。子供向けじゃない全然ない。

「スヴェンさま、いきましょう」

「うん」

 ラルクは普段なら麻のサロペットに、襟が大きくV字に空いていて紐で交差させて締めるタイプのレースアップシャツを着てキャスケットを被っている。しかし今日のために太腿まで丈のあるコタルディと、ブレイズを仕立てた。

 コタルディは少し厚みのある生地に刺繍や装飾の施された、前ボタンの付いた上着だ。なんていうか、Aラインのトップスって感じ。

 ブレイズは腰で紐を結ぶ、ブリーチズより大分ダボっとした長ズボンみたいなもので麻製だ。下着としては、横で紐を結ぶ紐ビキニみたいなタイプの男性用下着である、ブレーというものもある。正直、ブレイズとブレーの差がぼくには良く分からない。あと、色んな国を併合しながら大きくなった皇国の成り立ちから、外来語がそのままだったりして、ある地方ではブレイズ、ある地方ではブレーと、方言のようなものなのかもしれない。それから衣類の名称とかがざっくりしすぎなんだよね。貴族と庶民で知識の分断もあるからかも知れない。人によっては布製のボクサーパンツみたいなものも、ダボダボの長ズボンみたいなものも、紐ビキニもみんなブレーとかブレイズとか言う。やはり方言的なものなのかもしれない。

 ブレー、あるいはブレイズにホースっていう長い靴下を腰から紐で釣るのが、平民男性の服らしい。股間がスースーしないのか疑問である。でもラルクが着るとかわいいから許す。元気でよく動くラルクにはこちらの方がいいだろう。この世界、当たり前だけどゴム製品がない。だから穿き込み口がゴムののびのびしたボトムがないのだ。基本、結ぶ、止める、巻く、な感じ。不便だ。

 ラルクは敬語もそれなりになったけど、「付いて来い」とばかりにいつも通りにこにことぼくの手を握ったところがかわいい。ラルクかわいいなぁ。癒し。

 先導するオーベルマイヤーさん、その後をルクレーシャスさんと、ラルクと手を繋いだぼく、フローエ卿と続いて歩き出す。

「離宮を出るまではラルクくんと手を繋いで、皇宮側へ入ったらわたくしが抱っこするね」

「はい」

 ラルクと比べてこの体には体力がない。小食で細いせいもあるけど、五歳児の体力なんてそんなもんなのだろう。なるべくラルクと庭を歩くようにしてるんだけど、多分ラルクは普通の七歳児の体力ではない。だって父親のヴィノさんと常に庭の中を手入れのために動き回ってるけど、それでもぼくのところまで駆けて来る体力が有り余ってるからね。

 離宮の建物自体もそうだが、離宮の庭も規模としては小さい。皇宮の西端にあり、元々は何代目かの上皇が夫婦で移り住んだ場所だという。鶺鴒皇ヴェンデルヴェルトは前皇が崩御してからの即位だから、離宮が空いていたというだけに過ぎない。警備のしっかりした場所である。フリュクレフ王国の再興を願う反乱軍からぼくを守るにはうってつけの場所だろう。しかし、それゆえに本宮が遠い。

 迷路になった生垣を通り抜け、冬薔薇の庭を越え、ようやく皇宮の前庭へ出た頃には、ぼくは疲労困憊だった。

「ルカ様……」

「はいはい、だから言ったでしょ。皇宮側に入ったら抱っこしてあげるって」

「お願いします……」

 ラルクなんかまだまだ行けそうなのにぼくだけこの体たらく。ジークフリードだってあんなに毎日のようにこの距離を通って来てたのに。真剣に運動をした方がいいかもしれない。

