第5話 雨水月
ボードゲーム作りはルクレーシャスさんが離宮で暮らすようになって一ヵ月ほど経った頃、始まった。
そう。ぼくは離宮から出られない。というか、この国の貴族は成人男子以外あまり外出しない。外出するとしても、貴族用の決まった場所にしか出かけないんだ。完全に住んでいる区画が違う。誘拐とか怖いからね……。階級社会は治安悪くなるよね。まぁ当然かなとは思う。
だから何かを買いたい時、何かを作りたい時は離宮に商人を呼ぶことになる。フレートがその商人を案内して来たのはいつも通り、テラスでルクレーシャスさんとファビエン・バーゼルトという魔法学者の書いた新しい魔法理論について話していた時だった。そう、精霊や妖精が使う魔法と人間や獣人が使う魔法は根源が違うんじゃないかって理論を書いた人だ。
実は今日も皇太子殿下が遊びに来ているのだが、書斎でラルクとフローエ卿と一緒にボードゲームに興じている。初めはぼくも参加して、マスに書かれた指示について「なぜだ」「どうして」との殿下の疑問に答えていたのだ。そう、幼児特有のなぜなに期である。しかし殿下が負け続けてとうとう「こんなゲームをかんがえたヤツはせいかくがわるいにちがいない!」と叫んだことでルクレーシャスさんの機嫌が最悪になり、避難して来たのだ。
「初めまして。わたくしはパトリッツィ商会の主、マウロ・パトリッツィと申します」
丁寧にお辞儀をした亜麻色の髪にマホガニーブラウンの瞳の中年男性は、富豪らしくふっくらとした体つきである。ガリガリの人より、ある程度ふっくらしている人の方が人相が良く見えると思えるのは気のせいだろうか。
「よろしくお願いします、パトリッツィさん。こちらはぼくの先生をしてくださっている、ルクレーシャス・スタンレイ様です」
マウロさんははっとした表情をほんの一瞬だけした。それから深々と頭を下げ、一歩後ろへ下がった。これは平民が貴族にする最敬礼みたいなものだ。
「偉大なる魔法使い様にお会いできて大変光栄にございます。パトリッツィ商会のマウロ・パトリッツィと申します」
「かしこまらないでください。今はただのスヴァンくんの先生なんです」
「承知いたしました」
それでも一歩下がった距離を保ったまま、上半身を起こしたマウロさんの行動からはルクレーシャスさんがいかに凄い人か分かる。ただのお菓子大好きケモ耳っ子ではないのだ。
「パトリッツィさんはまず別室で、当方の執事より今回の依頼内容を説明させていただきます。後ほどぼくも伺いますね。フレート、お願いします」
「わたくしも同席してもいいかな。ねぇ、スヴァンくん」
「ええ。ルカ様もぜひ」
「かしこまりました」
頭を下げる仕草にも、マウロさんの緊張が伝わって来る。マウロさんの後方に控えていたフレートが腰を折りながら、マウロさんの横へ移動した。マウロさんが気づいて半身を向けると慇懃に礼をして室内の方へ手を差し向けて先導する。
「パトリッツィ様、ご案内いたします」
「承知いたしました。それではスヴァンテ様、また後ほど」
「ええ。よろしくお願いします」
ここからルクレーシャスさんとぼくの作戦会議が始まる。最近ではすっかり、ぼくをテラスの椅子へ座らせる係と化したルクレーシャスさんに抱え上げられた。そして椅子に座らされ、その場にしゃがんだルクレーシャスさんに顔を覗き込まれる。
「スヴァンくん。今、皇太子が遊んでいるゲームを作るのかい?」
こくり、と頷くぼくをしばし見つめ、ふん、と鼻から息を吐くとルクレーシャスさんは立ち上がった。ルクレーシャスさんがぼくの向かいの椅子を引く。ルクレーシャスさんが席に着くのを待って、ぼくは口を開いた。
「平民から騎士になり王さまを目指すゲームと、ルカ様のお話を元に勇者となって魔王を倒すゲームの二種類、それぞれを貴族用と平民用に分けて計四種類作ろうと思います」
「……貴族用と、平民用、かい?」
