第2話 城壁とシチューと蒸留酒
目を開けたら、硬く踏みしめられた街道脇の草原にたたずんでいた。晴れ渡る空、暖かい小春日和の陽気に鳥の鳴き声が聞こえる。
草原の向こう、小高い丘には草を食む大きな獣が数頭。なんという名前なのか見分けは付かない。
街道まで出て、道の先を眺める。街道の一方はこんもりと茂った森の脇をとおり地平線に消えている。もう一方は草原の中を縫って進み遠くに城壁の様な構造物が見える。
……城壁……。『テラシオンという町』って軽く言われたけど、あれ絶対町って規模じゃないよ……。
どうも
ちょっと引き締めて掛からないと間違いなく大事に巻き込まれるわこれ……。
先程まで立ってたあたりでは猫族のサラがあっちを見こっちを見している。警戒しているのか好奇心なのか、よくわからない。正にネコ。でっかいネコ。癒し枠、かなぁ。わたしより二回りくらい大きいけど。ふつうに抱えられて運搬されちゃうし。
私たちは
サラは猫族の特徴というか、動きやすさが身上というか、サンダルに膝まで覆うゲートル、太ともも剥き出しのキュロットスカート、胴体はレザーアーマーで覆いその下はホルターネックのオープンショルダーだ。大きめのバッグを背負い、腰にはマントをくくっている。
サラの職業は冒険者となるらしく、腰には刃渡り40センチほどのナイフを2本、左右に帯びている。本人曰く「武器じゃなくて道具にゃ」らしい。包丁の代わりかしら。ちなみに武器はと聞くと身体強化の魔法にゃ、とどや顔していた。
「ねぇ、サラ〜。街に入ったら、ご主人じゃなくてふつうにレイカって呼んで」
「わかったにゃ。ん? もう街行くにゃ?」
「とりあえずアテもないしねぇ」
「そんじゃあ、のんびり行くにゃ」
穏やかにそよぐ風の中、サラとふたり並んで歩く。
「サラは
「ここらあたりで冒険者してたにゃ。これでも信心深いから呼ばれたんじゃにゃいか? 教会の孤児院で育ったし、今も孤児院に寄進してるにゃ」
「わたしの従僕なんて、イヤじゃない?」
「なんもイヤじゃないにゃ。おもしろそーな話だからのったにゃ」横目で見たらまたにまにましてる。このデカネコめ……。
「冒険者……。冒険者ってどんな仕事してるの?」
「そうだにゃ〜、なりたての頃は冒険者ギルドから仕事斡旋してもらって、薬草摘んできたり
1日働いて一夜の宿と食事2回分くらいにはなるにゃ。金額で言うと500〜600ソリダルにゃ。安い宿で一晩300ソリダルくらいかにゃ。お金は10ソリダル銅貨、1,000ソリダル銀貨、100,000ソリダル金貨があるにゃ。それ以上は見たことないからわからんにゃ。
それなりに冒険者続けてたら、そのうち護衛とか討伐の仕事もらえるにゃ。もちろん装備とか腕が無いとムリにゃ。そのまえに死んじゃう奴もそれなりに居るにゃ。
相性のいいスキル持ってる連中でパーティー組んでデカい仕事請けるとか、お貴族様に気に入られたら街から街へ渡って名を上げてくにゃ」
腕一本の世界か……。冒険者ギルド、一度のぞきに行こう。そんな事を考えている間もサラの解説は続く。
「ギルドと言えば錬金ギルドとか魔術ギルド、商業ギルドとか色々あるにゃ。レーカは錬金ギルドに入るべきにゃ」
「入らないと駄目?」
「ダメじゃないけど後々めんどいにゃ。おとなしくみかじめ料払っとくにゃ」
あああ、そういう。
「わかった。落ち着いたら入る。あと冒険者ギルドも観に行きたい」
「冒険者になるにゃ?」
「なれるかな……。どう思う?」サラが立ち止まり、くるりとこっちを向く。上から下までなめ回すように見てくる。
「……まぁ、薬草採取がせいぜいにゃ」このデカネコ……。
他愛もないおしゃべりを続けていると、いつしか先程見えた城壁がいよいよ大きくなってきた。城門が近づくにつれ、街道脇の広場に止められた馬車や天幕が目につくように。行商人さんかな、他の商人さんたちと商談してるっぽい。
「あああ。これは都市だね」城門にたどり着いた第一声がこれだった。
城門は開かれ、
「テラシオンへようこそ、旅の方」声は掛けられたけど、素通りでいいのかな……。歩みを止めず、ぺこっと会釈だけして街に入った。
「やっぱり“ちょっとした町”って規模じゃないよ……」