「丁度いいや。ここら辺りで杖も出そうかな」

 片手に魔法の杖。もう片方でぼくを抱っこしてルクレーシャスさんは涼しい顔をしている。細身なのに! 何なの、ぼく以外みんな体力がありすぎるのかぼくが貧弱すぎるのか。大人しくルクレーシャスさんに抱きついて、オーベルマイヤーさんの後を付いて行く。回廊を通り、室内へ踏み入れると文官たちとすれ違う。行き交う人たちはまずルクレーシャスさんを眺め、それからぼくへ視線を移した。女性も男性も、ぼくとルクレーシャスさんの顔を目にするとぼんやり上の空になる。分かるよ。お菓子の食べカスを付けてないルクレーシャスさん、綺麗だもんね。

 ぼくはおまけだというのに、居心地が悪いことこの上ない。

 しかしさらに室内を移動し、階段をいくつか上ると今度はいかにも爵位の高そうなおじさんたちとすれ違うようになった。彼らは大仰にルクレーシャスさんへ挨拶を口にしようと近づいて来る。

「弟子の付き添いにて、失礼する」

 短くルクレーシャスが断ると、彼らの視線は漏れなくぼくへ注がれた。それは妙に熱の籠った、値踏みするような粘着質な好奇心を含んでいる。なんだろう。失礼じゃないか。

 しかしこれで、ぼくの髪色が赤毛だと噂されれば儲けものだ。大人しく、最低限の挨拶をして通り過ぎる。さらに奥へ進むと、すれ違う人が格段に減った。代わりに騎士の姿が増える。ここからは皇族の住居である部屋なのだろう。先を行く一団の中に、黒髪の子供の姿が見えた。向こうもこちらに気づいたのか、立ち止まって振り返る。窓から入り込む陽光で相手の顔がよく見えない。それはあちらもなのだろう。片手で陽の光を遮る仕草をして、口を開いた黒髪の子供へ目を向ける。

「失礼ですが、ベステル・ヘクセのルクレーシャス・スタンレイ様とお見受けいたします。私はミレッカー宮中伯が長男、バルタザール・ミレッカーと申します。お会いできて光栄です、偉大なる魔法使い様」

 ああ。彼が。ぼくは軽く瞬きをした。黒髪の少年は一歩前へ進み出た。右側の窓から陽が差し込む廊下で左足を引き、頭を下げた少年は病的な程に青白い肌をしている。それはフリュクレフ王国の民の特徴だ。黒髪に切れ長のスカイブルーの瞳がより印象を神経質なものにしていた。オーベルマイヤーさんがくれた名簿によると年齢は十歳のはずだ。年齢の割には高い身長、長い手足も彼の美貌を仄かに昏く鋭くする一因となっているのだろう。彼はぼくと目が合うと、ぽかんと口を開いたまましばらくぼうっと立ち尽くした。

「?」

 ぼくが首を傾げると、その動きを追って虹彩が揺れた。唇だけで笑みを作ると、視線が左下のほくろへ注がれるのが分かった。

「……っ」

 気を取り直すようにもう一段、深く頭を下げたスカイブルーの虹彩は、その間もぼくを捉えている。挨拶をするために下してもらおうとルクレーシャスさんを仰ぐと、逆に強く抱き抱えられた。

「はじめまして、ミレッカー宮中伯令息。本日は弟子の付き添いに参じただけですのでお気遣いなく。さ、行きますよスヴァンくん」

「はい。あの、お初にお目にかかります、ミレッカー宮中伯令息。スヴァンテ・フリュクレフと申します。お会いできて光栄です。本日はよろしくお願いします」

「っ、……そうか。きみが」

 バルタザールの顔へ刹那に浮かんだ感情を、ぼくは読み取り損ねた。驚きと、納得と、それから微かな自嘲に似た何か。

 振り払うように頭を左右へ軽く振ると、スカイブルーの瞳が何か思案するように横へ流れる。薄い唇はうっすらと笑みを刻んだ。

「……よろしくお願いいたします、スヴァンテ様。バルタザール・ミレッカーと申します」

 貴族として、感情を表に出さない教育をされているのだろう。どうにも心が読めない。だが何となく、良い印象は持たれていないだろうなと感じた。そりゃそうだよね。裏切られた王の末裔と、裏切った側の末裔だもんな。