ベッテがお菓子の載ったティースタンドをテーブルへ置き、紅茶を淹れる。流れる手つきでルクレーシャスさんがスコーンにジャムをたっぷり載せて、頬張る。ルクレーシャスさんは咀嚼に合わせてもくもくと頬袋を膨らませた。あなた、狼の獣人だったんじゃなかったですか。本当はリスの獣人なのでは。
「ええ。貴族用は材料に宝石などを使ってできるだけ踏んだくればいいんです。平民用には木材などの安価な材料で広く買ってもらいたいと思います」
「何故、平民に広く買ってもらいたいんだい?」
「子供たちに数字や計算の概念を広めたいのです」
「……君は、一体何を……」
ごくん、とルクレーシャスさんの喉が鳴った。ぼくは短い指をテーブルの上で組む。
「いずれ、ぼくは離宮を出たいと思っています。その時にどんな事業をするにせよ、まずは孤児院を経営してそこの子供たちに勉強を教えようと思っています」
眼鏡越しにルクレーシャスさんはぼくへ問いかける。
「何故?」
「そこで勉強を教えた子供たちを、ぼくの元で働かせます。質の良い労働力が得られ、ぼくは慈善事業を成す貴族として体裁を保てる。一石二鳥です」
ルクレーシャスさんはもう一度唾を飲み込もうとして、スコーンが詰まったのか慌てて紅茶を飲み干した。
「……君は本当に五歳か……いや、聡くなければならなかった環境が悪いんだな……」
中身は二十五歳成人男子ですからね。それにぼくはたくさん予習して来たんだ。そう、「小説家ににゃろう」とか、「カケヨメ」で! 前世の知識でこの世界にないものを作ってお金を作ったら、まずは平民教育から始めるのが常ですよ!
今から言おうとしていることを伝えたら、ルクレーシャスさんはさらに苦い顔をするだろうなぁ。テーブルの上で組んだ親指を上にしたり下にしたりしてクルクル動かす。覚えず眉が下がるのが自分でも分かった。
「それでぼく、ボードゲームが売れたらできるだけ人気の演劇や物語を題材にした同じようなゲームを売り出したいんです」
「……それはまた、どうして?」
「今あるものはぼくがラルクに足し算引き算を教えようと思って作ったものです。例えば、有名な物語になぞらえて作ったとしたら、広く手に取ってもらいやすくなるのではないでしょうか」
「ああ、なるほど。誰も知らないゲームをいきなり買うのは余程の物好きくらいだからね。物語や演劇をなぞらえていれば、少なくともその物語や演劇が好きな人の興味を引くことができる」
「実はもう一つ理由というか、企みがあって」
ぼくは多分、傍から見たら何を考えているか分からない、気味の悪い子供だろう。だからこそ、ルクレーシャスさんにはぼくの理性ではない、感情の部分を見せなくてはいけない。ぼくを大人として手を差し伸べるべき子供と考えてくれているこの人に対して、誠実であるために。
動かしていた指を止める。それから少し頭を傾けて、笑って見せた。それは失敗した情けない笑顔になった。
「ぼくねぇ、ルカ様。結構、性格が悪いんです。ある程度ボードゲームの第一陣が売れて人気が出て出資者がぼくだと分かった頃に、物語をなぞらえたボードゲームを次々作る」
「うん」
テーブルの上で忙しなく動くぼくの指を、ルクレーシャスさんが眺めている。急かすことなく、じっと待っているルクレーシャスさんの目を見つめ、ゆっくりと口にした。
「例えば、『椿の咲くころ』とか」
「それは……さすがに悪趣味過ぎない?」
「いいじゃないですか。大々的にぼくが製作者だと銘打ってからというのが肝です。低確率ですが悪役令嬢が勝ち抜くルートも作るんですよ。受けると思うけどなぁ」
頭を右へ傾けて、できるだけあどけなく笑う。精霊たちがぼくの周りを楽し気に飛び回った。
「ゲームが売れたら、作家の方から打診が来るかもしれないね」
ぼくの言わんとするところを悟ってか、ルクレーシャスさんは頬杖をついて、視線を庭へ向けた。
