第5話
「おはよう明莉」
「おはよー」
週明けの月曜日。数日ぶりに教室の扉を開けば、いつも通り友人達が声を掛けてくれる。
「明莉は今日もちっちゃいねー」
「もー。1年後を楽しみにしててよね。でっかいって言わせてやるんだから」
「はいはい。でも明莉もデカい部分はあるけどね」
「どこみてんだい!」
いつも通りからかわれたけど、失恋したての身としては普段と変わらない友人達がいるのはありがたい。
「明莉元気になったんや!」
「うん。心配かけてごめんねー」
窓際の席に向かう途中で、色々な人から話しかけられる。私はクラス中の皆とお友達だから、ずる休みなんてして沢山の人に心配かけてしまったかもしれない。もう休まないようにしよう。
「あ、冬華ちゃん。おはよ」
「…おはよう」
いつもなら抱きついて頬擦りしながら挨拶してたけど、流石に恋人持ちにそんなこと出来ない。気まずくてできれば素通りしたかったけど、それはそれで失礼な気もするし、とりあえず軽く挨拶だけしてみた。
「……早く席替えしてくれないかなぁ」
今の私の席は冬華ちゃんの隣の窓際の席だから、自分の席に座っていると必然的に冬華ちゃんと隣合ってしまう。前までなら嬉しいことだったんだけど、今となっては気まずさと申し訳なさで居た堪れない。
だって私はずっと彼氏持ちに告白し続けて、その上クラス公認のカップルみたいな扱いを受けさせてたんだ。あまりにも最低なことしてきたわけで、そんな幸せなカップルの邪魔をしてきた悪魔のような人間が冬華ちゃんの隣の席に居座るとか、何様のつもりやねんってツッコミしたくなる。
「あ、明莉が………本部さんを素通りした…?!」
「ありえない……」
なんだかクラスの空気が止まったけど、なにかあったのだろうか。
「明莉大丈夫!?」
「なにかあったの?辛いことでもあった?それとも悪いものでも食べた?!」
「明莉が本部さんに飛びかからないなんて…。今日傘持ってきてないわよ私……」
「絶対雨なんかじゃ済まないわよ!帰りお母さん車出してくれるかなぁ……」
凄い勢いで皆が詰め寄ってきたけど、いったい何事だろう。
「別に何も無いよ?体調もいつも通り」
「そんなわけないじゃない。あの明莉が本部に一瞬声掛けただけで済ませるとか、天変地異の前触れ?」
「失礼な。私は生まれ変わったのだよ。もう今までみたいな行動は慎むって決めたの」
「どうしちゃったのよ!?」
驚いている皆には悪いけど、もう今までみたいな面白キャラではないのだ。冬華ちゃんに擦り寄って、無様に拒絶されるコントは卒業です。
「だってそりゃあ、冬華ちゃんには……」
冬華ちゃんには彼氏がいるから。そう言おうとして、ふと思いとどまった。勝手に人の交友関係を言いふらすのはよろしくないのではないかと。
「本部さんには?」
「冬華ちゃんには迷惑かけてきたからね。もうこれ以上やったら訴えられそうだし、裁判になったら私負けそうだし」
「それはそうよね。明莉のやってたこと半分ストーカーみたいなもんだったもんね」
笑い話にしてこの場を流そうと思ったら、思いのほか真に受けた友人達が真剣な顔して口々に私の悪口を言い出した。
「そもそも同性でもセクハラって成立するのかしら」
「するとしたら、明莉の本部さんへの行為はセクハラよね。強制わいせつ罪みたいな」
「ストーカーに強制わいせつとか、明莉じゃなかったら捕まってそうよねー」
黙って聞いていれば私の悪行が羅列されていく。自覚があるだけに否定も出来なくて、縮こまるしかなくなる。
「にしても明莉が自分の罪を認めるなんてねぇ。なにがあったのよ」
「罪を認めるって…。単純に自分の行動を振り返っただけ。流石に私でもやり過ぎてた感はあるし」
自覚はなかったけど、クラスメイトの反応をみるに、私って客観的には相当ヤバい奴だったんだろう。ストーカーはしたつもりはないけど、人によっては痴漢と訴えられてもおかしくないくらい冬華ちゃんにベタベタしていたし。
「それじゃあもう明莉は本部さんのこと諦めるの?」
「…うん。これ以上迷惑かけられないしね。冬華ちゃんもごめんね。今までの私嫌な奴だったよね」
今言葉にするのはついでに謝っているみたいで狡いかもしれないけど、折角冬華ちゃんが隣に座っていて、丁度この話を聞いていてくれたから、改めて頭を下げた。恋人がいるならそう言ってくれればもっと早く諦めていたけど、私の勢い的に言っても聞かないとでも思ったのかもしれない。
どんな理由があったにせよ、私が冬華ちゃんの彼氏さんとの時間を奪っていたことは確かなのだ。本当なら放課後は恋人とのデートに使いたかっただろうに、私が無理やり連れ回していたからそんな時間も無かったに違いない。せめて友達として一緒に居たいって思っていたけど、これからは迷惑かけた罪滅ぼしの為にも、高校生の間くらいは関わりを減らした方がいいかもしれない。
「私は……」
「もう冬華ちゃんに関わらないようにするから。皆も聞いてね。私これ以上冬華ちゃんに嫌がらせしたいわけじゃないから、皆も今までのノリは控えてあげてね。どの口が言うんだって思うかもしれないけど、もう私と冬華ちゃんをくっつけようとかして気を使わなくていいから」
私がずっと冬華ちゃんに好き好きアピールをしていたせいで、クラスの皆が気を使ってくれていたのも薄々分かっていたんだ。さりげなく2人きりにしてくれたり、冬華ちゃんが他クラスの男子から言い寄られるのを邪魔してくれたり。クラスの皆には感謝しているけど、多分それも迷惑だったはずだから、これからは無くしていかないと。
「もう冬華ちゃんに必要以上に話しかけたりもしないから、安心して学校生活送ってね」
「なんで……」
冬華ちゃんは愕然とした表情で私を見ていた。確かに今までの私の行動を見てきた冬華ちゃんなら信じられないって思うのも分かる。だからこれから行動で示していかなきゃならない。
「明莉無理してない?」
「大丈夫だよ。私は無理させてきた側なんだから、罪は償わなきゃね」
「綾瀬……私は…!」
「お前ら席つけー。HR始めるぞー」
冬華ちゃんが何かを言おうとして口を開いた瞬間、担任の先生が教室に入ってきた。蜘蛛の子を散らすように、私達の周りにいた人達も席に戻っていく。
「何か言った?」
「なんでも…ない」
私から解放されて嬉しいはずだろうに、何故か苦虫を噛み潰したように顔を歪めた冬華ちゃんの表情が、とても強く印象に残った。
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