第3話 ワインと魔法と天使の取り分

 そろそろ子供達のお腹も空いてくるだろうと、蒸留器は蔵の鞄にしまって(しまえた!)再び手を繋いで教会まで戻る。それぞれ手提げカゴにいっぱいの収穫。


「サラお姉ちゃんのお話楽しかった?」再びわたしと手を繋いでいるエレンちゃんに聞いてみる。


「食べれるキノコとか果物とか、たくさん教えてもらったの!」エレンちゃんは満面の笑み。孤児院の子供達はこうやって日々の糧を得て、生きる術を学んで育っていくんだね……。


「エルフのねーちゃん、さっきの変なヤツ錬金術でしょ? どっかの商人に売りにいくの?」これはサラと手を繋いでるニコラくん。蒸留機にへばりついて一番興奮してたんだよね。


「そうだよ。錬金術で、新しいお酒を作る機械を作ったの。機械じゃなくて出来上がったお酒を売るつもり」わたしの返答を聞いてまたすげーすげーと興奮しだした。


「錬金術師って、どうやったらなれるの?」これまたキラッキラの瞳で見つめてくる。ニコラくんは錬金術師になりたいのかな?


「そうだねぇ。錬金術って、物事の理いろんなことを知って、それを改変するつくりかえる理術まほうだから、たくさんご本を読んで、こうしたら便利かな、とか、これとこれをくっつけたら美味しいかな、とか、色々想像してみるといいかもしれないよ?」


 実際にアーシャレントの錬金術がどんなもんかとか、そもそもニコラくんに素養があるのかもわからないけれど、知識を蓄えるのは誰にとっても無駄にはならないよね。


 城門をくぐって目抜き通りをてくてくと。孤児院近くの出店でお昼のおかずの足しにしてもらおうと、串焼きを買い込んでから孤児院に到着。子供達は食堂へまっしぐら。



「ねえサラ、ワイン買いに行きたい」


「ワインにゃ? じょーりゅー? ちょーど良いにゃ、伝手のある商人に紹介するにゃ。昨日話したウハウハの商人にゃ」


「ウハウハて。言い方……」


 そんなこと言いながら噴水の広場を半周し、広場に面した大店さんに到着した。サラの紹介してくれるとこは全部大きいのね。店構えとか権威とか。


「こんちは〜 ハインリヒさんいらっしゃるにゃ〜?」扉を開け開口一番これ。諸々大丈夫なのかとても心配なサラさんである……。


「おや、これはこれはサラさん、いらっしゃいませ。お久しぶりですね」店の奥から恰幅のいい店員さんが顔を出す。手にしていた帳簿を戻し、店先に出てくれた。


「ちょっと仕事請けてたにゃ。いまはこっちのレーカの護衛してるにゃ」


「はじめまして、レイカです。今日はワインを購入したいと思って伺いました」


「ありがとうございます。当商会を率いておりますハインリヒと申します。私どもの扱うワインは品質にも価格にも自信を持ってオススメできるモノです」商会長さん直々のセールス、さすがの圧にちょっとたじろいじゃう。


「ですが、当商会は小売りはしておりませんで、サラさんのお知り合いという事で販売することはまぁ吝かではないですが、ワインですと200リットル以上、……225リットル入った樽1本単位での売買となってしまいますが……」


「レーカ、アレの事ハインリヒさんに言っちゃっていいにゃ?」アレとは。


「まだ錬金ギルドに言ってないからなぁ。あとで錬金ギルドに話持って行く前提でならいいよ、サラに任せる」


「お任せにゃ〜。ハインリヒさん、このレーカ、ちょっと特別な錬金術使えるにゃ」


「ほう……」眼光鋭く唸るハインリヒさん。やだ辣腕商人……。


「あと、テラ教のエドモンド師が神託を承けてるから心配ならあとで確認して欲しーにゃけど、レーカは使徒さまにゃ」


「こ、これは失礼致しました!」サラが使徒だと言うなり膝をつき手を組むハインリヒさん。ハインリヒさんも敬虔な信徒さんなのね〜。いやいやそうじゃない。


「あ、あの、そんな大した者じゃないんでやめてください……」あわあわとハインリヒさんの手を取り立ってもらうよう促す。これ多分この後いろんなとこでやる事になるよねこのやり取り……。


