第11話

 冬華ちゃんと一緒に暮らすようになって早数日。冬華ちゃんの彼氏さんに遠慮して離れたと思った距離は、再び近づきかけていた。


 そもそも同居する事になって適度な距離を保つことが難しくなってしまったというのに、冬華ちゃんが登下校の道程を態々私と時間を合わせてくれるから、一日の殆どを共に過ごすことになってしまっている。


 常に視界の中に冬華ちゃんがいるのは私にとっては幸せでしかないけど、冬華ちゃんにとってはどうだろう。仲良くもない奴とひとつ屋根の下で暮らすことすら嫌だろうに、家の外でも私と一緒とか可哀想すぎる。しかも、殆どの時間を私と過ごしているせいで、冬華ちゃんは一切彼氏さんに会いに行けてない。


 冬華ちゃんが彼氏さんと上手くいかないのは喜ぶところなのかもしれないけど、今ある冬華ちゃんの幸せを奪っているって考えたら素直に喜ぶことも出来ない。今の私じゃあ冬華ちゃんを幸せには出来ないのだから。なぜなら、私は冬華ちゃんには選ばれなかったから。冬華ちゃんを私の手で幸せにしてあげる資格はまだないのだ。


「ってなわけで、今日は別行動にしませんか?」

「どんな訳なのか分からないけど、嫌よ」

「冬華ちゃんは放課後に個人的に行きたいところとかないの?」


 具体的には年上のイケメン彼氏のところとか。


「特には………あ…」

「何か思い当たる節がありそうだね。遠慮しないで行ってきてもいいんだよ?私はお家で夕飯作ってるから」


 以前見かけた時は心底懐いているように見えたけど、冬華ちゃんにとって彼氏さんってそこまで優先度高くないのだろうか。そうだったら彼氏さんにちょっと同情してしまいそうだ。こんなに可愛い彼女がいるのに、全然会えないでいるなんて私だったら耐えられない。


「ちょっと会いたい子がいるんだけど、よかったら綾瀬も一緒に行かない?」

「会いたい子…?」


 彼氏さんのことかな。でも歳上のイケメン彼氏を会いたい子呼ばわりするだろうか。ただの言い間違いかな。


「それ私がついて行ってもいいやつなの?」

「綾瀬が嫌じゃなければ別に。すっごく可愛いから、出来るなら綾瀬にも会わせてあげたいの」


 以前見た彼氏さんは可愛いよりカッコイイ系だったけど、実際の性格は違うのだろうか。可愛い系の年上彼氏ってことなのかもしれない。


「えーっと……冬華ちゃんがそう言うなら会ってみようかな」

「よかった。ちょっと連絡するから待ってて」

「はーい」


 本当は恋敵になんて会いたくもないけど、冬華ちゃんにお願いされたら首を横に振るわけにはいかない。それにしても、なんで自分が振った相手に自分の恋人を紹介しようってなるんだろう。もしかしたら彼氏さんの高スペックなところを見せて、私の心を折ろうとしているのかな。そんなことしなくても、とっくに私のメンタルは失恋でボロボロですよ。


「よかった。今日は家にいるらしいから、会いに行けるわ。すぐに行ける?」

「もちろん!冬華ちゃんのお誘いならいつなんどきだろうと関係ないですよ!」


 彼氏さんと会えなくて寂しいなんて雰囲気全く無かったのに、いざ会いに行けるとなると露骨に嬉しそうにするあたり、本当に好きなんだ。


 張り切って支度している冬華ちゃんを見て、改めて失恋したんだって理解する。


「あ、そうだ。制服では行かない方がいいわよ。多少汚れてもいい服に着替えてきて」

「なんで?」

「なんでって、汚れるかもしれないからよ。あと黒い服は目立つからやめた方がいいかもしれないわ」

「なんで??」


 彼氏さんに会いに行くだけで、なんで汚れてもいい服に着替えるのだろうか。冬華ちゃんの彼氏って山の中に住んでたりするの…?それに黒が目立ってよくないって、なんでだ。…………蜂か…?山の奥深くに住む蜂が彼氏なの?


