第6話

 冬華ちゃんに謝罪をしてから早数日。冬華ちゃんを失った私にとっての地獄の日々が始まり、その代わりに私という厄介な足枷が外れて幸せな日々を送る冬華ちゃんを見られる日常が始まる。そう思っていた。だが現実は私の想像していたものと違った。


「やっぱり私が原因だよね…。どうにかしなきゃいけないけど、私が近寄った方が冬華ちゃん嫌がるだろうし……どうしたものか」


 私という邪魔者がいなくなって、冬華ちゃんも普通に友達と仲良くするんだと思っていた。だけど実際にはいつも1人で難しい顔をしていて、自分から誰かに話しかけに行ったりはしない。誰かから話しかけられても、一言二言会話をして終わり。


 もう一学年の二学期も後半だというのに、私が邪魔ばかりしていたせいで冬華ちゃんとクラスメイト達の関わりは少なかった。そのせいで皆初対面の人を相手にしているかのような、ぎこちなさがあった。なにより冬華ちゃんが誰かと関係を持とうとする気がなさそうで、常にひとりぼっちで過ごしている。


 このままじゃ駄目だと思いつつも、今更私がでしゃばってもいいことなんてないだろうと何も出来ないでいる。どうしたら冬華ちゃんをクラスの輪に溶け込ませてあげられるだろう。


 そんなことを帰り道で考えて、帰りついた家には女性物のヒールが乱雑に脱ぎ捨てられていた。


「おっ、明莉おかえり!」

由乃ゆのちゃん…。靴くらい揃えて脱ごうよ。子供じゃないんだから」


 見た事のあるヒールだったからそうだろうなとは思ったけど、案の定リビングで寛いでいたのは私の保護者で叔母さんの由乃ちゃんだった。


「久しぶりの再会なんだからそんな堅いこと言うなよー」

「本当に久しぶりだけどね。電話も全然繋がらないし、由乃ちゃんから連絡はこないし。メッセージ送っても既読無視するし。本当に社会人なのか疑わしいね」

「うぐっ……」


 由乃ちゃんは私のお母さんの妹で、歳も私と10歳しか離れてないから昔からとても仲が良かった。両親の死後知らない親戚に引き取られそうになったところを由乃ちゃんが引き取ってくれて、そのお陰でお父さんとお母さんとの思い出の家に暮らし続けていられるのはとても感謝している。だけど由乃ちゃんはとっっっってもずぼらで、連絡不精なのは直して欲しい。海外を飛び回る由乃ちゃんの連絡が途絶えると何かあったのではないかと心配になってしまうから。


「ま、まぁその話は一旦置いておいてさ」

「むぅ…」


 あくまでも自分の悪癖は直すつもりはないらしい。別に無事に帰ってきてくれたらそれでいいんだけどさ。


「明莉の大好きな冬華ちゃん?だっけ、その子とはどうなったのよ。もう付き合えたりした?」

「それは…」


 私の唯一の家族である由乃ちゃんには、勿論冬華ちゃんのことは報告済みだ。それも既読無視されるしどうせ見てないだろうと事細かに送っていたら、実際は全部目を通していたらしく、私の恋愛事情は由乃ちゃんには全て筒抜けなのだ。


「最近メッセージこなかったから、もしかしたらもう家でイチャイチャしてんのかななんて警戒しながら帰ってきたよ」

「うっ………」


 少し前までのお花畑な脳内をしていた時期に送ったメッセージは、もうすぐ冬華ちゃんと結ばれて、その後にどんな事をしたいかなんてことまで書いてしまっていた。あれだけを情報源にしていた由乃ちゃんなら、私がもう付き合っていて甘い時間を過ごしていると思ってしまっても仕方ない。


「実はさ…。諦めたんだよね。私じゃ釣り合わないなって思って」

「はい?」


 冬華ちゃんはとっても綺麗で、可愛いというより美人って言葉が似合う完璧で究極な美少女だから、私みたいなちんちくりんじゃあ相手にされなくて当然だ。


「明莉……あんたねぇ…!」

「ほにゅ?!」


 由乃ちゃんには色々と見栄を張っていたから、どんな顔して失恋話すればいいのか分かんなくて俯いていたら、ソファから立ち上がった由乃ちゃんに頬を鷲掴みにされた。


「私の姪っ子は世界一可愛いのよ!誰が相手でも釣り合わないわけない!それどころか、明莉の方が魅力ありすぎて、相手が見劣りするくらいよ。もっと自信持ちなさい。貴方は姉さんの子でしょう?」

「由乃ちゃん………ありがと」


 由乃ちゃんは昔から私を実の娘のように溺愛してくれていたから、由乃ちゃんのこの発言には多分に親バカ要素が含まれている。それでも身近な人に褒められて少しだけ自信が回復した。


「そんな落ち込んじゃってらしくない。予定変更よ。今日は明莉の手料理堪能しようと思ってたけど、外に食べに行くわよ」

「えー。私ご飯作るよ?買い物行かなきゃ材料足らないかもだけど」

「いいのいいの。疲れてる時とか、落ち込んでいる時はパーッとお酒飲んで忘れるのがいいの。ほら飲みに行くわよ!」

「私未成年だけど」


 無理やり手を引かれて、さっき脱いだばかりの靴を履き直す。由乃ちゃんが連れて行ってくれたのはガヤガヤとうるさい居酒屋で、お酒は飲めないけどおつまみとか普段食べたことの無い珍味とかを食べさせて貰った。


 お腹いっぱいになって帰る頃には私も普通に笑えていて、嬉しくなって由乃ちゃんと手を繋いで家に帰った。


 久しぶりの家族の手は温かくて、失恋で心に刻まれた傷が少しずつ癒えていくようだった。

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