第8話
由乃ちゃんと冬華ちゃんのお母様である遥香さんが知り合ったのは、互いに仕事で訪れていたアメリカだったらしい。一緒に仕事をする内に意気投合して互いの身の上話をしていたら、なんとびっくり。遥香さんの娘さんの名前が私からいつも聞いていた女の子と全く同じだったのだ。
由乃ちゃんは私を1人にしておくのが心配だったらしくて、それは遥香さんも同じだった。ならば同じ境遇にいる娘がお互いにいるのだし、2人で暮らしてもらえれば安心だとなってしまったらしい。普通ならそんな選択にはならないはずだけど、運の悪いことに私と冬華ちゃんがクラスメイトで、遥香さんは私達が仲良しだと勘違いしていたらしく、ルームシェアをすることを勝手に決めてしまったらしい。
実際のところは私が冬華ちゃんにしつこく付き纏っていただけで、たいして仲も良くは無いし、むしろ私は冬華ちゃんに嫌われているのだから、2人で暮らせなどというのはどだい無理な話なのだ。
それなのに大人同士の話し合いで全てを決めてしまったらしく、既に冬華ちゃんの暮らす家は解約済み。冬華ちゃんは私の家を拒んだら住む場所を失うということになってしまったわけだ。
「なによそれ…」
楽しそうに会話をする大人連中に困り果てながら横目で冬華ちゃんを見れば、彼女は突然のことに呆然としていた。冬華ちゃん視点で考えれば、嫌いな女と2人っきりで暮らすか、それとも独り路頭に迷うかの2択を突然迫られたことになる。茫然自失になっても仕方ないことだろう。
「ねぇ由乃ちゃん。流石に何も言わずにこんなこと勝手に決めるのは酷いんじゃない」
「そんなこと言って。………好きな人と暮らせるとか明莉は嬉しくないの?」
「そりゃ嬉しいけど…!でも私しか得しないじゃんこんなの」
好きな人とひとつ屋根の下で暮らせるとか、普通に考えて嬉しくないわけがない。だけど、これを喜んで受け入れるだけじゃあ冬華ちゃんが可哀想すぎる。
「そんなことないのよ明莉ちゃん。うちの冬華だって明莉ちゃんのこと大好きだもの。1人で今の家に住むより、明莉ちゃんと一緒の方が冬華にとってもずっと幸せなことよ」
遥香さんが私を説得しようと頓珍漢なことを言っている。こんなことを決めてしまうのだから薄々察してはいたけど、きっと遥香さんは冬華ちゃんから私のことについてちゃんと聞いてはいないのだろう。私がしてきたことについて冬華ちゃんから聞いていたのなら、愛する娘を私の暮らす家になぞ送り込まないはずだから。
いつか冬華ちゃんの隣の座を手に入れたいと願う私としては、遥香さんに私の悪評が伝わっていないのは都合がいい話だけど、なんだか騙しているようで少し罪悪感もある。
「それじゃあ明莉ちゃん。これから冬華のことよろしくね」
「えっと……冬華ちゃんはそれでいいの?」
私だけが反対してもきっと大人達は私が内心冬華ちゃんと暮らせることを喜んでいる事実を察して考えを改めてはくれない。ならば本気で嫌がってくれる冬華ちゃんにも抗議の声をあげてもらうしかない。
「私は……別にいい」
「だよね!ほら由乃ちゃん冬華ちゃんは私と暮らすのなんて………え?」
冬華ちゃんが嫌がっているのだからこんなことは辞めようと言おうとして、思ってたのと違った答えが返ってきた方を振り向く。
「冬華ちゃん…?」
「だから、私は別に嫌じゃないからいいよ。知らない人だったら嫌だったけど、相手が綾瀬なら、別に…」
冬華ちゃんはもっと自分の意見をズバズバ言う人だと思っていたけれど、変なところで遠慮しちゃう子だったみたいだ。私と暮らすことが冬華ちゃんにとって嫌じゃないわけがないのに。
「なら決まりね。2人で仲良くするのよ」
冬華ちゃんの言葉でルームシェアすることが確定してしまった。私なんかと同じ家に暮らして身の危険を感じないのだろうか。
しかしもう決まってしまったことは覆せない。ならば私がするべきことは、冬華ちゃんが居心地のよい生活を送れるように尽力して、自然に別れてくれるまでは彼氏さんとの時間を邪魔しないことだろう。
由乃ちゃんも遥香さんも行動力の鬼だったらしく、1度解散して落ち着く暇もなく、その日のうちに冬華ちゃんは私の住んでた家に押し込まれてしまった。
「いきなり2人で暮らせとかびっくりしちゃったね」
「そうね」
「それにしても2人とも強引だったねー。その日のうちに引越しさせられるとか、冬華ちゃんも大変だ」
「昔からマ……お母さんはああなの。1度決めたら絶対意見を変えないんだから」
「そっか」
優しそうな人ではあったけど、見かけによらず我の強い人らしい。それを分かっていたから、冬華ちゃんはさっき反対しなかったのかもしれない。
「あのさ、心配しないでね」
「なんのこと?」
「私、邪魔しないから」
冬華ちゃんと彼氏さんのこと。いつかは別れて欲しいなんて酷い考えをしている私だけど、冬華ちゃんの幸せを奪いたいわけじゃないのだ。
「遠慮しないで誰かを呼びたかったら家に呼んでいいからね。その時は私出かけとくから」
「何の話をしているのか分からないけど…」
冬華ちゃんは惚けているけど、私には分かっている。年頃の女の子が一人暮らししていて、恋人がいたらお家デートをしていないわけがない。それなのに突然私という異物が紛れてしまったせいで、大事なデートスポットがひとつ潰れてしまったのだ。だから、それとなく私を気にしないで彼氏を招いてもいいからと伝えたかった。冬華ちゃんとお家デートできるとか、彼氏さんが羨ましすぎて血の涙が流れそうだけど。
「えーっと…、とりあえず夜も遅いし寝よっか。まだ冬華ちゃんのお部屋準備出来てないから、客間で寝てもらってもいい?」
「……私は綾瀬と一緒でもいいけど」
「な、ななな何言ってんの!もうちょっと危機管理しなきゃだよ?!」
2人きりの空気が重くて、とりあえず寝ることでリセットしようとした。冬華ちゃんも私の考えを察してくれたのか、とんでもない冗談で場を濁してくれけど、そのジョークはもう少し相手を選んで言って欲しかった。速攻で首を縦に振りかけたから。
「まったくー。客間はこっちだよー」
「ねぇ綾瀬」
冬華ちゃんの冗談を真に受けないように自分を律して、客間まで案内しようとして冬華ちゃんの背を押しても、冬華ちゃんはその場を動こうとしなかった。
「どうしたの?」
「私達の関係って、なに?」
立ち止まったまま、なにかを覚悟したかのように、冬華ちゃんは私を真っ直ぐと見つめてそう問いかけてきた。
私達の関係性なんて分かりきった質問を何故したのかは分からないけれど、きっと冬華ちゃんなりの理由があるのだろう。
「そんなの、すっごくシンプルじゃん。私が冬華ちゃんに告白して、振られた。ただそれだけの関係だよ」
「それだけ…?」
「うん。それだけ。それ以上でもそれ以下でもないよ」
「そう………よね…。……友達ですらないのよね…」
何故か冬華ちゃんが傷ついたように微笑んだ気がしたけど、きっと私の見間違いだろう。だって事実の再確認をして、この現実に私が悲しむのは分かるけど、冬華ちゃんが悲しむ理由はひとつもないはずなのだから。
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