第4話

 さてさてさーて。数年後か、数十年後か、はたまた来世か。いつかは分からないが、冬華ちゃんがフリーに戻った時に振り向いて貰えるような魅力溢れる女になるためにも、日々の自己研鑽は欠かせない。


 まずは将来胃袋を掴むためにも料理の腕を磨こうと、家族が遺してくれた手作りのレシピ本を読み込んだ。これは徐々に実践していくとして、次はボディメイクだ。


 冬華ちゃんは街を数分歩けば芸能事務所のスカウトが飛んでくるくらいの、神が手ずから作り上げたのかと疑いたくなるほどの神々しいほどの美しさを持つ少女だ。そんな人の隣に並んで立ちたいと願っているのだから、だらしない身体でいられるわけがない。


 最近お腹周りとかちょっと気になってきたし、無駄に胸も大きくなって体重が増えてきたからレッツダイエットだ。


「まずは食事からだよね」


 レシピ本にも低脂質高タンパクなダイエットレシピが沢山書いてある。とりあえずこれらを試していくべきだろう。


 タンパク質は筋肉を作るだけじゃなくて、美容にも効果があるのだ。


「あとは朝にお散歩するのもいいよね」


 私が幼い頃お母さんがダイエットをする為に色々調べていたのを思い出して、自分の行動計画を立てていく。


 痩せる為には摂取カロリーと消費カロリーのバランスが大事なのだ。消費カロリーの方が多ければその分確実に痩せていくはず。だから食事と運動が大切。友達が飲むだけで痩せるのが謳い文句の怪しいサプリを試してお腹を壊していたから、私はそういうのは信じない。世の中そんな簡単ではないのだ。そんな単純になにか変化が起きるというのなら、何ヶ月も前に私は冬華ちゃんと結ばれているはずなのだから。


「いけないいけない。最近ネガティブに考えがちだなぁ」


 元々ポジティブな考え方をして生きてきたのに、失恋とは人の思考回路すら変えてしまうのかもしれない。


「とりあえずお散歩してこようかな」


 手っ取り早く痩せるのならランニングとかがいいのかもしれないけど、私は走るの嫌いだからウォーキングをすることにした。嫌いなことを続けるのは難しいし、続かなければダイエットは失敗するだろうし。


 早速動きやすい服装に着替えて家を出た。なんの目的もなく歩いてもいいけど、折角だし遠くにあるスーパーに行って買い物してこようかな。


「何買おうかなー」


 行ったことないスーパーだから何が安いとか分からないし、行ってから作るもの決めよう。


 早歩きで進んでもそこそこ時間がかかり、結局30分くらい歩いてお店についた。荷物の増えた帰り道とか大丈夫だろうか。


「お、鶏胸肉が安いじゃん。ここ結構いいな」


 普段行く近所のところより、全体的にセール品が安そう。もう少し近ければ通うんだけど、往復1時間は流石になぁ…。


 その後もプラプラと店内を回りながら、カゴの中に食材を入れている途中で、見慣れた後ろ姿を見つけてしまった。


「冬華ちゃんだ」


 買い物かご片手にお菓子コーナーで止まっている姿は間違いなく冬華ちゃんだ。1人だろうか。それとも彼氏さんと一緒だろうか。


「綾瀬じゃない。奇遇ね」

「そ、そうだね」


 じっと見つめていたせいで、冬華ちゃんが私に気がついてしまった。


「冬華ちゃんもお買い物?」

「ええそうよ。私も実質的に一人暮らしだから、買い物は自分でしなきゃなの」

「えー、そうなんだ。知らなかった」


 冬華ちゃんも一人暮らしだったなんて、すごい偶然だ。でも冬華ちゃんくらい可愛い子が1人で暮らしているとか、色々と危なそう。


「買い物ってことはさ、ご飯とか買いに来たんだよね?」

「もちろん。1週間分の食事を買いに来たわ」


 自信ありげにそう言った冬華ちゃんの持つカゴの中には、カップ麺とか菓子パンばかりだった。


「冬華ちゃんって自炊とかは…」

「しないわね。というか、出来ないの」

「理由を聞いてもよろしいでしょうか…?」

「止められてるのよ。両親に。絶対に包丁を持つなって。大袈裟だと思うけど、それが一人暮らしする条件のひとつだったから仕方なく守っているの」

「そ、そっかー」


 冬華ちゃんのご両親がそこまでして止めるって、もしかしなくても冬華ちゃんって不器用さんなのかな。


「自炊しないにしても、もう少し健康的なもの食べた方がいいんじゃない?」

「面倒くさいし別にいい。それとも綾瀬が私の食事作ってくれるのかしら?」

「えっ!?」


 反射的に頷こうとして、すんでのところで止まる。冬華ちゃんからは一旦身を引こうと決めたのはつい先日のことだろう。


「そういうのはさ、恋人にしてもらえばいいじゃん」

「恋人?」

「うん。私もう買いたいもの集まったし、レジ行くね。じゃあね」

「ちょ、ちょっと」


 社会人の彼氏ならきっと料理だって多少は出来るだろう。だから手料理が食べたいなら彼氏を頼ればいい。今の私にそんなことする資格はないのだから。


 呼び止めてくる冬華ちゃんの声は聞こえていたけど、あえて無視してそのままレジに向かった。


 冬華ちゃんと話すのは幸せな気持ちになれて好きだったけど、今となっては彼氏さんの顔がチラついて、苦しくなることの方が多い。冬華ちゃんがいつかフリーになったとして、こんな私のままじゃ元彼の顔が過ぎってまともに恋愛出来ないんじゃないかって、そんな不安が心に巣食っていた。

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