第12話

「えっと、彼氏さんとかではなくてですか…?」

「彼氏?何言ってるの?」


 眉をひそめて心底何を言っているか分からない様子で冬華ちゃんは首を傾げた。


「年上の彼氏さんじゃ…」

「私彼氏とかいた事ないけど。何の話してるのよ」


 だってついこないだ冬華ちゃんがさっきの彼氏さんと仲良さげにデートしてるところ見たし、私に見せたことないような自然に甘える感じだしてたし。


「そ、そりゃあ父親が相手なら多少は甘えたりするでしょう」


 ちょっとだけ照れたようにそっぽを向く冬華ちゃんも可愛いけど、今はそんな冬華ちゃんを堪能する余裕もない。


「ぜ、全部私の勘違いだったって……こと…?」

「勘違い?」


 冬華ちゃんに彼氏がいたから、私は一時的に身を引いたのだ。冬華ちゃんの幸せを邪魔しないように、自分の想いを押し殺して、痛む心を無視して、涙を飲んで冬華ちゃんの為にと全てを諦めたのだ。それが全部私の勘違いで、一方的に勝手にやらかしたことだった。


 ただ思い違いをして失恋したつもりになって泣いていたとか、あまりにも自分勝手なやつすぎて違う意味で泣きたくなる。


 これじゃあ失恋したと思い込んだ日から今日までの時間は全て無駄だったということじゃないか。


「え、で、でもさ、お父さんがいるならなんで態々私の家で暮らすように冬華ちゃんママは言ったの?」


 私の家からここまで電車で数駅の距離だ。それくらいなら普通に高校まで通える距離だし、態々得体の知れない私なんかの家に冬華ちゃんを住まわせた御母堂様の意思が分からない。


「それは私のお父さんも転勤族だからよ。マ……お母さんは海外で仕事してるけど、お父さんも日本中行ったり来たりしてるの。この辺にもいつまで住んでるか分かんないから、それならいっそ仲の良い子と一緒に暮らした方が幸せでしょってお母さんが」

「は、はぁ。なるほど?」


 とりあえず今の話で分かったのは、冬華ちゃんは油断するとご両親の事をパパママ呼びしちゃうことと、ご両親がお仕事大変な人達ってことだけだ。それ以外の最後の所はちょっと意味が分からない。だって、仲の良い子ってのは私には当てはまらないから。


 冬華ちゃんに彼氏がいたってことは勘違いだったらしいけど、結局のところ私が失恋したことに違いは無いのだ。恋で盲目になっていた頃は自分の中でその辺曖昧にしちゃってたけど、私はもう何度も冬華ちゃんに振られている身。それなのに、懲りずに何度も付き纏って好き好き言い続けて、ストーカー紛いのことをしていた私のことを冬華ちゃんが仲良い人だなんて思っているずがない。


「手洗ったらこれで拭いて。早く小雪のところ行きましょ」

「…うん」


 なんで私はあんなキモイムーブしちゃったんだろう。もう少しマトモな言動を心掛けていたら、まだマシな状況だったはずなのに、毎日最低でも1回は告白して振られるのを繰り返していたせいで、我に返った今冬華ちゃんの顔を直視できない。主に罪悪感のせいで。


「小雪ー!久しぶり。会いたかったよ」


 リビングに戻った冬華ちゃんは嬉しそうに猫ちゃんに話しかけていて、いつもの落ち着いた雰囲気は微塵も感じられない。きっとあれが冬華ちゃんが心を許した相手にだけ見せる表情なのだろう。あの顔を見ることが出来たのは、ここが冬華ちゃんのお父様のお家で、相手が冬華ちゃんが溺愛する猫様だから。私の家で、相手が私なら悔しいけどあんな表情してくれない。


「むぅ……」


 だいぶ取り返しのつかない失恋の仕方をした自覚はあるけど、それでも好きなものは好きなわけで、冬華ちゃんのお胸を占領する猫が恨めしくて仕方ない。そこは私の席にしたかったのに。


