第9話

「むむ……むむむ…」


 朝の6時半。静まり返ったキッチンで私の唸り声だけが耳朶を打つ。


「これじゃあ流石に渋すぎるかなぁ……。女子高生が喜ぶ朝食じゃないよね………」


 我が家では幼い頃から朝食は和食が定番で、その名残で1人暮しが始まってからも朝は必ず和食を作っていた。だからいつも通りの朝食を私と冬華ちゃんの2人分用意したのだが、世間一般の女子高生はもう少しお洒落なものの方がよかっただろう。


「鮭の塩焼きにだし巻き玉子とほうれん草のお浸し。あとは昨日の夕食にする予定だった豚汁と白米って…」


 私としては好物が並んでいてテンション上がるのだが、果たして冬華ちゃんにはウケるかどうか。そもそもまだ料理の勉強をしている途中なのに、こんな形で冬華ちゃんに手料理を振る舞うことになってしまうとは。だが自分で食べる分だけ朝食を用意して、冬華ちゃんの分は無しとかあまりにも酷すぎる行動は私には出来なかった。


「いい匂い」

「あ、冬華ちゃんおはよう!朝ごはんできてるよ」


 普段のぱっちりお目目はなりを潜めて、寝起きの冬華ちゃんの眼は細められている。あれで前が見えるのだろうか。


「………なんで綾瀬がいるのかしら?」

「完全に寝惚けてるね。昨日からルームシェア始めたよね?」


 頭ぽわぽわしている冬華ちゃんとかレアすぎて眼福だ。目を擦りながら私が引いた椅子に座ってボーッと料理を眺めている冬華ちゃんは実年齢より幼く見えて、思わず抱きしめたくなってしまう。彼氏持ちにそんなことしないけど。


「これ、なに?」

「朝ごはんだよ。ちょっと渋かったかもしれないけど、よかったら食べ……」


 折角作ったしよかったら食べてくれって言おうとして、そもそも私なんかの手作り料理を嫌がるかもしれない可能性に思い至った。自分と冬華ちゃんの関係性について全く考えていなかった。


「あの、嫌だったら残していいからね。菓子パンとかなんもないけど、学校行く途中でコンビニ寄れば何か買えると思うから…」

「………いただきます」


 そろそろ目が覚めてきたのか、瞼が上がってきた冬華ちゃんに暫く見つめられる。何を思ったのか分からないけど、痛みを堪えるような表情で冬華ちゃんは微笑んだ。


「冬華ちゃんの口に合えばいいんだけど」

「うん。美味しい…。凄く美味しいわ」

「うぇ…!?なんでちょっと泣いてるの!?」


 全てのおかずを順に食べていって、最後に味噌汁を口に含んで一息ついた冬華ちゃんの目尻には、若干光るものがあった。


「なんでもない」

「そんなことないでしょ。泣くほど不味かった?嫌いなものあった?」


 今まで冬華ちゃんのお昼用のお弁当を作り続けていたけど、流石に泣かれたことはなかった。なのに久々の私の手料理でこんな反応をされるってことは、今までもずっと我慢させていた可能性すらあるわけだ。


「本当にごめんね。泣くほど嫌だったなんて思いもしなくて…。これからは各々で食事は」

「違う!嫌じゃない…!」


 地味に自信があった料理で泣かれたことと、ずっと冬華ちゃんが嫌がることをしてしまっていたというショックで私まで泣きそうになっていたら、冬華ちゃんが私の手を強く握り締めてくれた。


「嫌なわけない…。このご飯凄く美味しいし、その……今まで作ってくれていたお弁当もとても美味しかったもの」

「ほんと…?」


 冬華ちゃんとしては本当に珍しく、早口で捲し立てるように私のフォローをしてくれる。嫌いな女が相手のはずなのに、優しく励まそうとしてくれるとか、聖書の主人公だったりするのかもしれない。


「本当よ。今まで食べてきた料理の中で綾瀬が作るものが1番好きよ私」

「そっか……。そっかぁ。よかった」


 お世辞だって分かってはいるけど、でも冬華ちゃんの口から私の手料理が1番好きなんて言って貰える日がくるなんて思ってもみなかった。なんだか冬華ちゃんに少しでも認めて貰えたように錯覚して、先程までとは別の理由で涙が溢れそうになる。


「ちょっと綾瀬まで泣かないでよ。私が泣かせたみたいじゃない」

「ごめんごめん」


 実際に涙の原因は冬華ちゃんにあるわけだが、困らせたくないのでそれは秘密にしておく。


「美味しかったならさ、明日からも冬華ちゃんの家での食事は私が用意してもいい…?」

「私は嬉しいけど、大変じゃないの?」

「どうせ自分の分作るし、ついでだから手間は殆ど変わらないよ。それよりも、冬華ちゃんに喜んで貰えるの嬉しいから、許してくれるなら私に作らせて欲しいな」


 今改めて冬華ちゃんの食事風景を見て思った。こんなに幸せオーラを出しながら食べてくれるなら、作る側としても幸せなことだと。


 冬華ちゃんの胃袋を今掴んでも、結局彼氏さんがいるなら意味無いかもしれないけど、いつか冬華ちゃんがフリーになった時、ふと私の手料理を思い出してくれるくらい印象付けられれば私としても嬉しいし。


「そこまで言うなら…。悪いけどお願いしようかしら」

「喜んで!」


 冬華ちゃんの許可も出たことだし、これからは朝と夜は手料理を振る舞える。好きな人の食事管理できるとか、私前世でどんな徳を積んだのだろうか。どうせ前世でいいことをしたのなら、冬華ちゃんに彼氏なんてつくらないでくれたらよかったのに。


「冷めちゃう前にご飯食べちゃおっか!」

「ええ。いただきます」

「召し上がれ」


 向かい合って座って、同じ食卓を囲んで。なんだか夫婦みたいな風景に見えなくもないけど、実際は友達でもないただのクラスメイト。でも今だけは、私の手料理が1番好きって言ってくれたお世辞を真に受けて、悦に浸ってもバチは当たらないだろう。

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