「そうしたら監修料を払うんですよ。ぼくが内容を考えるなら作家の取り分は売り上げの十五パーセント。作家が内容を考えるなら、売り上げの三十パーセントを支払う契約にするんです」
「そうすれば、作家は利益の高い方を選ぶだろうね」
「ぼくは楽して稼げる」
「作家は物語の宣伝にもなる」
「一石二鳥です」
お互い顔を突き合わせる。ルクレーシャスさんの眼鏡に、初夏の庭の緑が映り込んだ。
「おそらく『椿の咲くころ』を初めにコラボさせるのは無理でしょう。裏にリヒテンベルク子爵が居る限り、許可は下りないでしょうから。なので、ぼくはまずコネを存分に使うというわけです」
「コネ?」
「そうです。偉大な魔法使いが勇者と共に魔王を討つゲームです。
「……君って子は……作りましょう。ぜひ。物語を題材にしたボードゲーム。第一作目はわたくしが監修した、勇者との旅の物語です!」
「はい!」
この世界の両親に対して、あまり強く思うことはない。けれど、それでも。思いを口にしてしまったら、少し力が抜けた。
ルクレーシャスさんが立ち上がった。ぼくの横に歩み寄って来た金髪を仰ぐ。脇へ手を入れられ、抱え上げられた。高い高いの要領で手を伸ばしてくるくる回られた。ちょ、酔いそうですやめてください。
「わたくしの知り合いに勧めよう」
「それにね、ぼくは性格が悪いので他の演目が次々コラボする中、リヒテンベルク子爵がどれほど耐えられるかなぁって楽しみでもあるんです」
「なるほど『椿の咲くころ』だけコラボしないなんて、そりゃ目立つよね! あはははっ」
そんな状況で、実は「椿の咲くころ」のパトロンはリヒテンベルク子爵だと噂されたら。少しでもぼくの立場が変わるだろうか。少しでも。フリュクレフ公爵令嬢の心は、晴れるだろうか。
「しかしスヴァンくんがお金を持ってるとなると、黙っていない人が出て来るだろうね」
「今のところ真っ先に口出ししてきそうなのは母方の祖父ですかね。状況から考えたぼくの予想なんですけど、かなり財政が逼迫しているようなので……。大方、アンブロス子爵に爵位を授けようとしたら『平民上りに爵位を授けるなんて』と貴族に反対でもされたのでしょう。そこで皇命として資金に喘ぐフリュクレフ公爵家に入り婿させて公爵位を与えれば貴族も文句は言えないし、品位維持費と銘打って資金を授けるとでも言われたら金に困っている公爵家は結婚を断れないと皇王陛下は考えたのでしょうけれど……。アンブロス子爵はその……ア……えっと、自分にも他人にも正直なお方のようですから」
「はっきりアホって言っていいと思うよ?」
「いくら顔を見たこともない父親だからと言って、それはちょっと。リヒテンベルク子爵令嬢との間にお子さんもいらっしゃるようなので、ぼくには興味を持たないでしょう」
「そっちとは一緒に暮らしてるってこと?」
「……多分」
右へ頭を傾け、少し眉を寄せ笑みを作る。ルクレーシャスさんに抱えられた体は、まだ小さく幼い。もし、ここが物語の世界で、本来ここに居るはずだった「スヴァンテ・フリュクレフ」が居たとしたら。彼はどんな気持ちでこの離宮で暮らしていただろう。それを考えると、胸が痛むのだ。
「……ほんと、君の周りの大人はろくなもんじゃないな。わたくしは腹が立って仕方ないよ」
「実を言うと、ぼくはあまり実感が湧かないんです。両親にもリヒテンベルク子爵令嬢にも会ったことはありませんし、会ったこともない人を恨むって意外と難しいんですよね。うまく、言えませんが」
あはは、と頭を掻くと、ルクレーシャスさんの眉間にはさらに深い皺が刻まれた。
「スヴァンくん……」
不意に去来した感情は、本来ここに居たはずの魂を想ってだろうか。ルクレーシャスさんの背中に回した小さな拳で、服を掴む。この子は、親に抱かれた記憶がない。そのことが、何故だか無性に寂しいのだ。
ぼくはカッコウの雛のように、「だれか」の人生を乗っ取った異物だ。乗っ取られてしまった「だれか」を憐れみこそすれ、その人生を「自分」のものと思えるかと言えばそれは難しいだろう。