「……女王に似ておいでなのですね」

「皆さん父にも母にも似ているとおっしゃるのですが……残念ながら、ぼくは両親にも親類にも会ったことがないので分かりません。ですが、両親や親類に会ったことのある方がそうおっしゃるのなら、そうなのでしょうね」

 薄く微笑んだままの問いかけへ、ぼくはいつも通りに答えて微笑み返す。髪の色を変えてもなお、高祖母へ似ているなどと。嫌味か、探りを入れているのか、それとも髪の色になどごまかされぬほど似ているのか。ミレッカー令息はすでに亡くなって百年近く経つ高祖母の肖像画を見たことがあるのか。だとしたら、ミレッカー宮中伯の家には高祖母の肖像画があるのか。自らが裏切った女王の肖像画を、今なお保管する意味とは一体何だ。浮かんだ疑問へ、微笑むついでに軽く目を閉じた。息を吸い込み目を開き、唇を笑みの形へ吊り上げる。ミレッカー令息の視線が僕の唇の左下へ流れた。

「そうですか。私もアンブロス子爵やフリュクレフ公爵令嬢のことは遠くからお見かけしたことがある程度で、実際にご挨拶をしたことはないのです。お気を悪くなさいませんよう」

「お気遣い、痛み入ります」

 オーベルマイヤーさんも、ミレッカー令息に付き添っている侍従も何とも言えない表情でぼくらの会話を聞いている。はっきり言って気まずい、と大人たちの顔が物語っていた。

「お引き留めしてすみませんでした。お先にどうぞ、バルタザール伯」

 確かミレッカー宮中伯には子供が二人。男女一人ずつと聞いているから、バルタザールは跡取りということになる。だから次期当主であろうバルタザールへの敬称は「バルタザール伯」でいい。これで次男や三男なら「バルタザール令息」や「バルタザール卿」となるだろう。十歳でこの受け答えということは、後継者教育をきちんと受けているということだろうし。……どこかの皇太子殿下とは違って。

「譲っていただきましたので、お先に進ませていただきます。アンブロス子爵令息」

「……――ほう。宮中伯家はわたくしの弟子を下に見るらしい」

「……っ」

 ルクレーシャスさんが低く唸った。オーベルマイヤーさんがごくりと唾を飲み込む音がした。怖い。ぼくは「スヴァンテ・フリュクレフ」と名乗った。バルタザールはそれなのに名乗ってもいない「アンブロス子爵令息」と呼ばわったのだ。つまり今、ぼくは分かりやすく喧嘩を売られたわけである。

「まさか。お父上に似ておられたので、つい。失礼いたしました、スヴァンテ公子」

 高祖母に似てるって言わなかったっけ、バルタザールくん。「公子」とは自分より身分が上の令息に使う敬称だ。咎められて言い直したのだから、バルタザールが知らなかったわけがない。

 こんな肝の据わった十歳居る? みんながぼくを見る目が、少し分かった気がする。なるほど小賢しくて憎たらしいなこれは。ここで延々嫌味の応酬をしていても時間の無駄だ。さっさと終わらせてさっさと離宮へ戻るに限る。

 先を譲ってやったのに、嫌味で返すようなヤツを待つ必要はない、と判断してルクレーシャスさんを促す。

「お気になさらず。さ、ルカ様参りましょう」

「そうだね。どうせ吼える犬ほど弱いものだし。覚えておくよ、ミレッカー」

「……っ、子供の言い間違いですよ、ベステル・ヘクセ様」

「君より五つも年下のスヴァンくんができることをできないなんて、ミレッカー家の将来も知れたものだな」

「ル、ルカ様っ」

 ちょ、なんでさらに喧嘩売ってんですかルクレーシャスさんんんん。ルクレーシャスさんの襟を引っ張って廊下の先を指さす。

「行きますよ、ルカ様」

「うちの子が賢くて大人しい子で命拾いしたね、ミレッカー」

 んなわけあるかぁぁぁぁぁぁ。前世合わせて三十歳のぼくより、二百歳越えのあんたが大人げなくてどうする!