 いえいえそんな、ほんと勘弁してくださいと押し問答コントを続けて、なんとか普通に会話してくれるようになるまで数刻を要した。マジ勘弁して……。


「それで、ワインはどの様に使われるのですか?」


 店先の隅にある応接セットに座る3人。店員さんがお茶を出してくれたので一息ついて、改めてお話が始まった。


「さきほどサラが言ったとおり、ちょっと特別な錬金術が使えまして、今回はワインを原料に、酒精の強い新たなお酒を造るつもりです」


「酒精の強い、ですか。普通に扱える酒の類いは水代わりとして使うモノですから酒精が強い酒、というのが少し想像出来ませんね……」


「そうなのですね……。ワインを加工したらすぐに酒精の強いお酒にはなるのですが、作りたては荒々しいといいますか、樫の樽で熟成させる必要があるのです。数年ほど」


「ワインも樽で数年保管すると香りと味わいが膨らむといいますし、酒を育む、という事なのでしょうね。ですがその新しい酒を楽しめるのは数年後……」腕を組み瞑目してなにやら考え込むハインリヒさん。


「その、使徒様として女神テラから託された使命、などはあるのですか?」考え事から復帰したハインリヒさんが腕をほどき身を乗り出してきた。


「アーシャレントを襲った災厄の爪痕を癒し、大地の恵みを育み人々に安寧を、と」


「有難いことです」


「とはいえ、わたしはモノを作る事しか出来ないので、アーシャレントで今必要とされているものと、私が作れるモノが上手く組み合えばいいな、と思ってます。

 ワインから新しいお酒を造るのは、分かりやすくわたしの権能を知ってもらえるかなと思いまして。この後、錬金ギルドへ伺うつもりです」


「ふむ、では私もご一緒させて頂けますでしょうか。おそらくレーカさんがこれから成してゆく事に商人としての販路でお力添えできるかと存じます」


「こちらとしては願ってもないですが……。まずは新しいお酒、次は何と、あまり大きな商いにはならないかもしれなくて」


「いえいえ、商売とは得てしてそういうモノです。私も女神テラのお導きでここまで商売を続けてこられたのです。

 今日も、以前サラさんに商隊護衛の依頼をしたという縁が元でレーカさんと巡り会えました。であれば、レーカさんへ助力させて頂くのが天命という事なのでしょう」そう言ってハインリヒさんはまた手を組んだ。また祈られた……。


 そんなこんなでそろそろ昼時なので、一度ハインリヒさんのお店をお暇することに。軽く昼食を取ってから、エドモンド師とハインリヒさんと連れだって錬金ギルドへ。……大事になってるよねこれ……。




「……どうしてこうなった……」錬金ギルドのいちばん大きな部屋に、この街、テラシオンに存在するすべてのギルドの偉い人達が集結している。


 ざざっと紹介された順で、冒険者ギルドのギルド長、ユーリンさん。錬金ギルドのギルド長はセレスティーヌさん。商業ギルドからはギルド長のフレデリックさんがハインリヒさんと並んで座ってる。ドワーフ族の鍛冶ギルド長、トールマンさん。魔術ギルドの長イドリアスさんはエルフさん。最後に大工ギルドのギルド長、エリザベタさん。

 それから衛兵隊長のガルヴァンさん。ぴしっと座られている姿は、さすが近衛兵さん。

 わたしはサラと一緒に上座に座らされてる。隣ではエドモンド師が立ち上がって熱弁を振るってる。


「最後に、こちらに御座すレーカ様が使徒様であることは、我がテラ教の全ての司祭・神官・シスター、そしてすべての信者の信仰をかけてこのエドモンドが保証いたしましょう!」


 どうしてこうなった……。


「いや、エドモンド師、俺らはなんも疑っちゃいないんだよ。この街テラシオンでテラ教を悪し様に言う奴がいるか?」冒険者ギルドのユーリンさんがちょっとあきれ顔でいう。あれだけの熱弁ふるわれちゃったらねぇ。女神テラ様のご神託から始まって、たぶん10分くらい話し続けてたんじゃないかなエドモンド師。