城門から続く目抜き通りの石畳に馬車が行き交う。通りの両脇には宿や酒場が建ち並んでいる。城門の外にもかなりの数の天幕が張られていたけれど、町の中も凄い賑わいだ。
「ねぇサラ、この街、テラシオン。だいぶ大きい街だよね?」
「ん? そうにゃ。ここいらの中継?中核?都市にゃ。前に護衛した商人がエラい儲けてウハウハ言ってたにゃ」おおぅ……。
小腹が空いてきたので、通りの脇に出ていた出店で串焼きを買う。柔らかく分厚い肉と、キノコが交互に串を入れられている。シンプルに荒く塩が振られている。絶品。
串にかぶりつきながら歩くこと10分。東西南北方向の目抜き通りのど真ん中、噴水のある広場にたどり着いた。
二本の通りが十字に交差し、その真ん中が2段の噴水。噴水の周りを取り囲むように通りが取り囲み、馬車がくるりと曲がっていった。
噴水は豊かな水量で吹き出し、涼しげな風がながれてくる。自噴式かな? それとも魔法? 下の水溜のヘリに腰掛けておしゃべりしている親子がいる。町の憩いの場になっているようだ。
「さてと。
「あれにゃ」
「おおぅ……」 ×教会、○大聖堂。若干泣きが入った私の頭をサラが撫でてくる。
「ほれ、諦めて挨拶行くにゃ」半ば抱きかかえられるように大聖堂へ向かった。
重い木製の扉を押し開けると、静寂と安堵の空気が私たちを包み込む。大聖堂は静かに清浄な空気で満ちていた。
神職の衣を纏った神官が祈りの姿勢からゆっくりと立ち上がり、歩み寄ってきた。彼の顔には穏やかな微笑みが浮かび、両手を広げて迎え入れるような姿勢を見せた。
「ようこそ、テラの子たち。我々は貴女たちの訪れを心待ちにしておりました」神官は厳かに言葉を紡ぐ。声おっきくない?
「女神テラの神託により、レーカ様とサラ様をここでお迎えするよう命じられております。テラの意志はこのテラシオンにおいても絶大なものであり、その神託は我々の生活の礎となっております」ほら、みんなこっち見てるよ? 声大きいってば。
「レーカ様、サラ様。女神テラはあなた方に大きな役割をお与えになりました。テラディオス大陸のバランスを保ち、そして修復する使命です。
我々はその支援を惜しみません。どうぞこの大聖堂をあなた方の活動の拠点としてご利用ください。
申し遅れました。私はエドモンド・セラフィム。エドモンドとお呼びください」聖堂にいた他の神官やシスター達がエドモンド様の後ろに集まり皆穏やかな笑みを浮かべている。いたたまれない……。
「はあ、ありがとうございますエドモンド様。よろしくお願い致します」
「よろしくにゃ〜」力の抜けきったサラの声がもう何よりの癒しだよ……。
場所を聖堂から裏の食堂へ移し、街のことや神託の事についてお話。またも問題が発生した。
「災厄は20年前、ですか……」なーんかあれもこれも聞いてた事とズレズレですよ……。
「ええ、かれこれ20年にはなりますな。大幅な人口減はたしかに起こりまして、皆力を合わせ乗り切ろうとしておる最中です。
神託によりますとレーカ様は食料品や薬品、鉄やガラスなどの大規模な製造が行えるという御業を受けられたとか」
「はい、
「確かにその通りでしょうな。では、当教会が管理しております平原と森のあたりをお使いください。今は使う者のない木こり小屋があります。
人手が必要であれば孤児院の子らにも手伝わせますので」トントン拍子とはこのことか。
「孤児院の子たちならみんな知ってるから任せるにゃ!」サラのどや顔は置いといて話を進める。
「
「レーカ様サラ様の事、御業の事、広い土地が必要になるという事、ですな」
「分かりました。では明日の朝から、まず木こり小屋へ行ってみます」
「心得ました。では、今夜からこちらに泊まりください。修道院に空きの部屋があります。お二人1室でよろしいですかな?」
「はい、お言葉に甘えさせてください。サラ、一緒の部屋でいい?」
「はいにゃ〜」意外とおとなしく座ってたサラが答える。信心深いのはホントみたいだね。
「疲れた」マントと鞄を放り出し、ぼふんとベッドに突っ伏す。向かいのベッドにはサラが腰掛けている。
「レーカは体力ないにゃ〜。ちっこいからしゃーなしにゃ」
「ちっこくない」
「はいはいちっこくないちっこくない。ご飯どうするにゃ?」