「……」

 バルタザールは薄く笑みを貼り付けたままだ。それが逆に怖い。見てよ、拳握っちゃってるじゃん。

 まぁこれでミレッカー宮中伯がぼくのことをどう思ってるかも大体知れたしいいけど。やっぱ良くは思われてないよね、この調子じゃ。それが分かっただけでも今日のところは収穫があった。ミレッカー宮中伯のことは気を付けねばなるまい。

「ルカ様、ぼくここからは歩きます」

「いいじゃない、スヴァンくん。なんならずっと抱っこしていてあげるのに」

「やです」

 さすがに抱っこされたまま部屋に入るわけにはいかないので、扉の前でルクレーシャスさんに下してもらった。案内された部屋に入ると、ジークフリードがぱあっと顔を綻ばせた。

「よく来た、スヴェン、ラルク。ベステル・ヘクセどのまでおいでいただけるとはこうえいだ」

 さすがに令息たちもざわめく。そう、今日持って来たボードゲームの監修者様ですよ本物の勇者を知る唯一の人ですよ。ルクレーシャスさんを見て歓声を上げた令息たちは、ぼくを見ると皆なぜか静まり返った。ぼんやりしている。なんだろう。ぼく何か変なことをしただろうか。服? 服の着方が変とか? 何か顔に付いてるとかそういうこと? 自分の服を見ようとして体を捻るぼくを無視して、ルクレーシャスさんはジークフリードへ答える。

「今日はわたくしは、スヴァンくんの付き添いですよ」

「そうか。大したおもてなしもできぬがゆっくりするがいい」

「初めまして、お会いできて光栄です。ベステル・ヘクセ様!」

「伝説の英雄にお会いできるだなんて夢のようです、ベステル・ヘクセ様」

 令息たちは口々に、興奮した様子でルクレーシャスさんへ挨拶している。だって子供はみんな英雄譚が大好きだもの。目の前に伝説の英雄がいるのだから、そりゃ興奮するよね。

「みんな、今日はベステル・ヘクセどのに会いに来たのではなかろう。ほら、こっちへ来い」

 もうね、ほんとね、ジークフリード。言い方。この人、ヘラヘラしてますけど国賓対応しないといけない人ですよ。ルクレーシャスさんはにこにこしているが、ジークフリードに答えないという形で不満を露わにしている。誰も気づかないのか。ぼくは嫌な汗を開始早々、一人大量に流している。

「お招きありがとうございます、ジーク様。さっそくですが、ジーク様にこちらを献上させていただきます。ラルク」

「はい」

 ラルクが捧げ持った包みを受け取り、ジークフリードは興奮した様子で体ごと室内を指し示す。

「うむ! 待っておったぞ!」

 暖炉の前にアセンジェス産の毛足の長いラグが敷かれている。ここでボードゲームを広げて遊ぼうというのだろう。すでに三人の令息たちは暖炉の前へ移動していた。

「みなにしょうかいしよう。スヴァンテ・フリュクレフだ。このボードゲームをこうあんした、天才なのだぞ。スヴェン、こちらへ」

「はじめまして。スヴァンテ・フリュクレフと申します。皆様にお会いできて大変光栄でございます」

 左足を後ろへ引いて、胸へ手を当て頭を下げる。顔を上げて微笑むと、護衛騎士たちを含む周囲から「ああ」とも「うう」ともつかぬ声が漏れた。ぼく、なんか変なことしただろうか。ルクレーシャスさんを見上げると、一つため息を吹きかけられる。なんですか、もう。