「女神テラがテラシオンを、アーシャレントをいまだ見守っていてくださる、ありがたいことじゃないか。そこのお嬢さんが使徒様なら、そのお力添えをさせて頂く。当然の事だろう」ユーリンさんの言葉に、テーブルを囲む皆さんが頷く。


「その上で、だ。レーカ嬢はどの様な権能をお持ちなんだ?」


「わたしは、女神テラ様からすこし特殊な錬金術の権能を頂いています」錬金術、という言葉に目を光らせた錬金ギルドのセレスティーヌさん。年齢不詳の美魔女の目がキラーンてなった。怖い……。


「もう少し詳しくお話ししますと、わたしは界を渡ってアーシャレントへ来ました。アーシャレントとはことわりの異なる界です。そちらのことわりを、アーシャレントの“魔素”を用いて現す事が出来るプラント管理という権能です」


「うん、聞いたことがないねえ」セレスティーヌさんが頷く。


「実際に確かめることが出来るよう、小規模な設備プラントを作ってきました。ハインリヒさん、先程お願いしたワインを持ってきて頂けますか? 白ワインで」


 サラに頼んでテーブルをどけてもらい蔵の鞄から蒸留器を取り出す。そしたらみんな蒸留器を取り囲んで大騒ぎ。セレスティーヌさんなんか子供みたいに目を輝かせて蒸留器にかじりついてる。


 ハインリヒさんの商会の方達がワイン樽を運んできてくれたので、改めて何をする機械なのか説明をする。


「ええと、水についての説明から始めます。水は、常温では液体です。鍋に掛け加熱すると沸騰して水蒸気となり蒸発します。冬に気温が下がると凍ります。つまり、水は温度によって氷という固体、水という液体、水蒸気という気体、という3つの状態になる、ということです。

 そして、わたしの界の理では、たとえば金属である鉄や銅、お酒に含まれる酒精、石を構成する石英など、すべての物質にそれぞれ液体になる温度、気体になる温度、個体になる温度が存在し、それは物質毎にかならず一定である、と知られています。

 ここに用意して頂いたワイン、これは酒精とそれ以外の水分が、おおよそ1:9の割合かと思います。そして、酒精が気体になる温度は、それ以外の水分が気体になる温度より低いです。

 言い換えると、ワインを加熱していくと、まず酒精が気化し、その後それ以外の水分が気化します。

 そのことわりを利用し、ワインから酒精だけをより分け濃縮するのがこの蒸留器という機械からくりです」


 ざっと仕組みを説明した。錬金術士であるセレスティーヌさんはしきりに頷いていたのでアーシャレントの世界でも気体・液体・固体という三態は知られているのかな。


「じゃあ、さっそくはじめます。サラ、右のこのタンクにワイン入れちゃって」力仕事はサラにまかせちゃう。


「酒精の蒸発する温度、沸点はおよそ78℃、ですがワインは他の要素が混ざっているので、ゆっくりと温度を上げていき80℃から85℃位を保ちます。

 するとこの真ん中の釜で加熱されたワインの酒精が上のノズルを昇って、左の冷却部分で再度液体に戻り、左のタンクへ貯まっていきます。

 ちょっと時間が掛かりますので、一度お茶にしましょうか」しゃべりっぱなし緊張しっぱなしで喉が渇いちゃったの。



「魔法、ではないですね。この蒸留器、でしたか。稼働している最中、“魔素”は消費されているようですが、魔法の発動は有りませんでした」魔術ギルドのイドリアスさんが首をひねってる。


「あたしの知ってる錬金術でもないね。ただ、行われている事は理にかなってる。ことわりを理解し、作用・工程毎に分解し、求める手順に再構成する。これは間違いなく錬金術だ」セレスティーヌさんの太鼓判。錬金ギルド長に認められた。一安心。なんか嬉しい。


「さっきワインから酒精だけ濃縮する、と言っておったが、どんな酒になるんだ?」鍛冶ギルド長のトールマンさんが言う。お酒の好きそうな赤ら顔のドワーフさんだ。


「レーカ、こないだの吟遊詩人のアレ、教えてあげるにゃ」によによしたサラが言う。あれ言うの?