「も少ししたら食べに行く」エドモンド様にはベッドだけお借りし、食事については遠慮させてもらった。テラ様にそれなりのお金もらってるし、肩身せまいからね……。
「あんまり遅くなると店しまるにゃ。寝ちゃだめにゃ」また脇をがっしりと掴まれて、ベッドから引き剥がされた。つらい。
「ううぅ……」
「近くにシチューの美味い店あるにゃ。そこ行くにゃ」ぶらーんと吊り下げられたまま修道院を後にした。
「空いてるにゃ〜?」サラがむん、と重く硬い扉を押し開くと、アルコールと人いきれ、ガヤガヤとした賑わいが聞こえてきた。
「あら〜サラ、久しぶりじゃない。空いてるとこ適当に座ってて!」恰幅のいい給仕さんが店の反対側から声を掛けてくる。大盛況だね。
「んじゃここにするにゃ」壁際の4人がけテーブルに腰を落ち着ける。テーブルには前の客の食器が残っているが、まぁこんなもんだろう。
「はいいらっしゃい。しばらく見なかったけど王都にでも行ってたのかい?」先程の給仕さんが手早くテーブルを片付けながらサラと話してる。
「あたらしい仕事請け負ってたにゃ。こっちのレーカの護衛にゃ」
「あらあら、よろしくね。あたしゃベロニカだよ」にかっと笑いがこぼれるベロニカさん。女将さんだね、貫禄が女将。
「レイカです。今日この街に来て、テラ様の修道院でお世話になってます」
「じゃあご近所さんだね、うちの店はシチューしか出ないけど、具は日替わりだから飽きさせないよ!今日はウズラだよ」
「大盛り二人前とパンにゃ!」サラの口はもうむにゅむにゅしてる。よだれ出てきてるぽい。
「はいよ、ちょっとまっとくれ」すすっと厨房へもどるベロニカさん。
店の中をぐるっと見渡す。親子連れ、商人ぽい一団、冒険者たち、一様に朗らかだ。シチューに舌鼓を打ち、酒を干している。この世界のお酒ってどんなものだろう?
「サラ、お酒ってどんな種類あるの?」
「んーと、どこでも飲めるのがビールとワインにゃ。どっちも水代わりに飲まれてるにゃ。何日もかかる旅なら樽に入れたワイン必須にゃ。
あとー、もっと北だとリンゴで作るシードルってのがあるって聞いたことあるにゃ。逆に南のここいらだと蜂蜜で作るミードが飲めるにゃ」
「蒸留酒はないの?」
「じょーりゅー……? 聞いた事ないにゃ」
なるほど……。ビールとワインがあるなら、蒸留してウィスキーとブランデー作れるな。リンゴのワインからカルヴァドスも作れる。
「はいお待ち! 熱いからやけどしないでね」
大きめのスープボウルになみなみと、具が盛りだくさんのシチュー。カゴに山盛りのパンと木の匙が並べられた。
サラが手を組み瞑目して感謝の言葉を口にする。わたしも併せて手を組み瞑目。
「大地の母テラよ、豊かなる恵みに深く感謝します。
我らに与えられた食物は、あなたの温もりと光によって育まれました。
この食事が、力と健康をもたらし、日々の生活に彩りを加えますように。
テラよ、この結びつきと恵みに感謝します」
「今日のウズラもうまいにゃ〜!」
サラご満悦である。黄色い脂が厚く浮いたシチューから、木の匙でウズラ肉とキノコを掬い口に含む。ウズラ肉の力強いうま味と食感、キノコの風味がシンプルな塩味を引き立てている。確かに美味しい。麦の味が直接感じられるパンとの相性も抜群だ。
「
「この店は特に美味い部類に入るにゃ、でも他の店も美味いもん出すにゃ。食べ物は心配ないにゃ」とサラも囁き返してくる。
「でも、じゃあホントにわたしアーシャレントで何しよう……?」
「ん? そういやレーカはなにしに来たにゃ?」
ええっと……。それはわたしが聞きたいのですよ……。
熱いシチューとパンでお腹もくちくなったので修道院へ戻る。夜風が心地よい。
「この街の治安って良い方?悪い方?」となりのサラに聞く。
「レーカにとっては治安悪いにゃ。一人でふらふらしてたら攫われるにゃ」
「ああ、はい。わかりました」見ての通りエルフのちっこい女の子だからねぇ……。
「わかればよろしいにゃ。でも普通に昼間は治安いいにゃ。夜とか路地裏は治安悪いにゃ。この街にはスラムはにゃーけど、スラムは絶対に近寄っちゃダメにゃ。死ぬにゃ。
あとはおいおいこの街のどこに何があるとか、ギルドとか衛兵の詰め所とかに連れてくにゃ」わたしの従僕さんはとても優秀なのである。