「ローデリヒ・エステンです。よろしく、スヴァンテ公子」

 騎士団長の長男、公爵令息のローデリヒはローアンバーの髪に、深いクロムグリーンの瞳で少しやんちゃな印象だ。

「ティモ・エンケです。よろしくおねがいします……」

 公爵令息のティモは明るいクロムオレンジの髪、インディゴブルーの瞳で上目遣いにぼくを見た。とても気が弱そうである。

「ロマーヌス・メッテルニヒです。はじめまして、スヴァンテ公子」

 伯爵令息のロマーヌスは、エメラルドグリーンの髪にハニーイエローの瞳で「これぞ異世界転生!」という有り得ない髪色である。はきはきと明るい口調で好印象だ。

「……」

 流れで続けて自己紹介するものだという視線を受け、バルタザールは沈黙している。こいつ……ジークフリードの前でも喧嘩を売る気なんだな。ルクレーシャスさんがとっととソファへ座ってしまったのを視界の端で捉えて無理矢理顔を上げる。

「バルタザール令息とは、先ほど廊下でお会いしてご挨拶いただきました」

「そうだったのか。スヴェン、こっちに来い。みなにゲームのせつめいをしてくれ」

 手を引かれて、ジークフリードの横へ連れて行かれる。バルタザールはぼくから離れて腕を組んでいる。しかし視線はずっと、ぼくから離れない。感じ悪いったらありゃしない。ジークフリードはそんなことは意に介さず、包みを破いてボードゲームを取り出し、ラグの上へ広げた。令息たちの間から、歓声ともため息ともつかぬ声が漏れた。

「うわぁ」

「すごい」

「このサインは、ベステル・ヘクセ様のものだ!」

「これはなんですか? ああ、殿下。早く遊びましょう!」

「……っ!」

 バルタザールもやはり十歳の子供だ。初めて見るボードゲームに興味はあるのだろう。少しラグへ歩み寄り、ボードゲームを覗き込んでいる。ジークフリードは得意気に青いコマ人形を掴んで目を輝かせた。

「そちらはブルーダイヤモンドで仕上げた、ジーク様専用のコマになります」

 ぼくが告げると、ジークフリードは満足気にコマを見つめる令息たちを見回して笑みを浮かべている。

「王冠を被っておられる!」

「ブルーダイヤモンドですか? 大変希少だと伺っておりますよ」

「それ以外のコマも、エメラルド、オパール、ガーネット、アメシスト、トパーズで作られております。お好きな色でお選びください」

 さすが高位の貴族令息ばかり。ジークフリードのように我先にと奪い合うことなく、譲り合ってコマを選び終えた。

「これはなんですか? スヴァンテ公子」

「そちらは馬です。のちにゲームで使います」

「これは?」

「そちらは戦車、こちらが城ですね。こちらものちほど、ゲームで使いますよ」

「これはルーレットだな。しかし、こんなに小さく精巧なものが玩具として、しかも付属品として入っているだなんて……」

 エステン令息は目の付け所が細かいな。市井の暮らしを知っている素振りが見える。

「サイコロは珊瑚、天板は大理石を敷き詰め、彩色を施した上へクリスタルの薄い板を被せてあります」

 目を輝かせて覗き込む姿はやっぱお子ちゃまよねって感じだ。バルタザールを除いては。それでもやはり、バルタザールも興味はあるらしく、徐々に体が前のめりになっている。

「おお、細部まで美しいな。さすがスヴェンだ。さ、ルールをせつめいしてやってくれ」

「ルールは簡単です。サイコロを振り、その数だけマス目を進みます。止まったマスに書いてある指示に従いながら、ゴールを目指すというシンプルなゲームです。皆様、ぜひ勇者一行の軌跡をお楽しみください」

「スヴェンはやらんのか」

「コマが六つしかありませんので、ラルクに譲ろうと思います」

「うむ。ではお前がみなにルールをせつめいしながら見ていてくれると助かる」

「そのつもりでございます」

 一応、ルールを記した紙も封入されているが、ジークフリードは読まないだろう。

「たのんだぞ。ではみな、サイコロをふって出た数字が大きいものからじゅんばんにすすめることにする」

 この世界にジャンケンはない。いつか広めようと思っている。だから公平に何かの順番を決める時はくじとかになる。よってサイコロの出目で決めた順番は、ロマーヌス、ローデリヒ、ジークフリード、バルタザール、ティモ、ラルクとなった。

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