「綾瀬も撫でてあげてよ。小雪人懐っこいから!」

「いいの?」


 ニコニコ笑顔の冬華ちゃんに見つめられたら、私のちっぽけな嫉妬心なんて簡単に霧散する。更に白いふわふわの猫ちゃんを撫でてみれば、気持ちよさそうにゴロゴロ鳴いてくれて、瞬時に心が満たされた。なにこれ可愛い。冬華ちゃんの次に可愛い。


「あーあ。また明日から小雪と離れ離れかー。パパそろそろ関西支部いくらしいし、暫くは小雪にも会えないね」

「そうなんだ。家で猫ちゃん預かるのは駄目なの?」

「え!いいの?」


 猫ちゃんを撫でながら冬華ちゃんが寂しそうに洩らすから、気がついたらそんな提案をしていた。幸いなことに我が家に元々住んでいたのは私だけだから、猫嫌いの人がいるわけではない。それなら冬華ちゃんと、冬華ちゃんのお父様が許可すれば、我が家で猫ちゃんを預かることも可能だ。


「パパいいよね?」

「そりゃあ、あっちこっち転々とする僕よりは、ずっと同じ家の二人に預かってもらった方が小雪もストレスが無いだろうけど、大丈夫かい?」


 私だけだったら絶対無理だけど、元々猫ちゃんのお世話をしていた冬華ちゃんがいるなら、我が家で預かってなんの問題もないだろう。むしろペットって飼ったことないから少しだけ楽しみかもしれない。猫ちゃんを間に挟めば冬華ちゃんとの気まずい空気も多少は緩和してくれるかもしれないし。


「それならお願いしようかな。小雪のお世話に必要なものは郵送するから、準備が出来次第小雪のお引越しということで」

「やったー!小雪とこれからは一緒だ」


 猫ちゃんを抱き上げて嬉しそうにしている冬華ちゃんをみれば、本当に猫ちゃんのことが大好きなんだって伝わってくる。


「でも小雪が居なくなっちゃうと寂しくなるなぁ。冬華も居なくなっちゃったし、関西で1人かぁ…」


 冬華ちゃんのお父様は寂しそうに項垂れているけど、今の冬華ちゃん相手にやっぱ無しなんて言えやしないだろう。


「家で準備することってなにかある?買っとくものとか……くしゅ…!」


 話の途中でふいにくしゃみが出た。なんだか目も痒くなってきたし急に花粉症みたいな症状が出てきた。まだ冬なのに、花粉飛んでるのかな。


「大丈夫?」

「だ、大丈夫だよ………くしゅんっ!」


 我慢ならなくて連続でくしゃみが出続ける。目の痒さもどんどん酷くなってきたし、ふと腕をみれば赤いポツポツが浮かび上がってきた。


「あー、小雪を預ける話はやっぱりなかったことにしようか」

「どうしてですか…?」


 目を擦りながら冬華ちゃんのお父様を見ると、苦笑いしながら猫ちゃんを抱き上げるところだった。


「恐らくだけど、明莉ちゃんは猫アレルギーっぽいから」

「そ、そんな」

「そういうことだから、冬華も我慢してな」

「むむ……」


 私が猫アレルギーなせいで猫ちゃんが家で飼えない。猫と再び暮らすことで喜んでいた冬華ちゃんの姿は過去一のもので、それを私の体質のせいで取り上げてしまった。このままじゃ私と冬華ちゃんの同居を解消することに繋がってしまう。


 だって嫌いなやつとなんかより、大好きな家族の猫と暮らした方がずっと幸せだろうし、どっちかしか取れないなら当然家族の猫を取るはずだから。


「………おわた」


 気まずくとも幸せだった好きな人とのひとつ屋根の下での暮らし。今ここに終了の鐘が鳴り響きましたとさ…。最悪。

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