こうしてアーシャレントに転移して一日目が暮れていった。
礼拝の後は広場へ。働きに出る大人達に交じり、出店で串焼きを買う。
「今日は、まず貸してもらえた木こり小屋を観に行って、そのあとで錬金ギルドと冒険者ギルドに行こっか」
「わかったにゃ。でも錬金ギルド行くならエドモンド師に一緒に行ってもらった方がいいにゃ」
「なんで?」
「レーカが
もう一度聖堂へ戻り、昼過ぎにエドモンド師のお時間を頂いた。「喜んでご一緒します」と言ってくれたのが有難かったね。
サラが孤児院に寄るというので聖堂の裏手へ。働きに出ていない小さな子を4人ほど連れてきた。
「せっかく森に行くから薬草とか取ってくるにゃ」だそうだ。
今日も天気がいい。聖堂から目的の草原までは子供の脚で小一時間らしい。わたしもサラも両手に1人ずつ子供と手を繋ぎゆっくり歩いている。
「おねえちゃんはエルフなの?」4人の中ではいちばん小さな女の子、エレンちゃんがわたしを見上げながら聞いてくる。目がきらっきらしてる。
「そうよ、エルフなの。サラお姉ちゃんといっしょにお仕事してるのよ」
「どんなお仕事?」反対側で繋いだ手をぶんぶん振ってくるウィリアム君が聞いてくる。
「錬金術を使って色々なモノをつくるお仕事よ」と答えたら子供達大歓喜。錬金術師は珍しいらしく、“よく分からないけどすごい”人、らしい。
わいわいと騒ぎながら小一時間、教会の森に到着した。見える範囲の森は下生えが丁寧に刈られ、新緑が息吹く枝葉の間から光がチラチラと地面に落ちていた。程よく人の手が入った管理された森のようだ。
サラは、孤児院から連れてきた子供たちに向かって話し始めた。
「森は美味しーものの宝庫にゃ。けど、森の深部には危険が沢山隠れてるから、原っぱが見えるトコまでしか入っちゃダメにゃ。
この森は薬草や食べれる果実、木の実がたくさんあるにゃ。それを見分けられるようになるのが今日の目的にゃ~」
子供たちも一様に興味津々の表情で、サラの言葉に耳を傾けている。
「じゃあ、一緒に見てみるにゃ。これは薬草、ハーベリンにゃ。この葉を煎じると軽い頭痛に効くにゃ」とサラは薬草を指さしながら教えている。普段はあんな感じだけど子供好きないいお姉ちゃんだ。子供たちは目を輝かせ、慎重にその葉を手に取り、サラが見せる通りに匂いを嗅いだり、葉の形を覚えようと必死。
「こっちにあるのはフェアリーベリーにゃ。美味しそーな赤い実をつけるけれど、これは食べちゃダメにゃ。食べたらお腹壊すにゃ〜」とサラはわざと怖がらせるような口調。子供たちは一斉に実のある枝から目を離し、恐る恐るその特徴的な二股の葉を見ている。
さて、わたしもここに来た目的を果たさないとね。サラに木こり小屋を指さし口だけで見てくるといい、サラも頷く。50メートルも離れてないし危険はないでしょう。
木こり小屋は、まぁふつうの小屋、かな? 5メートル×4メートルくらい。入り口とは反対の壁に簡単な暖炉があって、あとは書き物机と簡素なベッドがあるだけ。こっそり界の本を読むには良いかも。静かだし。
小屋にあった箒で軽く掃き掃除をして小屋を出ると、サラと子供達の採集教室が続いていた。小屋の周りを一回りしてみると、日陰の壁に薪が積んであった。でも斧とかないね? 余所から運んできてるのかな。
小屋の表に戻って草原を見渡す。一面に草が生い茂ってるワケでもなく、あちこち土が露出してる。水場はなさそう。長期滞在するならあれこれ持ち込まないとだね。
薪を一抱え頂戴してきて井桁に組む。スツール代わりに腰掛けてしばし黙考。
錬金術師的な扱いだけど、わたしに出来るのはプラント管理。では、アーシャレントでプラント作って何を製造しようか。
蒸留酒とか肥料、板ガラスはすぐにでも作れるかな。板ガラスから鏡も作れる。アーシャレントの鏡はどんなだろう。青銅鏡とか錫張りの鏡かな? あと原油が存在したら液体燃料とかプラスチックも。缶詰とかも作れば他の大陸との交易にも繋がる、かな? 金属精製とか製薬とか、紡績に製紙……。
出来ることは無限にあるけど、
先にいくつかプラント建設して、実際に何が出来るかを実証した方がいいかな……。