「暗くなる前に行きたいから、早めに支度してね」

「あ、はい」


 私の頭の上には?が沢山浮かんでいるけど、楽しそうにしている冬華ちゃんを見て追加の質問は飲み込んだ。あんまりここで時間を使っちゃうと、彼氏さんと過ごす時間が無くなっちゃうから。


「よしっ。準備できた!もう行けるよ冬華ちゃん」

「私も丁度支度終わったところ。それじゃあ行きましょうか」


 冬華ちゃんの案内で家を出て、電車に乗って数駅先まで移動する。日常の行動範囲が狭い高校生的にはそこそこ移動した感じするけど、大人になると電車で数駅程度なら近い部類になるのだろうか。


「ここよ」

「おぉ…。立派なマンションだ」


 駅から徒歩10分とちょっと。立地的にも悪くない場所に、小綺麗なマンションが聳え立っていた。


「えーっと、鍵は…。あったあった」


 1階のエントランスでドキドキしていたら、冬華ちゃんがおもむろに鍵を取り出して、オートロックの扉を開けてしまった。


 てっきり冬華ちゃんと彼氏さんは付き合いたてなんだと思っていたけど、実際は合鍵を渡す程度には深い付き合いだったのかもしれない。


「ただいまー。さ、綾瀬も入って」


 7階の角部屋まで迷うことなく辿り着いた私達は、1階のエントランスと同様に冬華ちゃんの手によって開かれた扉を潜る。


 それにしても、ただいまか。私達の住む家じゃなくて、やっぱり冬華ちゃんにとっては彼氏さんの住む家の方が自分の家だと思えるのかもしれない。ちょっとだけショックだ。


「おっ、冬華おかえり。それと、明莉ちゃんだったかな?いらっしゃい」

「お、お邪魔します」


 冬華ちゃんに案内されたリビングには、以前見かけた私の恋敵さんがソファで優雅に寛いでいた。可愛らしい猫ちゃんを膝の上に乗せて。


「小雪ただいまー!会いたかった!」


 冬華ちゃんは持っていた荷物を全て床に放り捨て、彼氏さんの膝上の猫に突撃して行った。


「おいおい冬華。まずは手を洗ってきてからにしなさいな」

「うるさいなぁ。久しぶりの小雪なんだから少しくらいいいじゃん」

「それに客人を立たせたままじゃ失礼だろう。まずはやることやってから」

「……はーい」


 なんだか恋人同士というより、親子みたいな会話だったけど、年の差カップルってみんなこんなものなのかな。


「待たせてごめんなさい。とりあえず洗面所はそっちにあるから」

「あ、うん」

「手洗ってくるけど、パ……お父さん勝手に小雪を独り占めしないでよ?今日は綾瀬を小雪に紹介しに来たんだから」

「はいはい。明莉ちゃんは紅茶飲めたかな?珈琲もあるけどどっちがいい?」

「え、あ、珈琲でお願いします!」


 仲睦まじい会話が飛び交ったけど、冬華の彼氏さんの呼び方に違和感があったような。私の聞き間違いでなければ、名前とかじゃなくて。


「あ、あのさ、冬華ちゃん」

「なに?紅茶の方がよかった?」

「いや、そうじゃなくて。あのお兄さんって一体……」

「説明してなかったかしら?あの人は私のパ……、お父さんよ」

「……………はい?」


 彼氏さんがお父さん…?つまりお父さんが彼氏さんで、彼氏さんがお父さん……?


 突然の情報に私のちっぽけな脳みその機能が停止した。


「なに急に宇宙猫みたいな顔して」


 冬華ちゃんのツッコミを聞いても、冬華ちゃんって宇宙猫知ってるんだって感想しか出てこなくて、我に返るのにかなりの時間を要した。

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