「ええと、今作ってる新しいお酒はブランデーと言います。ホントはこのあと樫の樽で寝かせるのです。作ったばかりでは荒々しいので。樫の樽でゆったりと熟成させ、5年、10年と時を経、完成すると言われています。

 その中で、30年以上熟成されたブランデーは、こう称されます」お茶を一口。


「この一口は、まるで遥かなる丘陵を渡る暖かい夕日のように、喉を滑り落ちた。

 滑らかな流れは、古木に囁く秋風のように、静かで穏やかで心地よい。熟成したオーク樽の息吹を帯びたその液体は、古い書物のページをめくるがごとく、層をなした風味がひろがる。

 豊かな果実とスパイスの余韻、紡がれたばかりの絹糸のように、細やかかつ繊細。その温もりが喉を通り抜けるとき、時間もゆっくりと流れるかのように、静謐な余韻が胸の内を満たす。

 このグラスにあるのは飲み物ではなく、詩的な情景を呼び覚ます魔法のような存在。それは炎にあたりながら語られる古の物語のように、心に深く染み渡った」


「いいにゃいいにゃ~」サラがやんややんやと。ちがうそういうんじゃない。


「なんと……。いや、30年待たんと呑めんのか……」すごい悔しそうなトールマンさん。


「時間加速の魔法ならありますよ? 樽一つの大きさの物体なら5年かせいぜい10年が限度ですが」イドリアスさんが事もなげに言う。


 ……頼んじゃう? 蒸留したてのガサガサしたブランデーと5年寝かせたのじゃまろやかさが段違いだし。


「ええと、もしお願い出来るならブランデーのひとまずの完成形をお試し頂けますが」


「ええ、構いません。僕もそのぶらんでーというお酒に大変興味があります」イドリアスさんも行ける口なのね。


「では、ハインリヒさん、たびたびで申し訳ないのですが、30リットルくらいの樽を、出来れば樫の木で出来た樽を一つ用意して頂けますか」


 再びハインリヒさんの部下さんが樽を運んできてくれた。


「この樽の内側を焼き、表面を炭化させます。イドリアスさん、お願い出来ますか?」


「お任せください。界を満たす“魔素”よ、我が望みのままに浄化の焔を現せ。インフェルノ・クレンズ!」おおお、詠唱魔法だ……!


 樽にかざした手のひらからごうっ、と樽の中に炎が流れ込み、樽の内側を焦がしていく。そろそろ良さそうな感じなので、イドリアスさんに合図し炎を消してもらう。

 会議部屋が焚き火の匂いと真っ白な煙で満たされた。あわあわしながら窓を開け放ち煙を追い出す。


「こうして焦がした樽に、蒸留して出来たブランデーの原液を満たし、あとは5年とか10年寝かせるんですが」ちらっとイドリアスさんを伺う。


「界を満たす“魔素”よ、紡ぎし運命の束縛を解き放ち経過を早めん。クロノス・スピーダ!」魔法なんでもありだな……。いや、魔法も想像力次第……?


 イドリアスさんの手のひらから、なにかふわっとした光が樽に流れ、樽の表面が急に古びた。


「ひとまず、5年進めてみました」あっと言う間に5年が経ったのだ。樽という存在が持つ時間だけが。



「イドリアスさんの魔法のお陰で、5年熟成させたブランデーが出来上がりました。先程、蒸留したてのブランデーの原液も有りますので、飲み比べてみてください」


 皆さんの前にグラスが2つ。片方は透明なブランデー原液。もう一つは琥珀に色づいた5年熟成モノのブランデー。恐る恐るグラスに手を伸ばす人、ぐいっと呷り盛大にむせ返る人。



「いやぁレーカ嬢、恐れ入った。この酒はまさに女神が遣わせた酒だ。そして熟成という奴の重要性もわかった」ユーリンさんが上気した顔でグラスを掲げている。


「5年の熟成でこの滑らかさ、芳醇な香り。これが20年30年となりゃ、王様だってこの酒を乞い願うだろうさ」いそいそと樽からお代わりを注いでる。“天使の取り分エンジェルズシェア”で多分15%くらい減ってるハズだから……20リットル位は出来てたのかな。まぁ全部飲まれたりはしないか。しないよね?


