第7話

「由乃ちゃん飲みすぎだよ。今日は私がいたから良かったけど、普段もこんなんだといつか痛い目合うよ」

「うっ………姪っ子の正論パンチが痛い…」


 久しぶりに会えて嬉しかったけど、酔っ払いの世話をするのは面倒くさい。お世話になっている由乃ちゃんだからいいけど、これが名も知らぬ親戚だったら放り出してそうだ。


「ほらお水飲んで。あ、それとさっきスマホ鳴ってたよ?何度か鳴ってたし、急ぎの用かもだからお返事してあげたら」


 お店から帰ってきてから由乃ちゃんはすぐにソファで寝ちゃってたから、多分連絡には気がついてなさそう。


「んーなんだろ。ん、んん?あ……忘れてた」

「由乃ちゃん?」


 お酒臭い由乃ちゃんから離れて座ってホットココアを飲んでいたら、スマホ画面を開いた由乃ちゃんの顔からみるみる赤みが消えていって、少し青くなってしまった。


「大丈夫…?」

「い、今何時?」

「えーっと、まだ20時前だね。ご飯食べに行ったのが早めの時間だったから、まだまだ寝るまで時間はあるね」


 学校から帰ってすぐにお外に食事しに行ったから、いつもよりずっと早い時間に夕食を食べたことになる。あんまり夜更かしすると、今日は夜にお腹減ってしまうかもしれない。


「明莉今から着替えてこれる?あと私の服ってどこにしまってあるかしら」

「どこか行くの?」

「顔合わせがあったの忘れてたのよ。20時半からの予定だから急がないと。あぁ、服が酒臭い!誰よこんな日に酒を浴びる程飲んだ馬鹿は!?」

「由乃ちゃんだよ?」


 顔合わせってのがなにかはよく分からないけど、なにやら大事な予定らしい。もしかして由乃ちゃんの結婚相手とかかな。由乃ちゃんもいい歳だし、そろそろ結婚してもおかしくない頃合だ。由乃ちゃんが幸せになるのは凄く嬉しいけど、私の唯一の家族がいなくなると思うと少し寂しい気もする。


「明莉準備できた?」

「うん。私はもう行けるよ」


 寂しいけど、由乃ちゃんには幸せになってほしいから、私の不満は口にしないことにした。由乃ちゃんのお相手さんどんな人かな。


「明莉はまだ冬華ちゃんってこの子と好きなのよね?付き合いたいとか思わないの?」

「ん?勿論好きだよ?でも今は諦めたから、付き合いたいとかは思わないかな」

「また諦めたとか言って…。でも、嫌いになったわけじゃないならよかったわ。勝手に話進めて、子供達の仲が不仲になってたりしたら困ったもの」

「なんの話し?」


 自分の恋人を紹介する前に、私の恋バナで落ち着こうとしているのだろうか。


 私の疑問には答えてくれぬまま、由乃ちゃんに手を引かれて少しお高そうな和食店に連れられて入った。


「おぉ。お相手さんは結構いい所に勤めているのかな。でもお金持ちでも中身が悪い人だったら由乃ちゃんはあげられないけどね」

「何してるのよ明莉。早く行くわよ」

「はーい」


 店員さんに案内されたのは完全個室の予約席。スライド式の扉が開かれて、由乃ちゃんの恋人さんがいると思っていた場所には、見慣れた女の子と見知らぬ女性が並んで座っていた。


「ほょ?冬華ちゃんだ」

「綾瀬…?!な、なんでここに」


 座敷に座っていた冬華ちゃんは、私の顔を見てびっくりしたのか少し慌てている様子だけど、冬華ちゃんの隣に座っていた女性に手を引かれて座り直した。どことなく冬華ちゃんの面影がある女の人だけど、どなただろう。っていうか、なんでここに冬華ちゃんがいるんだろう。


「すみません遥香さん。お待たせしちゃって」

「いいのよ由乃さん。帰国したの今日なんでしょ?」


 冬華ちゃんの隣に座る女性は遥香さんと言うらしい。由乃ちゃんとは知り合いみたいだけど、どんな関係なんだろう。


「明莉も座って。紹介するわね、この人は遥香さん。私の職場で色々と面倒を見てもらっている先輩で、……明莉の大好きな冬華ちゃんの母親よ」

「なっ!?」


 最後の部分は小声だったから冬華ちゃん達には聞かれていないだろうけど、いきなり由乃ちゃんがとんでもないことを言い出したから少し焦った。


「遥香です。いつも娘の冬華と仲良くしてくれてありがとね明莉ちゃん」

「い、いえ!私の方こそいつも冬華ちゃ……冬華さんにはお世話になっておりまして」


 どこか冬華ちゃんに似ているとは思ったけど、まさか御母堂様であらせられたとは。いつか私の義母になられるだろうお方にこんなところでお会い出来るとは。


「ふふっ。そんなに緊張しなくてもいいのよ。いつも冬華から貴方の話は聞いているもの。畏まった態度取られると違和感凄いわ」

「ちょっとママ!」


 冬華ちゃんは御母堂様のことはママ呼びなんですね。いつもクールでカッコイイ冬華ちゃんの甘えた子供の姿、最高です。ご馳走様でした。


「明莉、もうちょっと表情筋に仕事させなさい」

「はっ…!失礼失礼」


 いきなりニヤニヤしてたらキモがられる。冬華ちゃんのお母様への第一印象が気持ちの悪い子にでもなったら大変だ。頑張れ私の表情筋。


「それにしても、明莉ちゃんが話に聞いてた通り優しそうな子でよかったわ」

「ほぇ?」

「そりゃあ私の自慢の姪ですから」


 なして急に私を褒めだしたんだ。こんな高そうなお店で支払えるほどのお金なら無いよ。


「明莉ちゃんなら安心だわ。これから冬華をよろしくね明莉ちゃん」

「ママ何を言っているの?」


 どうやら話についていけてないのは私だけじゃなくて冬華ちゃんもらしい。大人だけで納得してないで、早く説明してもらいたい。


「ねぇ由乃ちゃん。さっきから話の意図が分からないんだけど」

「ん、言ってなかったかしら。明日から明莉と遥香さんの娘さんの2人で暮らして貰うって」

「……………は?」

「聞けば明莉ちゃんは家事は万能なんでしょ?冬華はからっきしだから、これから教えてあげてもらえると助かるわ」


 遥香さんは平然と話を続けているけど、私と冬華ちゃんはそれどころではなかった。今由乃ちゃんはなんて言ったんだ。


「由乃ちゃん、もう1回言ってもらってもいい?私と、冬華ちゃんが何だって……?」

「だから、明莉と冬華さんでこれから2人で暮らして貰うんだって。高校生が一人暮らしとか心配でしかないけど、仲の良い子とルームシェアなら少しは安心出来るでしょ?」


 私と冬華ちゃんがルームシェア…?2人で暮らす………?


「「は、はぁぁぁぁあ!?」」


 私と冬華ちゃんの絶叫が、静かな店内に木霊した。

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