だから自分事という実感が湧かない。まるでゲーム画面を眺めているように。でも、それでも。だからこそ、本来ならここに居たはずの存在をぼくだけは忘れてはいけない気がするんだ。
「だから、マウロさんにはその辺のことは言わずにいずれは物語や演劇を題材にするつもりだとお伝えしようと思います。それを聞いてマウロさんがどう判断するかはまぁ……運任せとしか言えません。一応、リヒテンベルク子爵とは繋がりがなさそうな方を選んでお呼びしたつもりですが」
「うん。じゃあそこは敢えて言わずに進めよう。それでいいね?」
「はい」
「では、わたくしたちも行こうか」
「はい」
ルクレーシャスさんはぼくを抱えたまま歩き出した。こちらの世界へ転生して初めて、子供扱いをされている気がする。書斎を通りかかると、中から出て来たラルクと鉢合わせた。
「……スヴェンが……フレートいがいに……ふつうのこどもみたいに……だっこされてる……」
フローエ卿ですら、ぼくを抱き上げることはしない。ラルクの発言はそれを踏まえたことなのだがこの上なく分かりやすく顔に「衝撃」と貼り付け、ふらふらと廊下をぼくたちとは反対側へ歩いて行った。お手洗いかな。
「あの子は……スヴァンくんとはまた違った意味で面白いねぇ」
「そうなんです。ラルクはすごく当たり前の七歳児の反応をしてくれて参考になるんです。だからぼく、ラルクが大好きなんですけど多分ラルクにはすごく変なヤツだと思われてるんでしょうね……」
「……あのねぇ、スヴァンくん。普通の五歳児は七歳児の行動を参考に『普通』の行動をしてみたりはしないんだよ……」
「あっ、はい。それは理解しているんですけど……」
五本指の指先だけを合わせて、ちょいちょい、と指遊びする。中身は二十五歳成人男子なんだけど、時々肉体年齢に行動が引きずられているのを感じることがある。
「うんもう、今この受け答え自体が五歳児の受け答えじゃないからね?」
言ってしまえたら楽なのに。ルクレーシャスさんはぼくが別の世界で生きていた記憶があると言っても、驚かない気がする。でもまだ出会って一ヵ月くらいで話すには信頼関係が足りない。えへへ、と誤魔化して応接室へ向かう。
この離宮の主人は今、ぼくなので本来ならどの部屋に入るにもノックも声かけも要らない。だがルクレーシャスさんは、ぼくを抱えたまま片手でチーク材のドアを軽くノックした。扉が内側へ開く。フレートが少し顔を覗かせ、頭を下げた。ソファから立ち上がったマウロさんの表情は、何というかこれまた見慣れた色をしている。
「スヴァンテ様、改めてご挨拶申し上げます。パトリッツィ商会のマウロ・パトリッツィと申します。スヴァンテ様の素晴らしきお考えを実行に移すべく、わたくしどもの商会をお選びいただきました栄誉に最上級の謝意を表したいと思います」
「そうなりますよね。いやはや、わたくしはとんでもない子を弟子にしたかも知れません」
「その見識の広さ、まさにエウロディーケの寵児と言えましょう」
エウロディーケとはデ・ランダ皇国が信仰するデ・ランダル神教に於ける技巧の神である。デ・ランダル神教は多神教だ。皇族はデ・ランダル神教最高神である光の神、デ・ランダルの子孫ということになっている。ちなみにエウロディーケとは、髪の毛振り乱し
「フレートから、大体の話を聞いていただいたと思います。では、細かい要望などをお伝えしてもよろしいでしょうか」
「はい、ぜひ」
マウロさんの向かいの座面へぼくを下し、ルクレーシャスさんは隣に座った。フレートはドアの側に控えている。ルクレーシャスさんとの事前の打ち合わせ通り、貴族向けと平民向け、それからシナリオは二種類用意することを告げて作って欲しいものの細かい指示を出す。フレートが差し出した図面を渡し、さらに細かい指示を伝えるとマウロさんは少し考え込んでから頷いた。