「この蒸留というやつ、他にも違う酒が造れるのか?」鍛冶ギルドのトールマンさん。食いついてきたね。


「はい、ビールそのものでは無いですが、ビールと同じように作られた原料からウィスキーというお酒が、シードルもありますのでカルヴァドスというお酒が造れます」


「お前さんの界ではまだまだ沢山の酒が造られていたようだのう」なんとも羨ましげな顔してるトールマンさん。アーシャレントで原料見つかれば作れるよ。日本酒だろうがテキーラだろうが。


「まぁおまちなさいな。レーカ嬢、あんたは別に酒を造りに来たって訳じゃないんだろう?」美魔女のセレスティーヌさんが飲んべえ達をいなして聞いてくる。


「はい、女神テラ様からは“アーシャレントを襲った災厄の爪痕を癒し、大地の恵みを育み人々に安寧を”と言われております」


「そのためにその権能なんだねえ」


「はい。アーシャレントへ来てから、何が作れるか色々考えてはいるのですが、何が求められているかがまだ分からず。

 作れるもの、でしたら滑らかな板ガラスとそれを用いた鏡とか、作物毎にもっとも効果のある組み合わせで作られた肥料だとか、頭痛や打ち身の痛みを抑えるお薬ですとか。

 羊の毛から効率よく糸を紡ぐ事とかも出来ますし、これまでより滑らかで白い紙を作ることも出来ます。海のそばで有れば海水から塩が、原料さえ有れば砂糖が。

 まったく未知のものを作り出すのではなく、これまで存在しているモノを人手を介さず効率的に作り続ける事が出来る、そういった権能と言えます。

 わたしの界のことわりを用いると、数年を経て腐敗せず軽く嵩張らず、水を加えるだけで食べることが出来る保存食料、というものも作れます。災害の蓄えとして、兵士の携行食糧として、海を渡り他の大陸と交易を行う商船の食料として、広く普及していました」携行食糧のところでガルヴァン隊長が興味深げな顔をした。フリーズドライでも缶詰でもいくらでも作るよ!


「聞けば聞くほど、あんたの界はアーシャレントよりずっと栄えた界なんだと思い知らされるねえ。

 個人的には滑らかな鏡にとても惹かれるけれど、あんたの使命はそうじゃない。あたしを含めここにいるギルド長連中やエドモンド師、ガルヴァン隊長もレーカ嬢のアーシャレントでの重要度はよーくわかった。今日この場から、あたしたちはレーカ嬢あんたの味方であり後ろ盾だ。そういう事でいいんだろう? エドモンド師」


「まさしくその通りです! 女神テラが遣わされた使徒、レーカ様。その権能を存分にふるって頂くためにこのエドモンド、女神テラの敬虔なる仕え人は在るのです!」


 まってエドモンド師。司祭様がぽんぽんとそんなこと言っちゃだめだって……。皆さん程よく……程よく? 酔われてしまい気が大きくなってるだけのような。みんなぶんぶん頷いてるけど。酔い回っちゃうよ? 後見人になってくださるのは嬉しいけれど、お酒ばっかり作るわけじゃないからね……。


 結局ブランデーの試飲を始めて小一時間。みなさん程よく酔いが回っでいすいしたところで今日はお開きとなった。ブランデーだけ飲ませてたら回るよね。簡単にでもおつまみ用意しとけばよかったかな。


 ただ、明日、錬金ギルドに来るようセレスティーヌさんに言い含められた。きっとギルドに所属することになるよね。



 そして翌日。またも鶏による清々しい目覚め。サラにベッドから引っ剥がされて、顔を洗い朝の礼拝。すっごく健康的な日々……。朝寝が恋しい……。


 ハインリヒさんのお店へ伺ってワインと空の樽のお支払い。受け取れませんそうはいきませんの問答の結果、今回は特例で原価だけ受け取って頂ける事となった。買い物して頭下げてお願いしてお金受け取ってもらうって変だよね……。

 もう使徒さまっていうのが重責です。プラントでいろいろ作っていくのは楽しめると思うけれど、使徒様扱いされるのがちょっと大変。

 サラにそうこぼしたら「まぁこの街テラシオン女神テラ様の使徒だにゃんて言ったらこうなるにゃ。しゃーなししゃーなし。でもしつこい奴いたらアタイがガツンと言ってやるにゃ」わたしの従僕さんは面倒見の良いお姉ちゃんなのである。