ん? そういやそもそもプラントを建設ってどうやるの……? ちょっと
左手の甲に鮮やかに刻まれた緑の紋章に意識を集中し目をつぶる。数瞬で目の前にいつかの平原が浮かび上がった。
「
「あらあら、レイカさん。いらっしゃい。アーシャレントでの生活はいかが?」
「はい、サラが居てくれるおかげもあって快適です。食べ物も美味しいですし、エドモンド師にも良くしてもらってます」
「それはよかったですね。さて、今日はプラント管理の加護についてですか?」さすが女神。聞く前に把握されてる。
「はい、結局どうしたらプラント作れるのでしょう?」
「そうですね。何を作りたいか、どれほどの規模で作りたいのか、それから“魔素”は当然として、原料をどれほど準備するのか。
この当たりを決めた上で、プラントを設置する場所に手を置き、左手の紋章に願えば良い、ようですね」
「なるほど……。ということは、わたしの想像というか知識がすべての基準となるのですね」
「はい。レイカさんの認識・認知が全てです。レイカさんが“プラントである”と認識しているものが目の前に出現します」
……これは多分無敵……。
「ありがとうございます
「はい、よろしく励んでください。でも、あまりムリはしないように。レイカさんが思うように進めてくださいね」
そこで意識は小屋の前に戻ったようだ。サラと子供達は楽しそうな声を上げて木を見上げている。
さて。じゃあ作ろうか、
「原料はこの街で一般的に飲まれている白ワイン。“魔素”は自然界に存在している物を吸収。施設の材料は銅。
原料を投入、“魔素”により加熱しエタノールを揮発、エタノール蒸気を“魔素”により冷却しタンクへ保存。いわゆるディスティラリーだね。
加熱温度はノブで変更出来るように。タンクに貯まるブランデー原液は樫の樽で熟成しないとだけど、樽に詰めて保管するだけでしょ? それは別工程になるかなぁ……」
もともとお酒は嗜んでいたし、蒸留所への見学会に参加したこともあるので大凡の雰囲気はわかる。ま、初回だし失敗ありきで行きましょう!
「かけ声あったほうがいいのかな? まあいいや。プラント生成!」ちょっと辺りを見回したけど、錬金術師っぽいかなってかけ声あげてみた。ちょっとだけ気持ち良い。
手をついていた地面当たりがまばゆく光り、地面から4メートル四方くらいの蒸留器が地面から生えてきた。右にワインを投入するタンク、下には温度計とノブが付いた操作盤、中央に釜とそこから細く伸びたノズル、それが左にぐるぐると渦をまき左下のタンクに繋がっている。うん、ディスティラリーっぽい。
「なしたにゃ〜?」サラがちょっと慌てたふうにやってくる。子供達もくっついてきて、蒸留器を取り囲んでる。
「結局、頂いた加護でなにが出来るかわかんないから、ちょっとしたモノ作ってみた」
「ちょっとしたものじゃにゃくにゃいかにゃこれ……」口半開きで呆けたように見上げてる。
「ワインあるでしょ? このプラントにワインを入れると、ブランデーっていうもっと酒精の強い別のお酒が出てくるの。蒸留器っていうプラント」
「そのぶらんでーは美味い酒にゃ?」
「出来てすぐは強いだけなんだけど、樫の木で作った樽で何年か寝かせたら
この一口は、まるで遥かなる丘陵を渡る暖かい夕日のように、喉を滑り落ちる。
その滑らかな流れは、古木に囁く秋風のように、静かで、穏やかで、心地よい。熟成したオーク樽の息吹を帯びたその液体は、古い書物のページをめくるかのように、層をなす風味がひろがる。
豊かな果実とスパイスの余韻は、紡がれたばかりの絹糸のように、細やかで繊細。その温もりが喉を通り抜けるとき、時間さえゆっくりと流れるかのように、静謐な余韻が胸の内を満たしてゆく。
このグラスにあるはただの飲み物でなく、詩的な情景を呼び覚ます魔法のような存在。それは炎にあたりながら語られる古の物語のように、心に深く染み渡る。
とか表現する酒飲みも居るよ」
「それは一体どこの吟遊詩人にゃ……。でも売れるにゃ。大店の商人んとこ持ってくにゃ」半ばあきれ顔のサラだが、やはり商人さんに持って行くべきか……。
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