「私の抱えている職人と相談していくつか試作品をお作りしてお持ちします。そうですね……半月ほどいただけますか。こんなに詳細な図面があるなら、職人もすぐに作業へ取りかかれるでしょう」
えっこの落書きが詳細な図面になっちゃうの。そりゃ言葉で説明するより図解があった方が分かりやすいかなとは思ったけど。職人さんたちはもちろん平民で、文字の読み書きはできない人が大半だ。それゆえの配慮だったんだけどな。
「一番難しいのはルーレットになると思います。基盤の方の出っ張りと回転側の爪の薄さをかなり調節しないと、すぐ止まってしまうか中々止まらないかになってしまうんじゃないかとぼくは思うんです。だから、試作する前の段階で職人さんにお会いできるといいんですが……」
「承知いたしました。職人を連れて来られるよう努めます」
ベッテがお茶を運んで来た。マウロさんは静かにティーカップを仰ぎ、それからふくよかな頬を緩ませた。
「スヴァンテ様。これよりこのマウロ・パトリッツィ、スヴァンテ様に誠心誠意お仕えさせていただく所存でございます」
「こちらこそ、どうぞよろしくお願いします。実を言うと、ボードゲームが成功したら作成をお願いしたい別の玩具のアイデアがまだあるので」
「それは……非常に楽しみでございますね。となれば私、早速戻って職人を連れて来る算段をさせていただきとうございます。そのボードゲーム以外の玩具もぜひ、我が商会に御下命くださいませ!」
マウロさん、貴族的な言い回しもちゃんと理解してくれる人で助かった。今の会話でも二つ返事ということは、ひとまず任せていいだろう。
「よろしくお願いします。フレート、お見送りをお願いしますね」
「かしこまりました」
閉じた扉をちらりと眺め、ティーカップへ口をつけるとルクレーシャスさんは口を開いた。
「リガトナ、ハイランズ……。皇王への献上品としてのみ作られる逸品。いや、スヴァンくんは本当に非凡な五歳児だね……」
「えへへ……。たまたま、皇王へプリンを献上した際に賜ったんですよ……」
リガトナハイランズの名で知られる希少茶葉。パトリッツィ商会一押し、皇国の南に位置するリガトナ島は良質な茶葉の産地として有名である。その良質な茶葉の中でもハイランズの名を冠することができるのは、標高二千メートル以上の高地で栽培された茶葉の先芽を摘んだもののみである。自分の商会で扱っているのだから、この茶葉が皇国近隣で流通している茶葉の中で一番高く、手に入れられるのは皇族のみであることは承知しているだろう。だからこそ、このお茶をもてなしの一品として選んだ。これからの、お互いのためになる付き合いをしたいという意味を込めて。
「つまり君は、たった一杯の紅茶で皇王から希少な茶葉を賜ることができるほどの才覚がある、ということを示したんだ。本当によく頭の回る子だ。おまけに『まだ他にアイデアがある』と伝えて、下手なことをすればパトリッツィ商会と競合する他の商会へそれを持ち込むこともできる、と脅すことも忘れないとは。まったく末恐ろしい子だね」
恐ろしいと言いながら、ルクレーシャスさんはどこか楽しそうだ。ぼくは苦笑いをしてティーカップへ口を付けた。
「ぼくには後ろ盾がありません。明日をも知れぬ身です。有利な手札は集められる時に集め、使うべき時に使わないと」
立ち上がって、ルクレーシャスさんはぼくの足元へ跪いた。それから膝に置いたぼくの手を取って、あやすように揺らす。
「後ろ盾はあるよ。君はもう、わたくしの弟子だ。存分にわたくしの名前を利用しなさい。『ルカ様に言い付けるぞ!』ってあの癇癪殿下みたいに真っ赤になって拳を振り回しながら言ってやればいいんだよ。だからね」
そんなに早く、大人になろうとしないでね。そう言って、ルクレーシャスさんはぼくの頭を撫でた。
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