 そんなこんなで街の北門そばにある錬金ギルドを再訪したわたしたち。昨日も思ったけど雰囲気的に大学とか研究機関ラボみたいな。魔術ギルドもこんな感じらしいけれど、学問の場は似たような感じになるものなんだね。


 受付で来訪とセレスティーヌさんへの取り次ぎをお願いすると、ほどなくギルド長室へ案内された。


「おはよう、レーカ嬢。テラシオンでの生活はもう慣れたかい?」


「おはようございます。孤児院で飼ってる鶏が起こしてくれるので早寝早起きです。たぶん健康になると思います」ソファーを勧められ、サラとならんで座る。


「そいつは結構。孤児院じゃ昔からニワトリを飼っているからね。孤児院出は早起きがクセになるもんさ。あたしも未だに日の出ぐらいには起きちまう」


「セレスティーヌさんも孤児院出身なんですか?」


「ああ、物心ついた頃には孤児院で暮らしてたよ。薬草摘みが楽しくて毎日のように錬金ギルドへ売りに来てたら、いつの間にかギルド長になっちまっててね」


「アタイらのお姉ちゃんにゃ」なんか腕組み瞑目して頷いてるサラさん。なぜにドヤ顔……。

 でも、そうか。昨日、子供達を森に連れて行ったのが、将来的に仕事に繋がるんだね。ニコラくんも興味持ち続けてくれたら次代のギルド長かも……?


「まぁ、何十年と一つの事だけやってりゃそれなりにはなるって話さ。それで、今日来てもらったのはね、あんたをどうやって扱うか、って事なんだ。

 昨日ここに集まった連中が、この街、テラシオンの顔役みたいなもんでさ。生まれも育ちもこの街の悪ガキ共が今じゃギルドやら衛兵だってんだからお笑いなんだけどね。

 あんたはまだアーシャレントに来たばっかり、他の街を見ちゃいないから分からないかもしれないけれど、この街はテラディオス大陸の中じゃ一二を争う賑わいなのさ。

 交易の網を大陸中に張り巡らすにはあと何年かはかかるだろうが、あたしらの次の世代にはもっと楽な暮らしさせたいからね」そういってお茶に手を伸ばすセレスティーヌさん。界を超えても、仕事の出来る人、仕事に情熱を持ってる人ってカッコイイ……。


「で、だ。話がちょっとズレたけれど、あんたに受け取ってもらいたいものがあるんだ」


 そういって机から羊皮紙とペン、革袋を持ってきたセレスティーヌさん。テーブルの上で何やら図を書き始めた。……錬成陣! 錬成術は錬成陣が発動のきっかけなのか! 見る見る複雑な図形が描かれていく。

 円を基本に、外周を取り囲むように精密に描かれた幾何学的な図形や(読めないけど)呪文、円の内部には、複雑に絡み合った模様やシンボルが配置されている。

 ペンを置いたセレスティーヌさんは、革袋から銀色の金属塊を錬成陣の中央に置く。両手を錬成陣の左右に添え、念を凝らしている様子。


 数秒後、錬成陣が青く輝き、陣に置かれた金属がトロリと溶け、自らの意志を持つかのようにその姿を変えていく。

 錬成陣の光が収まった時、わたしの左手の紋章とよく似たブローチがそこにはあった。人の手ではなし得ないであろう滑らかな表面と細かい造型は、まるで月の光を宿したかのような優美な輝きを湛えている。

 ブローチと共に細いチェーンが繋がった小さなメダルも添えられていた。


「普段から、このピンブローチを身につけていてくれるかい? 女神テラ様の紋章だ。そしてこっちのメダルは錬金ギルドの紋章。ブローチからチェーンで下げておけるようになってる。これを身につけている人間は錬金ギルドの保護下にあるって証明になる。

 他のギルドの連中も今頃同じような紋章モノを準備してる。ぜんぶ付けたら胸元がじゃらじゃらしちまうかな。

 昨日の話じゃ、あんたは女神テラ様から守りの加護も頂いているって話だったけれど、それが見えない連中からあんたを守るために、一目で分かる印が必要なんだよ」


 ピンを含め10センチほど、銀色に白く輝く女神テラ様の紋章。そしてわたしの後ろ盾として力添えくださる皆さんの思い。


「ありがとうございます。ありがたく頂戴します」


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